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第十章 勝利者
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「なぜ……」
俺は辛うじて呟く。はじめから気づかれていたことに驚いた。
肯定していいのか、否定していいのか。まごついている俺を無視して伯爵は話し続けた。
「どちらでもいいことだ。レイフは戻ってこない」
意気消沈した呟き。
「入れ替わる前、オーウェンが秘密裏に言い残した伝言を伝えよう。
自分は消える。
次に合う時は別人になっている。
別人になった自分が、出生の秘密に疑問を持つ時があれば、魔導を研究する小部屋に来るように伝えてほしい。
と……。
だから、屋敷の部屋も研究のための小部屋もそのままにしてある。気になるなら、覗いてから戻るといい」
「わかりました。ありがとうございます」
もういうことはないと生気を欠いた伯爵は沈黙した。
時間がない俺は伯爵に頭を下げ、慌ただしく部屋を出る。
元の自室へと向かった。
出生の秘密は驚きだったが、さらに謎が浮き上がってきた。わき目もふらず、研究用の小部屋へと飛び込んだ。
部屋をぐるりと見回す。
少しほこりっぽくなっているとしても、ここを去った日に比べて、別段変化は見受けられない。
どこかに隠し扉や、隠し棚などがあるのかもしれないと考え、念入りに探索してもなにも見つけられなかった。
部屋の中央には、円形の模様が施されている。
まるで儀式を行う陣のようだ。
誘われるように俺は足を踏み入れた。
陣の中央に立つ。
「……」
何もおきない。俺はふっと吹き出した。
今まで、真剣になにかを求めてきたことが、急に愚かしく感じた。
張りつめていた心が解ける。
今まで、なにをそんなに求めてきたのか、意味が分からなくなった。
やるべきことはここにはない。
我に返った俺が、踏みつけた陣から出ようとした時だった。
がんと脳天に何かを叩きつけられたかのような重みを感じ、膝をつく。追いかけるように激しい頭痛に見舞われた。
両手を床につけ、拳を握る。痛みで吹き出した汗がぽたりと落ちた。
この痛みには覚えがある。
転生直後、記憶を取り戻した時だ。
あまりの痛みに俺は床に倒れ込んだ。
―― 痛い痛い。
のたうち回っているとどこから声が聞こえてきた。
『よくここまでたどり着きましたね。オーウェン。いや、自意識としては、如月 悠真さん』
声が響くと頭痛が消えた。
余韻がじんじんと残るなかで、顔をあげる。
『私こそ、本当の、と言えばいいかな。十八歳までのオーウェンです。
あなたは私で、私はあなた。私はずっとあなたと共にいた』
目の前にいたのは、俺そっくりの人物。王太子よりさらに似ており、一卵性双生児の片割れのようだった。
『あなたの前世の一人です』
―― 前世? 今世の間違いだろ。
『いいえ。私は十八歳で服毒し仮死状態になった。そこから、ミデオ国の孤児になり、奴隷となった。当時はまだ名前を憶えていたのでオーウェンと名乗っていました。
そこから未来に転生し、歴史を学ぶ如月 悠真になった。さすがにここまでは記憶を持ってくることが叶わず、奴隷時代の名前より古い記憶は抜け落ちてしまいましたね。
如月 悠真としての人生をまっとうし、私は再びオーウェンに戻った。
あなたの記憶と私の記憶を繋げると、そういう流れだと理解できました。
ここまできれいに転生できるとは。期待以上ですよ』
―― ……まるで、転生すると見込んでいたような口ぶりだな。
『ええ、そうなると確信めいた予想はしていました。
遅効性の毒を服薬し、意識が薄れかける直前に解毒の薬を飲んだのです。それにより、私は一時的に死に、転生を果たした。
かけでした。うまくいくかは分からなかった。
ただ、一度うまくいっていたので、今回もうまくいくのではないかと思っていました。
再び暗殺される未来が見えていた私は、その暗殺される未来を覆したかったのです。
同じ毒で、二度殺されるなんて、まっぴらじゃないですか』
―― 二度?
