上 下
65 / 65

第64話

しおりを挟む

「・・・ヘンリー、」

「はい・・・。」

「フィンセントに、何か、したの?」

アーノルドが出て行った後、ヘンリーに問う。
だって、あんなにアーノルドが怒った所なんて、見たことがない。それに、ヘンリーの体調不良とも重なったから。やっぱり、何かあるんだと思った。アランが、“危険な魔法”って言っていたのが、ずっと頭の片隅で繰り返される。

「・・・。」

半ば、確信をもって聞いたが、ヘンリーが珍しく私の方を見ない。
・・・やっぱり、何か後ろ暗い事があるのかもしれない。そんな嫌な想像が、頭の中で駆け巡る。
ゲームで、リリアーナと一緒に処刑台に上ったヘンリーが頭に浮かぶ。

ボロボロの服を着させられて、でも、ヘンリーは美しかった。泣きも、喚きもせず、その瞳はずっと、次に処刑されるリリアーナへ熱い視線が注がれていた。最期の言葉も、リリアーナに向けてのみ。そして、最後までリリアーナに向けて笑んだまま・・・・

私は、一度ギュッと目を閉じて頭を振って浮かんだ光景を追い出す。そして、ヘンリーになるべく優しく話しかけた。

「言いたくなくても、私には教えて。・・・そんなことで、ヘンリーを嫌いになったりなんてしないか。」

ヘンリーの手を取って、ギュッと握った。その行為に、ヘンリーがやっと、私の方を見た。

「・・・・・・・・・・・・・ほんとう、ですか?」

弱弱しい声で、問いかけてくる。
この答えで、何かをしたという事は確定だ。

「本当よ。でも、言わないと、あたしは一生、貴方を疑って生きることになる。そうなったら、信頼出来なくなって、私は苦しい思いをするわ。そんなの、嫌なの。だから、私に隠し事はしないで。ちゃんと話して。」

真剣に、寝ているヘンリーの目を見て言う。

「・・・そ、うですよね。」

「うん。」

真っ直ぐ、ヘンリーと見て、ヘンリーの嘘を見抜こうと表情を見る。
でも、変わらず私の事が好きと言っているような優しい顔に、瞳に・・・切なくなってくる。

「フィンセントに、なにか、したの?」

もう一度、そう聞くのがやっとだった。

「・・・・フィンセント殿下の中から、裕美の記憶を抜き取りました。でも、それ以外は本当に、何もしていません。」

「それは、怪我とか痛い事じゃないって事?いま、フィンセントが見つからないのと何も関係ない?」

「はい、神に・・・・いや、裕美に誓って。ケガさせたり、連れ去ったりなんかしていません。」

「・・・・・・・そう。良かった。私は、ヘンリーを、信じるわ。」

ヘンリーにそう言うと、ヘンリーは安心したように嬉しそうに笑って、私を抱きしめてきた。

「っ!」

「裕美に嫌われてしまったら、俺は、生きていけません・・・・。」

「嫌うわけがないでしょ?私は、ヘンリーが・・・ヘンリーだけが大好きだよ。それに、私はヘンリーだけのものよ。だから絶対、嫌わない。ううん。嫌えないよ。」

小さい子を宥める様に、背中をトントンと擦ってヘンリーに言い聞かせた。

「・・・。」

肩に埋めた顔をずらして、キスしてほしそうに見つめられて私は、その視線に抗うことなくキスを受け入れた。

(大丈夫、ヘンリーが不安になる事なんかもう、ないの。私は・・・ヘンリーの。そして、ヘンリーは、私の、なんだから。)

啄むような優しいキスを何度かして、私は一度頬にキスしてやんわりと止める。

「・・・とりあえず、寝なさい。お説教も、話聞くのも、全部体調がよくなってからよ。」

「・・・・わかりました。」

ヘンリーを寝かせて、そういうとヘンリーは大人しくベッドに入る。
いつもよりも幼いヘンリーをみて、無性に可愛く感じるが、まずは体調の回復が最優先だ。
聞きたいことは山ほどあっても、熱が出て、朦朧としていては元もこうもない。

「・・・いまは、ゆっくり休んで。」

「・・・起きても、傍に来てくれますか?」

「うん。傍にいるわ。・・・まぁ、お手洗いとかには?行くかもしれないけどね。ふふ。」

茶化す様にそう言うと、ヘンリーも困ったように眉を下げて笑ってくれた。

「・・・ありがとうございます。」

「ほら。目を瞑って、寝なさい。」

「・・・・はい。」

ヘンリーは、やはり体が辛かったのか、比較的直ぐ、寝息を立てだした。
規則正しく上下している胸の上に頭を預け、心臓の音を聞く。

トクン・・・トクン・・・と、優しい音がする。
私は、ヘンリーの寝顔を見て、いつもよりもいくらか幼い寝顔、皴一つない肌、朝よりかはいくらか血色がよくなった唇、途轍もなく長いまつ毛。

