20 / 34
帰省
しおりを挟む
次の日の朝、お隣の御主人に車で送ってもらい、田舎へ向かった。出張する夫とは途中の東京駅まで一緒で、別の方向に別れる。ここから新幹線と在来線特急を乗り継いで7時間。
昨日までいた平成の世なら、飛行機利用が普通で空港までのアクセス時間を含めても3時間程度だが、この時代はまだプロペラ機で、大して時間短縮にならない。
国鉄の料金は毎年のように上がっているから、いずれは飛行機利用が主になるのだろうが、それがいつ頃なのかは平成にいるときには特に興味も無かったので調べたりはしなかった。
それでも、新幹線が開通して随分と時間が短縮した。慶子が結婚したのは新幹線が開通する直前で、ほとんど一日がかりだったことを思い出す。
新幹線は冷房が効いている。平成で暮らしている間は有難みを忘れていたけど、改めて思い知らされる。
まだ2歳の保は落ち着いて座っていない。しかも一人分の席ではなく、慶子の膝の上だから、なおさら。
在来線特急を乗り継いで、最寄り駅に降りた時には午後4時を回っていた。
歩いて、夫の実家に向かう。あんなところに行くのは気が進まないが、そういう連絡をしているから今更変えるわけにはいかない。駅から歩いて10分もかからないところ。
「いらっしゃい。遠いところからようこそ」
夫の妹が形ばかりの挨拶で迎える。長男の夫が家を出たことから、この妹が婿養子を迎えて家を継いでいる。慶子は以前からこの家族とは相性が良くない。明日にでも実家の方に移ろう。
ここで幼児期を暮らした泰代は当然だが、歩も慶子の実家よりこちらの方が居心地がいいらしい。理由は明らかで、口煩い慶子の父が苦手なのである。歩は内向的な性格で、あまり外に出たりすることは好まないが、父は子供が家の中に籠っているなんてとんでもないという考えの持ち主。
仏壇に線香を供える。夫の父は5年前に癌で死亡した。その翌年に生まれたのが保なので、夫は半ば本気で「生まれ変わり」だと信じているらしい。
姑が子供たちに向かって言う。
「三人とも大きくなったわね」
「私はもっと年齢を重ねたんですけど」
これは慶子の胸の内。そんなこと、想像することすらできないだろう。
「慶子さんは随分と老けたのね」
なんて失礼なことは、たとえ思っていたとしてもさすがに口にはしないだろうが。
「相変わらず汚い家」
築何年なのか知らないが、夫から真鍋家の本家筋だと聞いたことがある。改装は繰り返しているものの、戦前からの家であることは間違いない。隙間だらけで、特有の臭いが立ち込めている。慶子の実家は中学生の頃に父が建てた家なので、比較にならない。
「慶子さん、ご実家には明日に?」
この義妹は夫の家族の中ではまだましな方。非常に苦手なのは夫の二人の姉だが、幸い今日はいなかった。
「そうしようと思っています。今夜はよろしくお願いします」
本当はこんなところに一泊もしたくはないけれど。
義妹の夫も仕事から帰ってきた。婿養子に来た人で、この家族の中では唯一の他人。慶子からすればよくこんな家に入る気になったものだと思う。下手をすれば慶子自身がここに住むことになっていたかもしれないと、今思い出してもぞっとする。
夕食の後片付けだけ手伝って、姑一家と雑談になる。慶子からすれば5年も前の話だ。思い出すだけでも一苦労である。時々会話に詰まって怪しまれたかもしれないけど、適当に誤魔化した。
古い家なので、風呂も薪や炭を燃やして沸かしている。歩や泰代は物珍しいのか、喜んで風呂焚きをやりたがっているけど、こんなこと毎日やっていたのでは身が持たない。ガスで沸かす風呂のありがたさを改めて感じる。婿さんは近い将来家を建て直すことを考えているらしいが。
今日は「お客さん」扱いなので、一番風呂を勧めてくれた。嘗てはこの家は家族が多く、垢で汚れた風呂にしか入れなかったことを思い出す。ありがたくいただく。
