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1.初恋の人と再会

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 私は目の前の光景に絶望した。眩暈がするほどに。体の力が抜けて地面に膝をつく。目の前がぼやけて涙が滝のように溢れ出てきた。

 天国から地獄に引きずり下ろされた気分だ。心臓が痛い。呼吸がおかしい。頭の中がパニックを起こしてる。

 私の脳内であの時のあの人の言葉が何回も何回もリピートされて止まらない。







『ただ……大切な人の幸せを守りたかっただけだから……』


 




 時はさかのぼり、昨晩の事である。私は左手の薬指に輝くダイヤモンドを眺めながら頬を緩ませていた。仕事終わりの疲れ切ったサラリーマンたちと一緒に電車を待つ列に並んでいるのだが、浮かれ気分なのはおそらく私だけだろう。

 先日長年交際していた彼氏からプロポーズをされたのだ。結婚適齢期を逃してきた先輩たちを何人も見てきたのでもちろん喜んで承諾させてもらった。結婚は女性にとっての憧れ。正に人生の絶頂期と言えるのではないだろうか。

 結婚式はどこでするのか?子供は何人欲しいか?どんな家に住むのか?ペットはどうするのか?とにかく今はワクワクが抑えきれない。そんな事を考えながらニヤついていたら前に並んでいた女性2人の会話が聞こえてきた。


「ねぇ、知ってる? さっきこの近くの宝石店で強盗があったんだって」

「うっそー。超怖い。だからパトカー多かったんだ」

「犯人に銃殺されて2人亡くなったらしいよ」

「死んだの? マジで?」

「撃たれそうになった女性客を庇って男性客が1人撃たれたんだって。そのあとすぐその女性客も撃たれて死んだとか」

「へぇ」

「そんでさぁ、ジュエリーを袋に詰めてる犯人の隙を狙って、撃たれたはずの男性客が最後の力を振り絞って、犯人の頭をイスで殴って気絶させたんだってさ。だから犯人はすぐ警察に捕まったみたいよ」

「ええっ!! その男性客マジヒーローなんだけど」


 そんな会話がたまたま耳に入ったのでネットニュースを見てみたら載っていた。この近くの宝石店が襲われたらしい。よくお店の前を通るのでビックリした。

 物騒だなとは思ったが犯人捕まってるし他人事なので特に気にもとめなかった。相変わらず婚約指輪を見ながらニヤニヤしていたら急に声をかけられた。


「あれ? 水嶋だよな? 水嶋弥生」


 どこかで聞き覚えのある声に胸が高鳴った。その声の主に目をやると、そこにはスーツ姿の眩いほどにオーラを放った青年が立っていた。

 私は大きく目を見開き、体が熱くなるのを感じた。それもそのはず、彼は私の初恋の相手だっからかだ。小1から中3の9年間ずっと思いを寄せていた相手だ。大人になった彼を見て思わず心の中で超カッコイイ……と呟いてしまったのは秘密である。


弥生「幸守君。多田幸守君だよね? 久しぶり!!」


 忘れもしない彼の名だ。『幸守』と書いて『ゆきもり』と読む。

 幸守君は女子達の憧れだった。身長の高い美男子で、白馬に乗った王子様とは彼のためにある言葉だろう。中学の時のテストでは万年学年1位をキープし、運動能力も抜群。関東大会に出場するほどの実力派バスケットボール部の部長を務めていた。

 それを鼻にかける事もせず、誰にでも平等に接する優しさがあった。気さくで明るい性格は男女問わず人気があった。先生からも熱い信頼を寄せられていて、クラスの学級委員や生徒会長もやっていた。絵に描いたようなイケメン優等生だ。

 当然のごとく女子にはモテていて年間何人の女子から告白を受けていたのだろうか?私の友達も何人か思いを打ち明けて玉砕していたのを覚えている。クラスの半分くらいの女子は幸守君に恋焦がれていたのは事実だ。影ではこっそり『ユキ様』と言われファンクラブがあったとか、なかったとか。
 

幸守「うん。覚えててくれて嬉しいよ」


 幸守君はにっこり笑いながらそう答えた。イケメンの笑顔は癒しである。女性達の心に栄養を与えてくれる。それは今でも健在のようだ。こんな男性と1度は付き合ってみたいと思うが、レベルが高すぎて手が届かないのは一目瞭然。

 もちろん婚約済みの彼氏がいるのは承知だが、運命のイタズラでこのまま幸守君といい感じになって、どうにかなってしまうのも悪くない……なんて変な考えが浮かんでしまう。考えるだけなら浮気じゃない。

 電車がホームに入ってきて、2人の髪の毛を揺らした。プシュッと言ってドアが開く。


幸守「この電車に乗るの?」

弥生「うん。幸守君も?」

幸守「……」


 幸守君は答えなかった。すると突然こんな提案をしてきた。


幸守「一緒に歩いて帰らない?」

弥生「えっ?」


 私は思わず聞き返してしまった。なぜならこの駅から家まで歩くと1時間はかかるからだ。歩いて帰れなくはないが、仕事終わりには少々堪える距離ではある。即答は出来ない。

 列に並んでる人々が次々に電車の中へ吸い込まれてゆくなか、疲れと空腹で頭の回転があまり早くない私はキョトンとしたままフリーズしてしまった。

 出来れば電車に乗って帰りたい。ここは頻繁に電車が停まる駅で次の電車は5分後には来るのだが、自宅の最寄り駅が各駅停車じゃないと停まらない関係でこの電車をのがすと、この後20分ほど足止めを食らう事になるからだ。


弥生「いや、乗ろう」

幸守「ええ、歩いて帰ろうぜ」

弥生「お腹すいたし、やっぱり乗ろう」

幸守「久しぶりだから話したいじゃん?」

弥生「電車の中で話せばいいじゃんか」

幸守「俺と歩いて帰るのそんなにイヤかよ」

弥生「そんな事はないけど……」

幸守「うん、じゃあ」

弥生「……やっぱり乗って帰ろう」


 私は電車に乗り込もうと足を動かした時だった。幸守君は私の手首を掴んで、電車に乗るのを許さなかった。驚いた顔で振り返ると幸守君はクソ真面目な顔をしてこう言った。


幸守「ダメ……乗っちゃダメなんだ……お願いだから。俺のわがまま聞いて。ねぇっ?」


 幸守君はにっこり笑った。眩しいほどの眼光。綺麗に上がった口角。キラリと輝く白い歯。なんて美しいのだろうか。笑顔の貴公子かよ。この100万ドルのスマイルを見せられるとワガママも許せる気がする。思わずその眩い笑顔に見惚れていたら……


駅員「19時15分発○○行き、出発しまーす。閉まるドアにご注意下さーい」


 電車は私を乗せず、走り去ってしまった。イケメンスマイルにまんまと引っ掛かってしまったが気付いた時には既に遅し。


幸守「行こう。運動、運動!!」

弥生「ちょっ……ちょっと待ってよ幸守君てば!!」


 幸守君は私の手首を離さないまま半ば強引にひっぱっていき改札口を出た。婚約した彼氏には少し後ろめたい気持ちもあったが、ちょっとラッキーと思っている自分もいる。こうして初恋の相手と一緒に帰る事になったのだ。
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