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第105話〜病み始めた子供たち〜

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「ネズミたちが代々受け継いできた、7つの優しい心。それは——」


 1、家族は仲良くしよう。
 2、友達は信じ合い付き合おう。
 3、自分の言葉と行動に責任を持とう。
 4、縁ある相手を愛し、頼まれたら助けてあげよう。
 5、好きな事はとことん学び、世の中に役立てよう。
 6、社会のために、好きな事や得意な事を活かし貢献しよう。
 7、みんなで決めたルールを守り、必要があれば改善しよう。


「……ネズミらしい、心掛けだな。道理でみんな平和に暮らして来れたわけだ」

「しかし、これらの心は、移住してきたネコたちや改革派のネズミたちに〝古臭い〟と批判されたんだ。そして、それに代わる〝ネコとネズミ共存のための新教育法〟が、新政府により先日発布されたんだ」


 ——まさか。N・ニャルザルHQヘッドクォーターズどもが言っていた、個性とか自由とか平等とか言うやつか。


「それは、〝個を尊重し、平和を求めるネコ及びネズミの育成〟。その内容は——」


 1、我々は何物にも縛られず、自由に生きる権利の保証
 2、1匹1匹の〝ニャン権〟及び〝チュー権〟を主張する場の保証
 3、学校教育の機会と、就職及び就軍の機会を平等に
 4、スタートはみんな平等。より良い地位、生活基準に到達するために、切磋琢磨しみんな頑張ろう


「……どう思う? ゴマくん」

「何も知らなきゃ、自由に生きてイイ生活するために頑張ろうとか思えたかもな。だが、先のネズミの心にあったように、周りの奴らと力を合わせなきゃ、ネズミもネコも生きてけねえんじゃねえの?」


 チュータさんはコクリと頷いた。


「そうなんだ。要するに〝自分さえ良ければいい〟って事になってしまう。賢明な保守派のネズミたちと一部のネコたちは、この改革に反対しているんだ。それから……」


 チュータさんは、紙切れのような物を何枚かと、銀色の丸くて薄っぺらい物をボクに見せた。


「これは感謝の証〝エイコン〟に代わる、通貨〝チュール〟なんだ。貨幣経済が始まってしまった。何かサービスを受けるためには、これを支払う必要があるんだ。この社会で競い合い、勝ち抜いて頑張った者だけが〝チュール持ち〟になっていく。〝公正な競争〟という、名ばかりの弱肉強食システムが、築かれようとしている」

「あいつら、そういう話もしてやがったぞ。大量生産、大量消費だとかなんとか……。そんな事してたら、資源なんざあっという間になくなるんじゃねえか」


 チュータさんは一つため息をついて、椅子に座り直した。


「資源も、大切に感謝を込めて使わせてもらったからこそ、私たちの世界では豊かなんだ。しかしこんな社会になると、自分だけが良い思いをして、子や孫にツケを回す社会になってしまう。孫たちは防毒マスクをつけ、地下シェルターで暮らすような未来になるかもしれない。ゴマくんも阻止してくれまいか。この愚かな政策を」

「ああ、任せてくれ。N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの企み、止めてみせる」


 ボクはチュータさんに見送られ、外に出た。深々とお辞儀をするチュータさん。絶対に、N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの奴らに洗脳されるんじゃねえぞ。

 さあ、次はチップたちに会いに行って、この事を伝えるんだ。


 ♢


 ボクは道行くネズミの話の内容に、耳を疑った。


「女と遊ぶの、やめられないなあ。〝チュール〟が足りねえや……」

「カジノでバーンと稼げばいいんじゃん! それか、ネコ対ネズミのガチンコバトル! 賭けチュールはネズミが8倍だぜ!」

「んなもん、ネコが勝つに決まってらあよ」


 ——女とギャンブルに溺れるネズミたち……。
 こんなネズミたち、見たことねえ。一体どうしちまったんだ。こうして、アイツらの言う通り、ネズミたちを狂獣化していくのか……。

 ボクは駅へと向かったが、そこはネコとネズミでごった返している。


「ミランダ、何回もすまねえ。チップん家までワープゲート出してくれ!」

『駅から乗り物に乗ってすぐじゃない』

「あんな混み混みなのはイヤなんだよ! それに時間もねえし」

『仕方ないわね』


 ボクはワープゲートをくぐり、チップたちの家の前にワープした。


 ♢


 着くなり、庭にいたチップがボクに気付き、駆け寄ってきた。


「あ! ゴマ兄ちゃん……、聞いてよ!」

「お、どうしたチップ」

「モモ姉ちゃんが、最近何だか怖いんだ……」

「怖いだと? あの優しそーな姉ちゃんが?」


 ボクはチップについていき、台所のドアをそっと開けて中を覗いた。
 モモが、テーブルに突っ伏してじっとしてやがる。


「おい、らしくねえじゃねえか、モモ」


 声をかけたら、モモがゆっくり体を起こし、こっちを見た。目の下にクマが出来てやがる。一体どうしちまったんだよ。
 モモは、掠れた声で答えた。


「自分が何なのか……わからなくなったの」

「何言って……。お前、あれだけ料理好きだったじゃねえかよ。それでいいんじゃねえの?」


 自分が何なのか、分からねえだと?
 こんなの、何て言ってやれば分からねえ。


「料理は好きだけど、結局私の自己満足なんじゃないかって……。専門学舎でも、私より料理上手な子なんて沢山いるし……」

「モモ、お前なあ! お前の料理を喜んでくれる奴がすぐ近くにいるじゃねえか! ほらここに! テメエの料理が食えなくなるなんてイヤだぜ?」

「うんん。私なんかより美味しく作れるネズミなんてたくさんいる……」


 モモは再び、テーブルに突っ伏してしまった。話してても暗い感じがして、こっちまで気力を奪われそうだ。


「チップ……すまねえ。元気付けられなかった」

「うんん、こっちこそごめんね」


 玄関から物音がする。ネズミの父ちゃんたちが帰ってきたみてえだ。
 ボクはすぐに父ちゃんに、この事を伝えた。


「……モモ、まだ落ち込んでたのか。実はね、他の家でも、そういう子供たちがたくさん出てきてるんだ。……個性を大事だと言われるあまり、自分とは何かが分からなくなるネズミたちが続出してるんだ」

「なるほどな。これもN・ニャルザルHQヘッドクォーターズの作戦か」

「にゃるざるへっどくおーたーず? 何だいそれ?」

「ああ、実はな……」


 ボクは、N・ニャルザルHQヘッドクォーターズの民族解体作戦について、ネズミの父ちゃんとチップに小一時間話した。
 ——ところが。


「まさか。それは考えすぎじゃない?」

「そうだよ。民族解体とかニャークリヤ何とかっていう恐ろしい兵器だとか、そんな物ありっこないさ! 星光団もいる事だし、そんなに深刻になっちゃダメだよ。もっと楽しい事考えようよ!」


 やっぱり、俄には信じられねえらしい。ネズミの父ちゃんにもチップにも、この話は笑って流されてしまった。
 でもこれは事実なんだ。何とかして信じてもらわなきゃ……!


「往診です」


 話に夢中になっていた時、ネズミの医者が訪ねてきた。
 ボクは見覚えのあるその姿に、思わず声を掛けた。


「ハールヤのジジイじゃねえか!」

「おお、ゴマくん。これはこれは」
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