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第三十一話 生まれてくる精霊の獣。その眼前で。

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 世界は命で溢れている。

 この世界で生きる人々により、様々な命は、その在り方により様々なカテゴリーに分けれれ、説明されている。しかし、世界には極稀に、その説明の枠から外れた生命も誕生する。

 精霊の守護を受けた草木が、これまた精霊の祝福を受けた者達の干渉………すなわち、男女和合の精霊術を使用されたことで、新しい純粋な命を宿したのだ。
 この世界には精霊術が存在するが故に、その作用によって稀に新たな生命の息吹が芽吹く。今、その命が形を成そうとしていた。

  「こんな形で新しい命が生み出せるなんて………知らなかった」

 水の精霊術の使い手である蒼い髪の幼女アマナが、流暢に喋れるようになった言葉で驚きを口にする。つい先日まで、言葉が不自由あった彼女だが、その症状は完全に改善されていた。今は言語障害の後遺症は見られず、同年代の幼女、少女たちと遜色なく言葉を喋れる。

 そんなアマナは、マリティアやモモ、ノア含む多数の幼女、少女たちと共に、ストライダーIKUMIとリューコが生み出したという、精霊獣が宿る胎盤が根付いたピンク色の花の前に集まっていた。

 「これが………私も、他の子たちも、精霊獣術が使用できるようになれば、リューコさん同様に、ストライダー様と精霊術の赤ちゃんを生み出せると言うことですの………?」

 アマナの言葉に続くように、そう言ったのは金髪の幼女マリティア。北方諸国連合の貴族の娘である。しかし、その表情に精彩さは欠け、若干、涙目でもあった。

 精霊術の練習を終え、家屋へと戻って来たリューコから「IKUMIさんとの赤ちゃんができちゃった」と報告され、半狂乱を通り越して、いきなり立ったまま気絶した子が彼女、マリティアなのであった。
 その後、モモの腕の中で意識を取り戻し、実態は精霊獣の幼生体と聞いて、何とか正気を取り戻していた。
 しかし、何かとリューコやアマナ、それに精霊術を新たに使えるようになったノアといった面々に、色々と置いてけぼりにされた気がしていて、へそを曲げているのもまた、このマリティアなのであった。
 一見、物分かりが良いように見えても、この辺りは年齢通りの子供なのである。
 貴族の出自とはいえ、いつも貴族の誇りを保てる訳でもない。時には幼女らしく、他の女の子に嫉妬もする。

 そして、その精神が落ち着くと、早速マリティアは行動に出た。何はともあれ精霊獣の幼生の姿を、自分自身の目で拝んでみようと、他の幼女、少女たち全員を引き連れて、この場へとやって来たのだった。
 無論、リューコ、アマナ、ノアに引き離されたと感じたIKUMIとの距離を、何とかして縮めるためである。マリティアはIKUMIとの恋愛面だけでは、何としても周回遅れになりたくなかったのだ。
 やっぱり、好きな人の一番でいたいのが乙女心なのである。

 「………むむむむっ!」

 そう、可愛らしい眉間にしわを作り、唸って精霊獣の赤ちゃんを見詰めるマリティア。んな彼女に、アマナが先程の質問の答えを投げ掛けた。

 「たぶん………可能。この場に精霊術の才能がない女の子はいない。私たち全員が、IKUMIさんと精霊獣を生み出すことはできると思う。ただ………」

 「…ただ?」

 「私もそこ、気になります!」

 「私も!」

 「あたしも!」

 「僕も!」

 「私も!

 「はいはい! わったしも!」

 勿体ぶった言い方をするアマナに、幼女たちの集団の前にいた子たちが次々と詰め寄る。みんな女の子である。IKUMIとの子供と聞いて、女性の本能が刺激されたのか、若干、夜叉的な怖さ、雰囲気があった。
 実際、この場に集まった子たちの眼は若干吊り上がり、アマナを見詰める視線も鋭いものだった。

 この状況には、この場に居たリューコと、幼女、少女たちに詰め寄られた当の本人であるアマナも、かなりのプレッシャーを感じ、引いていた。

 コワイ。

 「ひっ………ただ、リューコちゃんは花(木)の精霊術の才能があったから花から精霊獣が生まれることになったけど、みんなそれぞれ精霊術の才能が違うから、それぞれ違う生まれ方をしてくると…思う…の」

