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第二章 新領地への旅

第33話 騎竜の牧場

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 ――翌日。

 俺と妹のマリーは、ダラダラと部屋で過ごしていた。
 疲労回復のために休みは必要だが、半日もすると飽きてしまった。

 昼食はゲストみんなで食堂に集まる。
 大きなテーブルに料理が並び、ワイワイと賑やかに食べるのが南部流だ。

 南部貴族たちは、元気が良い。
 前世の親戚の集まりみたいだなと笑みがこぼれる。
 王都のお上品なスタイルより、俺はこっちの方が断然好きだ!

 妹のマリーも、かまってもらえる相手が沢山いて嬉しいようだ。
 笑顔が絶えない。

 護衛のネコネコ騎士のみーちゃんとエルフのシューさんも一緒だ。
 二人とも健啖家で、かなりの量を平らげている。
 ダークエルフのエクレールは、部屋に食事を運ばせている。

 執事のセバスチャンは、今日はお休み。
 使用人向けの食堂で食事をしているだろう。

 フォー辺境伯は、用事があるらしく朝から出ているそうだ。

「なあ! 午後は騎竜に乗りに行かないか?」

 ジロンド子爵からのお誘いだ。
 妹のマリーが元気良く手を上げた。

「乗りたいです!」

「おお! マリーちゃんは、元気が良いな! エトワール伯爵。フォー辺境伯が牧場の騎竜に乗って良いと言ったんだ。牧場は、この屋敷のすぐ裏だよ」

「良いですね! フォー辺境伯とジロンド子爵のご好意に甘えさせていただきます」

「じゃあ、ご飯を食べたら行こう!」

 ジロンド子爵は、すっかり俺とマリーの兄貴分の雰囲気だ。
 面倒見が良くて、明るく元気!

 こういう大人に俺もなりたい。

 一休みした後、屋敷の裏にある牧場へ向かった。
 案内をしてくれるのは、フォー辺境伯に雇われている騎竜の世話係だ。
 何とこの騎竜の世話係は、準騎士爵の位を持っている。

 準騎士爵は、平民に与えられる名誉的な位で貴族ではない。
 一般には準貴族と呼ばれ、一代限りの称号だ。
 爵位ではなく称号なので、各貴族の裁量で自領の平民に与えることが出来る。
 軍で活躍した古参兵に送られることが多い。

 騎竜の世話係が準騎士爵とは……。
 南部で騎竜がどれだけ重視されているのか、よくわかる。

 騎竜の世話係は、ジョンという老人だ。
 ジョン老人の下に三人若い助手がいるそうだ。

 ジョン老人の案内でフォー辺境伯の屋敷の裏へ向かう。
 フォー辺境伯の屋敷の裏は、丘が続いていて緩やかなアップダウンのある地形になっていた。

「こちらが牧場でございます」

 騎竜の牧場は、とても広い。
 木の柵が延々と続いている。

 そして、沢山の騎竜が気持ちよさそうに走り回っている。

 俺たちが木の柵を越え牧場の中に入ると騎竜たちが寄ってきた。
 騎竜たちは妹のマリーが気になるようで、マリーを囲んで子供をあやすようにしている。

「マリー様は、群れの子供だと思われてますじゃ」

 ジョン老人は、騎竜とマリーが戯れる様子をニコニコと笑ってみている。
 騎竜が好きなんだな。

 ちょっと心配なのは、俺やマリーは年齢のわりには小柄なのだ。
 騎竜に乗れるのだろうか?

 俺は伯爵として爵位に相応しい態度で、ジョン老人に話しかけた。

「ジョン準騎士爵。私やマリーのような子供が乗れる騎竜があるのだろうか?」

「ございます。小柄で頭が良く、気性が穏やかな騎竜をお選びいたします」

 ジョン老人が連れて来たのは、大人しい騎竜だった。
 他の騎竜より一回り小さい。
 この騎竜なら小柄な俺やマリーでもまたがれそうだ。

 さらに頭が良い。
 俺とマリーが乗ろうとすると、体をかがめ頭を下げて人が乗りやすくしてくれる。
 乗り方は馬と同じで、足で騎竜の胴を軽く叩いたら進め、手綱を引いたら止まれ。

 利口な騎竜のおかげもあって、俺もマリーもすぐ騎竜に乗れるようになった。

「それでは、少し遠乗りと参りましょう。ご案内いたしますじゃ」

 ジョン老人が騎竜に乗り先頭を歩く。
 続いて俺、マリー、ジロンド子爵の順で、牧場の奥の方へ騎竜を進ませる。

 牧場の奥には川から水を引き込んだ水場や林があり、風景の変化が目を楽しませてくれた。
 騎竜を軽く走らせると、風が頬を叩き、爽快な気分になる。

 騎竜か……欲しいな……。

 俺は先頭を行くジョン老人に騎竜を並ばせながら、騎竜の売買について聞いてみた。

「ジョン準騎士爵。私は王都から来たので騎竜に詳しくないのだが、騎竜の売買は行われているのか?」

「もちろんでございます」

「私でも買えるのだろうか?」

「騎竜は、南部の人でしたら、どなたでもお買いになれます。平民でも富裕な冒険者は、騎竜を所持しております。移動が早いですし、戦力になりますので」

 王都でも稼いでいる冒険者は馬車を所有していた。
 なるほど南部では移動手段が騎竜になるのか。

 ジョン老人が続ける。

「エトワール伯爵様は、高位の貴族ですので、爵位に相応しい騎竜をお持ちになった方がよろしいでしょう」

「そういうものか?」

「はい。南部貴族なら騎竜に乗れ! でございます。騎竜をお持ちでなければ、他の貴族に侮られましょう」

「うーん。そうなのか……」

 俺たちの話が聞こえたのだろう。
 ジロンド子爵が後ろから話に加わった。

「まあ、急がなくても良いけど、騎竜は持っていた方が良いね」

「騎竜を持っていないと、どうなりますか?」

「男とみなされない」

「そんなに!」

 あー、これは……。
 田舎のヤンキーが車自慢するのと同じか……。

『ダセエ車乗ってんじゃねえよ!』

 ――みたいなノリだ。

 これは騎竜を買わざるを得ない。

「ジョン準騎士爵。フォー辺境伯に騎竜を売ってもらうと、いくらくらいだろうか?」

「左様でございますね。騎竜はピンキリでございますから、答えるのは難しゅうございますね」

 まあ、生体だもんな。
 工業製品と違って販売価格が決まってないのだろう。

「ふむ。相場が知りたいのだが、安い騎竜はいくらくらいだ?」

「安い騎竜でございますか? 私が見た中では、一千万リーブルが一番お安い価格でございました」

 俺は振り向いてジロンド子爵を見た。
 ジロンド子爵は渋い顔だ。

「一千万の騎竜じゃなあ……。あまり良くないと思うぞ。体が小さくて、気性が荒いとか。血統が良くないとか」

「血統ですか!?」

「あるんだよ。体が大きい血統、足が速い血統、スタミナがある血統、力が強い血統、重視されるのは、この四つだね」

 競走馬みたいだな……。
 俺が前世の競馬ゲームを思い浮かべていると、ジョン老人が真剣な目つきで情報を付け加えた。

「他にも、体のバランスが良い、尻尾が長い、頭の善し悪し、気性の善し悪し、ウロコの色、顔つきなどもございます」

「そんなところまで気にするのか!」

「はい。色々な要素を考えて交配をしますと、優れた騎竜が産まれるのです。ここにいる騎竜は、何世代にも渡って磨き抜かれた騎竜でございます」

「はあ~凄いな~。ちなみに私が乗っている騎竜は、買うとしたらいくらだろうか?」

 ジョン老人は、騎竜を操りながらジッと考えてから答えた。

「左様でございますね……。エトワール伯爵様がお乗りになっている騎竜は、優良な血統の騎竜でございます。頭が良く、気性が良く、足が速く、スタミナもまあまあございます。しかしながら、体が小さく、力が弱いので、戦闘面では少々劣るでしょう」

「なるほど……」

「ですので、五千万リーブルと言いたいですが、戦闘面が劣ることを考慮して四千五百万リーブルですね」

「そんなにするのか!」

 目が飛び出た!
 俺が王都で生成したワイングラスは一脚十万リーブルで売れた。
 ワイングラス四百五十脚分だ。

 価格の感覚が高級スポーツカーみたいだ。
 イタリア製の馬印や牛印をぶらさげた車か!

 チラリとジロンド子爵を見ると、ニヤニヤ笑っている。

「エトワール伯爵が驚くのも無理はない。けど良い騎竜の値段は天井知らずだよ。良い騎竜を買って、交配させて優れた騎竜を産ませるのさ。そうすれば、買った値段以上の騎竜が産まれるという訳さ!」

「奥が深いですね……」

「それに優れた騎竜を持っているのは、ステイタスでもあるよ」

「じゃあ、ジロンド子爵が乗っている騎竜も?」

「なかなかの血統さ! コイツは体が大きくて力が強い。特に戦闘で頼りになる騎竜だね」

 これは競走馬の世界だな。
 俺は騎竜を買うことを真剣に考えた。

「ジョン準騎士爵。私と妹のマリーには、どんな騎竜が良いのだろう?」

「エトワール伯爵様とマリー様でしたら、とにかく足の速い騎竜がよろしいでしょう。戦闘になったら素早く安全な場所に避難できる。御身の安全を第一に考え騎竜を選ばれると良いでしょう」

「なるほど……。この騎竜のように小柄な方が良いだろうか?」

「いえ。エトワール伯爵様もマリー様も、これから大きくなられるでしょう。騎竜のサイズは気になさらないでよろしいかと」

「ならば選択肢が増えるな」

 どんな騎竜を買うか考えることが、だんだん楽しくなってきたぞ!
 スピード重視で気性の良い騎竜が良いかな……。

「子供の騎竜をお買い求めになってはいかがですか?」

「子供の騎竜?」

「はい。主と騎竜が共に成長をするのです。かけがえのない家族となりましょう」

「それは良いな!」

 あれか!
 子供が出来たら犬を飼えってヤツだ!

「そういえば、ちょうど騎竜が子を産みました。ご覧になりますか?」

「見――」

 見ると言おうとして、俺はピタリと口を閉ざした。
 今、幼い騎竜を見たら、買うといってしまいそうだ。
 だが、明日にはマンドラゴラの根と満月草の花びらを冒険者ギルドで買い取らなければならない。
 お金が必要なのだ。

「ジョン準騎士爵。その子供の騎竜は、いくらなのだ?」

「良い血統の騎竜の子でございますから、二億リーブル……。いや! 三億リーブル……。いやいや! 四億――」

「わかった! ジョン騎士爵! まずは、資金を作ってからだ! また、相談に乗ってくれ!」

 俺は慌ててジョン老人にストップをかけた。
 騎竜の価格がストップ高になりそうなのだ。

 よくよく考えてみると、俺はジョン老人のセールストークにまんまと引っかかり買う気になっていた。
 これって絶対フォー辺境伯の仕込みだよな……。

 騎竜の値段を聞いて俺が顔を青くしたのだろう。
 ジロンド子爵がゲラゲラ笑っていた。

「お兄様! 私、騎竜が欲しいです!」

 妹のマリーにおねだりされてしまった。
 よし!
 騎竜を買うために、新領地開発をがんばろう!
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