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第二章 うちあげられた少女
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坂道を登り、シーザーの別荘までたどり着く。
ソニアに案内され、タイラーは広々としたモダンな居間へと通された。
一般民家と比べ数倍広い居間と呼ばれる大部屋は、大きすぎるソファさえ小さく見せる。庭に面する壁はすべて窓ガラスであり、外にはデッキとプールもそなえていた。
壁には横長のアートが飾られている。
その下には調度品を並べる家具があり、様々な品が並んでいた。
一人掛けの大ぶりなソファとサイドテーブルがその前に置かれている。シーザーがくつろぐためにあるのかもしれない。
壁にちらほらとアートが飾られ、大人の背丈ほどの植物も隅にいくつか置かれていた。
(シンプルだが、シーザーの別荘だしな)
この部屋にある調度品や家具類は新築マンションのモデルルームに用意する総額数百万の家具類さえ足元に及ばないような桁違いのものだとタイラーは確信する。
値踏みしながらタイラーはソニアに導かれ、歩む。
居間中央に置かれたソファにシーザーと同じ黒髪の少女が猫のように膝を抱えて眠っていた。
横にいたソニアが、ぱっと少女に駆け寄る。「ロビン、ロビン」と呼びながら、慌てて彼女を揺り起こす。
夕刻間近な時間帯での昼寝に、なぜそんなに慌てるのかとタイラーは違和感を覚えた。
「あら、おはよう」
目をこすり黒髪の少女が起きる。
時間帯などおかまいなしに朝の挨拶をぼんやり告げる。ソニアはほっとした表情を浮かべ、今度はきっと彼女を睨みつけた。
「心配するじゃないですか。こんなところじゃなく、寝るなら部屋で暖かくして寝てください」
怒りを隠そうとしないソニアの声音と言葉遣いに、タイラーは驚く。使用人というより、同世代の友達、いや、少し年上のお姉さんの小言のように聞こえた。
「あら、ソニア。おかえりなさい」
シーザーの妹は、そんな使用人の態度もいたって気にしていない。
「もう、本当に……、心配させないでくださいね」
「大げさよ、あなたもいないし、暇なのだもの。寝ている以外することがなくて」
うーんと大きな伸びをする黒髪の少女が、はたとタイラーの存在に気づく。
座ったまま見上げてくる瞳は、シーザーと同じ濃い紫。そっくりな兄妹だとタイラーは思った。
「いらっしゃい。あなたがお兄様のお友達ね。タイラー・ダラスさん」
友人扱いされ、タイラーは困ったなと頭をかく。ここまできたら、仕方ないと「友人ではないですよ」と切り出した。
「不動産取引でいつもお世話になっている者です。今回も仕事を兼ねての滞在です」
ぷっと吹き出したシーザーの妹がけらけら笑い出す。
「あらあら、ここは友人ですと嘘をついておくものよ。そうしないと、いつまでたってもお兄様に好かれてしまうわ。
私は、ロビン。ロビン・グレミリオン。
タイラーも私をロビンと呼んでくれてかまわないわ。ねえ、ソニア」
ソニアも大きくため息をつく。その表情を見て、タイラーは思った。
(友人扱いされて困っているのは自分だけではないのかもしれないな)
ロビンとの挨拶を終えてから、再びソニアに家を案内してもらう。
居間とは別に、キッチンと食卓テーブルを備えた食堂があり、食事はいつもそこでとるという。
続いて、バスルームやトイレなど自由に出入りできる水回りと設備の使い方の説明を受ける。
最後に寝室へ通され、タイラーはやっと荷物を置くことができた。
「なにか困ったことがあれば、言ってくださいね」
「ありがとう。今のところは大丈夫です」
「食事は私たちと一緒でかまいませんか。もしお嫌なら、お部屋までお運びしますが」
そこまで手間をかける必要はないとタイラーは首を振った。
「その辺はかまいません。食事がいらない時は、ソニアさんに伝えればいいでしょうか」
「はい。食事を一緒にしてもらえるなら、ロビ……、お嬢様も喜びます」
ロビンと言いかけたソニア。
普段は互いに名前で呼び合っているかもしらないとタイラーは勘付く。
