上 下
18 / 22

十八話

しおりを挟む
私は授与式の中で、王様が話している言葉を黙って聞いていた。

この日のために用意されていたという衣装は、未婚の女性の正装である白いドレスであり、私が随分と久しぶりに着るものだった。これの前に来たのは結婚式のドレスだったか。

その結婚式も中断されているわけで、私がまだ未婚というのは現実なのだろう。

でも実際には、牛頭の怪物の求婚に、知らない間に答えてしまっていたから、そこの問題はどうなっているかわからない。

然し一つだけ言えるのは、誓約的なものを見る限り、私は未婚ではないという事だろう。

王様には櫛をもらった事も、初めて会った時に話してあったのだが、彼はおそらく、牛頭の怪物がそんな事をするとは思わなかったから、そのあたりを無視しているのだろう。

最初に白いドレスを用意された時に、どうしようと本気で考えて戸惑ったけれども、それも彼等にはこう勘違いされたのだ。



「あまりにも質のいい物を用意されたから、戸惑っていらっしゃるのだ」



事実としてそこでも戸惑ったけれども、私が一番どうするかな、と考えたのはそこではない。



「私って法的に見て未婚なの? 既婚なの?」



そこである。キュルーケさん曰く私は、ぎっちぎちの何かで牛頭の怪物とつながってしまっているらしいけれど、それは人間の法の中ではどうなっているのだろう。という事で、悩んだのである。

しかし、そんな考えをしている事は誰も気付かないで、私がドレスが気に入らなかったのだろうか、と思ったのかこう言って来た。



「他の物がよろしければ、すぐにご用意いたしますよ?」



それを聞いて恐ろしくなってしまって、ドレスを着る事を受け入れてしまった私は、なんて情けないのだろう。でももともとそういう性格なので許してほしい。

そして授与式の一番晴れやかな場面である、私が勲章を受け取る時が来た。

私にとってはあまり晴れがましいわけではないが、王宮のそういう式典用の飾りつけをした大広間では、私の勲章を受け取る姿を一目見ようと、皆が身を乗り出している。



「思っていたよりも地味だな」



「人喰いミノタウロスを倒す立役者だったとは思えない」



「人は見かけによらぬもの、実は相当にすごい胆力の女性かもしれない」



そんな言葉がかすかに聞こえている。事実として私は地味であり、何か功績を残す人ではないのだ。

ただものすごく色々な偶然が重なって、こうしてここにいるだけで。

私は勲章を首にかけてもらい、王様に家臣としての一礼をした後に、口を開いた。



「陛下、一つだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」



「おお、なんでも言ってくれ、だが叶えられないものもあるという事はわきまえてくれ。王子の妻になりたいとかな」



王様が少しだけ冗談めかした声で言う。

その人をまっすぐに見つめて、私はこう言った。



「私が、あの島で一人暮らす事を許していただけないでしょうか?」



周りは一気に静まり返った。あの島とはどの島だ、と誰もが思ったに違いない。

しかし私は、王様を見つめて、続ける。



「私は、海神の力が残る、迷宮アヴィスのある島で、一人静かに暮らしたいのです、叶えていただけないでしょうか」



……これが私の選んだ未来だった。バートン様と結婚したくない。家のために死に物狂いで働いても、それが当たり前にされる生活なんて嫌だ。

町で一人で暮らすのも、人目があって鬱陶しい。

そして何より……私は命の恩人であり、あの島で友のように暮らした、牛頭の怪物を弔って暮らしたいのだ。

墓もなく、ただ朽ちるに任せられているだろう、あの牛頭の怪物の骨を拾い、墓を作り、ひっそりと感謝をしながら暮らしたいのだ。

……一か月以上の生活の中で、私はあの生活でも、十分に暮らしていけると気付かされた部分も大いにある。人間は、適応するものなのだ。

そんな事を思いつつ、王様の反応を見てると、王様は何を言い出すのだと思ったのか、こう問いかけてきた。



「君には素晴らしい屋敷を立てる権利も、裕福に暮らす権利も、素晴らしい夫を王室から紹介してもらう権利も、そのほかに様々な素晴らしい権利も、あるというのにか」



「はい」



私がまっすぐに王様を見つめて断言した、その時の事だった。



「ふざけるな!!」



激昂した調子で、人垣をかき分けて現れたのは……バートン様と、バートン様の後から続いてやってきたのは、お母様とカトリーヌだった。

バートン様は最後に見た時とあまり変わらない。

だが、母と妹は、ずいぶんとみすぼらしくなっていた。

衣装なども、衣装道楽のような性格だった二人からすると、どこか薄汚れている印象を受ける。

まるで誰も、衣装の手入れをしていなかったかのようだ。

そしてお母様は、何かを隠すように、分厚い化粧を顔に塗りたくっているし、カトリーヌはその金髪の艶がなくなってばさばさになっている。それをこてで巻いているからか、いっそう髪の毛は荒れていた。



