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第3話

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「この世界を壊してくれる者を呼ぶ、と‥‥」



(えぇぇぇぇぇぇぇ!!!???)





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 うん。話は分かった。

 婚約者には相手にされない、両親も、好きな物を与えてくれはするけど、実際は見放されてるし、愛情を求めても無駄だと知った。それに、唯一好いていたお兄さんにも疎まれて、侍女達にも嫌われて、もう、この世界を壊してやりたいと。



 それで、魔王?を自分の体に召喚しようとしたら、”私”が召喚されたと。



 この侍女は、魔王?に怯えてたからこんなに震えているのか。

 え、でも、実際は?‥‥ただの20代前半の会社員だし?ただのヲタクが召喚されたと??



 あ、もしかして!その、血の儀式とやらをもう一度やったら元の体に戻れる!?



「‥‥‥‥話は、分かりました。あなた‥‥お名前は?」



「ゆ、ユーリと申します。」



「ユーリさん。安心してください、私に、この世界を壊す力はありませんから。そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。」



「‥‥‥‥お嬢様は‥‥」



「私の体と入れ替わっているか‥‥はわかりませんが、魔王は召喚出来なかったみたいですね。」



 困ったように笑って見せると、ユーリは腰を抜かしたようにその場にへたり込んでしまった。



「ユーリさん、私、元の体に戻りたいんです。その、血の儀式ってやつを教えていただけませんか?」



「‥‥申し訳ございません‥‥‥‥それは、もう、出来ないです。」



「え‥‥?な、何故ですか?」



 ユーリさんの言葉に、嫌な汗が垂れる。



「昨日は150年に一度の青の満月の日でして‥‥青の満月でないと、儀式は完成しないのです‥‥。」



「ひゃ‥‥!で、では、一生このまま‥‥!?」



「‥‥はい。次の青の満月は、150年ほど先なので‥‥多分、普通の人は、生きていないかと‥‥」



「そ‥‥そんな‥‥‥‥」



 目の前が一気に真っ暗になる。

 昨日まで、好きなゲームや本に囲まれて、やっと慣れて来た会社にも、やりがいを感じ始めたばかりだった。地方にいる両親に今年の誕生日は奮発して何か送ろうって‥‥



 ポロポロと、いままでの緊張の糸が切れたように涙がこみ上げて来た。



 自分勝手に私を召喚して、戻りもできないなんて‥‥



 お母さんやお父さん、おばあちゃんおじいちゃんにもまだ感謝の気持ちも伝えてないし、親孝行や、幼い妹の成長だってまだ見たかった‥‥。



「おじょ‥‥‥‥ヒロミ様。」



 優しく、ヘンリーさんが肩を支えてくれて、背中を撫でてくれた。

 差し出されたハンカチを受け取って、溢れ出てくる涙を押し当てる。

 ユーリさんは、申し訳なさそうに俯いて心から謝ってくれていた。



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 ひとしきり泣いた後、腫れた目元を見られないように部屋に戻り、ベッドの中に籠る。



(150年先‥‥時間や月なんて私じゃどうこう出来ないじゃない‥‥。身勝手すぎるよ、リリアーナ。この世界を壊す?自分の思い通りにならないから?そんなの、自分が蒔いた種でもあるでしょうよ!両親のことは置いておいて、王子に対してだって、友達や、侍女達に対しては自業自得でしょ!?自分で努力しないで楽に結果を取ろうとするからじゃない!!うん。いいわ。やってやろうじゃないの。あなたの望んだ通り、この世界を壊してあげるわよ。ただし、あなたの世界をね!私は、私の住みやすい心地いい世界に変えてやるんだから!人に嫌われて嫌だった?好きな人が愛してくれなくて嫌だった?未来がお先真っ暗で嫌だった?ふん。まだまだケツの青いお嬢ちゃんって事ね。私と入れ替わったのを今更後悔しても知らないんだから。そっちの世界でいきなり10近く年取っていきなり働きに出なきゃいけなくなってピーピー泣くのはリリアーナよ。私は、ちょっと遠くに留学したって思えばいいもの。実際、親とはもう離れて暮らしてるんだからあまり変わらないわ。私の親だってね、厳しいんだから!絶対、ニートとか許す親じゃないんだから!現代社会ナメンナヨ!社畜になっちまえ!!)



