君と暮らす事になる365日

家具付

文字の大きさ
上 下
17 / 46

17

しおりを挟む
「はあ……」

「この辺で外食探してもいいけど、明日の朝だってご飯食べるんだから、食料品確保しなくちゃいけないじゃない」

「食べ物に関してはしっかりしてんな」

「食べるって大事な事だからね」

胸を張る場面じゃない筈なのに、あまりにもえらいだろ、と言わんばかりに胸を張られて、依里は苦笑した。
そして引っ越し業者がやってきた時、さっそく晴美はやらかした。

「そうそこ、冷蔵庫はそこ、ラックはそこ」

「おい、家財道具は全部私の物だろうが、何してんの」

「引っ越し業者さんに配置してもらってんの」

「何おまえが決めてんだよ……」

呆れた顔をした依里に、何がいけないの、と言いたげに晴美は目を瞬かせた。

「だってキッチンはおれの城だよ?」

「家主私だからな?」

「え、家賃折半だからおれも家主でしょ?」

「は?」

「え?」

依里と晴美は顔を見合せた。そして依里は、必要書類の話はしたけれども、同居条件をこの男に掲示していなかった事を、今更思い出したわけである。
そして同居条件を、ほとんど考えていなかった事まで思い出したのだ。
何やってんだよ、と自分に突っ込んだ依里であるものの、大鷺晴美という男は、家賃折半は当たり前だと思っていたらしい。そこは、えらいというべきだろうか……
そんな事を少し考えた依里だが、彼女が考えている間に、晴美がキッチンの物の配置を指定し始めたため、もうあきらめた。
多少使いにくかったとしても、慣れでそのうち不便と感じにくくなる、と経験から彼女は知っていたのである。
キッチンはそんな風にひと悶着に似たものが起きたが、その他はおおむね速やかに進んだ。
というのも、晴美が他の場所に関してはまったく頓着しなかったからだ。
バルコニーはそこそこ広く、角部屋であるからそこまで物音を気にしなくて構わない。
そして荷物と言えば、大鷺晴美の荷物は大きなスーツケース一つ分だけなのだ。
道理で、一人分の引っ越し程度の時間しかかからないわけだ。

「ありがとうございました」

「費用はクレジットカード決済ですので、お確かめください、領収書です」

そうしてさわやかに引っ越し業者の人が去っていき、残ったのは段ボール箱たちと依里たち住人である。

「おれこっちの部屋―」

そんな事を言いつつ、晴美は突き当りではない方の部屋に入っていく。

「いいの、そっちで」

「おれどこでも寝られるからさあ」

気遣われたな、とそこで気付く。おそらく、隣人の騒音に辟易している自分が、あまり隣人の物音に左右されないように、と幼馴染はそちらにしたのだ。

「あとで同居の条件、言うからな」

「おれ掃除してる」

「……お前は荷物ほどかないのか」

「ほどく荷物ないもん」

「せめて着替えくらいはスーツケースから出したらどうなんだ?」

「おれ一か所に持ち物がなくちゃいやなタイプ」

それはスーツケース関係ないんじゃないか、と思いながらも、依里はじぶんの私物の荷ほどきをするため、これから新しく自分の私室になる部屋に引っ込んだ。




大体の物をあらかた片付けた依里は、そこでふうと息を吐きだした。
次はキッチンだな、と立ち上がって、彼女が私室から顔を出すと、キッチンのあらゆるものが、床に広がっていて、ちょっとぎょっとした。
そしてそこの中央に、晴美が立っていたのだ。

「……何家探ししている泥棒みたいな散らかし方してんだよ……」

「おれ全部の物を一回見た方が仕事はかどるんだよねー」

なんだそれ。依里はまた、幼馴染が訳の分からないマイルールを広げた事を察した。
晴美は全部の物を見渡したと思うと、まるで位置を完全に把握したかのように、次々としまい始めた。
なんていう手際の良さだ。
その素早さに目を丸くしている間に、大量に広がっていたキッチンの雑多なものたちは、あらゆる引き出しに収まっていた。
手品でも見ていた気分だ。
あんなに広げていた物が、一気に片付くと、こんな気分になるんだな……と思いながら、依里は掃除機のスイッチを入れた。
その排気音を聞いた瞬間に、晴美が体を縮め、言う。

「ヨリちゃん待って!」

「あ?」

待ってと言われたたため、依里は掃除機を止めた。排気音が止まる。それを確認した晴美が、いい事を思い付いた、という顔で言う。

「おれ昼ごはん買って来るね。ヨリちゃんその間に、掃除機全部かけておけばいいよ!」

まるで逃げ出すような勢いで、晴美は財布片手に家を飛び出していった。
残された彼女は呆気にとられた後に、ああ、と合点した。

「あいつ、掃除機の音大嫌いだったっけな……」

だしぬけに大嫌いな音が聞こえてきたから、あいつは逃げたのだろう。

「悪い事したな……」

だが掃除はしなければならない。取りあえず一回は掃除機をかけて埃を吸い込み、ワイパー類で拭き取らなければ。
次からは気にしておこう、と思いつつ、依里は手際よく掃除機をかけ、ワイパーをかけた。