「シャトレーヌ!! 貴様!! 名誉ある勲章を受け取って、家族を見殺しにするのか!!」



バートン様はそう怒鳴った。王様の御前だという事も忘れている様子だ。



「そうよシャトレーヌ。あなたがいなくなってしまって、私達はとても困ったのだから、あなたは私達にその分の償いをしてもらわなくちゃいけないわ」



「お姉様、お母様の言う通りですわ。この三か月、私達にかけた迷惑分、働いていただかないと! それに勲章がもらえたら、貴族年金がたくさんいただけるんでしょう? もちろん私達にくださるのよね?」



彼等は何を言っているのだろう。そう思ったのは私だけではなかったらしく、この騒ぎを皆が興味深そうに見ている。

そして、バートン様の上司なのだろう騎士が、頭を抱えてうめいてるのが遠目に確認できた。

……ここで、今。私は彼等ときちんと向き合って、私の選択肢を言わなくてはならないのだろう。

きちんと彼等に向き直り、私は口を開いた。



「まず初めに、バートン様」



「なんだ? 今更になって悪い事をしたと気付いたのか?」



「私を見殺しにしたのはあなた方だという、現実を教えて差し上げましょう。あの日、私とあなたの結婚式の日の事です。色々な方から聞きましたよ。あなた方は、私が船からいなくなった翌日に、私が海から身を投げてしまったと言い、お葬式を行ったそうではありませんか」



「それは」



「だって見た人がいたんですもの!!」



「カトリーヌ、それ以上はだめ!」



大声を上げたカトリーヌを制止しようとするお母様。しかしカトリーヌは止まらない。



「お姉様が海に投げ入れられるのを、確認したんですもの!!」



周囲は静かになった。バートン様は真っ青な顔になっているし、お母様も同じだ。でも暴走しているカトリーヌは止まる事を知らない。



「お姉様は裏甲板の木箱の中の、ドレスを見つけて、そのあとすぐに、ごろつきに海に投げ入れられて、嵐になったのだもの!! 死んだと思うでしょう?」



「……ねえ、カトリーヌ」



「何?」



「あなたどうして、ドレスが裏甲板の木箱の中にあったと知っているの? あの時の担当の人は結局、ドレスを見つけ出せないで、三日後に木箱の中にめちゃくちゃに入れられたドレスの事を知らされて、責任を取らされて、更に弁償もさせられて、大変な目にあっているのよ?」



「そ、それは」



「一日木箱の中に入れられていただけなら、なんとかドレスも洗ったり修繕すれば済んだ話だったのに。三日も乱暴に木箱の中に入れられて、型崩れはひどくて、雨がしみこんで色落ちもひどくて。鼠に齧られて、どうしようもなくなったドレスが何枚もあったって、担当の人が教えてくれたのよ。ねえ、どうしてあなたはドレスのありかを知っていたのに、担当の人に教えてあげなかったの? 丸一日、担当の人は探し回っていたのよ?」



私はそこで息を吸いこみ、続けた。



「ドレスが大好きなあなたなら、あんな場所に入れられたドレスを見たら、すぐに誰かに助けを求めたはずよね? そうしなかったのは……あなたがそこに隠したからじゃないの?」



「私じゃないわ!! 雇ったんだもの!!」



カトリーヌは混乱しているのか、立て続けに色々な事を暴露している。あまり頭の回転が良くなかったのだろうか。一緒に暮らしている時は、普通の令嬢の性格だと思っていたのだけれども。