「本当、寝ていても世界一かっこいい。・・・ふふ。おやすみ。ゆっくり休んで。」

私は、ヘンリーの額にキスをした後、ゆっくりと立ち上がり、ヘンリーの部屋を後にした。


*****


「リリアーナ!」

私が、寮を出て馬車に乗り込もうとした時、学校の方から走ってきた人に声を掛けられた。

「・・・アラン。」

乗り込むために段差にかけていた足を尾をしてアランの方へ向く。

「おま、どこ行く気だ!?」

血相を変えて走って来た。
え、はや・・・・・。

「・・・。」

アランの迫力に何て言えばいいのかわからなくて言葉が出ない。すると、

「まさか、また・・・・!?」

また?またとは・・・?
あ、え?もしかして?

「え!?違う!違うよ!フィンセントを、探しに行こうと思っただけだよ!家出じゃないよ!」

やっとアランの言いたい言葉にたどり着いて、全力で否定した。

「なんだ、よかった・・・・。」

私の答えを聞いて、脱力したようにその場にしゃがみこんだ後、ん?っと顔を上げた。

「え?な、何?」

「なんで、裕美がフィンセントを探しに行くんだ?あいつ、ただの休みじゃないのか?」

(やば・・・!表向きはただの休みなんだから探すなんて言ったら面倒な事に・・・・)

「・・・・俺も行く。」

(なりますよねぇ~~~、そうなりますよねぇ~~~。)

「おら、行くぞ。詳しい話は、中で聞くから。急いでんだろ?ほら、行くぞ。」

アランを連れていくことに葛藤していた私をよそに、さっさと私の呼んだ馬車に我が物顔で乗り込んだアランを見て、降りてと言うのは不可能という事は理解した。
・・・まぁ、一人よりも二人の方が良いかもしれない。そう、思い直すことにして、アランに差し出された手を私は掴んで馬車に乗り込んだ。


*****


「で?何があったんだよ?」

「えっと・・・・。」

何て言ったらいいのか分からず、言い淀む。

「昨日、何があったのかから、話せるか?」

私が、まだ混乱していると察してくれたのか、先ほどより詳しく、聞きたい所を聞いてくれた。

「誰にも・・・本当に、この話は私とアランの二人だけで、誰にも・・・本当に、絶対に誰にも言わないでほしいの。この先、何を見て、感じて、いい事も、良くない事も全部・・・何があっても誰にも言わないと・・・約束、してくれる?」

もしも、黒魔法をヘンリーが使ったと知れたら、ヘンリーがどうなるかわからない。
でも、私の記憶がないというフィンセントに、アランが会ってしまったら。アランはヘンリーを疑うだろうことは安易に想像できる。
だったら、全部話して口外しないと約束した方が良い気もした。・・・まぁ、破るかもしれないけれど、それはアランを信じるしかない。
私の言葉に、しばらく沈黙した後、アランが口を開いた。

「わかった。誰にも言わない。裕美が悲しむことは絶対にしないと誓う。だから、俺を信用して話してくれ。」

そう言って、頷いてくれた。

(・・・アランはいつも、私の柔らかい気持ちにしてくれる。)

いつの間にか、アランが隣に座って肩をギュッと抱きしめてくれて、アランの心地良い鼓動を聞いて、私は自分の知っていることを一つずつアランに話していった。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(23件)

tago
2022.01.16 tago

最初は王子このヤロー❗️💢
…と思ってたらヘンリーだったw

ヘンリーがそこらのヒーローより素早くヒロインのピンチを救うとか本当に最強すぎwwwwwww
お見事👏

解除
2022.01.16 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除
tago
2022.01.08 tago

王子が一番無いわー😩
性格悪いし腹黒の癖に軽率にも王女の件でもやらかしてるしな…

そして今回悪役令嬢ならぬ悪役王子に立ち場が逆転してる気が…

ヘンリー!助けに来てー!😣

解除

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】スパダリ幼馴染みは溺愛ストーカー

湊未来
恋愛
大学生の安城美咲には忘れたい人がいる……… 年の離れた幼馴染みと三年ぶりに再会して回り出す恋心。 果たして美咲は過保護なスパダリ幼馴染みの魔の手から逃げる事が出来るのか? それとも囚われてしまうのか? 二人の切なくて甘いジレジレの恋…始まり始まり……… R18の話にはタグを付けます。 2020.7.9 話の内容から読者様の受け取り方によりハッピーエンドにならない可能性が出て参りましたのでタグを変更致します。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

睡姦しまくって無意識のうちに落とすお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレな若旦那様を振ったら、睡姦されて落とされたお話。 安定のヤンデレですがヤンデレ要素は薄いかも。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。 ……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。 それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?! 上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる? このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!! ※小説家になろう様でも投稿しています

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。