押入れから布団を出してくる。
「なにこれ」
ネズミの糞らしきものが多数ついている。押し入れも隙間だらけなので、入り込んでいるのだろう。
縁側で叩き落とす。それでも気持ち悪いことに変わりはないが、一晩の我慢。
次の朝、改めて朝食時間に姑と義妹夫婦に実家に行くことを伝えた。やはり歩と泰代は慶子の実家には行きたくないらしい。
「お願いします」
頼んでおく。
今日から盆休みに入ったらしい婿さんが送ってくれることになった。助かる。田舎なので、バスは数えるほどしか運行されていない。タクシーを呼んでもいいが、あまり無駄遣いはしたくない。
慶子は、保を抱えて助手席に座る。クーペ型なので、後部座席は大人が座るには狭い。
婿さんが運転しながら聞いてくる。慶子と血縁関係は無いけど、お互い姻族の関係で気安く声が掛けられるのかもしれない。
「お義姉さんは免許を取らないのですか?」
「無理ですよ。難しそうですし」
まさか、25年後の世界で車を乗り回しているとは思わないだろうな。
「次の道、左です」
慶子の実家が見えてきた。
昨日までいた平成の世なら、飛行機利用が普通で空港までのアクセス時間を含めても3時間程度だが、この時代はまだプロペラ機で、大して時間短縮にならない。
国鉄の料金は毎年のように上がっているから、いずれは飛行機利用が主になるのだろうが、それがいつ頃なのかは平成にいるときには特に興味も無かったので調べたりはしなかった。
それでも、新幹線が開通して随分と時間が短縮した。慶子が結婚したのは新幹線が開通する直前で、ほとんど一日がかりだったことを思い出す。
新幹線は冷房が効いている。平成で暮らしている間は有難みを忘れていたけど、改めて思い知らされる。
まだ2歳の保は落ち着いて座っていない。しかも一人分の席ではなく、慶子の膝の上だから、なおさら。
在来線特急を乗り継いで、最寄り駅に降りた時には午後4時を回っていた。
歩いて、夫の実家に向かう。あんなところに行くのは気が進まないが、そういう連絡をしているから今更変えるわけにはいかない。駅から歩いて10分もかからないところ。
「いらっしゃい。遠いところからようこそ」
夫の妹が形ばかりの挨拶で迎える。長男の夫が家を出たことから、この妹が婿養子を迎えて家を継いでいる。慶子は以前からこの家族とは相性が良くない。明日にでも実家の方に移ろう。
ここで幼児期を暮らした泰代は当然だが、歩も慶子の実家よりこちらの方が居心地がいいらしい。理由は明らかで、口煩い慶子の父が苦手なのである。歩は内向的な性格で、あまり外に出たりすることは好まないが、父は子供が家の中に籠っているなんてとんでもないという考えの持ち主。
仏壇に線香を供える。夫の父は5年前に癌で死亡した。その翌年に生まれたのが保なので、夫は半ば本気で「生まれ変わり」だと信じているらしい。
姑が子供たちに向かって言う。
「三人とも大きくなったわね」
「私はもっと年齢を重ねたんですけど」
これは慶子の胸の内。そんなこと、想像することすらできないだろう。
「慶子さんは随分と老けたのね」
なんて失礼なことは、たとえ思っていたとしてもさすがに口にはしないだろうが。
「相変わらず汚い家」
築何年なのか知らないが、夫から真鍋家の本家筋だと聞いたことがある。改装は繰り返しているものの、戦前からの家であることは間違いない。隙間だらけで、特有の臭いが立ち込めている。慶子の実家は中学生の頃に父が建てた家なので、比較にならない。
「慶子さん、ご実家には明日に?」
この義妹は夫の家族の中ではまだましな方。非常に苦手なのは夫の二人の姉だが、幸い今日はいなかった。
「そうしようと思っています。今夜はよろしくお願いします」
本当はこんなところに一泊もしたくはないけれど。
