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三話

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ひんやりした地下牢。天井近くの小窓から射しこむ光りの下で、アランはベッドに足をあげて、丸まっていた。

「なにやっているんだか、私は」

自嘲がもれる。

「殿下の傍にいると決めた時に、もう女であることは捨てたはずなのに……」

両目を瞑る。

丸まって、ひっそりと、誰にも気づかれないように手の甲を唇に触れさせた。

まだ、唇がじんじんと疼く。

(こんななりになっても、まだ初めてのキスがヴィクターで良かったと思えるなんて……)

胸苦しく、悲しくて、仕方がなかった。






アリソンが十五で王太子妃候補から外れた理由は一つ。

子どもが産めないからだ。

生理が遅れており、量も少ないことを、さすがに不振に思った両親が専門医に見せたところ、子宮の奇形が発覚した。

その時、医師からはっきりと告げられた内容をアリソンは昨日のように覚えていた。

―― 生涯、子どもは望めないでしょう。

産まれながら、アリソンは子どもを産めない身体であった。

世継ぎを産めない。

それが決定的な理由となり、アリソンはヴィクターの婚約者候補から外された。

仕方ないことだった。

三日泣いて諦めたアリソンは、両親にヴィクターにもう会わないと宣言した。彼には、病気療養で領地に引っ込んだと告げて欲しいと頼むと、公爵と王はアリソンの希望を叶えてくれた。

子どもが産めないというハンデを背負って結婚は難しい。
嫁ぎ先候補にあがるのは、どこかの有力者の後妻である。

そう考えると、嫁ぐ気にまったくなれなかった。

ヴィクターが兵役から戻ってきた頃は、まだ屋敷におり、引きこもっていた。なにもかもなくなったかのように思えても、日々お腹はすき、眠たくもなる。食べて、寝て、本を読んでいるうちに、少しづつ、手もとに残ったものがあることに気づいた。

ヴィクターと学んだ日々で得たことはなにもなくなっていない。
それどころか、引きこもっている間も、本を読み、知識だけは増えていた。

このまま、なにもしなければ、知識も活かされない。

アリソンは、父母に頼み込み、文官になることを希望した。

近年、宮仕えの文官は、男女の区別なく受け入れる態勢が整い、履歴書に性別を記入する必要がなくなっていた。
教育が浸透したことで、平民でも受けることが可能になっていた。
優秀な者は、どんな立場でも引き抜く国のありようが、給料は民間より少ないというのに、能力を活かしたいと考える良い人材を集めるようになっていたのだ。

アリソンは、平民として文官になりたいと両親にねがった。
貴族でありながらまともに嫁ぐこともできないなら、手に職を持ち、独り立ちしたいと願い出た。
その際、下手に公爵と縁があると気づかれ、利用されても困るだろうと勘当してもらった。

髪も男性のように短くし、どうせ子どもが産めないんだから男と変わらないと割り切り、男性的にふるまうことに決めた。
アリソンは、アラン・リマ―と名を変え、文官として試験を受け、事務職に就く。

王太子と一緒に勉学に励んでいたことで、抜きんでた知識と能力を有していたアリソンことアランはあっという間に出世した。

とうとう、その有能さがヴィクターの耳に入り、秘書官として取り立てられた。
二年前のことである。






牢内で、膝を抱え込んだアランは縮こまり、視線を斜め下に落とす。

(どこでばれたんだろう)

秘書官として働く分には、ヴィクターは気づいている素振りを見せなかった。
アリソンの存在をほのめかすようなこともない。

父である公爵とは絶縁し、王や王妃にもアリソンの動向は伝わっていない。あくまで、アランは平民出の文官として通っていた。

(アリソンだって分かっていたら、王妃様も私に頼ったりしないはずだし)

王妃さえ気づいていないのに、なぜヴィクターが気づいたのか、思い当たることはなにもない。

「……」

静かな地下牢で、もんもんとする。

見張りの兵はおらず、普段は使われなくなった地下牢には囚人はいない。犯罪者の収容施設は郊外に隔離施設が作られており、城の地下牢は遺物として古き良き雰囲気を残す空間となっていた。

無音の空間に、こんこんと床石を鳴らす靴音が響く。
アランは顔は顔をあげた。
程なく、格子越しにヴィクターが現れた。

「起きているか?」
「ええ……」

かちゃりと鍵を開け、牢内にヴィクターが入ってくる。

「まったく、俺を殴るかよ」
「……すいません」
「アラン、いや、もういいよなアリソン」
「……」
「返事はなしか」
「いつから気づいていたんです」
「最初から」

はっとアランことアリソンは顔をあげる。
ヴィクターはまっすぐにアリソンを見つめていた。
目が合えば、逸らしたくても、視線を逸らすことができなくなる。

「文官として働いている姿を見た。下っ端だから、拾い上げるまで時間がかかったが、また、いなくなるんじゃないかとひやひやしていたよ」
「なんで」
「なんでって、俺が答えるのか。それを聞くなら、最初に問うぞ。なんで俺の前から消えた。領地へ戻ったなんて、嘘をついた」
「それは……」

答えにくいと口をつぐむアリソンに、ヴィクターはひらりと手をあげる。

「もういい、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「俺の部屋」
「殿下の?」
「ああ、犬も食わない痴話げんかだって俺が押し切った。お前の咎めはなしだ」
「そんなんじゃ、示しがつかないじゃないですか。殴ったんですよ、殿下を」
「ああ、そうだな。恋人同士の痴話げんかにしてはやりすぎだよな。それとも、なら、それぐらいあるものかね」
「そう言う意味じゃ……」
「そういう意味でいいんだよ。いい加減、俺もしびれを切らしていたんだ。お前も黙っているし、俺も我慢比べもう御免被る」
「……」

膝を抱え込んでいるアリソンの手をヴィクターがつかんだ。

「行くぞ。立て」

強く引っ張られて、アリソンは立ち上がる。

「出るぞ」

子どもの手を引くように、ヴィクターは歩き出す。手を引かれては、足を止めるわけにもいかず、アリソンはうつむき、歩き始めた。

格子の扉を開き、廊下に出る。
石が敷かれた通路を進み、外へと出た。階段がありのぼる。
待っていた騎士に、鍵を渡したヴィクターが牢の片づけを依頼した。

その間、ずっとヴィクターはアリソンの手を握ったまま歩いていた。
観念したアリソンはうつむいたままヴィクターに引かれる。

部屋の前についたヴィクターは、たためらいなく扉を開き、アリソンを部屋に押し込んだ。
がっくりと力を落したアリソンはここに至っても抵抗を示さなかった。

終始無言のまま、扉は閉められる。
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