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スナゴと遠吠え

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毎日のように夕暮れになると遠吠えが聞こえて来るらしい。
スナゴの耳ではわからなかったが、本気で麓の村の狗族たちが、謝罪したいと連絡の丘まで上がってきているらしい。
しかしこの村の住人をやれ汚いだの血の匂いがするだの魚臭いだのと蔑む連中と、わざわざ仲直りしたいわけがない。
というわけで、徹底的にその遠吠えは無視されている。らしい。
やはりスナゴの耳には聞こえないため、どうにも周りが話してくれることを信じるほかない。
アシュレイは困った顔で言う。

「俺はあまり……狼族の遠吠えの中身を聞き分けられるわけじゃないから、中身をきちんと理解できないんだ。天津狗族はどうしても、本当にどうしても、狼族の遠吠えを感覚的に理解できない。……遠吠えできないから」

「遠吠えしないの」

「着替えた時の声帯の具合が違うんだ、遠吠えなんて逆立ちしてもできない。くんくんとしか鳴き声をあげられないんだ」

「それはそれで……甘ったれた声っぽそう」

「事実そんな風に聞こえてしまうから、絶対に着替えた状態で鳴きたくない」

アシュレイは力強く断言した。ころころと転がされるがままに。

「にしてもアシュレイ、本当に子供たちがじゃれまわっていて大変だね」

「スナゴも混ざる? スナゴも混ざる!?」

子供たちがころころとアシュレイを転がしながら言う。着替えると割と丸い骨格のアシュレイは、ちょっと体格で上回る子供の狗族の着替えた姿に、見事に転がされてしまうのだ。
のっぺらぼうの姿になったならば、体格差は歴然とし、アシュレイが子供たちを三人くらい抱えられそうな背丈になるのに、着替えると縮小されてしまうわけだ。
種族差をとやかく言うわけではないが、子供たちが楽しくてしょうがないらしいので、スナゴはどこまでがやり過ぎかな、止めるべきかな、と止め所が分からなくなってしまう。
何せ年上の相手が、自分たちより体が小さかった事など一度もないのだ、この村の狗族。
咬みついても、毛皮のおかげで肉まで牙が届かないアシュレイは、スナゴよりも興奮した時に噛みついて怒られない相手である。
しかしアシュレイも、やりすぎになったならば、使えるという天術で、びりっと一瞬だけ雷でびりびりさせるため、行き過ぎた行為にはならない。
しかし普段はぽんやりしているから、どうしても子供たちの玩具にされやすいのであった。

「スナゴ、スナゴ、栗拾い栗拾い!」

「君らはあっちの転がりまわっているのたちよりも真面目だね……」

スナゴはいがぐりを拾い集めながら言う。同じように植物の蔦を編んだ背負いかごの中に、いがぐりを放り込んでいる子供たちが言う。

「あいつらは体力持て余す時期だから。アシュレイ転がしてるだけで楽しいうちは安全」

「そうそう、トリトンの堪忍袋が切れるくらいの事をしないだけいい」

「やっぱり五年もいても、森狼族の身体能力の成長の具合って、分からないものだね」

「スナゴは異世界族だから、わかんないよ」

「スナゴの大変さも、俺ら分からないし。でもそーごりかい、って大事なんでしょ、トリトン兄ちゃん言ってた」

相互理解は確かに大事だ、とスナゴは頷く。
分からない結果の無作法や非礼などがあると、やっぱりお互いに居心地が悪い物があるし、スナゴはかなりやらかした方なので、相互理解は重要だと骨身にしみていた。
ぴくん、とアシュレイの毛皮に鼻を突っ込んでいた一匹が言う。

「また真昼間から遠吠えしてる、ふもとの村の狗族」

「諦め悪いね」

「ここら辺の縄張りに勝手に入ってきたら、山の主に半殺しにされるでしょう、警告無視したら。だから真昼間からの遠吠えしかないんだよ。こっちの狗族に対する連絡手段」

縄張りと言う物は極めて大事だ。それのためにかなりの争いが起こるわけだし、ふもとの村はふもとのあたりに広い縄張りを持っているし、この村の狗族はこの山岳一帯が縄張りである。
それは覆らないし、何より平野の狼族は、この山岳を着替えた状態で走れないようにできている。
そう言ったあたりでも、種の違いがあるのだそうな。

「みんなこんな遠くなのに聞こえるの、遠吠えの丘あっちなのに」

「スナゴは聞こえないだろうけど、俺らはこれ位の距離だったら小鳥の声も聞こうと思えば聞こえるよ」

「ふもとの話し声はだめだけどね」

「ねー」

狗族って本当に、自分とは体のつくりが違うのに、自分は狗族ともその他の種とも結婚できるのだから不思議だな、とスナゴは思ってしまった。
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