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本編
53,青
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林に飛び込んだデュレクは走る。
霧は奥に進むごとに濃くなっていく。
土を踏み、石を飛び越えた。
(もうすぐ、水場がある。そこをさらに突き進み、崖を下れば洞(ほら)がある)
脳裏に映る崖の洞。入り口には錆びた鉄柵があり、過去になにかを幽閉していたかのような人為的な痕がある。鉄柵の隙間を霧が重く這うようにわき続けていた。
内部の天井は低く、軽い斜面が続く。ある程度下がると、空間が開け、そこは天然の鍾乳洞。上から円錐形の突起物が無数に垂れ、時にぽたりと雫を落す。
せせらぎを水しぶきを上げ、数歩で飛んだ。デュレクは水場を挟んだ向こう側の木々の隙間へと滑り込む。
(セシルの浄化が始まる前に洞に行きつけるか)
霧の中に漂う呪詛を辿る。霧が晴れれは、呪詛も霧散し、脳裏に浮かぶ景色も消える。呪詛を返すなら、その景色に向けて、周囲の呪詛を押し返すのだが、今はそれは許されない。
洞穴の中に垂れこめる霧。子どもが一人で暮らせる空間ではない。こけた頬、青く光る瞳。見た目の精気は乏しく映る。
脳裏に移しこまれる像は不鮮明で、子どもの状態までは把握しきれない。
(生け捕りか。やっかい、この上ないな)
未だかつて、人間の奪還を目的とする作戦をこなしたことはないデュレク。しかも、それを一人で対処しなくてはいけない。
経験が乏しそうなセシルである。実戦で、信頼に足るか判断しかねた。
ましてや、彼女が有するは浄化の眼。本来ならば周囲に守られて、魔眼を行使する立ち位置こそふさわしい。今回なら、彼女が担うのは殿下の護衛一択。
(あれが騎士になるんだから、本当に世も末だよなぁ)
嫡出子と非嫡出子の扱いにしろ、眼の色による峻別にしろ、どんどんずれて行っている。
前線で、たまに訪れる何もない静寂の夜空を見ながら、夢想したものだ。誰が、なぜ、こんな現状を作ったと。
親を越え、祖父母を越え、さらに上へと思いをはせても、暗澹たる闇にばかり見え、答えは出ない。魔眼が失われていく流れのなかでずれてきたように想像はできても、答えは出せなかった。
木の枝につかまり、デュレクは立ち止まった。眼下に、乾いた土がむき出しの斜面が現れる。建物にして二階分の高さはある。斜面にはところどころ足場があり、緑の短い草が生える。
後ろを振り向く。幹の間は霧で白く染まり、枝ぶりも霞んで見えた。
斜面に足を滑らせ、凹みと突起を交互に踏みつけながら、駆け降りた。降りきって、デュレクは見上げる。
霧がかり、斜面の上は白く見えないものの、のぼるのは骨が折れると推測できた。
(ロープでも持ってきた方が良かったな)
左右を見渡す。殿下が住まう方角の斜面が少し低くなっているようだった。垂れ下がる枝もあり、なんとかなるかと目算をつける。
斜面に沿って、デュレクは歩く。霧の発生源に近づいているため、ほぼ周囲は見えない。土の斜面に手をかけながら進む。
(そろそろ浄化が始まるよな。浄化された方が洞は見つけやすそうだな)
そろそろセシルも動いている頃合。このままでは迷いそうだとデュレクが足を止めた時だった。壁伝いに当てていた手がすかっと空を切る。
あると思っていた壁の支えがなく、指がもがく。戻すならこのあたりかと手を引き、再び壁面にぺたりと手のひらをつけた。
(もしかして、洞か?)
もう片方の手のひらでも壁を探そうと腕を伸ばす。その手のひらは壁には触れず、鉄柵のひんやりした感触を掴んだ。
(ここか!)