「あともう一部屋よろしいですか」
そう言われ、寝室を出てソニアについていくと、それほど広くない簡素な部屋に案内された。そうは言っても、ざっと見てタイラーの自宅より一回りは広い。
曲線美が美しい白い大ぶりなソファを中心に、隅に四人掛けのテーブル席があり、反対側の角に簡易のバーを思わせるお酒の瓶を並べる家具があった。
(あの酒は自由にしていいのだろうか)
自由にしてもかまわないよと答えるシーザーの顔が浮かぶ。瞬時に浮かだ答えに、タイラーは口元を歪める。
(友人じゃないのだから、気を引き締めないと。変な気を起せば俺の足元がすくわれるぞ)
前を向いていたソニアが振り向き、タイラーは真顔になる。
「旦那様は、この部屋を自由に使ってくれてかまわないとおっしゃってました」
「それはありがたい」
「居間でしたら、お嬢様や私もいます。落ち着かないかもしれないと、旦那様がおっしゃっていました」
(かもしれないな)
タイラーは肯定もできず、笑顔で誤魔化した。書類を一人で見る時間も欲しいし、誰に気兼ねしないで過ごせる場があるのはありがたい。
なにせ二十歳前後の女の子二人と一つ屋根の下なんて経験がない。どう接していいものか迷うし、変な誤解を招くのではないかと気になってしまう。
一人になれる空間を確保できるのはありがたかった。
「案内しました部屋は自由に出入りしてもらってもかまわないです。
では、私は食事を作りに戻ります。
二時間後には夕食です。初日から、一緒に食べますか? それとも今日ぐらいは、お一人でのお食事になさいますか」
「一緒でかまいません」
「わかりました。では二時間後に食堂へいらしてください。失礼します」
案内を終えたソニアは先に部屋を出ていった。
残されたタイラーはひとまず白いソファーに座わった。
背もたれに腕を広げ、ほっと一息つく。
女の子相手に少し緊張していた。
寝室に戻り、荷物の整理をしていれば、時間はすぐに過ぎる。
約束の時間近くなりタイラーは食堂へ向かった。
キッチンと食堂が併設された部屋に入ると、ソニアとロビンがアイランド型のキッチンに向かいあって立っていた。
正面を向いていたソニアが、タイラーに気づく。
ロビンも振り向き、タイラーを見て、笑顔になる。
「ダラスさん。もう少しでできます。座って待っていてください」
「タイラー、よくきてくれたわ」
歓迎の言葉が投げかけられ、それなりの年齢だと自覚するタイラーは戸惑う。
少し距離を置く形で食卓テーブルのはじっこに座った。
二人を眺める。
ソニアが料理をし、ロビンがおしゃべりしていた。
時折、ロビンがつまみ食いをして、ソニアにあしらわれている。
「もうすぐできるんだから、ロビンも先に座ってて」
ソニアが頬を膨らませて、つまみ食いを繰り返すロビンをしかる。やはり使用人と言うより、友達のような関係らしい。ロビンは「はーい」と返事をして振り向いた。とんとんとスキップをするように近づき、タイラーの横に座った。
「落ち着かない?」
頬杖をついたロビンがタイラーを覗き込んでくる。彼女の表情は明らかに楽しそうだ。
「まあ……、戸惑いますよね」
戸惑う、と言うしかなかった。二十歳ほどの女の子が二人いると聞いても、断れる旅行ではない。いざ会ってみると、若い二人に囲まれるのも悪くはないが、むずがゆくもある。
(あいさつ程度の浅い付き合いでいいはずだよな、仲良くするのも変だし。馴れ馴れしくしてもおかしいだろう。もう若くはないのだし)
タイラーは腕を組み、天井を見上げた。
「あらあら悩まないでほしいわ。とって食べたりしませんからね」
ロビンは悪戯っぽく笑う。
(それは男のセリフではないか)
うーんとタイラーは首をひねる。
「タイラーがまじめそうな人で良かったわ。そうでなければきっとお兄様もよばれなかったでしょうけど」
ふふっと笑って、ロビンがまたソニアの元へ戻っていく。
隣から少女の気配が消え、タイラーはほっとした。
再び、二人のやり取りを観察するように眺める。主人と使用人というより、やはり友達。しかも、かなり親しい関係に見える。
飽きることなく、じゃれあう二人。
(女の子はよくわからん)
それが二人に対するタイラーの結論だった。
(これからの二週間、彼女たちとどう接したらいいものか)
意味もなく、軽く悩む。
ソニアに案内され、タイラーは広々としたモダンな居間へと通された。
一般民家と比べ数倍広い居間と呼ばれる大部屋は、大きすぎるソファさえ小さく見せる。庭に面する壁はすべて窓ガラスであり、外にはデッキとプールもそなえていた。
壁には横長のアートが飾られている。
その下には調度品を並べる家具があり、様々な品が並んでいた。
一人掛けの大ぶりなソファとサイドテーブルがその前に置かれている。シーザーがくつろぐためにあるのかもしれない。
壁にちらほらとアートが飾られ、大人の背丈ほどの植物も隅にいくつか置かれていた。
(シンプルだが、シーザーの別荘だしな)
この部屋にある調度品や家具類は新築マンションのモデルルームに用意する総額数百万の家具類さえ足元に及ばないような桁違いのものだとタイラーは確信する。
値踏みしながらタイラーはソニアに導かれ、歩む。
居間中央に置かれたソファにシーザーと同じ黒髪の少女が猫のように膝を抱えて眠っていた。
横にいたソニアが、ぱっと少女に駆け寄る。「ロビン、ロビン」と呼びながら、慌てて彼女を揺り起こす。
夕刻間近な時間帯での昼寝に、なぜそんなに慌てるのかとタイラーは違和感を覚えた。
「あら、おはよう」
目をこすり黒髪の少女が起きる。
時間帯などおかまいなしに朝の挨拶をぼんやり告げる。ソニアはほっとした表情を浮かべ、今度はきっと彼女を睨みつけた。
「心配するじゃないですか。こんなところじゃなく、寝るなら部屋で暖かくして寝てください」
怒りを隠そうとしないソニアの声音と言葉遣いに、タイラーは驚く。使用人というより、同世代の友達、いや、少し年上のお姉さんの小言のように聞こえた。
「あら、ソニア。おかえりなさい」
シーザーの妹は、そんな使用人の態度もいたって気にしていない。
「もう、本当に……、心配させないでくださいね」
「大げさよ、あなたもいないし、暇なのだもの。寝ている以外することがなくて」
うーんと大きな伸びをする黒髪の少女が、はたとタイラーの存在に気づく。
座ったまま見上げてくる瞳は、シーザーと同じ濃い紫。そっくりな兄妹だとタイラーは思った。
「いらっしゃい。あなたがお兄様のお友達ね。タイラー・ダラスさん」
友人扱いされ、タイラーは困ったなと頭をかく。ここまできたら、仕方ないと「友人ではないですよ」と切り出した。
「不動産取引でいつもお世話になっている者です。今回も仕事を兼ねての滞在です」
ぷっと吹き出したシーザーの妹がけらけら笑い出す。
「あらあら、ここは友人ですと嘘をついておくものよ。そうしないと、いつまでたってもお兄様に好かれてしまうわ。
私は、ロビン。ロビン・グレミリオン。
タイラーも私をロビンと呼んでくれてかまわないわ。ねえ、ソニア」
ソニアも大きくため息をつく。その表情を見て、タイラーは思った。
(友人扱いされて困っているのは自分だけではないのかもしれないな)
ロビンとの挨拶を終えてから、再びソニアに家を案内してもらう。
居間とは別に、キッチンと食卓テーブルを備えた食堂があり、食事はいつもそこでとるという。
続いて、バスルームやトイレなど自由に出入りできる水回りと設備の使い方の説明を受ける。
最後に寝室へ通され、タイラーはやっと荷物を置くことができた。
「なにか困ったことがあれば、言ってくださいね」
「ありがとう。今のところは大丈夫です」
「食事は私たちと一緒でかまいませんか。もしお嫌なら、お部屋までお運びしますが」
そこまで手間をかける必要はないとタイラーは首を振った。
「その辺はかまいません。食事がいらない時は、ソニアさんに伝えればいいでしょうか」
「はい。食事を一緒にしてもらえるなら、ロビ……、お嬢様も喜びます」
ロビンと言いかけたソニア。
普段は互いに名前で呼び合っているかもしらないとタイラーは勘付く。
「あともう一部屋よろしいですか」
そう言われ、寝室を出てソニアについていくと、それほど広くない簡素な部屋に案内された。そうは言っても、ざっと見てタイラーの自宅より一回りは広い。
