7 / 45
第七話 幼女の失望と、奴隷商人(児童売買ルート)との遭遇。
しおりを挟む「お前たち、よく身体を拭いて着替えろ。耳の穴の水も、ちゃんと抜き取れよ」
IKUMIはそう言うと、近くの岩の上に畳んで置いてあった大きめの手拭いと、耳の中に残る水を出すための綿棒を指し示した。
そのすぐ側にある籠には、幼女たちの着替え用にあらかじめ持って来て置いた、シャツや胴巻き、サラシや帯、余り布で作った下着が入れてある。
「では俺は他の作業に入るから、お前たちは休め。簡易ベッドで次の食事まで寝て、体力を回復させろ」
そう素っ気なく言うIKUMI。とりあえず今日の入浴の世話は終わったが、幼女たちの世話を続けるためには、その他の品を用意する必要がある。
今日も含めて3日もしたら、この野営地を後にする。それまでに用意しなければならない幼女用品は多い。
身分証明となる髪飾りと、IKUMIの替えの黒シャツを流用した衣服の用意は終えた。
残る最低限の品は、靴と、荷物を背負わせる背負子である。
IKUMIは、それらの品の準備の他に、幼女たちの食事の世話をしなければならない。また、夜にやってくる予定のTURUGIに屋台で食べさせる、日本食モドキの準備もしなければならない。
「いいか、よく寝ておけよ」
「あのっ、待って!」
そう支持をして、この場から離れようとするIKUMIに、吃驚したリューコが引き留める。マリティア、アマナも困惑した表情で、立ち去ろうとしていたIKUMIを見詰める。
「どうした? 何時までも裸でいないで、早く服を着て寝ろ。風邪を引くぞ」
「えと…あの…夫婦の…は、しないんですか?」
「夫婦?」
(うん? ああ。入浴の後に俺に遊んで貰えると思っていたのか。おままごとの設定で俺は夫役なんだな。子供は想像力が逞しい)
一瞬、何だと戸惑ったIKUMIであったが、すぐに子供の遊びのことかと思い至り、気にもしない。
「すまんが、それは後だ。今は休んで早く元気になれ。健康になって良い女になるんだぞ」
そう最後に言い残し、IKUMIは野営地を去っていった。
野営地から離れた場所に待たせてある連れの吸血植物から、預けておいた装甲狼の毛皮を受け取ってくるのである。
余談だが、この後、名前がないと不便と思ったIKUMIにより、吸血植物はSANSAIと名付けられる。
「…しないんだ…」
「…ちょっと、いえ、かなりガッカリですの…」
「…(コクッ、コクンッ)」
一方、野営地へと残されたリューコ、マリティア、アマナの三人娘はガッカリしていた。三人とも、てっきりIKUMIが自分たちに性的な奉仕を望んでくると思い込んでいた。
それで覚悟を決めていたのだが、見事に空振りしてしまった。
とくに、スカーフェイスである自分には、異性に求婚されることなど一生無いと思い込んでいたリューコは、この結果に相当ショックを受けていた。
そして、同じように前のめりになっていたのは、マリティアとアマナにしても同様である。
IKUMIはロリコンではないため、リューコたち三人は性的な対象として認識していない。守るべき存在ではあるが、リューコ、マリティア、アマナはただの子供。それ以上の存在ではない。
しかし、早く大人にならなければ生き残れない、こちら側の世界に生きる三人娘にとっては、IKUMIは十分以上に魅力的な異性と映っていた。
勘違いとはいえ、IKUMIの側から求婚を受けたのだと思い込んでいたこと、それが初めての経験だったことも、その一因だ。
だが、一番大きな原因はといえば、IKUMIが選ばれし者であったことだろう。
この世界の女性たちにとって、本物の選ばれし者であり、実際に強大な力を持つIKUMIは、結婚相手としては最良の、申し分のない相手と言って良い。
その妻になってしまえば、奴隷にされるなどの危険を容易く排除して貰え、安全が約束された生活を送ることが可能だ。
それは、こちら側の世界において、王族や上級貴族になるのと遜色ないレベルのことだった。
なぜなら、選ばれし者の伝説は、何処からともなく現れ、腐敗した国家や恐ろしい怪物を倒す存在として、各地に残されていたからである。
そして、そんな彼等と婚姻し、細君になった物語のヒロインたちは、軒並み幸せな人生を送ったとされているのだから。
当然、三人の幼女はそれぞれ、夢まぼろしのおとぎ話として、選ばれし者たちの伝説を知っていた。
だが、そんな選ばれ存在が突然、自分たちの前に現れ、求婚してきた。
三人娘の心は昂揚し、舞上がった。
婚姻が成立すれば、まだ幼女であっても一人前以上になれる。伝説のヒロインと同等になれる。
また、選ばれし者であるIKUMIの側から求婚された認識であった三人娘は、それはもう確定の事実だと思い込んでしまった。
だが、実際に蓋を開けてみれば、リューコ、マリティア、アマナの三人は、IKUMIに子供扱いされただけであった。
