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第1章 魔女の世界へようこそ

5話 里琴のお願い

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「お疲れ様。どうしたんだい、そんなに慌てて」

 魔法道具の預かり銀行「カンテラ」に戻ってくると、ジュラーネさんは「いてて」と腰を押さえながら店を掃除してた。

 緊張する。すっごく緊張するけど、ここまで来たら言うしかない!

 私は、小さく深呼吸をしたあと、ジュラーネさんの前に立って深く頭を下げた。

「リズルさんの薬研、少しの期間だけでもいいから返してあげてほしいんです」
「何だって?」

 私は必死に理由を説明した。リズルさんの薬を待っている人がいるから、その道具が必要ってこと。これがきっかけでまた薬が売れるようになれば、きっとすぐにお金も貯まって借りた額も返せるはずだってこと。

 でも、ジュラーネさんは小さく溜息をつく。

「んなこと言ったってね。お金を返してもらわなきゃ物は返せない決まりなんだよ。それを破ったら、他に預けてる魔女からしても不公平だろ? 大体、また薬が売れるようになる保証もありゃしないじゃないか」

 確かにそう。無理なことを言ってるのは間違いない。それでも、リズルさんのあの寂しそうな表情を思い出すと、どうしても諦めきれない。

 だから、用意していた言葉を言う。

「もしリズルさんが払えないままだったら、私がドアの修理費に加えて、もっともっと働きます。掃除でも何でもやって、代わりに返します。だから、お願いします!」

 それを聞いたアッキは目を丸くしてる。でも、ジュラーネはもっとびっくりしたみたい。目をカッと大きく見開いていた彼女は、程なくしてニイッと歯を見せた。

「そこまで言うんなら、アンタを信じてみようじゃないか。働いて払ってくれるならアタシらも損はしないしね。チャンプス、運んでやりな」

 ジュラーネさんはまた手を払うような仕草で奥から薬研を持ってくる。そしてその道具に手を触れて小声で何か唱えると、みるみるうちに形が変わっていき、やがてチャンプスでも持てそうなくらいの丸い球になった。

「ったく、またあそこまで行くのかよ……まあいいや、お前ら、さっきより飛ばすぞ」
「ジュラーネさん、ありがとう!」
「俺からも、ありがとうございます!」

 二人でお礼を言って、先に箒に飛び乗ったチャンプスの後を追う。後ろで、キシシッという笑い声が聞こえた。


 ***


「これ、使ってもいいの……?」
 リズルさんは信じられないという表情で、私から薬研を受け取る。

「うん、ジュラーネさんを説得したんだ。一大事だから貸してくれって」
「そうそう、リンコが頑張ってくれたんだぜ」

 本当のことは言わずに、アッキは私の方をポンッと叩いた。球状になっていたそれは、リズルさんの手の中でまたみるみるうちに姿を変えて、元のすり鉢みたいな道具に戻る。

「リズルさん、言ってましたよね、『薬作らなくても、生活はできるし』って。確かにそうかもしれないけど、でも、どうせ生活するなら、得意なこととか好きなことして生活したいじゃないですか。私は薬作ってほしいです。きっと、それがリズルさんが一番好きなことだと思うから」

 リズルさんはキュッと唇を結んでから、深くお辞儀してくれた。

「二人ともありがとう、それにチャンプスも。私、さっきの子の家に行ってくる! あ、その前に材料や道具取ってこなきゃ!」
「私、運ぶの手伝います!」
「俺も俺も!」

 こうしてリズルさんの家に行き、見たこともない草花や動物の角を持って、家の場所を教えてもらったという病気の子の家まで急ぐ。向かう途中、「何の動物なの?」と聞くと、嬉しそうに「ユニコーンよ」と教えてくれた。

「お待たせしました、薬用意しますね!」

 金髪のお母さんが待っていた家に到着してすぐ、リズルさんはキッチンを借りて薬を作っていく。真っ白な角を薬研で磨り潰して粉にした後、草花をゴリゴリ押して出てきた紫色の汁を混ぜる。それをボウルくらいの大きさの黒い壺に入れて、ピンク色の液体を足した後、火で煮詰める。作業しているときのリズルさんは、私から見ても、とてもいきいきしてた。

「よし、これを冷ましたら完成ね」

 深さのある小皿に注がれたのは、「なんであの色を混ぜてこんな色になるの?」ってくらい真っ青でドロドロとした液体。これは、見た目で怪しむ人がいるのも納得……。

「飲ませ……ますか?」

 リズルさんはおそるおそる、お母さんに渡す。「こんな気味悪いもの、いらない」と言われたらどうしよう、と考えてるのかもしれない。皿を持つ手が、少しだけ震えていた。

「ありがとうございます。飲ませてみます」

 お母さんが、ベッドで横になってうなってる男の子の口元にさじで運ぶ。ほぼ目を開けてないことが幸いして、薬の見た目で嫌がったりせずに飲み込んでくれる。

 二、三口飲み込んだところで、キュッと瞑っていた目から力が抜ける。やがて、安らかな寝顔に変わった。

「これで大丈夫だと思います。また起きたら飲ませてあげてください。肺炎を予防する効果もあるので」
「ありがとうございます。本当に、助かりました」

 ホッとしたようなお母さんの表情を見て、リズルさんも静かに胸を撫で下ろした。



 薬代ももらい、道具をリズルさんの部屋に戻して、私とアッキはカンテラに戻ることになった。

「今日はありがとう、リコちゃん、アキラ君、チャンプス。薬研、まだ使っていいの?」
「ああ、まあジュラーネには言っておいたし、金さえちゃんと返してくれればオレも文句はねえよ」
「分かった。私ももう少し自分で宣伝してみるわ。薬を作るの、やっぱり好きだから」

 リズルさんと握手した後に、私はグッと親指を立ててみせる。

「大丈夫ですよ、リズルさんならすぐに大繁盛の薬屋さんになりますよ! ね、アッキ!」
「うん、きっとなります!」

 私とアッキが握手をしてからみんなで箒に乗り、ふわりと飛びあがる。高度がどんどん上がる中、彼女は何度も、私たちに向かって大きく手を振ってくれた。

「ったく、あれで薬が効かなかったらと思うとヒヤヒヤしたぜ」

 空を飛びながら、チャンプスがかぶりを振る。でも正直なところ、私は全く不安になっていなかった。リズルさんならきっと出来るだろうって、不思議な確信があったから。

「ところでリコ、最後にリズルに変な薬もらってただろ。あれ何だ?」
「なんかジュラーネさんにだって。腰痛に効くからって」

 大魔女が腰をさすっていたのを思い出す。

「へへっ、さすが薬のプロだな。よし、急いで持ってって喜んでもらうぞ!」

 チャンプスがそう叫ぶと、箒は返事をするようにスピードを上げる。私もアッキも、ジュラーネさんに今日の話をするのが楽しみだった。




 そこから二週間経った頃、リズルさんに貸したお金が全額まとめて送られてきたのは、また別のお話。


 〈第1章 終わり〉
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