曲線美が美しい白い大ぶりなソファを中心に、隅に四人掛けのテーブル席があり、反対側の角に簡易のバーを思わせるお酒の瓶を並べる家具があった。
(あの酒は自由にしていいのだろうか)
自由にしてもかまわないよと答えるシーザーの顔が浮かぶ。瞬時に浮かだ答えに、タイラーは口元を歪める。
(友人じゃないのだから、気を引き締めないと。変な気を起せば俺の足元がすくわれるぞ)
前を向いていたソニアが振り向き、タイラーは真顔になる。
「旦那様は、この部屋を自由に使ってくれてかまわないとおっしゃってました」
「それはありがたい」
「居間でしたら、お嬢様や私もいます。落ち着かないかもしれないと、旦那様がおっしゃっていました」
(かもしれないな)
タイラーは肯定もできず、笑顔で誤魔化した。書類を一人で見る時間も欲しいし、誰に気兼ねしないで過ごせる場があるのはありがたい。
なにせ二十歳前後の女の子二人と一つ屋根の下なんて経験がない。どう接していいものか迷うし、変な誤解を招くのではないかと気になってしまう。
一人になれる空間を確保できるのはありがたかった。
「案内しました部屋は自由に出入りしてもらってもかまわないです。
では、私は食事を作りに戻ります。
二時間後には夕食です。初日から、一緒に食べますか? それとも今日ぐらいは、お一人でのお食事になさいますか」
「一緒でかまいません」
「わかりました。では二時間後に食堂へいらしてください。失礼します」
案内を終えたソニアは先に部屋を出ていった。
残されたタイラーはひとまず白いソファーに座わった。
背もたれに腕を広げ、ほっと一息つく。
女の子相手に少し緊張していた。
寝室に戻り、荷物の整理をしていれば、時間はすぐに過ぎる。
約束の時間近くなりタイラーは食堂へ向かった。
キッチンと食堂が併設された部屋に入ると、ソニアとロビンがアイランド型のキッチンに向かいあって立っていた。
正面を向いていたソニアが、タイラーに気づく。
ロビンも振り向き、タイラーを見て、笑顔になる。
「ダラスさん。もう少しでできます。座って待っていてください」
「タイラー、よくきてくれたわ」
歓迎の言葉が投げかけられ、それなりの年齢だと自覚するタイラーは戸惑う。
少し距離を置く形で食卓テーブルのはじっこに座った。
二人を眺める。
ソニアが料理をし、ロビンがおしゃべりしていた。
時折、ロビンがつまみ食いをして、ソニアにあしらわれている。
「もうすぐできるんだから、ロビンも先に座ってて」
ソニアが頬を膨らませて、つまみ食いを繰り返すロビンをしかる。やはり使用人と言うより、友達のような関係らしい。ロビンは「はーい」と返事をして振り向いた。とんとんとスキップをするように近づき、タイラーの横に座った。
「落ち着かない?」
頬杖をついたロビンがタイラーを覗き込んでくる。彼女の表情は明らかに楽しそうだ。
「まあ……、戸惑いますよね」
戸惑う、と言うしかなかった。二十歳ほどの女の子が二人いると聞いても、断れる旅行ではない。いざ会ってみると、若い二人に囲まれるのも悪くはないが、むずがゆくもある。
(あいさつ程度の浅い付き合いでいいはずだよな、仲良くするのも変だし。馴れ馴れしくしてもおかしいだろう。もう若くはないのだし)
タイラーは腕を組み、天井を見上げた。
「あらあら悩まないでほしいわ。とって食べたりしませんからね」
ロビンは悪戯っぽく笑う。
(それは男のセリフではないか)
うーんとタイラーは首をひねる。
「タイラーがまじめそうな人で良かったわ。そうでなければきっとお兄様もよばれなかったでしょうけど」
ふふっと笑って、ロビンがまたソニアの元へ戻っていく。
隣から少女の気配が消え、タイラーはほっとした。
再び、二人のやり取りを観察するように眺める。主人と使用人というより、やはり友達。しかも、かなり親しい関係に見える。
飽きることなく、じゃれあう二人。
(女の子はよくわからん)
それが二人に対するタイラーの結論だった。
(これからの二週間、彼女たちとどう接したらいいものか)
意味もなく、軽く悩む。
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