デュレクは横に這う。乾いた土の感触から、両手は錆びた鉄柵を掴む。
(どこかに扉があるはずだ)
鉄柵には斜めに傾いだ扉があり、鍵は壊れている像はとらえていた。
視界が悪く、手探りで進むしかない。紅の魔眼を働かせており、直接目視は難しくとも、脳裏に周辺の像がゆらぐ。景色に重なる呪詛があっても、探索するには十分な視覚情報は手に入る。
鍾乳洞の足場は悪い。濡れたような感触に、足裏がとられないように気を付けた。
広く深そうな水場がある。その横を慎重に歩く。
霧に紛れて、小さな魔族生の生物が見えた。植物とも動物でもない。蠢くような塊がガサゴソと這っている。一見すると、物体であり、生物に見えない。綿毛のようなものもあれば、液体、気体、鉱物など、とても生きているとは思えない塊ばかりである。それが、魔族生の生物の特徴だ。
(ここに住み着いているのは一種類か)
デュレクが足を踏み入れても、あまり逃げない。こそっと隠れて、様子を見ているかのような塊となる。
(人に慣れているのか)
人為的な格子扉を備えた洞だ。過去、人が出入りしていた、なにかを閉じ込めていたと推察は出来る。王宮裏に、魔族生の生物を閉じ込めていた可能性もある。
知識なく考えても無意味だとデュレクは一旦思考を捨てる。安直な答えは出せない。
まずは子どもが先決。どこかにいるかと探索を続ける。生きている様は見えても、状態は分からない。奥に進むごとに、洞に潜む魔族生の生物の数が増えていく。
さらに空間が広がり、デュレクは立ち止った。
上部を見上げる。その天井には、魔族生の生物がびっしりと張り付いていた。その隙間に、小さな子供の顔があった。体はずっぽりと魔族生の生物に飲まれている。
生気の乏しい、青白い顔をしているわけである。
この霧が発生した時期を考えると、この子は一年もの間、魔族生の生物と同化し、利用されていたのかもしれない。
今まで淡々と進んできたデュレクも、さすがに忌々し気に眉を潜めた。
(もっと早く、こっちに来れば良かった)
後悔せずにはいられなかった。
霧は奥に進むごとに濃くなっていく。
土を踏み、石を飛び越えた。
(もうすぐ、水場がある。そこをさらに突き進み、崖を下れば洞(ほら)がある)
脳裏に映る崖の洞。入り口には錆びた鉄柵があり、過去になにかを幽閉していたかのような人為的な痕がある。鉄柵の隙間を霧が重く這うようにわき続けていた。
内部の天井は低く、軽い斜面が続く。ある程度下がると、空間が開け、そこは天然の鍾乳洞。上から円錐形の突起物が無数に垂れ、時にぽたりと雫を落す。
せせらぎを水しぶきを上げ、数歩で飛んだ。デュレクは水場を挟んだ向こう側の木々の隙間へと滑り込む。
(セシルの浄化が始まる前に洞に行きつけるか)
霧の中に漂う呪詛を辿る。霧が晴れれは、呪詛も霧散し、脳裏に浮かぶ景色も消える。呪詛を返すなら、その景色に向けて、周囲の呪詛を押し返すのだが、今はそれは許されない。
洞穴の中に垂れこめる霧。子どもが一人で暮らせる空間ではない。こけた頬、青く光る瞳。見た目の精気は乏しく映る。
脳裏に移しこまれる像は不鮮明で、子どもの状態までは把握しきれない。
(生け捕りか。やっかい、この上ないな)
未だかつて、人間の奪還を目的とする作戦をこなしたことはないデュレク。しかも、それを一人で対処しなくてはいけない。
経験が乏しそうなセシルである。実戦で、信頼に足るか判断しかねた。
ましてや、彼女が有するは浄化の眼。本来ならば周囲に守られて、魔眼を行使する立ち位置こそふさわしい。今回なら、彼女が担うのは殿下の護衛一択。
(あれが騎士になるんだから、本当に世も末だよなぁ)
嫡出子と非嫡出子の扱いにしろ、眼の色による峻別にしろ、どんどんずれて行っている。
前線で、たまに訪れる何もない静寂の夜空を見ながら、夢想したものだ。誰が、なぜ、こんな現状を作ったと。
親を越え、祖父母を越え、さらに上へと思いをはせても、暗澹たる闇にばかり見え、答えは出ない。魔眼が失われていく流れのなかでずれてきたように想像はできても、答えは出せなかった。
木の枝につかまり、デュレクは立ち止まった。眼下に、乾いた土がむき出しの斜面が現れる。建物にして二階分の高さはある。斜面にはところどころ足場があり、緑の短い草が生える。
後ろを振り向く。幹の間は霧で白く染まり、枝ぶりも霞んで見えた。
斜面に足を滑らせ、凹みと突起を交互に踏みつけながら、駆け降りた。降りきって、デュレクは見上げる。
霧がかり、斜面の上は白く見えないものの、のぼるのは骨が折れると推測できた。
(ロープでも持ってきた方が良かったな)
左右を見渡す。殿下が住まう方角の斜面が少し低くなっているようだった。垂れ下がる枝もあり、なんとかなるかと目算をつける。
斜面に沿って、デュレクは歩く。霧の発生源に近づいているため、ほぼ周囲は見えない。土の斜面に手をかけながら進む。
(そろそろ浄化が始まるよな。浄化された方が洞は見つけやすそうだな)
そろそろセシルも動いている頃合。このままでは迷いそうだとデュレクが足を止めた時だった。壁伝いに当てていた手がすかっと空を切る。
あると思っていた壁の支えがなく、指がもがく。戻すならこのあたりかと手を引き、再び壁面にぺたりと手のひらをつけた。
(もしかして、洞か?)
もう片方の手のひらでも壁を探そうと腕を伸ばす。その手のひらは壁には触れず、鉄柵のひんやりした感触を掴んだ。
(ここか!)
デュレクは横に這う。乾いた土の感触から、両手は錆びた鉄柵を掴む。
(どこかに扉があるはずだ)
鉄柵には斜めに傾いだ扉があり、鍵は壊れている像はとらえていた。
視界が悪く、手探りで進むしかない。紅の魔眼を働かせており、直接目視は難しくとも、脳裏に周辺の像がゆらぐ。景色に重なる呪詛があっても、探索するには十分な視覚情報は手に入る。
鍾乳洞の足場は悪い。濡れたような感触に、足裏がとられないように気を付けた。
広く深そうな水場がある。その横を慎重に歩く。
霧に紛れて、小さな魔族生の生物が見えた。植物とも動物でもない。蠢くような塊がガサゴソと這っている。一見すると、物体であり、生物に見えない。綿毛のようなものもあれば、液体、気体、鉱物など、とても生きているとは思えない塊ばかりである。それが、魔族生の生物の特徴だ。
(ここに住み着いているのは一種類か)
デュレクが足を踏み入れても、あまり逃げない。こそっと隠れて、様子を見ているかのような塊となる。
(人に慣れているのか)
人為的な格子扉を備えた洞だ。過去、人が出入りしていた、なにかを閉じ込めていたと推察は出来る。王宮裏に、魔族生の生物を閉じ込めていた可能性もある。
知識なく考えても無意味だとデュレクは一旦思考を捨てる。安直な答えは出せない。
まずは子どもが先決。どこかにいるかと探索を続ける。生きている様は見えても、状態は分からない。奥に進むごとに、洞に潜む魔族生の生物の数が増えていく。
さらに空間が広がり、デュレクは立ち止った。
上部を見上げる。その天井には、魔族生の生物がびっしりと張り付いていた。その隙間に、小さな子供の顔があった。体はずっぽりと魔族生の生物に飲まれている。
生気の乏しい、青白い顔をしているわけである。
この霧が発生した時期を考えると、この子は一年もの間、魔族生の生物と同化し、利用されていたのかもしれない。
今まで淡々と進んできたデュレクも、さすがに忌々し気に眉を潜めた。
(もっと早く、こっちに来れば良かった)
後悔せずにはいられなかった。
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