義妹の夫も仕事から帰ってきた。婿養子に来た人で、この家族の中では唯一の他人。慶子からすればよくこんな家に入る気になったものだと思う。下手をすれば慶子自身がここに住むことになっていたかもしれないと、今思い出してもぞっとする。
夕食の後片付けだけ手伝って、姑一家と雑談になる。慶子からすれば5年も前の話だ。思い出すだけでも一苦労である。時々会話に詰まって怪しまれたかもしれないけど、適当に誤魔化した。
古い家なので、風呂も薪や炭を燃やして沸かしている。歩や泰代は物珍しいのか、喜んで風呂焚きをやりたがっているけど、こんなこと毎日やっていたのでは身が持たない。ガスで沸かす風呂のありがたさを改めて感じる。婿さんは近い将来家を建て直すことを考えているらしいが。
今日は「お客さん」扱いなので、一番風呂を勧めてくれた。嘗てはこの家は家族が多く、垢で汚れた風呂にしか入れなかったことを思い出す。ありがたくいただく。
押入れから布団を出してくる。
「なにこれ」
ネズミの糞らしきものが多数ついている。押し入れも隙間だらけなので、入り込んでいるのだろう。
縁側で叩き落とす。それでも気持ち悪いことに変わりはないが、一晩の我慢。
次の朝、改めて朝食時間に姑と義妹夫婦に実家に行くことを伝えた。やはり歩と泰代は慶子の実家には行きたくないらしい。
「お願いします」
頼んでおく。
今日から盆休みに入ったらしい婿さんが送ってくれることになった。助かる。田舎なので、バスは数えるほどしか運行されていない。タクシーを呼んでもいいが、あまり無駄遣いはしたくない。
慶子は、保を抱えて助手席に座る。クーペ型なので、後部座席は大人が座るには狭い。
婿さんが運転しながら聞いてくる。慶子と血縁関係は無いけど、お互い姻族の関係で気安く声が掛けられるのかもしれない。
「お義姉さんは免許を取らないのですか?」
「無理ですよ。難しそうですし」
まさか、25年後の世界で車を乗り回しているとは思わないだろうな。
「次の道、左です」
慶子の実家が見えてきた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
風の吹く街
彩柚月
恋愛
公開は躊躇中。
8月中のどこかで、こっそり公開するかもしれません。
※8/1前後から始める予定の、
「聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。」
の前日談です。特にこれを読まなくても上の話には支障はありません。上のプロット作りが煮詰まってきたので、ちょっと思いついて寄り道してみただけです。せっかく書いたので公開します。時間がないので、細かく精緻化していません。したがってあらすじと内容が微妙に違うかもしれません。
※
旅の薬師のセインは、辿り着いた街がひどい状態なことを目の当たりにして、通り過ぎるか留まるかの選択に悩んでいた。
自分は薬も作れるし光魔法が使えるので、治癒の助けにはなるだろうが、ここは場所が悪いと感じたからだ。
そんな環境でも、必死に人を助け、看病して回るベロニカに出会い、場所が悪いから移住しろというのは、余所者だから言えるエゴなのだと気付いた。
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
【完結】18年間外の世界を知らなかった僕は魔法大国の王子様に連れ出され愛を知る
にゃーつ
BL
王族の初子が男であることは不吉とされる国ルーチェ。
妃は双子を妊娠したが、初子は男であるルイだった。殺人は最も重い罪とされるルーチェ教に基づき殺すこともできない。そこで、国民には双子の妹ニナ1人が生まれたこととしルイは城の端の部屋に閉じ込め育てられることとなった。
ルイが生まれて丸三年国では飢餓が続き、それがルイのせいであるとルイを責める両親と妹。
