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四話
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暖炉傍の応接セットにアリソンを導き座らせ、その隣にヴィクターも座った。
手を繋ぎ、けっして離さないという意思表示のように、ヴィクターはアリソンの手を撫で続ける。
離れていた時間は長く、互いに言い尽くせない気持ちを抱えていた。
秘密が多すぎるアリソンは、なにから話していいか分からない。ただ、ヴィクターが今まで王太子妃を選ばずにきたのは自分のせいだとはっきりと自覚していた。薄々分かってはいた。
分かっていたからこそ、自分のせいではないという免罪符欲しさに、ヴィクターを裏切り、王妃の依頼に加担したのだ。
アリソンは認めたくない自己の狡さをありありと見せつけられ、いたたまれなくなる。
撫でるヴィクターの手の優しさに、罪悪感が募った。
そんなアリソンの気持ちを知らないヴィクターが静かに語り始める。
「兵役から戻ったら、結婚してほしいというつもりだったんだ。
立場上、大変なことはなく、一般兵と混じって訓練を受けていただけだが、ずっと会いたかったんだ。
離れて、初めて、アリソンの存在の大きさを自覚したよ。
なのに、戻ってきたら、もう会えないというじゃないか。
なんど領地まで追いかけて行こうかと思ったか分からないよ。立場を捨てれるなら捨てて、追いかけようと思ったぐらいだった」
「……」
「会いたかったんだ」
まるで十四で別れた時を思い出すように、ヴィクターはアリソンの手を持ち上げ、頬に寄せた。
「私は……」
「なにも言わなくていい。全部、知っている」
「全部って……」
「全部だ。雲隠れした理由もなにもかも」
「どうして」
「調べた。文官のなかに、アリソンとよく似たアランを見つけて、それから一人で足跡を追いかけたんだ。君が受診した医療機関、医師、貴族の名簿、あらゆる手がかりから、推測して、確かめて、気づいた」
「なにもかも分かっていながら、秘書官として私を傍に置いていたの」
アリソンがヴィクターの瞳を覗き込む。
ヴィクターは切なげにほほ笑む。
「アリソンから、打ち明けられていたのを待っていた、と言えば聞こえはいいが、アランをアリソンと呼んだ瞬間に、また君が消えてしまうことが怖かったんだ。ただの臆病と言えば、臆病なんだよ。アランという秘書官と接するのも、あれはあれで居心地が良かったんだ」
「ねえ、ヴィクター。私はダメよ。理由は分かるでしょう」
「なにがダメなんだ」
「私……」
撫でていた手を離し、アリソンの前髪を、ヴィクターが押し上げる。
「もし、俺を本当に諦めさせたいならさ。ぐうの音も出ないほど、アリソンが幸せになっていたら良かったんだよ」
意味が分からないと、アリソンが小首をかしぐ。
「公爵家を出て、平民になったアリソンが、どこかの街の片隅で幸せに暮らす。俺なんかいなくても、一人で、誰かをみつけて、俺が入り込む隙間がないほど、晴れやかで暖かな幸福に包まれている君を見たら、俺は、きっと、その場で、打ちひしがれて、去っていただろう」
「ヴィクター……」
「だから、アリソン。君が文官を選んだ時点で、君の負けなんだ」
アリソンの額にヴィクターが唇を押し当てる。
「俺の前に現れ、秘書官になることを断らなかった時点で、君はいずれ俺に捕まるのは時間の問題だったんだよ」
はらはらとアリソンの頬から雫が伝う。
「私、……ないのよ」
無言でヴィクターはアリソンの頭部を撫でる。
「……、私、産めないのよ」
ヴィクターはただ優しくアリソンを見つめる。その瞳はすべてを知っていると語っていた。
分かっていて、受け入れようとしている。
ヴィクターの包容力に包まれて、アリソンも言葉なく、ただ止めどなく流れ落ちる雫とともに、今まで押しつぶして感情の堰が決壊する。
―― ヴィクターが幸せな姿を近くで見たい。
―― 彼が治める世界を動かす手足になりたい。
―― 大事な人の力になりたい。
文官を選んだ動機の奥に潰していた感情がとめどなく溢れてくる。
隣に座っていたヴィクターが椅子から降り、アリソンの足元に跪いた。
アリソンの手を取り、ヴィクターは告白する。
「十四で一度離れ離れになってから、ずっと伝えたかった。
アリソン、俺は君のすべてを受け入れる。
愛している。どうか、結婚してほしい」
アリソンは、ヴィクターの手を握り返す。
身を屈め、その手に縋る。
留まることを知らない涙がぽつりぽつりとヴィクターの手の甲へと落ちてゆく。
「私で、よければ……」
呟くアリソンがすべてを言い終える前に、ヴィクターがアリソンを抱きしめていた。
【終わり】
【おまけ】
ここは殿下の執務室。
殿下が書類を確認し、アリソンは殿下の傍に立っていた。
「殿下、どうしましょう」
「どうした、アラン」
仕事上、アリソンはまだアラン名を使っていた。
「私、未だ、男だと思われてます」
「それで通してきたからだろう。仕方なかろう」
「しかも、最近、殿下の寝室で毎晩一緒にいることもばれてしまいました」
「そうだな。ばれるようにしていたからな」
「王妃様はショックで寝込まれてしまっています」
「さもありなん」
「世継ぎ問題は」
「弟がいるから問題ない。父もそれで納得した。そうじゃなければ、俺が王太子を降りると脅したしな」
「……」
「なにも問題ないだろう」
ぽんと読んでいた書類を殿下がアランに差し出す。
「問題だらけですよ」
悲鳴のようなアランの声が室内に響く。
「殿下、私が男だと思われている以上、あっちの人だと勘違いされているんですよ!!」
真っ赤なアランを見て、きょとんとする殿下が可愛らしく小首をかしぐ。
「いいじゃないか。悪い虫が寄ってこなくて」
不信感いっぱいの怪訝な表情を浮かべるアランに、おどけた笑顔を殿下は向ける。
「もし、俺が女が好きってバレて見ろよ。母なんざ意気揚々と、今度は側妃をあてがってくるぞ。あれはしぶといからな。
俺はアリソンさえいればいいんだ。側妃を迎える意思はない。
アリソンも女だとばれて見ろ、やっぱり子どもが産めないことでなにかと後ろ指さされるかもしれないだろ。それなら、初めから産めない男のふりをしていた方が何かと都合がいいはずだ。
周りがどう見ようとも、俺にとって良ければ、子細なことはどうでもいいさ」
手を繋ぎ、けっして離さないという意思表示のように、ヴィクターはアリソンの手を撫で続ける。
離れていた時間は長く、互いに言い尽くせない気持ちを抱えていた。
秘密が多すぎるアリソンは、なにから話していいか分からない。ただ、ヴィクターが今まで王太子妃を選ばずにきたのは自分のせいだとはっきりと自覚していた。薄々分かってはいた。
分かっていたからこそ、自分のせいではないという免罪符欲しさに、ヴィクターを裏切り、王妃の依頼に加担したのだ。
アリソンは認めたくない自己の狡さをありありと見せつけられ、いたたまれなくなる。
撫でるヴィクターの手の優しさに、罪悪感が募った。
そんなアリソンの気持ちを知らないヴィクターが静かに語り始める。
「兵役から戻ったら、結婚してほしいというつもりだったんだ。
立場上、大変なことはなく、一般兵と混じって訓練を受けていただけだが、ずっと会いたかったんだ。
離れて、初めて、アリソンの存在の大きさを自覚したよ。
なのに、戻ってきたら、もう会えないというじゃないか。
なんど領地まで追いかけて行こうかと思ったか分からないよ。立場を捨てれるなら捨てて、追いかけようと思ったぐらいだった」
「……」
「会いたかったんだ」
まるで十四で別れた時を思い出すように、ヴィクターはアリソンの手を持ち上げ、頬に寄せた。
「私は……」
「なにも言わなくていい。全部、知っている」
「全部って……」
「全部だ。雲隠れした理由もなにもかも」
「どうして」
「調べた。文官のなかに、アリソンとよく似たアランを見つけて、それから一人で足跡を追いかけたんだ。君が受診した医療機関、医師、貴族の名簿、あらゆる手がかりから、推測して、確かめて、気づいた」
「なにもかも分かっていながら、秘書官として私を傍に置いていたの」
アリソンがヴィクターの瞳を覗き込む。
ヴィクターは切なげにほほ笑む。
「アリソンから、打ち明けられていたのを待っていた、と言えば聞こえはいいが、アランをアリソンと呼んだ瞬間に、また君が消えてしまうことが怖かったんだ。ただの臆病と言えば、臆病なんだよ。アランという秘書官と接するのも、あれはあれで居心地が良かったんだ」
「ねえ、ヴィクター。私はダメよ。理由は分かるでしょう」
「なにがダメなんだ」
「私……」
撫でていた手を離し、アリソンの前髪を、ヴィクターが押し上げる。
「もし、俺を本当に諦めさせたいならさ。ぐうの音も出ないほど、アリソンが幸せになっていたら良かったんだよ」
意味が分からないと、アリソンが小首をかしぐ。
「公爵家を出て、平民になったアリソンが、どこかの街の片隅で幸せに暮らす。俺なんかいなくても、一人で、誰かをみつけて、俺が入り込む隙間がないほど、晴れやかで暖かな幸福に包まれている君を見たら、俺は、きっと、その場で、打ちひしがれて、去っていただろう」
「ヴィクター……」
「だから、アリソン。君が文官を選んだ時点で、君の負けなんだ」
アリソンの額にヴィクターが唇を押し当てる。
「俺の前に現れ、秘書官になることを断らなかった時点で、君はいずれ俺に捕まるのは時間の問題だったんだよ」
はらはらとアリソンの頬から雫が伝う。
「私、……ないのよ」
無言でヴィクターはアリソンの頭部を撫でる。
「……、私、産めないのよ」
ヴィクターはただ優しくアリソンを見つめる。その瞳はすべてを知っていると語っていた。
分かっていて、受け入れようとしている。
ヴィクターの包容力に包まれて、アリソンも言葉なく、ただ止めどなく流れ落ちる雫とともに、今まで押しつぶして感情の堰が決壊する。
―― ヴィクターが幸せな姿を近くで見たい。
―― 彼が治める世界を動かす手足になりたい。
―― 大事な人の力になりたい。
文官を選んだ動機の奥に潰していた感情がとめどなく溢れてくる。
隣に座っていたヴィクターが椅子から降り、アリソンの足元に跪いた。
アリソンの手を取り、ヴィクターは告白する。
「十四で一度離れ離れになってから、ずっと伝えたかった。
アリソン、俺は君のすべてを受け入れる。
愛している。どうか、結婚してほしい」
アリソンは、ヴィクターの手を握り返す。
身を屈め、その手に縋る。
留まることを知らない涙がぽつりぽつりとヴィクターの手の甲へと落ちてゆく。
「私で、よければ……」
呟くアリソンがすべてを言い終える前に、ヴィクターがアリソンを抱きしめていた。
【終わり】
【おまけ】
ここは殿下の執務室。
殿下が書類を確認し、アリソンは殿下の傍に立っていた。
「殿下、どうしましょう」
「どうした、アラン」
仕事上、アリソンはまだアラン名を使っていた。
「私、未だ、男だと思われてます」
「それで通してきたからだろう。仕方なかろう」
「しかも、最近、殿下の寝室で毎晩一緒にいることもばれてしまいました」
「そうだな。ばれるようにしていたからな」
「王妃様はショックで寝込まれてしまっています」
「さもありなん」
「世継ぎ問題は」
「弟がいるから問題ない。父もそれで納得した。そうじゃなければ、俺が王太子を降りると脅したしな」
「……」
「なにも問題ないだろう」
ぽんと読んでいた書類を殿下がアランに差し出す。
「問題だらけですよ」
悲鳴のようなアランの声が室内に響く。
「殿下、私が男だと思われている以上、あっちの人だと勘違いされているんですよ!!」
真っ赤なアランを見て、きょとんとする殿下が可愛らしく小首をかしぐ。
「いいじゃないか。悪い虫が寄ってこなくて」
不信感いっぱいの怪訝な表情を浮かべるアランに、おどけた笑顔を殿下は向ける。
「もし、俺が女が好きってバレて見ろよ。母なんざ意気揚々と、今度は側妃をあてがってくるぞ。あれはしぶといからな。
俺はアリソンさえいればいいんだ。側妃を迎える意思はない。
アリソンも女だとばれて見ろ、やっぱり子どもが産めないことでなにかと後ろ指さされるかもしれないだろ。それなら、初めから産めない男のふりをしていた方が何かと都合がいいはずだ。
周りがどう見ようとも、俺にとって良ければ、子細なことはどうでもいいさ」
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