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四十一話 子分よりすごいのは姐さんだった

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子分たちは今日も今日とて、銭湯を洗う代わりに、ごはんをブンブクに用意してもらっている。
材料費はそんなにかからないというが、確かにあの山のような保冷箱の量を考えて見れば明らかだ。
それ以上に、買い物する日ってあるの、と言いたくなるほどの量だった。
食事には困らないんだろうな……と思うのは誰でも同じだろう。
そして鶴の食事以上に、脂っこいものが増えていた。
つやっつやてりってりの肉の角煮が、物凄い量で大皿に積みあがっていた。

「角煮なんていつ作ったの」

「仕込んでおいたら後は煮るだけだからな、楽だぞ」

「いや、楽って言わないんじゃないかな……」

「親分、今日もご馳走になってます!」

「親分、この雑魚の味噌汁めちゃくちゃうまいです!」

「今日も親分のご飯がおいしくて幸せです!」

鶴の突っ込みを誰も気にせず、わいわいがやがやと、子分たちが争うように、角煮をほおばって幸せそうにしている。
総勢十二匹。鶴はこっそり数を数えていた。数えなくちゃいけない気がしたのだから、仕方がない。
その子分たちは全員、昨日の人とは違う人かと思いきや、数名は昨日も来ていたようだ。
そんな事を会話の片隅から拾い上げていき、茶碗のご飯をかっこむ音、それから親分であるらしいブンブクをほめちぎる言葉、何とも言えない大人数の熱気を感じている。

「よくまあ、十二人分のご飯が用意できたのね……」

「だいたい多くて二十、少なくて八か九だからな。銭湯にどんだけ入りに来るかで、決めてる」

「決められない数の幅だと思うんだけど」

「そうかあ?」

ブンブクは意識していないが、この鍋狸のやっている事は、まさに超能力だ。今日ご飯を食べにくる人数を予測して、それにぴったりのご飯を用意しているのだから。

「親分、煮魚がおいしすぎてご飯が足りません!」

「そこの鍋からとっていけ……ってもうねえのかい」

「ご馳走になってます! 親分の白いご飯は、母ちゃんのご飯くらい美味しいです!」

「そこは嫁さんのご飯の方がおいしいって言ってやれよ」

言われても悪い気はしないのだろう。ブンブクがけけけ、と笑ったその時だ。
いきなり、鈍い人間の鶴でもわかるほど空気が重たくなり、突風とともになにか、いや、誰かが、つむじ風の勢いでブンブクの前に現れたのだ。

「分の字!!!!! あんた子分になんていう教育してるの!!!」

その誰かは、ばさばさの艶などまったくない髪の毛を長くのばしていて、それを綺麗に結い上げていた。
そんな彼女は、肌もぼろぼろで、動いたそばからその皮膚の粉が、ぽろぽろと落ちて行きそうだった。
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そのあらゆる努力がもったいない事になっている、そんな女性だった。
彼女はきっと力強い瞳でブンブクを睨み付けて、きゃんきゃんとまくし立てる。

「しんっじられない! あんたの子分って老いも若きもオスもメスも、一体どういうしつけしているのよ!」

知り合いなの、と鶴は問いかけ、あ、と声を漏らした。
この人だ。今日靴を選んだ人だ。もう夜という事もあって、雰囲気が全く違うように見えたが、この人だ。
しかし、分の字、とブンブクの名前を呼びかけ、子分がいる事を知っていて、オスもメスも、というのだからまさか……

「この人も狸?」

「失礼しちゃうわ! 一緒にしないで! 私は誇り高き麗しの狐よ!」

鶴が脇であわあわとして、箸を落っことしたブンブクの子分に問いかけた言葉が、ばっちり聞こえていた模様だ。
彼女は胸を張ったのだが、残念な事に重量感が足りなかった。
一方のブンブクはと言えば、こんなに強い瞳で睨まれたのに、全く動じていない。
それどころか、心底不思議だ、大丈夫か、と気遣う声でこう言った。

「お玉じゃねえか、どうしたんだよ、この前国一つ落とした後からしばらく見なかったら、そんなやつれ果てて」

「うるさいわね! これだからデリカシーのない狸の親玉はきらいよ! あんたたちなんていう体に悪いものばっかり食べているの!」

「体にわるくねえだろ。うまいぞ」

「結構よ! 食事には気を使っているのよ!」

「あ、親分、角煮のお代わり!」

「お前なん切れ食ったんだ」

ブンブクがとうとう、大鍋ごと角煮を卓に運んでくる。角煮と煮魚の鍋に群がる箸、圧巻だ。
そしてその味も脂も濃いものを、白いご飯を山のようにしてむさぼる彼等を見て、狐だという彼女が、こぶしを握った。

「なんで、なんでなんでなんで! そんなろくでもない食生活している狸ごときに! 私が負けなくちゃいけないの! 私だって綺麗になるために頑張っているのに!!」

「そう言えば姐さんこのまえ、狸里のお嬢ちゃんに化け比べで負けたんだったか?」

「そういやそんな事噂に聞いて、まさか姐さんが負けるわけねえだろって思って忘れてた」

子分たちがぼそぼそと喋っている。狐のお玉はぼろぼろと涙をこぼして喚くように叫んでいる。

「なんで私が、こんなのの集団に負けなくちゃいけないの! 私は傾城天女の化け狐よ!」

「ちゃんと飯食ってんだろうな」

わあわあと泣きながら言う彼女に、ブンブクがぼそりと問いかける。彼女は涙をハンカチで綺麗に拭きながら答えた。
そう言った仕草は、女性として決定的に敗北している、と鶴が思うほど洗練されている。

「食べてるわよ! 低糖質に、野菜中心の健康と美容にいい食生活! タンパク質はともかく油は控えめ!」

「タンパク質で何食ってんだ」

「豆腐よ!」

彼女の渾身の答えを聞いて、ブンブクはびしゃりと怒鳴った。
怒鳴る事など滅多にないのだろう。聞いた子分たちが箸を一斉に取り落としたくらいの言葉を言ったのだ。

「キツネが肉食わねえで何食うんだよ! ちょっと待ってろ!」

「お肉なんて美容の天敵じゃない!」

「……お前はとにかくそこに座って待ってろ、お玉」

ブンブクはそういうと、台所の方に行ってしまった。
鶴はそこで、彼女に近寄り、恐る恐るしゃべりかけた。

「あの……今日、靴を選んでくれたのはあなたですよね?」

「誰……? って、やぼったい靴のお嬢ちゃんじゃない」

彼女は、お玉は鶴を覚えていたらしい。涙をぬぐいながら答えてくれた。
その声がまた鈴が転がるような、見事なまでに美しい、洒落にならない声なのだ。
この声が笑うのを聞きたさに、あらゆる男どもが無茶をしたくなりそうな位に。

「お礼も言えないまま、どこかに行ってしまったので。ありがとうございます。自分じゃ選ばない靴だったもので」

「あなたがとっっっってもやぼったかったから口出しちゃったのよ」

「やぼったいの強調するんですね」

「確かに姉さんにしか言えないセリフだ……」

子分たちは恐る恐る食事を再開する。その邪魔を狐はしないらしい。
やっと、感情の爆発が収まってきたのだろう。涙は止まっていた。

「あの、あなたの……」

お名前は? と鶴が聞こうとしたその時、ブンブクが大きな皿に、何かを乗せて、お玉の前に置いた。
先ほどから、脂の焦げる香ばしい香りがしていたが……と鶴は皿の中身の、その大きさに驚いた。
その大皿に、笑えないほどの、分厚い豚肉が乗っていたのだ。香ばしく湯気が立っていて、食欲を全開させる香りだ。

「丸次郎の所が鉄砲撃ちだからな、猪肉だ、腹いっぱい食え」

「何でこんなもの目の前に出すのよ! だからお肉は」

「口開けろ」

お玉がいやだ、と言おうとしたその手に、ブンブクは食器を握らせた。
お玉は綺麗にそれを切り分け、咀嚼し始める。
それからは圧巻だった。

「何でこんな脂っこいものを!」

「美容にいいものじゃないわ!」

「こんなにいっぱい食べたら、ニキビが出来ちゃうじゃない!」

なんて文句を言うお玉の皿に、ブンブクはどんどんとソテーした猪肉を置いていくのだ。
そしてそれを止めもせずに、文句を言いたいだけ言って、お玉も食べていくのだ。
まるで大食いの選手みたいだ、と思う位に早い。
それなのに上品で、見ていていやな気持にならない食べっぷりだ。
そして鶴が、一体何キロ食べるんだろう……と思うあたりで、ようやくうち止めになったらしい。
ブンブクが酒瓶片手に、お玉の脇に座ったのだ。

「落ち着いたか」

「……癪に障る事に!」

むうう、と膨れたお玉は、姫君のようだった。髪の毛のばさばさ具合と、肌のボロボロさに目をつぶれば。

「今日は宿あるのか」

「あんたの所の仔たぬきに、男騙すので負けたから、それが腹立ってしょうがなくって乗り込んできたのよ! 腹が立ちすぎてホテルの予約なんてしてないわよ!」

「おおい、客間の掃除はしてあったか?」

きつい声でいいはなったお玉も何のその、ブンブクは子分の一匹に問いかけた。

「あ、うちのかあちゃんがやってます! いつなんどき、親分の彼女がお泊りに来るかわからないので!」

「大抵泊まるの姐さんなんだけどな」

「姉さんの別宅扱いの時あるけどな」

「というわけだ、ここまで来たんだ、温泉にゆっくりつかって休んでけ、お玉」

「ふん、当たり前の事じゃない」

「……あの、誰か彼女の説明を……私家主だから……」

鶴はとうとう我慢できなくなって、全員に問いかけた。

「その人は一体誰なの?」

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