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第24話

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「リリアーナ!」

部屋を出て、教室に向かう為に歩いていたところ、フィンセントが後ろから声をかけて来た。

「‥‥フィンセント様。」

さっきの事で、すごく警戒してしまい、少しだけ眉が寄ってしまう。
フィンセントは、急いだのか少しだけ走って来たようだった。追いつき側に、あたしの肩を掴んだので分かりやすくビクッと体が震えてしまう。

「‥‥悪かったよ、だからそんなに警戒しないでくれ。」

「‥‥。」

私は、自分の痴態を見られて目も合わせれないのに、フィンセントが普通にするもんだからどう接するのがいいのか分からなくて困惑してしまう。

「‥‥。リリアーナ、教室とか、分からないんだろう?」

図星を指されて、明らかに目が泳いでしまったようで、フィンセントがクククっと、肩を揺らして笑った。

「だから、アランに案内をそれとなく頼んでたのに‥‥。」

「‥‥ん?」

急に、笑いがピタッと止んで、どんどん黒い笑顔になって行くフィンセントを見て、私は自分の失言に気が付いた。

「あぁ、だから今日はずっと一緒にいたんだね。」

「ずっとじゃ‥‥。」

「始業式の時も、楽しそうに一緒にパンフレット見てただろう?それに、帰る時も一緒だったじゃないか。」

「それは、たまたま会ったからで‥‥なんにしても、フィンセント様には関係のない事だと思いますけど‥‥。」

「んー‥‥それは、狙ってるのか?それとも、天然か?」

「え?なんのーー‥‥」

腰を掴まれて、グイッとまたフィンセントの体と密着するように抱きとめられた。

「だから、裕美はワザと俺に嫉妬させようとしてるのか?それとも、またこうされたいとか?」

耳元で、いつもよりも低い声で鼓膜を擽られて、ペロリと耳裏を舐められる。腰の辺りがゾクゾクと震えてしまう。

「俺は、思っていたよりも心の狭い男だったようだ。‥‥だから、裕美にはなるべく俺以外の男と一緒にいて欲しくない。」

意地悪に耳を食んだかと思ったら、掠れるような声で切実に訴えられて、どっちがフィンセントの本音かわからなくなってしまった。

「‥‥返事は?」

サラリと、フィンセントに髪を触られて、ドキっと胸が高鳴る。
しかし、発言的にドSは治らないらしい。

「‥‥別に、好んで一緒にいたことなんかありませんっ!それに!心の狭い男の人は私は嫌いですっ!」

力一杯、フィンセントの胸を押して、なるべく距離を取って伝えた。

「っ!ふふふ。そうだったね、ごめん。直すように頑張るよ。」

そう言って、再度ギュッと私を抱きしめてチュッとおでこにキスされた。

「‥‥わかれば、いいんです。」

何か言わないとと思ったら、変な事言ってしまい、言った後に後悔する。

(なに上から目線で言ってるの、私!!そんなことしたらまたエッチな事を‥‥)

身構えたが、フィンセントは肩を揺らして笑っているだけでエッチな事はしてこなかった。

「ほら、教室行くんだろう?送ってくよ。‥‥リリアーナ。」

フィンセントは、そう言って優しく手を引いて歩いてくれる。
フィンセントとあんな事したから、今日中くらいは、周りの”声”は聞かなくて済む。
そう思ったら、恥ずかしくても少しは我慢してやったほうがいいんじゃないかとさえ、思ってしまった。

(打算的‥‥すぎるかな。)

でも、”声”を聞くのは結構心理的に辛いものがある。
いい言葉だけ拾うならまだいいが、私に聞こえるのは基本的にまだ、嫌な感情が多いから余計だ。毎日、寮の部屋に引き篭もっているわけにもいかない。だからといって、部屋の扉を出たら屋敷にいた時と違って、会う人が多すぎてすぐに人酔いしてしまう。‥‥難しい。

「ほら、ここが、リリアーナの教室だ。席は、始業式だから多分、自由席だろう。好きな所に座って先生を待ってればいい。」

考えていたらいつの間にか、教室の前まで来ていた。

(本当に、ちゃんと送ってくれた‥‥。)