「ただいまー」

「馴染むの速すぎやしないか」

「人間は慣れる生き物ってどっかで聞いたよ?」

言いつつ晴美が、何やら買い物袋を持って戻ってきた。所要時間はわずか十五分である。
そんな近くにスーパーあったか? と思った物の、何という事はない。

「駅前で美味しそうな匂いのベーカリーがあったよ、そこでいろいろ買って来た」

「スーパーかと思った」

「スーパーの偵察はね、ヨリちゃんの片付け終わったらにしようと思って」

にこにこと柔らかく笑う晴美が、パン屋で買ってきた物を広げだす。

「あんパン、メロンパン、焼きそばパン……おい、もうちょっと食事系にしなかったの?」

広げたパンの大半が甘いパンで、依里はさすがに突っ込んだ。まさか昼飯が菓子パンになるとは思わなかったのだ。
だが晴美は、彼女を見る。

「好きでしょ?」

依里は目を見開いた。それから彼が買って来たパンをもう一度見直した。
あんパンも、メロンパンも、焼きそばパンも、そうだ。

「……懐かしいな、中学時代にお世話になったパンばっかりだ」

正確には、中学時代に、お腹がすいたら食べていたパンだ。
実家付近には、おしゃれなベーカリーなどなかったから、古き良きパン屋で買ったんだ。
依里は何を言えばいいのかわからなくなった。
こんな事を、お前は覚えていたのか、とさえ言えなかった。

「おれ、いまのヨリちゃんの好みは知らないけど、昔好きだったものは覚えてるよ。嫌いじゃないだろうな、と思ったから買って来た」

こいつ、そんな昔の事をわざわざ覚えていたのか。

「……もっとその記憶力、有効活用しないのか」

「ヨリちゃんが好きだったものを忘れる事はさみしいよ」

さらっとそんな事を言って、彼がさっそく、鉄瓶にお湯を沸かし始める。
それから買い物袋に入れられていた、牛乳を冷蔵庫の中に突っ込んだ。

「牛乳は買ったのかよ」

「おれ知ってるよ、ヨリちゃんは牛乳を切らすと一日機嫌が悪いって」

先好きなの選んでおいて、と晴美はいい、依里は幾つもある菓子パンをみて、一つを手に取った。
学生時代を思い出す菓子パンたちは、お小遣いもそんなにもらえていなかった時代には、飛び切りご馳走に感じたのに、今ではそこまでではないのだ。
そんな所が少しだけ寂しくなったものの、コンロの前では晴美がお湯を沸かしている。
お茶を入れるつもりだろうか。
そうしたら本当におやつの時間だな、と思いながら、依里はメロンパンをかじった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

試される愛の果て

野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。 スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、 8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。 8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。 その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、 それは喜ぶべき縁談ではなかった。 断ることなったはずが、相手と関わることによって、 知りたくもない思惑が明らかになっていく。

【完結】愛くるしい彼女。

たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。 2023.3.15 HOTランキング35位/24hランキング63位 ありがとうございました!

愛されなければお飾りなの?

まるまる⭐️
恋愛
 リベリアはお飾り王太子妃だ。  夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。 そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。  ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?   今のところは…だけどね。  結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。

さっさと離婚したらどうですか?

杉本凪咲
恋愛
完璧な私を疎んだ妹は、ある日私を階段から突き落とした。 しかしそれが転機となり、私に幸運が舞い込んでくる……

「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。

古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。 まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。 ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。 ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。

残念ながら現実です

稲瀬 薊
恋愛
 離婚した姉ルドヴィカが戻ってきて半年、アリアンネに突然の婚約の申し出がきた。  相手は同じ爵位のフロリアン・リーゲル。彼とは一切の接点は無かったはずだが、彼はアリアンネに一目惚れしたと告げる。  ひとまず婚約を検討すると保留にして彼の本当の目的を探るとーーどうやらフロリアンはルドヴィカの不貞相手の可能性が出てきた。  平凡なアリアンネを隠れ蓑にしようと彼等は計画しているようだが、しかしアリアンネはただの令嬢ではなくて……?

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

どうぞ、(誰にも真似できない)その愛を貫いてくださいませ(笑)

mios
恋愛
公爵令嬢の婚約者を捨て、男爵令嬢と大恋愛の末に結婚した第一王子。公爵家の後ろ盾がなくなって、王太子の地位を降ろされた第一王子。 念願の子に恵まれて、産まれた直後に齎された幼い王子様の訃報。 国中が悲しみに包まれた時、侯爵家に一報が。

処理中です...