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第4章 魔女であること
1話 大切な君への隠し事
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「リンコ、おはよう」
「ん、アッキもおはよ。最近早起きになってない?」
「ああ、そうかもな。なんか、暮らしに慣れてきた気がする」
「分かる! もうだいぶ経ったもんね!」
着替えも終わった状態で、一階でアッキと会う。顔を洗った後、私が鍋を、アッキが食器とパンを用意し、私はすっかり火力の調整までできるようになった「火起こしの粉」を使って、手早く朝ごはんのチキンを加熱した。
「今日は私、うまく焼けた気がする! いただきます!」
「いただきます! このスープも美味しそう!」
ここでの生活も一ヶ月半になり、ほぼ夏休みと同じだけの長さを過ごした。アッキも言ってたけど、家事やカンテラの手伝いをする生活にも慣れてきて、お互いケンカするようなこともなくなってきてる(たまにあるけど)。
「そう言えばチャンプスが、『そろそろドアの修理代もたまりそうだぞ』って言ってたよな」
「そうそう、ほぼ休まず働いたもんね」
私たちがカンテラを手伝っている理由。自分たちが壊しちゃった、元の世界に続くドアを修理するお金が必要だから。それももうすぐ終わりらしい。やっと家族や友達に会えるかと思うと、懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。
「早く帰りたいけど、なんかな」
「ね、それはそれで、寂しいよね」
アッキもきっと同じ気持ち。ジュラーネさんやチャンプスとの生活も、すごく楽しいって感じてたから。
「おう、今日も早えーな。たまにはサボってもいいんだぜ。ま、オレは勤勉だけどな」
朝カンテラに行くと、チャンプスがカウンターの上で仰向けになってる。溶けてるようにぐだーってなってるのが、なんか面白い。
「そうやって寝てるののどこが勤勉なんだよ」
「そうそう、私たちの方がよっぽど働いてるわよ。ネコはいいわよね、そうやってのんびりしてればいいんだから」
「んだとお! オレだって大変なんだぞ! 暑い中で毛皮着てたり、小魚の尻尾が思ったより固かったり……」
「これだもん、ネコはいいさね」
キシシッといつもの笑い声をあげながら、ジュラーネさんが店の奥から出てきた。肩に青い鳥を乗せている。
「おはよう、ジュラーネさん。その鳥は何ですか?」
「ああ、おはよう。これは魔法でやってきたんだよ」
体全体が青くて、目だけが白いその鳥は、ジュラーネさんの手に留まるとくちばしを開き、体がなくなるまで金色の砂を吐いた。その砂同士が集まって丸い形を作り、シュッという音とともに煙があがって、コインになった。確か前にも見た、遠方からお金を届ける魔法だ。
「それ、ショアンだろ? また利息だけなのか」
起き上がったチャンプスが話しかけると、ジュラーネさんは「ああ」と低い声で頷く。
ってことは、借りたお金じゃなくて、利息だけ返してるのね。
「ずっと返してない人がいるんですか?」
「ああ、利息は毎月払ってくれてるから道具は預かったままなんだけどね。ただ……」
「ただ?」
アッキが首を傾げると、ジュラーネさんは店の奥を小さく指差した。
「ショアンは箒を預けてるんだよ」
「えっ、箒!」
魔女と言えば箒、ってくらいイメージの強い道具なのに、それを預けるなんて信じられない!
「魔女にとっちゃ、箒ってのは自分のシンボルみたいなものだし、田舎なら箒で飛べるだけで荷物運びの仕事が来ることもある。だから、何か事情があるんじゃないかと思うんだけどねえ……」
「オレが半年前に一度理由を聞きに行ったんだけど、にごされて、結局話してもらえなくてよ。まあ利息払ってくれてるってことは、食べるのに困っちゃいないってことだとは思うんだけどよ……」
目をつぶってため息をつくチャンプスが、ちらりと私の方を見た。
「リコ、何とかしたいって顔してるな」
「え、なんで分かったの!」
「そりゃあ一ヶ月も働いてれば分かるようになるっての。なあ、ジュラーネ?」
その質問に、彼女も笑顔で答える。
「そうさね、アキラもだいぶ気になる様子だよ」
アッキと目を合わせる。少し照れた様子で、鼻をこすってた。
「なんか、力になりたいなって。リンコもそうだろ?」
「うん、ショアンさんに会いたい! ジュラーネさん、いいですか?」
「じゃあ、お願いしようかね。チャンプス、ついてってあげな」
「おう、任せろ」
チャンプスが両手をパンと鳴らす。よし、まずは話を聞いてみよう!