その後生まれてくる兄弟たちは男であっても両親に愛される。これ以上両親にも嫌われたくなくてわがまま1つ言わず、ほとんど言葉も発しないまま、外の世界も知らないまま成長していくルイ。
そんなある日、一羽の鳥が部屋の中に入り込んでくる。ルイは初めて出来たその友達にこれまで隠し通してきた胸の内を少しづつ話し始める。
ルイの身も心も限界が近づいた日、その鳥の正体が魔法大国の王子セドリックであることが判明する。さらにセドリックはルイを嫁にもらいたいと言ってきた。
初めて知る外の世界、何度も願った愛されてみたいという願い、自由な日々。
ルイにとって何もかもが新鮮で、しかし不安の大きい日々。
セドリックの大きい愛がルイを包み込む。
魔法大国王子×外の世界を知らない王子
性描写には※をつけております。
表紙は까리さんの画像メーカー使用させていただきました。
美男美女があふれるヨーロッパの街へ行ってきた。
まいすけ
エッセイ・ノンフィクション
ベルギーに住む友達から、「もう来年帰ると思うから、1度来る?」という言葉にホイホイ乗った旅行記。
田舎出身のためバスと電車の乗り方を知ったのは大人になって上京してから。
そんな私が旅行慣れた友達に丸投げしてヨーロッパを楽しんだ話。
記事の内容に合わせてキャラを変えています。
様々なキャラでお楽しみください。
読み方
①全体を読む
②1日1話追加される最新話を読む。
※登場人物を知りたい→「0 はじめに」を読む。
コメントをいただけると喜びます。
輝夜坊
行原荒野
BL
学生の頃、優秀な兄を自分の過失により亡くした加賀見亮次は、その罪悪感に苦しみ、せめてもの贖罪として、兄が憧れていた宇宙に、兄の遺骨を送るための金を貯めながら孤独な日々を送っていた。
ある明るい満月の夜、亮次は近所の竹やぶの中でうずくまる、異国の血が混ざったと思われる小さくて不思議な少年に出逢う。彼は何を訊いても一言も喋らず、身元も判らず、途方に暮れた亮次は、交番に預けて帰ろうとするが、少年は思いがけず、すがるように亮次の手を強く握ってきて――。
ひと言で言うと「ピュアすぎるBL」という感じです。
不遇な環境で育った少年は、色々な意味でとても無垢な子です。その設定上、BLとしては非常にライトなものとなっておりますが、お互いが本当に大好きで、唯一無二の存在で、この上なく純愛な感じのお話になっているかと思います。言葉で伝えられない分、少年は全身で亮次への想いを表し、愛を乞います。人との関係を諦めていた亮次も、いつしかその小さな存在を心から愛おしく思うようになります。その緩やかで優しい変化を楽しんでいただけたらと思います。
タイトルの読みは『かぐやぼう』です。
※表紙イラストは画像生成AIで作成して加工を加えたものです。
【完結】サポートキャラって勝手に決めないで!
里音
恋愛
私、リリアナ・モントン。伯爵令嬢やってます。で、私はサポートキャラ?らしい。
幼馴染で自称親友でヒロインのアデリーナ・トリカエッティ伯爵令嬢がいうには…
この世界はアデリーナの前世での乙女ゲームとやらの世界と同じで、その世界ではアデリーナはヒロイン。彼女の親友の私リリアナはサポートキャラ。そして悪役令嬢にはこの国の第二王子のサリントン王子の婚約者のマリエッタ・マキナイル侯爵令嬢。
攻略対象は第二王子のサリントン・エンペスト、側近候補のマイケル・ラライバス伯爵家三男、親友のジュード・マキナイル侯爵家嫡男、護衛のカイル・パラサリス伯爵家次男。
ハーレムエンドを目指すと言う自称ヒロインに振り回されるリリアナの日常。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
多人数の視点があり、くどく感じるかもしれません。
文字数もばらつきが多いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる