逃げた村娘、メイドになる

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第二十七話 平和な結末

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それから、サイヴァの生活は一変した。これ以上ないくらいに一変したのだ。
彼女は朝早く起きて、宿泊客のために朝ごはんを用意し、時にいらないと言われれば用意をせず掃除をはじめ、空いている客室を綺麗に整え、食堂を綺麗に居心地よくし、買い出しを行い、貴族の養女だった頃とは大違いと言っていいほどめまぐるしい一日を過ごすようになった。
だがそれも、村にいた時と比べれば雲泥の差であり、あの頃の村での扱いとは大違いで、お客さんは皆、彼女に優しい声をかけてくれる。というか、彼女がこの建物の女主であり、彼女の一存で泊まれるかどうかも決まるとわかっているため、まともな反応をしているのだ。
しかし、その客層は普通とは大きく違っていただろう。
何せもともとこの屋敷の主は不思議な国の住人であり、その客が普通の客かと言われたら疑問しかない。
そしてこの建物がまた宿泊施設として機能し始めた、と聞きつけてやって来るのもまた、当時からの常連であったり、うわさを聞きつけてやってきた物たちなのだ。
耳が普通の場所とは違った場所にあるのはご愛敬、顔が人間のそれとは大きく異なっているのも大した事ではなく、場合によらなくても体さえ人間の形をしていないものもおおかった。
だが彼等は丁寧に喋り、彼女に挨拶し、部屋をそれなりに綺麗に使用する。ならばサイヴァは文句を言う事の必要性を感じる事もないし、ファラダやミランド、そしてびっくり箱のような屋敷の不思議で、強制的に違う物に対して耐性が付いた彼女は、多少見た目が違う程度では、もう驚かなくなっていた。
そんな屋敷でも、上級の客というのもは存在し、彼等は非常に美しい衣類を身にまとい、豪華な帯を締め、顔を垂れ布などで覆っている事が多い。そしてその垂れ布を止める留め具などが、洒落や冗談では済まないほど精緻なものである事も多い。
ファラダがそう言った者たちを示して

「彼等は神々だったり半神だったりする存在さ、丁寧に対応していればまず間違いないし、失礼のないように気を付けていれば、こちらが敬意を示しているとわかっていればひどい事にはならないよ」

といったため、サイヴァはいつも通りお客様に対しての対応をするばかりだ。
そしてその、過剰ではない敬意などに居心地の良さを感じた彼等が、常連としてしばしば屋敷に泊まる事も増え、屋敷は毎日にぎやかになっていた。
そして上級の客層は、支払いも太っ腹であり、このあたりの通貨をたっぷりと渡してくれるため、サイヴァも彼等が居心地が良くなるように、努力する毎日である。
そしてお金があって潤っていると、食事などもよいものが出せるため、客の評判は上がる一方であった。
さらにここに寝泊りするお客様は、噂に詳しく情報通が多く、彼女に最近の話題や、普通は聞かされないだろうお城の中の事まで教えてくれるため、サイヴァも街で聞く噂以上の情報を、手に入れる事が出来ていたため、暇だとか、飽きたとか、そんな事を欠片も思わない毎日だった。
誰だか知らないが、お客様の中に、この建物に情報誌を投げ入れるように、誰かに頼んだものがいたらしく、サイヴァはお客様が読み終わったそれらを読む事も出来たのだ。
村にいたら考えられない暮らしだったし、メイドだった頃だって、伯爵家の養女だった頃だって、こんな自由な生活は体験できなかっただろう。
そのためサイヴァは、こう言った事を整えてくれた、自分を恩人だという狸の商人に感謝していた。
サイヴァはそんなある時、二息歩行すると彼女の腰より上に頭がある、大鼠のお客人から、お茶の相手に誘われた。
ちょうどその日はお客様が少なく、彼等もまた昼の間は出かけている事が多いため、屋敷にいるのは彼女とファラダと、それからミランド、そしてこの大鼠のお客様くらいだった。
大鼠のお客様も常連であり、彼は暗がりの方が活動しやすい体質だとの事で、夜に外出し、面白い話を仕入れて来るお客様だった。
そんなお客様が、面白い話を仕入れたから、とお茶に誘うのは、最近では珍しくない事だった。
さらに言ってしまえば、この面白いお話を聞くために、上の階の、特別室とファラダが言う、彼女の主寝室よりも上等なしつらえの部屋から、一階の食堂まで、足を運ぶ半神であろう美しい人がやって来る事も多かった。
しかしそんなお客様は今日は仕事だと言って外に出ており、本当にサイヴァと大鼠のお客さんは二人きりで、お茶会をする事になったのだ。
お茶会と言っても、とても簡単に、熱い淹れたての紅茶と、バタ付きのレーズンパンの、飛び切り香ばしいのを用意して、ミランド経由で仕入れられるようになった、これもしぼりたての低温殺菌した素晴らしい味の牛乳が添えられるくらいだ。
しかし安全安心な牛乳など、相当な贅沢品であり、酪農を営んでいる地域くらいでしか、それ位良いものが手に入らないと、世間知らずだったサイヴァだってもう、知っていた。
ここのお客様は多くがこの牛乳を好み、お茶には必ずたっぷりの牛乳、と朝に注文しなくても出すくらい、需要があるのがこの牛乳である。閑話休題と言ったところか。
さて、そんな贅沢ながらも単純なメニューの用意をしたサイヴァは、大鼠のお客様が、わくわくした顔で言い出したため、何度もびっくりする羽目になった。