「うわああああ、すっごい速い! チャンプス、ジュラーネさんの箒ってやっぱり速いね!」
「だろ! そうなんだよ、かなり高級な木から作ってるらしいからな。加速が違うね、加速が!」
ショアンの家は電車だと行きにくい場所にあるみたいで、今回は久しぶりに箒で移動。今日みたいに晴れた日に空高くから見下ろす景色はホントに最高! 風も気持ちいい!
「やっぱり箒っていいなあ! 魔法っていいなあ!」
「いいよなあ! オレも飛んでる時間が一番好きだ!」
二人で箒の上ではしゃいでると、後ろから「ふわ……」としぼんだ声が聞こえてきた。アッキはやっぱり箒が苦手みたい。
「アッキ、大丈夫?」
「うん……なんとか……下さえ見なければ……」
「絶叫系とか得意って言ってなかったっけ?」
「こんな怖いアトラクションはないから!」
うわっ下見ちゃった、と言いながら、アッキは手で顔を覆った。
「おーい、ショアン! 覚えてるか! オレだよ、ジュラーネのところのチャンプスだ!」
アッキに抱きかかえられながら、ドアの上につけられたベルをガラガラと鳴らして、彼女を呼び出すチャンプス。やがて、ガチャという音と共に、一人の女性が出てきた。メイクもばっちりしてて、二十代前半くらいに見える、お姉さんっぽい印象。
「あ、チャンプス、久しぶりね。ジュラーネさんは元気?」
「ああ、元気だよ。お前、あいかわらず変なカッコしてんな」
「ふふっ、そうかな。別に変じゃないと思うけど。ねえ、君たちもそう思うでしょ?」
「え、あ、はい。普通ですね! ねえ、アッキ」
「うん、めっちゃ普通だよ」
どう答えていいか迷いながらも、正直に返事した。確かに魔女としては変かもしれない。でも、私たちと似てるって意味では、本当に「普通の人間の格好」だったんだもの。
ショアンさんの服装は、白い猫の絵が描かれたクリーム色のTシャツに白いボタンシャツで、下はネイビーのスカート。髪も一部だけ染めるようなことはしていなくて、ウェーブのかかった茶色い髪を肩まで伸ばしてる。これで茶色いバッグでも持って町を歩かれたら、絶対魔女だなんて気付かれないだろうな。
「あれ? 君たち、この世界の子じゃないね? 並行世界から来たのかな?」
でも、こうやってすぐに見破れるところを見ると、やっぱりれっきとした魔女らしい。
「あ、そうです。俺、彰っていいます」
「私は里琴です!」
「ちょっと事情あってな、うちで働いてもらってんだ」
茶トラ柄のチャンプスは、彼女の着てる服の白い猫が気になるみたいで、ちらちら見ながら私たちのことを簡単に紹介してくれた。
「そっか、だからカンテラでバイトしてるのね。二人とも、よろしくね。それでチャンプス、どしたの?」
「どうしたの、じゃねーよ。お前、全然箒引き取りにこねーじゃねーか。毎月利息ばっかり払って。さすがに一年になるから、どうしたんだろうと思って様子見に来たんだよ。こいつらも知りたがってたしな」
「余計なこと言わないで!」
人差し指を立てて、おしゃべりな猫に注意してると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「そっか、初めて聞いた君たちも気になったんだ」
「あ、えっと……」
なんて返すか困ってると、アッキが助け舟を出してくれた。
「すみません。でも、俺たちにとって魔女っていったら箒のイメージだから、なんで預けてるのか、やっぱり知りたいなって思って」
「うん、そうだよね。魔女っていったら、箒だよね。だから預けたの」
だから、預けた? その言葉の意味が分からなくて顔をしかめてると、ショアンさんが答えを教えてくれた。
「私ね、好きな人がいるの。その人が魔女のことがそんなに好きじゃないみたいで。だから、箒を隠したくて預けてるのよ」
「ん、アッキもおはよ。最近早起きになってない?」
「ああ、そうかもな。なんか、暮らしに慣れてきた気がする」
「分かる! もうだいぶ経ったもんね!」