 よく分からない解釈で、斜め上に状況を受け入れてベッドの上に勢いよく立ち上がった。





「ぜーーーーったい!幸せになってやる!!!!」





 改めて、決意を口にする。

 すると、大声に驚いたヘンリーさんが慌てて部屋に入って来た。



「お、じょうさま?」



 ベッドの上で仁王立ちしている私をキョトンとした顔で見られた。



「あ、いや、決意を、ね。ハハハ」



 気不味げにいそいそとベッドを降りて、ヘンリーさんに改めて挨拶をした。



「ヘンリーさん。私は、あなたの好きなリリアーナ様じゃないと思いますし、この世界のこと、全然知らないのでご迷惑をおかけすると思います。でも、この世界に馴染めるように頑張るので力を貸してください。リリアーナが壊したかったこの世界は壊せないけれど、”私”がこの先、リリアーナより幸せに過ごせるように協力してくれませんか?」



 背筋伸ばして、背の高いヘンリーさんの目をジッと見つめて協力を仰ぐ。



「っ!‥‥もちろんです、ヒロミ様。私は、何があろうと、貴女の僕でございます。」



 ヘンリーさんはそう言いながら、著しく膝立ちをして、私の手を取り、手の甲へ口付けた。



(これ知ってる!王子様や騎士ががよくやるやつだ!!)



「ありがとうございます。」



『あぁぁぁぁぁお嬢様のお手に触れてしまったぁぁぁぁ!!!しかも、すべすべ!!つるんつるん!!!あー‥‥このまま押し倒したい。せっかくベッドが後ろに‥‥いや、今はそんな事しちゃダメだ。うん。ダメだ。』



 なんだかキモい‥‥ん”ん‥‥うるさ‥‥‥‥騒がしい、心の声が聞こえたが、それは無視した。



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 事情を知る、ヘンリーさんとユーリさんには、なるべく一緒にいてもらえるように手配してもらい、知識はないけれど、体が覚えているのかマナーやダンスなどは問題なくこなせるようだった。ただ、誰が誰とか知識が抜けていることを補うのが大変だった。一ヶ月後には学校へ戻るし、その前に多分、王子がお茶会にくる。予定としては五日後だったため、付け焼き刃で話し方や作法を学んだ。





 五日後‥‥





「お嬢様、今日のお召し物はどちらになさいますか?」



 何枚かドレスを前に出される。

 ユーリは、五日もすると、本当に魔王じゃないと分かってくれたのか、ビクビクすることも減っていった。それに、侍女たちも本当に私が改心したと思いだしたのか、心無い言葉が多かったのが、少しだけ減っていた。‥‥まだまだ聞こえるけど。



「うーん。こんなに堅苦しくするものなの?プライベートなお茶会なのでしょう?」



 こっそりと、ユーリに確認する。



「はい、プライベートではあるんですが、王太子殿下がお越しになられますので‥‥」



「そっかぁ‥‥そうだよね、じゃあ、この薄いブルーのにするわ。」



「畏まりました。」



 ユーリは一度頭を下げると他のドレスを下げるように言って先に髪や化粧をする為に化粧台へ連れていかれた。



 そこで‥‥



「ちょ、ちょっと待って!!」



「どうかなさいましたか?お嬢様?」



「どうかって‥‥!これじゃあ、肌を悪くするだけじゃない!」



「え?」



 何を言われているのかが分からない、本当にそう”言っている”。

 そうか、これが普通だったから‥‥だからゲームのリリアーナと、今のリリアーナが別人に思えたんだ‥‥。でも、この人は意地悪じゃなく、本当にこの通り化粧しろって言われて来たから何も疑問も持たないのか‥‥



(よし、仕方ない。ここは私がやろう。)



「いいわ。私がやるから、他の事をしていてくれる?」



「え、でも‥‥」



 化粧担当の侍女が困惑と『まさか、解雇!?』と怖がってしまった。



「‥‥じゃあ、隣で見ていてくれるかしら?次は、今回と同じように化粧をして欲しいから‥‥」



「は、はい!!」



『次』と聞いてホッとしたのか、顔色が戻って来た侍女を横目に、説明をしながら化粧をしていく。



 流石、お金持ちの化粧品たちだ。ナチュラルに、でもちゃんと化粧映えしたリリアーナが鏡に映っていた。



(元がいいんだから、色ばかり乗せちゃダメよね。)