『ええ。意味が分からないという顔ですね。
あなたも私であるのに、私のことを知らないなんて、変な気分だ。
私はオーウェン。あなただけでなく、私にも前世の記憶があります。
十八歳までのオーウェンの前世の名は、マーギラ・スピア。現王の兄であり、あなたの肉体の父ですよ』
俺は辛うじて呟く。はじめから気づかれていたことに驚いた。
肯定していいのか、否定していいのか。まごついている俺を無視して伯爵は話し続けた。
「どちらでもいいことだ。レイフは戻ってこない」
意気消沈した呟き。
「入れ替わる前、オーウェンが秘密裏に言い残した伝言を伝えよう。
自分は消える。
次に合う時は別人になっている。
別人になった自分が、出生の秘密に疑問を持つ時があれば、魔導を研究する小部屋に来るように伝えてほしい。
と……。
だから、屋敷の部屋も研究のための小部屋もそのままにしてある。気になるなら、覗いてから戻るといい」
「わかりました。ありがとうございます」
もういうことはないと生気を欠いた伯爵は沈黙した。
時間がない俺は伯爵に頭を下げ、慌ただしく部屋を出る。
元の自室へと向かった。
出生の秘密は驚きだったが、さらに謎が浮き上がってきた。わき目もふらず、研究用の小部屋へと飛び込んだ。
部屋をぐるりと見回す。
少しほこりっぽくなっているとしても、ここを去った日に比べて、別段変化は見受けられない。
どこかに隠し扉や、隠し棚などがあるのかもしれないと考え、念入りに探索してもなにも見つけられなかった。
部屋の中央には、円形の模様が施されている。
まるで儀式を行う陣のようだ。
誘われるように俺は足を踏み入れた。
陣の中央に立つ。
「……」
何もおきない。俺はふっと吹き出した。
今まで、真剣になにかを求めてきたことが、急に愚かしく感じた。
張りつめていた心が解ける。
今まで、なにをそんなに求めてきたのか、意味が分からなくなった。
やるべきことはここにはない。
我に返った俺が、踏みつけた陣から出ようとした時だった。
がんと脳天に何かを叩きつけられたかのような重みを感じ、膝をつく。追いかけるように激しい頭痛に見舞われた。
両手を床につけ、拳を握る。痛みで吹き出した汗がぽたりと落ちた。
この痛みには覚えがある。
転生直後、記憶を取り戻した時だ。
あまりの痛みに俺は床に倒れ込んだ。
―― 痛い痛い。
のたうち回っているとどこから声が聞こえてきた。
『よくここまでたどり着きましたね。オーウェン。いや、自意識としては、如月 悠真さん』
声が響くと頭痛が消えた。
余韻がじんじんと残るなかで、顔をあげる。
『私こそ、本当の、と言えばいいかな。十八歳までのオーウェンです。
あなたは私で、私はあなた。私はずっとあなたと共にいた』
目の前にいたのは、俺そっくりの人物。王太子よりさらに似ており、一卵性双生児の片割れのようだった。
『あなたの前世の一人です』
―― 前世? 今世の間違いだろ。
『いいえ。私は十八歳で服毒し仮死状態になった。そこから、ミデオ国の孤児になり、奴隷となった。当時はまだ名前を憶えていたのでオーウェンと名乗っていました。
そこから未来に転生し、歴史を学ぶ如月 悠真になった。さすがにここまでは記憶を持ってくることが叶わず、奴隷時代の名前より古い記憶は抜け落ちてしまいましたね。
如月 悠真としての人生をまっとうし、私は再びオーウェンに戻った。
あなたの記憶と私の記憶を繋げると、そういう流れだと理解できました。
ここまできれいに転生できるとは。期待以上ですよ』
―― ……まるで、転生すると見込んでいたような口ぶりだな。
『ええ、そうなると確信めいた予想はしていました。
遅効性の毒を服薬し、意識が薄れかける直前に解毒の薬を飲んだのです。それにより、私は一時的に死に、転生を果たした。
かけでした。うまくいくかは分からなかった。
ただ、一度うまくいっていたので、今回もうまくいくのではないかと思っていました。
再び暗殺される未来が見えていた私は、その暗殺される未来を覆したかったのです。
同じ毒で、二度殺されるなんて、まっぴらじゃないですか』
―― 二度?
『ええ。意味が分からないという顔ですね。
あなたも私であるのに、私のことを知らないなんて、変な気分だ。
私はオーウェン。あなただけでなく、私にも前世の記憶があります。
十八歳までのオーウェンの前世の名は、マーギラ・スピア。現王の兄であり、あなたの肉体の父ですよ』
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