 身を引き、恐る恐る、そう返事をするアマナであった。

 「ああ…そういうことですの。理解しましたわ」

 「…リューコちゃんみたいに、上手く行くとは限らないとか言われると思っちゃった」

 「僕も。一安心だよ」

 「やっぱり、みんなそこが心配でしたよね?」

 「そりゃね。みんなと違って自分の子は不具だったり、生まれてこれないとか聞かされたら辛いもの!」

 「そうそう!」

 「アマナちゃん、そこは大丈夫よね?」

 「よね!」

 モモやカナが再び、そうアマナに尋ねる。

 「うん。それは大丈夫だと思う。この子からは強い精霊力を感じるの。だから、精霊獣とは基本、この子みたいに強いんだと思うの」

 そい言って肯くアマナであった。さらに自分の知っている知識を、せっかく上手に喋れるようになったのだからと披露するアマナだった。

 「精霊術の属性の力は流転するの。だから相克する属性でも、時に強め、時には弱めて、バランスを取り合う形で力が交わるはず。だから………」

 だから?」

 「みんなの属性がIKUMIさんと反発するものでも、精霊獣の子供にそれほど影響はないはずよ」

 それぞれの才能により、精霊獣の生まれ方は違う形になるとのアマナの説明を聞き、穏やかな表情になるこの場の女の子たち。
 そんな子たちの変化にアマナもまた安堵の表情を浮かべる。怒らせない形で説明が出来て良かったと。もし、あのまま般若の表情の女の子たちに囲まれていれば、アマナも正気ではいられなかっただろう。年相応に泣き出していたかもしれない。
 何とか、そんなピンチを掻い潜ったアマナであった。

 「それを聞いて、私も安心したよ」

 一方、他の女の子たち同様、IKUMIと共に自分が生み出した精霊獣が、このまま五体満足で生まれてくるのかとどこか心配していたリューコも、そんな安堵の気持ちをアマナや他の女の子たちに伝える。
 自分の子が健やかに育つことを願う。
 そんな感覚を持つとは、やはりリューコを含めてみんな、将来は母親となる運命を持つ女の子たちであった。

 「それで、これからマリティアとみんなはどうするの?」

 「そう言うリューコはどうするんですの?」

 女の子たちの大切な話は一段落し、話は次の段階へと進んだ。

 「もちろん! お花に水をあげて、この子が誕生するのを待つよ! 名前も考えてあげなくちゃ!」

 「そうですの。私はIKUMIさんに早速、精霊術の基本を教えて貰いますわ! 私とて、リューコやアマナ、ノアに負けてはいられませんもの! IKUMIさんと、立派な精霊獣を生み出して見せますの!」

 「…あはは。頑張って」

 「ええ!」

 自分の質問に、高らかに宣言するように答えるマリティアに、若干引き気味のリューコであった。微笑ましいやり取りなのだが、どこか鬼が潜んでいるような会話であった。

 「さあ! みなさん、IKUMIさんの許に急ぎますわよ!」

 そんな、引き気味のリューコを無視し、再び宣言するマリティア。

 だがーーー

 「あの…マリティア、それは駄目です」

 「はい?」

 予想外のモモの言葉に、マリティアが驚いた表情になって振り向く。まさか自分の行動案が他の子に否定されるとは、露ほども思っていなかったのである。みんな、IKUMIさんとの子供(精霊獣)が速く欲しいはず。そう思っていたので、まさかIKUMIの許に行くことを、否定はされまいと思っていたのである。だが、現実は違った。

 「なっ、何でですの?」

 「何でって、まだみんなの朝食の準備も僕たちは終えていないよ。僕も、空いた時間で炊事用の薪割りくらいしなくっちゃ」

 「私も、牛さんの世話をしないと」

 「私は炊事当番」

 「お洗濯もしないと」

 若干困った表情でマリティアを止めたモモに代り、ノア、スズ、ケイト、リチアと言った面々が代わって理由を説明した。

 「………でも、精霊術、子供………」

 途端に涙目になり、モモやノアたちに無駄な抵抗を試みるマリティア。そんなマリティアに、いやいやいやと、ノアはじめ女の子たちが、顏の前で腕を横に振る。まず、ちゃんと定められた仕事を熟さないと。そうしないとIKUMIさんに嫌われるぞ。

 そんな意味を含む意思表示を集団でする。日常は大事。精霊術を学ぶとか、子作りとかは、日常の仕事を終え、空いた時間でやるものなのである。

 「…でも! でも!」

 それでも、涙目で無駄な抵抗を続けるマリティア。彼女は早くIKUMIに精霊術を教えてもらい、子供である精霊獣を生み出したかったのである。
 そんなマリティアの前に、内心(仕方のないお嬢様ね)と思いながら、モモがスッと進み出て言った。妥協案の提示である。

 「あの、仕事をちゃんと果たした人から、IKUMIさんに精霊術を教えてもらうことにしませんか?」

 「!? 了解しましたわ!」

 ダッ!

 その提案を認め、早速、家に向かって駆け出すマリティア。早い。そして現金だった。

 きょとん。

 その姿を見送り、きょとんとした顔を見合わせる女の子たち。程なく、幼女たちの集団から「あははははっ」と笑い声が聞こえた。そのように笑い合った彼女たちは、笑顔のままマリティアの後をゆっくり追って行くのだった。精霊獣の宿るお花の世話をすることとした、リューコとアマナを残して。
 
 

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