 化粧品会社に勤めていた私は、化粧やネイル、髪を弄るのが高校生の時から大好きだった。



(うんうん。絶対これくらいの方がいい。髪はどうしようかな?ハーフアップにしようかなぁ~♪)



 何個もある中の青い真珠の髪飾りを着けて、



「よし!完成!どうかしら?」



 綺麗な顔に髪にテンション上がってクルッと隣にいたはずの侍女に意見を聞くと‥‥



「とっても、とっても可愛いです!!!」



「お嬢様、一体どこでそんな綺麗な髪の結い方を?」



『元がやはりお綺麗ですから、このくらいでいいのねぇ~でも、いつも以上に毛穴が無いわ‥‥』



「お嬢様、私にも化粧の仕方を教えてください!」



 後ろを振り向くと、ワッと侍女達が押し寄せて来た。

 そこには、本当に驚いたり、褒めたりと、貶す言葉は聞こえてこない。

 本当の意味で、この世界に来て初めて、嬉しくなった瞬間だった。



 パンパン



 侍女や私もその音にハッとして、音の方を向くと、ヘンリーがこちら‥‥主に侍女達に呆れた顔をしながら注意した。



「お嬢様もお困りですし、もうすぐ王太子が到着されます。早くお嬢様の支度を終わらせてください。」



「はい!」



 すこしだけ鋭くなったヘンリーの視線を受けて、侍女達がせっせと動き出した。

 私も、少し申し訳なくなってヘンリーを見ると‥‥



『えぇぇぇ????いつものケバケバお嬢様は???え、なに???絵本から出て来たお姫様なの????何でこんなに美しくなられてるの????えぇぇ???このまま王太子に見せるの????嫌なんだけど!!!どうしよう!!!嫌なんだけど!!!あ、やばい、お嬢様がこっち来てる!!!あぁぁぁやばい、閉じ込めたい!誰にも見せたく無い!!こんな可憐なお嬢様を誰にも見せたく無い!!!』



 全く顔色が変わってないのに危ない事を色々考えながら挨拶を交わした。



「遅くなってしまってごめんなさいね?」



「いえ、侍女が遅いだけです。お嬢様はなにも。」



「この顔に化粧するのがとても楽しくなってしまって。元がいいと、わくわくするわね。ふふ」



「お嬢様はいつも美しいですが、今日は特に美しいです。」



「ありがとう。」



(本当に、ヘンリーはこの顔が好きなんだな。ふふ)



 そんな事を思っていると、



「ヘンリーさん!着替えますから、部屋を出てもらってもいいですか?」



 ユーリがヘンリーに言うと、ヘンリーは一度頭を下げて部屋を出て行った。



『ユーリめ!!お嬢様との穏やかな時間を邪魔しやがって!!!』



 心の中で、しっかりと悪態をつきながら、素知らぬ顔で出ていくヘンリーはなんだかシュールに感じる。



「お嬢様、こちらにこの様にして立ってください。」



「はい。」



 初めてのしっかりとしたドレスと着させて貰って、シワの一つもない様に仕上げてもらう。

 姿見を見ながら自分でも、見惚れてしまった。



(いかんいかん。これじゃ、思いっきりナルシストだわ。この姿が”私”だってちゃんと認識しなくちゃ。)



 まだ、美少女になったのを受け入れられてないのか、他人事の様に感じてしまう。

 もう、リリアーナ=私と受け入れないと挙動不審は治らない気がする。



(私はリリアーナ。私はリリアーナ。私はリリアーナ。)



 ドレスを着ている最中ずっと心の中で唱えた。



 コンコン



「王太子殿下が到着なさいました。」



「わかったわ。今出ます。」



 ヘンリーの声が聞こえて、私が返事をした。

 最終確認を終えて、部屋をでるとヘンリーが少しだけ心配そうに待って居た。



「大丈夫。上手くやるから。」



 ヘンリーの心配もわかるので、安心させる様に笑いかけると珍しく少しだけ耳が赤くなった。‥‥し、心の声がいつも以上に煩くなった。



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