「バートン様が、雇ったんだもの……」



私はだから悪くない、と言いたいのだろうか。カトリーヌは最後にそう言って、それ以上言わないように、お母様にひっぱたかれた。



「黙っていなさい!! 余計な事を!!」



「……という事ですが、バートン様、どういう事でしょうか?」



「わ、私は知らない、カトリーヌ嬢の妄想だ!」



「でもバートン様今、カトリーヌと婚約していらっしゃいますよね?」



そこでバートン様があわあわと口を開いたり閉じたりする。



「婚約者を失い失意の中の騎士と、姉を失い悲嘆にくれる令嬢の恋物語……町でもとても流行っているそうですね、あなた方の大恋愛の話」



「……」



全て知られているのか、と思ったのか、バートン様もお母様もカトリーヌも、何も言えない中、私は決定的な事を言った。



「私を殺そうとしたのはあなたたちなのに、どうして私があなたたちのためにこれ以上、働いたり何かをしなくてはならないのでしょう? もう、馬鹿にされながらどぶをさらうのも、怒鳴り散らされて殴られながら、皿洗いをするのも、ごめんなんですよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

転生した平凡顔な捨て子が公爵家の姫君?平民のままがいいので逃げてもいいですか

青波明来
恋愛
覚えているのは乱立するビルと車の波そして沢山の人 これってなんだろう前世の記憶・・・・・? 気が付くと赤ん坊になっていたあたし いったいどうなったんだろ? っていうか・・・・・あたしを抱いて息も絶え絶えに走っているこの女性は誰? お母さんなのかな?でも今なんて言った? 「お嬢様、申し訳ありません!!もうすぐですよ」 誰かから逃れるかのように走ることを辞めない彼女は一軒の孤児院に赤ん坊を置いた ・・・・・えっ?!どうしたの?待って!! 雨も降ってるし寒いんだけど?! こんなところに置いてかれたら赤ん坊のあたしなんて下手すると死んじゃうし!! 奇跡的に孤児院のシスターに拾われたあたし 高熱が出て一時は大変だったみたいだけどなんとか持ち直した そんなあたしが公爵家の娘? なんかの間違いです!!あたしはみなしごの平凡な女の子なんです 自由気ままな平民がいいのに周りが許してくれません なので・・・・・・逃げます!!

野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり
恋愛
ある日、とある森の中で、うっかり子竜を拾ってしまったフロル。竜を飼うことは、この国では禁止されている。しがない宿屋の娘であるフロルが、何度、子竜を森に返しても、子竜はすぐに戻ってきてしまって! そんなフロルは、何故か7才の時から、ぴたりと成長を止めたまま。もうすぐ16才の誕生日を迎えようとしていたある日、子竜を探索にきた騎士団に見つかってしまう。ことの成り行きで、竜と共に城に従者としてあがることになったのだが。 「私って魔力持ちだったんですか?!」 突然判明したフロルの魔力。 宮廷魔道師長ライルの弟子となった頃、フロルの成長が急に始まってしまった。 フロルには、ありとあらゆる動物が懐き、フロルがいる場所は草花が溢れるように咲き乱れるが、本人も、周りの人間も、気がついていないのだったが。 その頃、春の女神の生まれ変わりを探し求めて、闇の帝王がこちらの世界に災いをもたらし始めて・・・! 自然系チート能力を持つフロルは、自分を待ち受ける運命にまだ気がついていないのだった。

乙女ゲームで唯一悲惨な過去を持つモブ令嬢に転生しました

雨夜 零
恋愛
ある日...スファルニア公爵家で大事件が起きた スファルニア公爵家長女のシエル・スファルニア(0歳)が何者かに誘拐されたのだ この事は、王都でも話題となり公爵家が賞金を賭け大捜索が行われたが一向に見つからなかった... その12年後彼女は......転生した記憶を取り戻しゆったりスローライフをしていた!? たまたまその光景を見た兄に連れていかれ学園に入ったことで気づく ここが... 乙女ゲームの世界だと これは、乙女ゲームに転生したモブ令嬢と彼女に恋した攻略対象の話

契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
 前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

落ちた先で強面寡黙な彼を知らぬ間にヤンデレに進化させていたらしい

たま
恋愛
姉の為に急ぐ途中、バイクでガードレールを超え落ちたはずが… 時が止まった、男しかいないという町にたどり着いてしまった… 私、女だけど…まいっか 面倒を見てくれる強面寡黙な彼を可愛いと思ってしまう自分に慄いていたら、知らぬ間に彼が着実に魔王に進化していた話し。

処理中です...