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第二章 飛躍と復讐への助走

第38話 野望(二章最終話)

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 ノルマン子爵領で傭兵料金の代わりに本を得た。
 仕事は終ったし、料金回収も済んだ。
 もう、ノルマン子爵家に用はない。
 俺たちバルバル傭兵軍は、帰途につくことにした。

 リング王国の街道を、バルバル傭兵軍の百人が列になって進む。
 左右に畑が続き、農家を見つけると農作物を買い付ける。
 バルバルの農地でも増やせそうな野菜の種も譲ってもらう。

 リング王国の農家では、冬野菜が収穫出来て、穀物の蓄えも十分にあるそうだ。
 どこの農家も快く取引に応じてくれた。

 いつかは、俺たちバルバルの住む場所も、こんな風に豊かにしたい。
 そんなことを考えながら街道を進む。

 リング王国は平地が多いので、歩くのは楽で移動速度は速い。
 ロバのドンキーたちが牽く荷車には、鹵獲した武器や防具と歩けない怪我人が乗せられた。

 怪我人は数人出たが、死亡者はゼロ。
 敵将バートレットを討ち取り、雇い主を勝利させた。
 軍事行動としては、百点満点の出来だ。

 しかし、費用回収の面では微妙な結果となった。
 現金ではなく、現物!
 それも価値が非常にわかりづらい物――本なのだ。

 出発前に、バルバルの族長たちは、不満を口にした。

「本は、売れるのか?」
「ウチはいらないな……」
「本なんて食べられないぞ!」
「ケツでもふくか? ガハハハ!」

 まあ、族長たちの言うこともわかる。
 バルバルの識字率は極めて低い。
 本に価値を感じられないのは、仕方のないことだ。

 そこで不満のある族長には、俺が金を払うことにした。
 族長たちは、ニッコニコだが……。

 俺が金を払う=ブルムント族が金を払う、ということなのだ。
 ブルムント族の金は、アトス叔父上が管理してくれている。

 俺の判断でブルムント族のお金が減る。
 俺は申し訳ない気持ちで、胸が一杯にになった。

「アトス叔父上……。出費が増えて、すいません……」

 俺が詫びるとアトス叔父上は、ニヤリと不敵に笑った。
 口ヒゲを人差し指でチョイチョイと触りながら得意げだ。

「ガイアよ。そうしょげるな。これは悪くないぞ!」

「えっ!? ブルムント族の出費が増えるのですが!?」

「うむ。だがな……」

 アトス叔父上は、声を潜める。
 さては、他の部族や族長たちに聞かせたくない話だな。

「これでガイアの発言力が上がる!」

「アトス叔父上のおっしゃりたいことが、分からないのですが?」

「今回傭兵としてバルバルを雇ったのは、ノルマン子爵家のリオン殿だが、金を出したのはガイアになるだろう?」

「あっ! そうか! 俺が金主だから、当然発言力も強い……と?」

 アトス叔父上が悪そうな顔で笑い、楽しそうに肩を組んでくる。

「そうだ! 我が甥ガイア! 我が兄の子ガイア! 我らが族長ガイアよ! これで他の族長たちは、オマエの顔色をうかがわざるを得なくなる」

「俺の影響力があがりますね……。そしてブルムント族は、バルバル諸部族の中でも支配的な立場に……」

「そうだ! オマエがバルバルの王になる日も近いぞ!」

 アトス叔父上が、周囲に聞こえないようささやく。
 だが、俺の肩に回した手には、力が入っている。

 以前からアトス叔父上は、ブルムント族族長である俺の立場を強化し、ブルムント族を優位に立たせようとしていた。

 それには……、そうか……!
 将来はブルムント族から王を出そうと!
 バルバルを統一して王国にしようと野望があったのか!

 バルバルは、ヴァッファンクロー帝国の北に住む諸部族の寄り合い所帯だ。
 だが、王が誕生すれば……。
 俺が王になれば……。

 ヴァッファンクロー帝国の打倒が、また、一歩近づいた。
 俺は決意を新たにし、グッと表情を引き締めた。

「ガイア! 話は終ったか?」

 エルフ族のジェシカが、俺に近づいてきた。
 アトス叔父上が、俺に耳打ちする。

「ガイアよ。エルフ族の手綱は、しっかり握るのだぞ!」

「アトス叔父上。承知しました」

 ジェシカと俺は恋人同士で、バルバルのテリトリーに帰れば結婚する。

 ジェシカはエルフ族族長エラニエフの姪で、俺はブルムント族の族長だ。
 エルフ族とブルムント族は、姻戚関係でガッツリ結びつく。

 俺は意識していなかったが、俺とジェシカの結婚には、バルバル内の政治的な側面があるのか……。

 アトス叔父上は、ニヤリと笑って俺から離れていった。
 入れ替わりでジェシカが俺の腕を組み甘えた声を出す。

「どうした? 何を話していたの?」

 俺は言葉をエルフ語に切り替える。
 バルバル語が上手くなったジェシカだが、やはり母語のエルフ語の方が話すのが楽らしい。

「俺たちの結婚のことさ!」

「ふふふ!」

 ジェシカは組んだ腕にグッと力を入れた。

「母が残したドレスがあるの。結婚式では、母の残したドレスを着たい」

「ああ、きっとジェシカに似合うよ」

「父さんと母さんに、花嫁姿を見せたかったな」

 ジェシカの両親は、ヴァッファンクロー帝国と戦い死んだ。
 俺の両親も同じだ。

 俺とジェシカは、似た境遇にある。
 二人とも不幸かもしれない……。
 だが、未来まで不幸とは限らない。

 俺はジェシカと幸せになろうと、賑やかで幸せな家庭を作ろうと決意した。

「ジェシカ! 沢山子供を作ろう! 家族を増やして賑やかな家にしよう!」

「いいわよ! 沢山産んであげる! 目指すは、大家族ね!」

 ジェシカと楽しく、おしゃべりをしながら、夕日が照らす街道を進んだ。

 背の高い木が街道に影を落とす。
 俺とジェシカは影を踏まないように、腕を組んだまま飛び越した。
 
 ――二人の影は一つだ。
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