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第18話〜風の精霊〜

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「ルナ、朝だぞ」

「ううーん……」


 帰る事も出来なくなり、食糧も尽きた。ボクらはどうする事も出来ず、数日間、森のように生い茂った草叢沿いの洞穴で、小さな虫を食べながら過ごすことにしたんだ。
 だが、もう限界だ。あの地獄のニャンバラにいるよりはよほどマシだが、やっぱり元の世界に早く帰りてえ。


「お前……、大丈夫か」

「美味しいご飯食べたいよ……」


 ルナが、少しやせ細ってきやがった。このままだとボクらはマジで飢え死んでしまう。何とかしねえと。


「ネズミの奴らに助けを求めるしかねえか……」

「ダメ、だよ……」

「いいじゃねえか、もうプレアデスの奴とも連絡取れねえんだ。ていうか、騙されたようなもんだろ、これは」


 その時、洞穴の外にネズミの子供が数匹通りかかった。ボクは外に出て、大きく手を振った。


「だめだっておい! 見つかる!」


 ルナはボクの尻尾を引っ張って言った。即座にボクは言い返す。


「だったらどうしろってんだ! このままだとボクたち野垂れ死ぬしかないんだぞ!」

「うう……。おなかもすいたし……」

「バカ、泣くな! とりあえず、あいつら泊めてくれるか頼んでみるか?」


 ボクは洞穴から外に出て、ネズミの子供を追おうとした。が、その時——足元でボコッという音が聞こえ、突然地面が崩れた。


「あれ? うわああああ!」

「うお⁉︎     落とし穴? うわわ!」


 ボクらはそのまま、突然空いた穴の中に転がり落ちてしまった。
 穴は、地下の洞窟に繋がっていたらしい。ボクらは洞窟の天井の穴から落ち、地面に叩きつけられた。
 多分、さっきのネズミのガキどものイタズラなんだろう。


「いてて……。おいルナ、大丈夫か?」

「何とかー……」


 転がり落ちた場所——そこは、薄暗い洞窟の中の少し広い空間だった。周り一面、湿った茶色い土の壁。空気は冷んやりとしている。
 近くに看板があり、汚え字で〝チップと仲間たちのヒミツキチ〟と書いてある。この広々とした洞窟は、あのネズミのガキどもの遊び場なのだろうか。


「ねえ、誰かここに落っこちて行ったよ!」


 落ちてきた天井の穴から、ネズミのガキの声が聞こえる。


「僕が掘った落とし穴に誰か落ちたんだよ、あはは!」

「あらら、こんなに中まで埋まっちゃって」

「大丈夫だよチップ、浅いから自力で出られるよ。早くおやつ食べに行こ!」


 やっぱり、奴らの仕業か。浅いから自力で出られるだと? ガッツリ底が抜けちまってるじゃねえか。だからもう外には戻れねえ。情けねえが、もう気力も体力も無え……。


「兄ちゃんー……」

「ああクソ! 腹減ったぜ!」


 ————その時だった。
 

「あら、あなたたち。見かけない姿ね。どうしたの?」


 どこからともなく、囁くような高い声が聞こえた気がした。
 ルナか? この場にはルナしかいねえ。


「ルナ、何言ってんだ」

「ううん、僕じゃないよ。誰の声だろ、今の?」

「お前も聞こえたのか。ハハッ、ボクらとうとう幻聴が出てくるくらい、疲れ果てちまったのかよ……」


 また、声が聞こえた。


「ここよ、ここ」


 ん……? 何かが光りながら飛んでる。
 ボクは目を凝らしてよく見てみた。虫……じゃねえ。
 小っちゃくて耳がとんがってて、羽が生えた妖精みたいな奴だ。よく見ると、緑色の薄手の服を着ている。そいつは金色の光を振り撒きながら、こっちに飛んで来た。
 ボクはそいつに、話しかけてみた。


「お前か、さっきから呼んでた奴は」


 すると、金色の妖精はクルンと8の字を描き、ニコッと笑いながら答えた。


「そうよ、やっと気付いてくれたわね。あたしの名前はミランダ。風の精霊シルフよ」


 風の、精霊だあ……? やっぱりボク、幻覚を見ているに違えねえ。


「あなたたち、お腹空いてるのね、※▷〆Σ……」


 その妖精は、黄金色の綺麗な髪を靡かせながら、意味のわからない言葉をつぶやいてステッキを振るった。するとどこからともなく一瞬で、ドデカいカツオのたたきが目の前に現れた。


「うおおおあああ‼︎     ルナ、食うぞ!」

「う、うん!」


 ボクらは、突然現れたカツオのたたきを貪り食った。美味え。涙が出る。幻覚なんかじゃねえ。コイツは本物だ。精霊とか妖精って、噂でしか聞いた事がなかったが、本当に存在しやがったんだ。
 巨大なカツオのたたきは、一瞬でボクとルナの腹に吸い込まれちまった。とろりとした身の感触が口の中に残り、ボクは幸せな感覚に包まれた。


「よほどお腹が空いてたみたいね。あたし魔法が使えるから、もし困ってたら力になるわよ」

「ぷはあー、生き返った。マホウ? マホウって何だ?」

「さっきみたいに、呪文スペルを唱えれば、空間から物を出したり出来るのよ。今は魔法陣を作って、異世界への門を作る研究をしてるの」


 魔法、だと?
 じゃあさっきのカツオのたたきも、魔法で出してくれたというのか。
 幻覚なんかじゃねえ、確かにこの目で見たんだ。そんな不思議なチカラを使える奴が、この世界にいただなんて。

 ボクはハッと思い立って、ミランダに言ってみた。


「じゃあその魔法とやらで、ボクらを家に帰してはくれねえか⁉︎」

「うんうん! 早くメル姉ちゃんたちと会いたい」


 期待しながらボクらはミランダに頼み込んだ。するとミランダは、俯いて少し高度を下げて答えた。


「ごめんね、出来ると思うけど、今はまだあたしの魔力じゃ無理みたい」


 それを聞くと、高ぶった期待が一瞬で萎えてしまった。
 が、ミランダは再び高度を上げ、ニコッと笑った。


「でもね、あなたたちの家族に伝言を送るくらいなら、出来るわよ!」

「何⁉︎    家族って、ムーンさんたちにか?」

「メル姉ちゃんにじゅじゅ姉ちゃん、ユキやポコにも?」

「伝えたい相手に言葉を伝えることくらいなら、お安い御用よ」


 ——再び、希望が湧き出る。
 だったらとにかく、メルさんに謝らなくちゃいけねえ。何て伝えようか……。


「おいルナ、何て言ったらいいと思う?」

「……メル姉ちゃん、また勝手にいなくなってごめんなさい。お願いなんだけど、いつもの集会する神社の奥の森の開けた場所に、変な形のトンネルがまだあるか確かめて来てくれない? ……って、こう伝えてくれる? ミランダさん」


 ボクが聞くまでもなく、ルナはベストな伝言をミランダに伝えていた。


「わかったわ。※▲♪〆……」


 ミランダは宙に浮かびながら、聞いたこともないような言葉をずっとブツブツ言っている。


「▲※〆……。はい、ちゃんと伝えておいたわよ」

「……本当にメルさんたちに伝わったのか?」


 ミランダは、ボクの周りをクルリと飛び、ボクの耳元で囁く。


「しっかり伝えたわよ! そしてあなたたちの家族からの返事も、あたしの魔力が足りればキミたちに伝えられる。頑張ってみるわね!」

「よくわかんねえが、まあうまくやってくれ。あ、ボクの名前はゴマだ」

「ありがとうミランダさん! 僕はルナだよ。よろしくね!」


 本当に、ちゃんと伝えてくれたのだろうか。だが伝えたところで、もしあの変なトンネル……〝ワームホール〟だったか……アレが無くなってたりしてたら、もうどうしようもねえよな。そうなったら、ボクらは一生このネズミの世界に置き去りだ。
 あのプレアデスのクソ野郎と、プルートのジジイ……。一体何を企んでやがるんだ。もし次会ったらネコパンチでボコボコにしてやんだから。


 ♢


「ねえ、ゴマくん、ルナくんー!」


 あぐらをかいて寝っこけていると、ミランダが目の前に飛んできた。近くに来られると、眩しくて仕方ねえ。


「何だ? メルさんたちから返事あったのか?」

「これ、見て」


 ミランダはまた変な呪文を唱えたと思ったら、今度は洞窟の壁が光って、そこに何かが映った。


「あ! メル姉ちゃんたちだ!」

「おい、ムーンさんもいるぞ!」


 壁に映ったのは、神社の森の奥の光景だった。そこに何とボクらの家族——ムーンさん、メルさん、じゅじゅさん、そしてユキにポコの姿が映っている。
 そして、ムーンさんたちの目の前にあったのは、あの変なトンネル——〝ワームホール〟だった。良かった。あのトンネルさえあれば、帰れる。


「あ! ムーンさんたち、トンネルに入って行ったぞ!」


 ——その後に、メルさんたちが続いていく。
 メルさんたちは何かを話していたが、声までは聞き取る事が出来ないようだ。


「おい、もしかして探しに来てくれるのか?」

「でも、僕たちの居場所わかるのかなあ」

「大丈夫よ。あたしがムーンっていうネコさんにバッチリ伝えたから。ゴマくんたちは、ここで待ってたらいいわ」


 ミランダが得意げな顔でウインクしやがった。……あまり可愛くは無え。


「すげえなお前。……そういや、あのプルートのジジイ、いなかったな」

「だね……。とにかく、トンネルもあったしメル姉ちゃんたちみんなも来てくれるみたいだし、ひと安心だね」


 安心したボクらは、そのまま気が抜けたように、いつの間にか眠りについてしまった。
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