逃げた村娘、メイドになる

家具付

文字の大きさ
上 下
5 / 28

四話 仕事内容

しおりを挟む
さて貴族は一月から社交界のシーズンに移るという物で、社交のシーズンのために貴族たちは、各々の領地にあるカントリーハウスから、都にあるタウンハウスへ行くのが年中行事の一つである。
カントリーハウスは、主がいない間に、大掃除をするものが、それはここではあまり関係がないだろう。
馬車で数日の旅の間に、サイヴァは自分のお仕えする事になった令嬢の事を、ある程度分かるようになっていた。
リリージュはなかなか自由奔放な女性で、そしてきらびやかに着飾ったものが大好きである。
メイドに対して求めている物の水準は厳しいが、暴力的な事をしたりはしないだけ、いいお嬢様と言っていいだろう。
ちょっと我儘なだけで……というのは、リリージュに使えているメイドたちの共通の認識のようだった。
さて馬車の長旅がようやく終わり、行く先々であれが欲しいこれが足りない、と言っていたお嬢様も、自分のみ慣れたタウンハウスについた時はうれしそうだった。

「ああ疲れたわ、お風呂に入りたいから用意をしてね」

「かしこまりました」

「かしこまりました、お嬢様。サイヴァ、荷物をさっさと運び終わらせて、お湯を用意しなさい」

「はい、ハンナさん」

サイヴァは積みあがるお嬢様の荷物を担ぎ上げながら、機嫌よく返事をした。荷物運びくらいだったら、村で死ぬほど重い物を持たされている。
だからサイヴァは慣れていた。よいくらせ、と軽々と荷物をいくつも持ち上げた彼女は、周りが驚いた眼を向ける事も何のその、そのまま軽快な足取りで、リリージュの後に続き、彼女の部屋に荷物を下ろす。
それをあっという間に数回行った後、サイヴァはエミリーという、先輩メイドに小声で聞いた。

「お湯ってどこで用意するんでしょうか」

「階下のキッチンよ」

「どのバケツで汲みに行けばいいのですか?」

「そこのバケツ」

サイヴァが示されたのは、綺麗に磨かれたバケツだった。きっとこれも使い終わったら、綺麗に磨く事になるのだろう。
だが、家中の銅の鍋を磨け、と年がら年中言われてきたサイヴァにとって、そんなバケツ一つ磨くのは、大した事じゃなかった。
そのため、意気揚々と階下に降りて、サイヴァはそこで忙しく立ち働く、たくさんのキッチンメイドの人たちに驚いた。
こんなに人がいるのか、と目を丸くしていると、やや大柄な女性が近付いてきた。

「何の用事だい、その身なりからしてお嬢様のメイドだろう」

「初めまして、サイヴァと申します。お嬢さまがお風呂に入りたいとおっしゃるため、お湯の準備をしに来たのですが、どこを使えばよいのでしょうか」

「ふん、おいお前たち、やっぱりお嬢様は、一番にお風呂だって言ったじゃないか! 今回も賭けは私の勝ちだね!」

「コック長に勝てるわけないじゃないですかー」

「コック長が一番、お嬢様の事に詳しいんですから!」

「あーあ。外れちゃった」

「……あの?」

「まあこれはキッチンメイドのいつものやり取りだから、気にしなくていいわよ、さてお湯だね? 実はそこの大鍋でもう、用意がしてあるんだよ、持って行きな」

「わあ、ありがとうございます! 一からお湯を沸かすものだと思っていて」

大柄で、二の腕まで袖をめくっている、歴戦練磨と言っても過言じゃなさそうなコックが、湯沸かし器を示す。
そこにはたくさんの綺麗なお湯が、湯気を立てているから、サイヴァはうれしくなって、また言った。

「本当にありがとうございます、それじゃあ持って行かせてもらいますね」

「その細腕で、階段の上まで重いバケツを運べるのかい?」

「私こう見えても、力仕事得意なんです」

コック長のからかうような声に、笑顔で返事を返したサイヴァは、これまた軽々と両手のバケツにお湯をたっぷり入れて、何も持っていないかのような身軽な動きで、一礼し、これまた荷物など何も感じさせない足取りで、階段を上がっていった。

