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二十一話

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「また、島に行けなくなってしまったのですか?」



私は思ってもみなかった事を言われて戸惑った。王様は申し訳なさそうな顔で続ける。

この申し訳なさそうな表情も、王様として作っている物だったとしたら、私は見抜けないだろう。

一国の主が、簡単に心の中を読み取らせるとは、思えなかった。

そんな事を考えながらも、島に行けない理由は何だろう、と考えている私に、王様は続ける。



「島の周囲の海域には何とか、入れるのだ。だが島に上陸できない。上陸しようとすると、深い霧がかかり、とても島に船を入れられなくなってしまうのだ」



「それはどういう事なのでしょう、海神が侵入者を拒んでいるのでしょうか」



私の問いかけに、王様は頷いて続けた。



「私も同じように思い、神殿に向おうと思った所、神殿の巫子に神託が降りたと神殿側から、連絡が入ったのだ」



「どのような神託だったのでしょう」



話の続きを促すと、王様が重々しい口調でこう続けた。



「この島に入る事が許されているのはたった一人」



「たった一人、誰なのでしょう」



「島の主が心を許したもののみ……との事だ」



「それは」



それ以上の言葉が出てこなかった。何しろあまりにも曖昧な言い方なのだ。

島の主は誰なのか。心を許すとはどういった意味なのか。

何をもって心を許した事になるのか。

神託というものは大体において曖昧で、こちらの解釈次第でどうとでもなると、下町などでは皮肉られる物でもあるのだ。

それゆえに、そのたった一人が私だと、言い切れない自分がいた。

……私は最後に、牛頭の怪物を裏切ってしまったかもしれないのだ。

あの時に、必死になって、牛頭の怪物を助けようとできれば、また色々違っていたかもしれないけれども、傷に爪を立てられる痛みで、更に体格の違う男の人に抑え込まれていた事も有って、牛頭の怪物がめった刺しになる光景を見る事しかできなかったのだ。

あれは今も夢に出て来る事が度々だ。そのたびにひどい汗をかき、心臓が早鐘を打ち、夢とは思えない生々しさに震えるのだ。



「いったい誰の事なのでしょう……」



「君ではないと君は思うのか」



「島の主が何者なのか、見当もつかないので……仮に海神だとしたら、とてもじゃありませんが私であるなんて言えませんよ」



「……そうだな」



私と王様の間に沈黙が流れる。それからいくつかの事を話した後、また神託を求める事になり、この日の話し合いは終わった。

私のような立ち位置の人間相手に、王様の代理でも何でもない、王様直々の話し合いが行われるのは、私が勲章を授けられたからだけではない。

海神や牛頭の怪物を、王様がそれだけ恐れているという印なのだ。



「……あなたは私に、そちらへ来るなと言いたいの?」



私は窓の外の、少し先にある海の方へ向かって問いかけた。答えは当然ない。



「……少し気分転換に歩こう……」



色々考えていても、答えは出てこないだろう。嫌な事ばかり考えてしまって、いい事なんて思いつかないに違いない。

私は、いまだ王宮の部屋を借りていて、そこからそっと抜け出した。







王城の近くには浜辺があり、そこを私は一人で歩いていた。持ち物はほとんど持っておらず、懐に牛頭の怪物からもらったナイフを忍ばせているだけだ。

夕暮れの浜辺は綺麗なもので、誰もこの時間に浜辺に来ていない事が不思議だった。これだけ綺麗なら、仲の良い男女が浜辺で座って語り明かしたりしそうなのに。



「あなたは何も言わないから、私が自分で考えて色々行動するだけだった」



私は小さな声で、浜辺を歩きながら心の中身を出していく。



「あなたの知っている常識と、私の知っている常識は、違っていて、それのせいで二人して色んな勘違いをしているのかもしれない」



そうだ。求婚の方法とかも、私の知っている物じゃなかったからうっかり、受け入れてしまった。

知っていたらあの時に、櫛をもらったりしなかっただろう。

友情に似たものはあっても、夫だの妻だのという関係性は、受け入れられなかったはずだ。



「でも、恩だけはたくさんあるのよ」



その事実だけは間違いなく、私の記憶の中に存在している。思えば一番初めにあった時から、牛頭の怪物は、私を手助けしようとしてくれた。

扱いは雑だったけれど、あれはきっと彼の精いっぱいの行動だった。



「私はあなたにお礼も言えないまま、ここに来てしまったの」



私はそうして、波打ち際に立ち、思っている事を海に投げ入れる事にした。



「あなたにお礼が言いたいな。あなたの前で、ちゃんと」



……その時に起きた事は、私にとって理解しがたい、普通ではありえない出来事だった。

波打ち際から、徐々に、徐々に、海水が無くなって行ったのだ。

まるでそれは、海中に突然砂が盛り上がったかの様な光景で、呆気にとられてそれを見つめている間に、その砂の盛り上がりは、一本の道のようになったのだ。

そしてその道の先には、かすかにぼやけた島の影が映っている。

あの島だ、とどうしてか私は分かった。

あの島が、何かしらの奇跡を起こして、ここにつながったのだと、直感に似たものが告げていた。

そして、私はたとえ騙されていたとしても、それを信じて見ようと思ったのだ。

そう思って一歩を踏み出した時の事である。



「シャトレーヌ嬢!!」



背後から声がかかり、振り返ると王様達が立っていた。神官に見える装いの人達もいる。



「どこに行くのだ」



「あの先へ行きたいと思います」



「あの先に見える島影が、あの島である可能性は少ないだろう!! 危険すぎる!」



「見張りの兵士たちの報告を聞いて駆けつけて見れば……このような事になっているとは」



ああ、城の城壁に立って見張りをしている人が、この光景を直ぐに王様達に伝えたのだろう。

それはすぐに分かった。

私は王様の言葉を聞いた後、彼等を見つめて、出来る限り優雅な一礼をとった。



「陛下、数多のご配慮を感謝いたします。私はこの奇跡を信じ、この先に進もうと思います。私の言葉を聞き、開いたこの道を、信じるのです」



「だめだ、危険すぎるだろう」



「ご安心下さい。たとえ間違いであっても、一人の無知な女が間違えただけの事になりますから」



私が譲らないと悟ったのだろう。王様が一拍置いてからこう言った。



「では、君が海神の島に無事に着いたら、二日後に物資を積んだ船を向かわせよう。君がいるならば、きっと海神の島は物資の乗った船を拒まないはずだから」



「ありがたき事です。陛下。……それでは、行ってまいります」



そう言って、私は島の方に向き直り、一歩一歩、島の方へ歩き出したのだった。
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