「私の子分たちが見たんだけれどね」

彼の子分たちというのは、王宮勤めの小鼠たちである。皆普通サイズより若干小さな体の鼠たちである。その分あっちこっちに忍び込み、色々な事を見聞きする達人たちである。

「癇癪持ちの美貌の王女様が、デビュタントした伯爵家令嬢の髪飾りを奪ったのは知っているだろうけれど、今度は公爵家の夫人の身に着けていた、サファイアの一式をねだって断られて、癇癪を起して、その娘の顔を、飾り物がいっぱいついた扇で叩き、傷をつけてしまったそうだ」

「えええ……」

あの王女様は自分のしたことに半生をすることなく、同じ事を繰り返したのか……
サイヴァはなんとも言えない気分になった。
だが話はそれだけでは終わらないらしい。

「その騒ぎのせいで、夜会は大騒ぎになって、出て来なくてよかった国王が、直々に事を治めなくてはならなくなったらしい。この夜会は王女が女主人として執り行う大事な夜会で、この夜会の出来で、王女の能力が示されるはずだったんだがね」

「うわあ……お婿さんに立候補する人いなさそう……」

「そうだろうな。普通出来の悪い嫁を、貴族は持ちたくないだろう。たとえどんなに血統がよくても、家を滅ぼしかねない女性は、招きたくないものだ」

大鼠のお客様は、色々な家庭を見聞きしているからか、達観したような言い方をする。さらにその話題は続いた。

「国王が、公爵にひたすら謝る羽目になり、娘の顔に文字通り傷をつけられた公爵も夫人もかんかんになって怒り、慰謝料を請求するそうだ。その額が国家予算並みで、国王は金持ちの蛮族に、娘を差し出してそれを支払う予定だとか」

「蛮族もそんな訳ありの王女様引き取りたくないだろうに……」

「あそこは一夫多妻制だからね。王女はその中でも位の低い妻として扱うという条件の元、大金を払うそうだ」

「って事は、これまでのように何不自由なく暮らすって事は出来ないってわけか……」

「身から出た錆、自業自得。それがまさに王女にはふさわしいだろうね」

「ほかには?」

「ああ、田舎の村からやってきた聖女様は、貴族学校に試験を受けずに入学しただろう? その際に聖女様と同じ村出身の、貴族の養女のお嬢さんがそれを嫌がって、出奔した騒ぎもあったから、聖女様は最初から、一体彼女は何をその養女のお嬢さんにしたのだろう、という好奇のまなざしで見られていたそうだ。で、実際に聖女様は、自分より立場の低い令嬢たちを見下し、自分の相談相手としてジェルマン王子が付いた事で調子に乗り、散々好き勝手したそうだ」

「神殿は怒らなかったの?」

「そりゃあ神殿が認めてしまったのだもの、神殿が聖女を厳しく指導してしまったら、そんな人間を聖女として認めたのかと、神殿の方に疑惑が持ち上がる。神殿からの教育係は何人も派遣されたらしいけれど、皆聖女様が、自分をいじめたと泣き出すから、つぎつぎ首になったそうだ。質もどんどん下がったそうでね。田舎のそれなりの教養の、後がない教育係が、何を言われても辞めずに踏ん張っているらしい」

「でも……って言いたそうだね」

「まあね。貴族学校に入学しているのに、教育係が田舎者だから、聖女様も結構裏では言われていて、それを聞いて怒り狂ってばかりで、怒りすぎで顔が歪み、最初の美しい面影は見る影もないらしい。そして美しさが減っていくにつれて、彼女の操る奇跡の力も、衰えているそうだ」

「ふうん……」

「彼女に力を与えたのは、美の女神の眷属の、割と下っ端の方でね。力を与えられた方が、美しくないと、力を注げない程度の小物でね。自分から醜くなっていく聖女様には、打つ手なし、という事らしいよ」

「色々皆大変だ……」

「ジェルマン王子も何度も苦言を呈している物の、散々我儘にふるまってきた聖女様が、矯正される事もなく、彼女はまた、田舎の村に返されると言われているよ」

サイヴァは自分を物置に閉じ込めた、顔だけ綺麗ないじめっ子を思い浮かべた。
都会の派手さを知った後、きっと田舎に戻ったら癇癪三昧なんだろうな、とも。

「さらに聖女様は、占い師に、高貴な身分の物に嫁ぐ、と予言されていたらしい。だから今、聖女としての地位が危うい以上、高貴な男性に娶ってもらおうとしているそうだが……いまいち成果が上がらないとかね」

バタつきパンを何枚も、幸せそうに食べている大鼠のお客様は、気持ちよく紅茶を飲み干し、こう言った。

「まあ、女主人さんには、関係がない事だろうけれどね」

「そうだね」

サイヴァは彼女たちと関わっていた、という事を言わなかった。


今の生活に、それを言う必要なんて、欠片もないほど、彼女は幸せだったのだから。
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