着替えも終わった状態で、一階でアッキと会う。顔を洗った後、私が鍋を、アッキが食器とパンを用意し、私はすっかり火力の調整までできるようになった「火起こしの粉」を使って、手早く朝ごはんのチキンを加熱した。
「今日は私、うまく焼けた気がする! いただきます!」
「いただきます! このスープも美味しそう!」
ここでの生活も一ヶ月半になり、ほぼ夏休みと同じだけの長さを過ごした。アッキも言ってたけど、家事やカンテラの手伝いをする生活にも慣れてきて、お互いケンカするようなこともなくなってきてる(たまにあるけど)。
「そう言えばチャンプスが、『そろそろドアの修理代もたまりそうだぞ』って言ってたよな」
「そうそう、ほぼ休まず働いたもんね」
私たちがカンテラを手伝っている理由。自分たちが壊しちゃった、元の世界に続くドアを修理するお金が必要だから。それももうすぐ終わりらしい。やっと家族や友達に会えるかと思うと、懐かしさと嬉しさが込み上げてくる。
「早く帰りたいけど、なんかな」
「ね、それはそれで、寂しいよね」
アッキもきっと同じ気持ち。ジュラーネさんやチャンプスとの生活も、すごく楽しいって感じてたから。
「おう、今日も早えーな。たまにはサボってもいいんだぜ。ま、オレは勤勉だけどな」
朝カンテラに行くと、チャンプスがカウンターの上で仰向けになってる。溶けてるようにぐだーってなってるのが、なんか面白い。
「そうやって寝てるののどこが勤勉なんだよ」
「そうそう、私たちの方がよっぽど働いてるわよ。ネコはいいわよね、そうやってのんびりしてればいいんだから」
「んだとお! オレだって大変なんだぞ! 暑い中で毛皮着てたり、小魚の尻尾が思ったより固かったり……」
「これだもん、ネコはいいさね」
キシシッといつもの笑い声をあげながら、ジュラーネさんが店の奥から出てきた。肩に青い鳥を乗せている。
「おはよう、ジュラーネさん。その鳥は何ですか?」
「ああ、おはよう。これは魔法でやってきたんだよ」
体全体が青くて、目だけが白いその鳥は、ジュラーネさんの手に留まるとくちばしを開き、体がなくなるまで金色の砂を吐いた。その砂同士が集まって丸い形を作り、シュッという音とともに煙があがって、コインになった。確か前にも見た、遠方からお金を届ける魔法だ。
「それ、ショアンだろ? また利息だけなのか」
起き上がったチャンプスが話しかけると、ジュラーネさんは「ああ」と低い声で頷く。
ってことは、借りたお金じゃなくて、利息だけ返してるのね。
「ずっと返してない人がいるんですか?」
「ああ、利息は毎月払ってくれてるから道具は預かったままなんだけどね。ただ……」
「ただ?」
アッキが首を傾げると、ジュラーネさんは店の奥を小さく指差した。
「ショアンは箒を預けてるんだよ」
「えっ、箒!」
魔女と言えば箒、ってくらいイメージの強い道具なのに、それを預けるなんて信じられない!
「魔女にとっちゃ、箒ってのは自分のシンボルみたいなものだし、田舎なら箒で飛べるだけで荷物運びの仕事が来ることもある。だから、何か事情があるんじゃないかと思うんだけどねえ……」
「オレが半年前に一度理由を聞きに行ったんだけど、にごされて、結局話してもらえなくてよ。まあ利息払ってくれてるってことは、食べるのに困っちゃいないってことだとは思うんだけどよ……」
目をつぶってため息をつくチャンプスが、ちらりと私の方を見た。
「リコ、何とかしたいって顔してるな」
「え、なんで分かったの!」
「そりゃあ一ヶ月も働いてれば分かるようになるっての。なあ、ジュラーネ?」
その質問に、彼女も笑顔で答える。
「そうさね、アキラもだいぶ気になる様子だよ」
アッキと目を合わせる。少し照れた様子で、鼻をこすってた。
「なんか、力になりたいなって。リンコもそうだろ?」
「うん、ショアンさんに会いたい! ジュラーネさん、いいですか?」
「じゃあ、お願いしようかね。チャンプス、ついてってあげな」
「おう、任せろ」
チャンプスが両手をパンと鳴らす。よし、まずは話を聞いてみよう!