意外すぎてびっくりする。

「あ、ありがとうございます、フィンセント様。」

「うん。あ、俺は隣のクラスだから。‥‥それと、帰りも迎えにくるから。教室で絶対、待ってろよ。約束だからな!」

フィンセントは、一気にまくしたてるとサッサと隣の教室の方へ向かって行ってしまった。

「‥‥返事は関係ないってか。」

ポツリと、悪態ついてみる。強制命令されても、不思議とそこまで嫌な気分じゃなかった。
‥‥‥‥だって、見えてしまったから。

フィンセントの耳が赤くなっているところを。





「リリアーナ、やっとこれたんだな!道、迷わなかったか?大丈夫か?」

教室に入るなり、アランが私の所に来てくれた。
そのせいで、クラスメイトからの視線が一気に集まったけど。

(まぁ、仲悪いはずの二人が仲よさそうに話してたら驚くわよね。)

「う、うん。フィンセント様が送ってくださったから‥‥。心配してくれて、有難うね。」

アランにお礼を伝えると、「え?」と小さいつぶやきが聞こえた。

「‥‥?どうしたの?」

「い、いや‥‥。本当に、ずっと‥‥フィンセントと居たのか?」

「う、うん。」

フィンセントに連れられて言ったのだから当たり前だろう。なのに、アランは何故か眉を寄せて考えるそぶりをした。

「‥‥‥‥そっか。」

なんだか、元気が無くなってる気がする。

(‥‥あ、アランはリリアーナのことが好きだから、フィンセントが急に興味出し始めたのに対してやきもきしてる感じか!あぁ~~‥‥私はリリアーナじゃないよって教えてあげたいけど‥‥そんなこと言ったら理由も言わなきゃいけなくなるし‥‥。じゃあ、リリアーナ返せって言われても困るし‥‥困った。)

ションボリしているアランを見て、少しだけ、罪悪感が湧いてくる。‥‥まぁ、私のせいじゃないし、私にはどうしようもない事なんだけど。

「俺の前の席空いてるから、ここ座れよ!」

「あ、有難う‥‥!」

アランにどう伝えればいいか分からなくて、頭をひねるがいいアイディアが浮かばない。
席について、暫くすると担任の先生が来た。

簡単にホームルームをして、今日はこれで終わりとなった為に、みんなが帰り出す。

・・・やっぱり、この学校も日本の影響はめちゃくちゃ受けているようで、今日のホームルームでは、文化祭について話があった。

(確かに、学校行事で一番ワクワクするしなぁ。でも、貴族の文化祭ってどんなの?メイド喫茶とか、嫌がりそう~~‥‥。あ、お化け屋敷?でも、お化けってあるのかな?そこは、西洋風に悪魔的な?秋といえばハロウィンだけど、あるのかな?クリスマスとか、そう言うイベントもあるのかな?)

確か、ゲームではあったような気がしたけれど‥‥。

「‥‥リリアーナ、帰らないのか?」

不意に、考え込んでいたら後ろのアランが、カバンを机に出しながら聞いて来た。

「あー‥‥なんか、フィンセント様が教室で絶対待ってろって言うんだよね。」

「‥‥最近、フィンセントと仲良いよな。なにか、あったのか?」

「え?そうかな‥‥。ふ、普通だと思うよ?フィンセント様も、そんなに私に興味ないだろうし‥‥」

変に鋭いアランにドギマギしてしまう。
先程のことを思い出して、暑くなってノートで扇いで誤魔化す。

「‥‥リリアーナ、くびーー‥‥「リリアーナ、待たせたな。」

「あ、うん。今行きます。」

アランが何か言おうとしていたが、それよりも大きいフィンセントの声でかき消されてしまった。

「アラン?何か、言おうとしてた?」

「‥‥‥‥いや、気のせいだった。大丈夫だ。」

「そう?ならいいんだけど‥‥」

「リリアーナ、早く、おいで?」

フィンセントが、手招きして待っているもんだから、アランのことは気になったが行かなければまた何されるか分かったもんじゃない。

「じゃあ、私、行くね。また明日ね。」

「あ、あぁ。また明日。フィンセントも、じゃあな。」

「あぁ。じゃぁね、アラン。」

私はアランに別れを告げて、フィンセントに引っ張られるように教室を後にした。





「フィンセント様、どこ行くんですか?」

「どこって言うか、学校案内?リリアーナ、この学校の事、全然しらないでしょ?」

「あ、そうですね‥‥。有難うございます、わざわざ。」

「いいんだ。俺がしたくてしてる事だから。‥‥また、アランや他の誰かを頼られるのは嫌だったからな。」

ポツリと、放たれた最後の言葉を聞き逃した。
それにしても凄く大きいこの学校は、全部の教室は覚えられないだろうな、と思った。
だからか、絶対使う教室だけ案内してくれるフィンセント様の要領の良さに感心してしまう。