「今回来たメイドは、なかなか根性がありそうだね」

コック長はそう言った後、キッチンメイドたちを見回し、こう言った。

「お嬢様が来ているから、今日はお嬢様のお好きなものを出すよ!」

「はい、コック長!」



「意外と早かったわね」

「そんなにお湯を持ってこられたなんて、すごいじゃない」

「故郷ではもっと重たい水瓶に、いっぱいに水を入れて運んだんです」

タウンハウスの二階にあるのが、お嬢様の部屋である。
そこにしつらえられている、お風呂にお湯を持ってきたサイヴァは、他のメイドたちから感心された。
彼女たちからしてみれば、重たく熱いバケツを、二つも簡単に運んでくるサイヴァは、なかなか仕事ができるメイドに見えた事だろう。

「これを後何回繰り返せばいいんですか?」

「五回くらいね」

「わかりました、お湯が冷めないうちに持ってきます」

「ころんじゃいやよ」

「転ばないように注意して運びます」

メイドの先輩たちのからかいにも、サイヴァは笑顔で答え、また階段を降りて行く。
そして、瞬く間にバケツを五回運び、次にサイヴァに与えられた仕事は、

「お嬢様の衣類を片付けている他の先輩の、手伝いをする事」

だった。
彼女はここで、やっとお嬢様の衣類を取り扱うメイドたちに加わり、荷解きの手伝いに移った。
「これを開けて」

「これを運んで、そっちそっち」

「これを上に持ち上げて」

「次はこれを持ってきてね」

先輩メイドたちは、新たな後輩が、見た目に合わない力持ちで、どんな仕事でもニコニコと笑って行うため、これはいいぞ、と重宝する事にしたらしい。
サイヴァは衣装部屋とお嬢様の私室を何度も行き来し、荷物を運んだり衣装を運んだり、化粧道具を綺麗に並べ直したり、お嬢さまがくつろげるようにクッションを整えたりと、なかなかせわしく立ち働いていた。
先輩たちは、熟練の動きを見せて、衣装部屋で衣装を仕分けたり、種類別に並べ直したり、帽子の形を整えたり、衣装の汚れがないか確認したりしている。
とてもではないが、重たい衣装を持ち運びする時間はなさそうなので、サイヴァがそれらを運ぶ事は、何も支障がなかった。
そんな風に、お嬢様のお風呂が終わるまでに荷解きを全て終わらせたメイドたちは、顔を見合せて、お嬢様の御着替えを手伝う事にした。
サイヴァはどうすればいいのか、新人の下っ端であるため何もわからなかったが、

「お茶の支度を持ってきてちょうだい」

そう言われたので、これまた仕事が楽だな、と思いながら、階下へ行き、コック長がお嬢様の行動パターンを見越していたのか、用意されていたお茶の用意を持って、階段を上る事になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

義妹が本物、私は偽物? 追放されたら幸せが待っていました。

みこと。
恋愛
 その国には、古くからの取り決めがあった。  "海の神女(みこ)は、最も高貴な者の妃とされるべし"  そして、数十年ぶりの"海神の大祭"前夜、王子の声が響き渡る。 「偽神女スザナを追放しろ! 本当の神女は、ここにいる彼女の妹レンゲだ」  神女として努めて来たスザナは、義妹にその地位を取って変わられ、罪人として国を追われる。彼女に従うのは、たった一人の従者。  過酷な夜の海に、スザナたちは放り出されるが、それは彼女にとって待ち望んだ展開だった──。  果たしてスザナの目的は。さらにスザナを不当に虐げた、王子と義妹に待ち受ける未来とは。  ドアマットからの"ざまぁ"を、うつ展開なしで書きたくて綴った短編。海洋ロマンス・ファンタジーをお楽しみください! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

拝啓、借金のカタに鬼公爵に無理やり嫁がされましたが、私はとても幸せです。大切にしてくれる旦那様のため、前世の知識で恩返しいたします。

伊東万里
恋愛
手軽に読んでいただけるよう、短めにまとめる予定です。 毎日更新できるよう頑張ります。 【あらすじ】 実家の子爵家の借金の返済猶予の交渉ために、鬼人と呼ばれ恐れられていた20歳も年上の公爵の元に嫁がされることとなった子爵家の娘。 実母が亡くなってからは、継母や腹違いの妹に虐げられ、実の父も庇ってくれず、実家に居場所なんてなくなっていた。心を殺して生きてきた娘は、無理やり嫁がされた鬼公爵家で、大事にされすぎ、驚きを隠せない。娘の凍り付いた心が徐々に溶けていき、喜怒哀楽の表情がでてくる。 そんな娘が、前世で極めた薬学、経済学の記憶をフル活用し、鬼人の旦那様に感謝の気持ちで恩返しをする話。 <アルファポリスのみに投稿しています>

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

処理中です...