「うわああああ、すっごい速い! チャンプス、ジュラーネさんの箒ってやっぱり速いね!」
「だろ! そうなんだよ、かなり高級な木から作ってるらしいからな。加速が違うね、加速が!」
ショアンの家は電車だと行きにくい場所にあるみたいで、今回は久しぶりに箒で移動。今日みたいに晴れた日に空高くから見下ろす景色はホントに最高! 風も気持ちいい!
「やっぱり箒っていいなあ! 魔法っていいなあ!」
「いいよなあ! オレも飛んでる時間が一番好きだ!」
二人で箒の上ではしゃいでると、後ろから「ふわ……」としぼんだ声が聞こえてきた。アッキはやっぱり箒が苦手みたい。
「アッキ、大丈夫?」
「うん……なんとか……下さえ見なければ……」
「絶叫系とか得意って言ってなかったっけ?」
「こんな怖いアトラクションはないから!」
うわっ下見ちゃった、と言いながら、アッキは手で顔を覆った。
「おーい、ショアン! 覚えてるか! オレだよ、ジュラーネのところのチャンプスだ!」
アッキに抱きかかえられながら、ドアの上につけられたベルをガラガラと鳴らして、彼女を呼び出すチャンプス。やがて、ガチャという音と共に、一人の女性が出てきた。メイクもばっちりしてて、二十代前半くらいに見える、お姉さんっぽい印象。
「あ、チャンプス、久しぶりね。ジュラーネさんは元気?」
「ああ、元気だよ。お前、あいかわらず変なカッコしてんな」
「ふふっ、そうかな。別に変じゃないと思うけど。ねえ、君たちもそう思うでしょ?」
「え、あ、はい。普通ですね! ねえ、アッキ」
「うん、めっちゃ普通だよ」
どう答えていいか迷いながらも、正直に返事した。確かに魔女としては変かもしれない。でも、私たちと似てるって意味では、本当に「普通の人間の格好」だったんだもの。
ショアンさんの服装は、白い猫の絵が描かれたクリーム色のTシャツに白いボタンシャツで、下はネイビーのスカート。髪も一部だけ染めるようなことはしていなくて、ウェーブのかかった茶色い髪を肩まで伸ばしてる。これで茶色いバッグでも持って町を歩かれたら、絶対魔女だなんて気付かれないだろうな。
「あれ? 君たち、この世界の子じゃないね? 並行世界から来たのかな?」
でも、こうやってすぐに見破れるところを見ると、やっぱりれっきとした魔女らしい。
「あ、そうです。俺、彰っていいます」
「私は里琴です!」
「ちょっと事情あってな、うちで働いてもらってんだ」
茶トラ柄のチャンプスは、彼女の着てる服の白い猫が気になるみたいで、ちらちら見ながら私たちのことを簡単に紹介してくれた。
「そっか、だからカンテラでバイトしてるのね。二人とも、よろしくね。それでチャンプス、どしたの?」
「どうしたの、じゃねーよ。お前、全然箒引き取りにこねーじゃねーか。毎月利息ばっかり払って。さすがに一年になるから、どうしたんだろうと思って様子見に来たんだよ。こいつらも知りたがってたしな」
「余計なこと言わないで!」
人差し指を立てて、おしゃべりな猫に注意してると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「そっか、初めて聞いた君たちも気になったんだ」
「あ、えっと……」
なんて返すか困ってると、アッキが助け舟を出してくれた。
「すみません。でも、俺たちにとって魔女っていったら箒のイメージだから、なんで預けてるのか、やっぱり知りたいなって思って」
「うん、そうだよね。魔女っていったら、箒だよね。だから預けたの」
だから、預けた? その言葉の意味が分からなくて顔をしかめてると、ショアンさんが答えを教えてくれた。
「私ね、好きな人がいるの。その人が魔女のことがそんなに好きじゃないみたいで。だから、箒を隠したくて預けてるのよ」
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