そして、いつまでたっても手を離さないから、前の世界の恋人同士みたいに手繋ぎで歩き回っていて、それも初めての体験の私はドキドキしっぱなしだ。

(高校の時にはなかったリア充感‥‥!すごい、こんな所で経験できるなんて‥‥!)

顔がにやけてしまいそうになるのを必死に抑える。
フィンセントは、いたって真面目に、学校案内をしてくれてるのに私が茶化したら元も子もない。なので、黙ってフィンセントに着いてくことにした。





「で、ここが学園の食堂だ。寮には、寮の食堂があるだろ?そっちは、リリアーナの執事とかが案内してくれると思うぞ。で、あっちから外に出たら中庭になってる。中庭に行くなら、そこの渡り廊下を行っても、行けるぞ。」

「すごーい‥‥本物ばっかりだ‥‥。って、あ、有難うございます、なにからなにまで。」

私は、途中からゲームの聖地巡りのような気持ちになってフィンセントについて来た。

「いいんだ。楽しかったから。あ、あと一番重要な所を忘れてたから、もう少し、付き合ってくれるか?」

「え?勿論、良いですよ。」

確かに、思ったよりもちゃんとしたツアーだったし、変なこともされなかったし、会話も、とても楽しかった。手を繋いでいても、いつの間にか違和感は無くなっていて、普通に恋人繋ぎをして隣を歩いていた。そんな私たちを、周りの生徒はしんじられないものをみるように遠くから観察している。

(‥‥よかった、今日は聞こえなくて。)

いま、聞こえていたら、絶対に嫌な気分になっていただろう。
さっきの行為は恥ずかしかったけど、やっぱり必要なのかもしれない、と思って来た。

暫く歩くと、見たことがある廊下に差し掛かる。

「‥‥フィンセント様?行きたいところってー‥‥?」

「あぁ、生徒会室だ。先ほども、来ただろう?」

さらりと、言われた。

(え、さっきの所、生徒会室だったの?お客さん通すような感じだったけど??あれ??でも、確かにゲームで、主人公とフィンセントがやってるシーンで見たことあるような彫刻があったような‥‥。)

サーっと、分かりやすく血の気がなくなるのを感じつつ、開けられた扉を無視することもできずに部屋に入った。・・・やっぱり、ゲームでもやってたフィンセントのお気に入りのヤリ部屋だ。なんでさっき気付かなかったんだろう。

「ここは、生徒会室って言うよりも、お客さんを呼ぶ応接間かな。ほら、こっちの部屋が、生徒会室だよ。おいで。」

さっきのヤリ部屋‥‥もとい、応接間は、今はスルーされて、その奥にある扉からもう一つの部屋に連れてかれる。

「ここが、生徒会室だよ。こっちが俺の席で、あそこがアーノルドの席だ。何かあったり、暇だったら来ると良い。裕美なら、大歓迎だから。」

ニコリと愛想のいい笑顔で言われても、私は変な汗が垂れただけで返事は出来なかった。

「ちょっと、この書類だけ取りに来たかったんだ。付き合ってくれて有難う。じゃ、寮に帰ろうか。」

「は、はい!」

フィンセントはそう言うと、また手を取って歩き出す。

(今はなにもしないんだ‥‥。って、それが普通!!よかったの!‥‥なによ、なんか私が期待してるみたいな‥‥。そ、そんなことないんだから!)

ブンブンと頭を振って、邪心を取り除く。
そんな私の様子に、またフィンセントは声を上げて笑っていた。
その笑顔が本物なら、少しはフィンセントを信じてもいいのかもしれないと、少しだけ思った帰り道だった。



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