「…やっぱり…夢だったのかな…?」
「…まだそう判断するには早いですの。IKUMIは私たちに良い女になれと言っていましたの。私たちはまだ身体が育っていないだけですわ」
「…(コクンッコクンッ)」
「マリティアちゃん…だったら私たち、大きくなったらIKUMIのお嫁さんになれるかな?」
「もちろんですの! 私も諦めませんの! 年の差とか、まだ子供だとか、私は気にしませんの!」
「い…ま…寝る…良い………育…つの」
思い通りにならない現実に、弱音を吐いてしまうリューコ。そんなリューコを、マリティア、アマナがオーバーアクションで励ました。
そしてマリティアは、今はIKUMIにお嫁さんと認められなくとも、これから魅力的になって振り向かせれば良いという理屈を、必至に展開、説明する。
子供らしい自分たち中心の、強引なだけ理論展開であったが、自分たちの未来に対する希望とやる気は、確かに溢れていた。
アマナも必死に喋ろうとして、リューコを元気付けようと頑張る。
稚拙だが、二人が必死に説得しようとするそんな姿に、リューコは確かに元気を貰った。
「うん…アマナちゃんの言う通りかも。あの人は、顏に傷がある私なんかに求婚してくれた…諦めたくないよ」
「ええ、その意気ですわ、リューコ!」
「わた…う…まく………なくても、す…き…して……た。う…しか…た。わた…も、あ…きら…な…い」
「そうね! 一緒にあの人のお嫁さんになりましょう!」
「う…ん!」
「その意気ですわ、二人共! でもその前に…」
「その前に?」
「?」
「私たちすっぽんぽんのままですわ! 早く服を着ましょう! 風を引いてしまいますわ!」
そんなマリティアの指摘にリューコとアマナは従い、三人娘は一緒にIKUMIの用意した衣服に着替えたのだった。
◇ ◇ ◇
「…」
(この気配は………複数人…装甲牛二頭立ての奴隷車が二台…それに奴隷商人が一人、護衛が三人…か。この辺りの抜け道は、トーリンではほとんど使われていないはず………なぜここに?)
水と土、そして木の精霊術を操るIKUMIは、森の木々や草花から伝わってくる情報を、こうして整理することが可能だ。
その結果、これだけの情報だと不十分。さらに詳しく気配を探る必要があると解った。
(この辺りに不慣れな輩だな………奴隷車の檻の中身は子供………併せて10人。KAGAMIの奴が、北方連合の児童誘拐ルートを叩き潰したからか………)
「ああ、なるほど」
(…繋がったな、リューコ、マリティア、アマナは白い肌の北方人だ。子供の販売ルートがこちらに移ったために、あの子たちはトーリンに送られてきたのか。貴族の娘が下層の娘と一緒だった訳も解る。奴等、KAGAMIにボコられて相当混乱していたな)
思わぬところで、思わぬ三人娘の事情を理解し、IKUMIは奇妙に納得し………怒った。
「…あれ、俺が全員面倒を見ることになるよな………恨むぞKAGAMI」
恨むべきは奴隷商人と理解しているIKUMIである。しかし、彼女たちを救い出す手間、そして、これから世話しなければならない人数の多さに、IKUMIは辟易していた。
これは明日にでも野営地を出発して、装甲狼襲撃によって崩壊した廃村にでも旅立たなくてはならない。こうなってしまっては、早急に大人数の子供を世話ができるコミュニティが必要だ。三人娘だけ甘やかしていられる時間は強制終了してしまった。
今は別行動を取っている仲間に文句の一つも言いたい所であった。しかし、その一方、並行して奴隷商人たちをどう始末するか、冷静に考えるIKUMIであった。
(さて、土と水のアシッドレインで生きながら溶かして苦しめるか………いや、下手をすると幼い奴隷たちにも被害が及ぶ。牛舎も移動の手段にしたいので、できれば無傷で手に入れたい………ならば)
「速攻で仕留める」
IKUMIは森の木々の木の葉を数十枚集め、その間に吸血植物のSANSAIを呼び、先行させた。
そして自分は、木の葉を折り紙の要領で苦無のように鋭く折り畳み、内錬気法と外錬気法によって練り上げた力を注いだ。
「まあ、手裏剣の練習台にはなる」
そう呟くIKUMIの掌に、血の詰まった肉袋に投げ付ける即席の手裏剣が完成した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
破滅は皆さんご一緒に?
しゃーりん
恋愛
帰宅途中、何者かに連れ去られたサラシュ。
そのことを知った婚約者ボーデンは夜会の最中に婚約破棄を言い渡す。
ボーデンのことは嫌いだが、婚約者として我慢をしてきた。
しかし、あまりの言い草に我慢することがアホらしくなった。
この場でボーデンの所業を暴露して周りも一緒に破滅してもらいましょう。
自分も破滅覚悟で静かにキレた令嬢のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる