星影のソードマスター

武蔵野純平

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第1話 異世界に、来たは良いけど、ドブさらい

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 いつものようにひとりぼっちの休日。
 俺はいつものようにひとりぼっちで、いつものラーメン屋に昼飯を食べに来た。

 だが、ラーメン屋の扉を開けて店内に入ると……そこは異世界だった。
 目の前には、いつかゲームで見たような光景が広がっている。

「やべえ! ここどこだよ!」

 俺が立っているのは、木造の大きな建物の中だ。
 広いロビー。
 壁には無数のメモ書きが貼り付けられた掲示板。
 奥には木製のカウンターと笑顔の受付嬢。

 俺の周りにいるのは剣や弓で武装し革鎧を着こんだゲームに出て来る冒険者風の人ばかりだ。

 これは……まるで……。
 昔プレイしたRPGに出て来た冒険者ギルドみたいだな……。
 いや、それよりも問題は!

「ラーメン屋はどこへ行った……今日はネギチャーシューメンの気分だったのに……とにかくここを出よう!」

 俺はブツクサと独り言をつぶやきながら元来た扉へ戻ろうと振り返った。
 しかし、振り返ってもそこに扉は無かった。

「やべえ……。戻れないのか……」

 夢であって欲しい。
 俺は自分の顔をつねったり、叩いたりしてみが、痛みは俺に『これがオマエのリアルだ』と語りかけて来るだけだった。

 やめて欲しい。

『ラーメンを、食べにいったら、異世界でした』

 そんな川柳が頭に浮かんだ。
 面白くもなんともないとセルフでツッコミしておく。

「冒険者登録をご希望の方でしょうか?」

 後ろから急に話し掛けられた。
 振り返ると長い髪の女性が立っていた。
 黒いスーツっぽい服を着てスラリとスタイルが良い。

 22、3才かな?
 美人だ。

 ただちょっと違和感があるのは、髪の色が水色なのだ。

 俺は水色髪の美人さんに見とれたせいで、適当に返事をしてしまった。

「あ……えーと、はい……」

「それでしたら私が登録手続きを担当しますよ。こちらにどうぞ!」

「ああ……はい……」

 俺はさっきから日本語を話しているのだけれど、不思議と会話は通じるな。
 いや、正確には……相手の言葉が頭の中に直接響いて来る感じだ。

「では、ここに座って下さいね」

「えっと……はい……」

 俺は水色髪の美人さんに言われるがままカウンターの椅子に腰を下ろす。
 木製の椅子がギシリと音を立て、椅子の硬さが肌から伝わって来る。

『これはリアルな夢かな?』
 ――なんて考えていたのだけれど、間違いなく現実だな。

「それでは冒険者登録を始めますね。私はシンシアです」

 水色髪の美人さんの名前は、シンシアさんだった。
 俺も自己紹介を返す。

「久保剣也です。よろしくお願いします」

「クー・ボケン・ヤー?」

 何かもの凄く変な所で名前を区切られてしまった。
 日本人の名前は呼びづらいのだろう。

「えーっと……ケンヤが名です。ケンヤで結構ですよ」

「ケンヤさんですね」

 シンシアさんは厚手のクリーム色の紙に羽ペンで見た事のない文字を書きだした。
 何て書いてあるのかは、まったくわからない。
 どうやら俺はこの世界の話し言葉は分かるけれど、文字はわからないらしい。

「ケンヤさんの年齢は?」

「四十五です」

「えっ!? 意外と年上なんですね! お若く見えます!」

「それはどうも……」

 日本人は若く見えると言うからな。
 まあ、突き出た腹や弛んだアゴは隠しようもないのだが……って、あれ!?

 腹が……平らだ……。
 腹回りを両手で触ってみるとブヨブヨしたぜい肉はなくなっている。
 顔も触ってみるが、顎の線がシャープになっている。顎肉がなくなっているのだ。 
 一体なぜ?

 俺は動揺しているが、シンシアさんは笑顔で事務的に手続きを進める。

「どうかなさいましたか?」

「いえ……。あの……俺はいくつ位に見えますか?」

「十七、八才くらいに見えますよ」

「そ、そうですか……」

 キョロキョロと辺りを見回すとガラス窓に映る俺の姿が……。
 シュッとしたイケメンが、カウンターに座っている……。
 全然見た目が違う。共通点は、黒髪、黒目くらいか?

 誰だよ! オマエ!
 手を上げたり、下げたりして、ガラス窓に映るのが俺なのか確認をしてみる。
 間違いないな。

「ケンヤさん? どうしましたか?」

「いえ……あの……年齢ですが……」

「あっ! やっぱり! 四十五才って冗談ですよね?」

「えっ……ええ!  そうです! 冗談冗談! ハハハハ……」

 乾いた笑いで誤魔化し、十八才と言う事にした。
 見た目と実年齢が乖離しすぎているのもどうかと思うしな。

「お住まいはどちらですか?」

「実は今日この街に着いたばかりでして……」

「そうでしたか。以前はどちらにお住まいで?」

「えーと……日本の東京と言う所です……」

「聞いた事がありませんね……遠い外国でしょうか?」

「ええ。もの凄い遠いです」

 まあ、そりゃ聞いた事ないだろうな。
 ここは日本とは違う世界なんだろうから。

「ご経験は?」

「ご経験?」

「ええ。冒険者としてのご経験です。対魔物、対盗賊の戦闘経験や得意な武器や魔法をお教えください」

 何かもの凄い事をシンシアさんは聞いて来るな。

 冒険者としての経験。
 対魔物の戦闘経験。
 対盗賊の戦闘経験。
 得意な武器。
 得意な魔法。

 ねーよ! そんなの!
 普通の会社員をのんべんだらりとやって来た俺に、そんな経験がある訳ない。

 しかし、この世界は魔物がいたり盗賊がいたりする物騒な世界なんだな。
 魔法もありと……。

 俺は大丈夫なのだろうか?
 この世界で生きて行けるのだろうか?

「あーすいません。経験はないです」

「えっ!?」

「その冒険者としての経験とか……戦闘経験とか……まったくないです」

「まったくですか?」

「はい。経験ゼロです。」

 シンシアさんが呆れた顔をしている。
 そんなに戦闘経験がないのが、珍しいのかね?

「そ……そうですか……何か武器は使えますか?」

 武器……武器ねえ……。
 あっ! そうだ!

「子供の頃に剣術を習っていたので、多少は剣が使えるかと……」

 じいちゃんが剣道場を開いていたので、俺も教わっていた。
 ちょっと変わっていたのは剣道だけじゃなくて、抜刀術、つまり昔の剣術も教えていた事だ。

「剣術を……、そうですか……。でも、子供の頃ですよね?」

「……そうですね。十才の頃です」

 ま、まあ、そうだよね。
 子供の頃ちょろっとやっていた習い事が役に立つ訳ないよな。

 シンシアさんは、すぐに話を変えた。

「魔法はどうですか?」

「魔法ですか……。私の国には魔法は無かったので……。使えるのかどうか……」

「なるほど……じゃあ、ちょっと魔力量を計測してみましょう。この棒を握って下さい」

 シンシアさんは、透明なガラス棒を俺に差し出した。
 言われるままにガラス棒を握る。
 するとガラスの棒の中に細い光が走った。

「うーん……魔力量が多いともっとピカっとこの棒が光るのですが……ケンヤさんの魔力量は微量ですね……」

「微量と言うと……実戦では使い物にならないレベルですか?」

「そうですね。まあ、ゼロよりはマシと言うレベルですね」

 異世界魔法チートはダメらしい。
 ちょっとガッカリだな。
 異世界に来たからスーパー魔法使いになれたりするのかと思った。

 シンシアさんを見ると腕を組んで考え込んでいる。
 一体どうした?

「ケンヤさん……申し上げにくいのですが、戦闘経験ナシ、魔法の才能もナシとなると……ご紹介できる仕事も大して無いのですが……」

「はあ……まあ、そうですよね……。出来る仕事でしたら、何でもやりますけど……」

 この世界がどう言う世界なのかは、わからない。
 けれども金は必要だろうし、仕事はしないとまずいだろう。

「何でもですか……。じゃあ、これ行って来て下さい!」

 シンシアさんは、一枚の紙を俺の目の前ににゅっと差し出した。

「これは……何のお仕事でしょう?」

「ドブさらい! 行って来て!」

 雑用か!
 ま、まあ、未経験者の俺に選択肢はないのだろう。
 とりあえずやってみますか。

「かしこまりました。行って参ります」

 シンシアさんに詳しい話や仕事場所を聞いて、俺はドブさらいに出かけた。
 ああ、一句浮かんだ。

『異世界に、来たは良いけど、ドブさらい』
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