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第二章 飛躍と復讐への助走

第29話 岩塩採掘地域 ブラッディベアとの戦い

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 ――九月末。

「ガイア! そっちに行ったぞ!」

「ロッソ! 任せろ!」

 戦いから戻って一月が過ぎた。
 俺たちは、ブルムント族のテリトリー近くにある岩塩採掘地域を奪取しようとしている。

 この岩塩採掘地域には、魔物ブラッディベアが多数生息しているのだ。
 俺のスキル『スマッホ』の情報に寄れば、ブラッディベアは弱いらしい。

『ブラッディベア 弱い 丈夫な毛皮がとれる』

 ブルムント族が持つ青銅製の剣では、ブラッディベアの丈夫な毛皮を貫くことが出来なかった。
 しかし、俺たちは、前回の傭兵仕事で大量の鉄製武器を得た。

 鉄製の剣!
 鉄製の槍!
 鉄製の斧!

「アトス叔父上! この鉄製武器ならブラッディベアと戦うことが出来ます! 岩塩を手に入れましょう!」

「よし! ガイア! やろう!」

 俺とアトス叔父上は、ブルムント族だけでなく、バルバル諸部族から有志を募った。
 自部族だけでなく、バルバル全体に利益を分け与えようというアトス叔父上の気遣いだ。

 ブラッディベアとの戦いに参加した部族には、岩塩を分け与えると約束した。
 経済的な利益をバルバル諸部族に供与することで、ブルムント族の発言力――つまり、ブルムント族族長である俺の発言力を高めようとしているのだ。

 さすがはアトス叔父上!

 岩塩採掘地域での戦いが始まったが、戦いはブルムント族率いるバルバル諸部族連合が圧倒している。

 鉄製武器は、ブラッディベアの毛皮を容易に貫く。
 戦いに参加したバルバル諸部族の有志は、これまで敵わなかった魔物に自分たちの攻撃が通用すると分かったことで、一気に自信を深めた。

 勢いに乗るバルバル諸部族連合は、ブラッディベアを次々に狩り、ついに大物を残すのみとなった。

 九月上旬に始まった戦いは、大詰めだ。
 大物のブラッディベア……こいつを倒せば、岩塩採掘地域が安全になる。

 だが、大物ブラッディベアも必死で抵抗した。
 大トカゲ族の族長ロッソが、大物ブラッディベアを大盾で抑え付けようとしたが、素早い動きでかわし、俺の方に突進してきた。

「ガイア!」

「大丈夫! 俺が仕留める!」

 アトス叔父上の心配する声が聞こえてきたが、俺は大物のブラッディベアから視線を外さない。
 四本足で突進してくるブラッディベアは、トラックが突っ込んで来るような迫力だ。

 だが、攻撃は単純、非常に直線的なのだ。
 ブラッディベアと一月戦い続けて、俺は慣れている。

 大物のブラッディベアが、目の前に迫る。
 ブラッディベアが俺に飛びかかり、右前足を振るおうとした。
 右前足に生えた鋭利な爪が、秋の日を浴びてギラリと光る。

「セイッ!」

 俺はブラッディベアの右前足をかわし、鉄剣を脇に構え懐に飛び込む。
 ブラッディベアの右前足の爪が、俺の左肩をかすめる。

 痛みを感じたが、致命傷じゃない!
 かすり傷だ! 一気に行く!

 俺は目の前一杯に広がるブラッディベアの体から圧を感じながらも、ビビることなく鉄剣を繰り出す。

 狙いはブラッディベアの心臓!
 鉄剣なら一撃で貫き通せる!

 俺の放った鉄剣の突きは、一直線にブラッディベアの心臓へ伸び、ぶ厚い毛皮を貫き通した。

 大型のブラッディベアが突進する勢いと、俺が前進する勢いが、正面からぶつかった。
 突きを繰り出すのに踏み込んだ俺の右足に、物凄い力がかかる。

 右足の親指が地面をグッとつかみ、土に右足がめり込む。
 ふくらはぎの筋肉が悲鳴を上げ、ブチリと断絶し激痛が走る。

 だが、鉄剣を握る俺の両手には、ブラッディベアの心臓を捉えた手応えがしっかりと伝わってきた。

「ガ……」

 一瞬だけ大物ブラッディベアは、声を漏らし、信じられない者を見たと目で語ったが、次の瞬間膝から崩れ落ちた。

「ふう……」

 俺は地面に腰を下ろし、息を吐き出す。
 左肩はブラッディベアの爪によって、五センチほど切り裂かれていた。
 右ふくらはぎも筋肉が切れて、激痛を感じている。

 だが、心配は無用だ。
 シュウシュウと音を立てて、傷が治り始めている。
 俺が神様から転生する時にもらったスキル『肉体再生』の効果だ。

「おー! ガイア! 仕留めたか!」

「おう! ロッソ! 一撃だぜ!」

 大トカゲ族族長のロッソが、ノシノシと大股で近づいてきて、倒れたブラッディベアをひっくり返した。

「さすがだな! 良い腕だぜ! これなら毛皮も使えるし、肉も食える!」

 ブラッディベアの毛皮は防寒具や敷物の材料になり、肉も食べられる。
 クセがあるので俺はあまり好きじゃないが、ロッソたち大トカゲ族の連中は喜んで食べている。

 バルバルのテリトリーは森の中だ。
 畑が小さく穀物や野菜の生産量は少ない。
 クセがあるとはいえ、ブラッディベアの肉はご馳走なのだ。

 俺が倒した大物ブラッディベアの解体が早速始まった。
 バルバル諸部族が協力して、鉄製のナイフを使って血抜きをして、毛皮をはぎ、肉を切り分ける。
 毛皮のなめしは、村に残る年寄衆や女子供の仕事だ。

「スマッホ!」

 俺はスキル『スマッホ』を起動して四角い情報画面を見る。
 生き残っていたブラッディベアが、四散していくのが分かった。

 俺が倒した大物のブラッディベアが、恐らくここらのボスだったのだろう。
 ボスが倒れたことで、配下のブラッディベアは逃げ出したのだ。

「ガイア! 大丈夫? 平気?」

 俺の恋人ジェシカが飛びついてきた。
 ジェシカはエルフ族族長エラニエフの姪だ。

「大丈夫だよ。魔物が相手の方が気楽だよ」

「そうね。前の戦は大変だったものね」

 前の戦……ヴァッファンクロー帝国とアルゲアス王国の戦いだ。
 俺たちはヴァッファンクロー帝国に雇われて、傭兵部隊として戦ったが……。

「まあ、負けたな! 前回は!」

 とにかくヴァッファンクロー帝国の指揮官たちが無能で、どうしようもなかった。
 俺たちバルバル傭兵軍は、敵アルゲアス王国の包囲戦術を看破し脱出作戦を成功させた。

「負けたけど、儲かったから良いじゃない! ヴァッファンクロー帝国から、たっぷりふんだくったのでしょう?」

「ああ。貴族の家を練り歩いたよ!」

 俺とジェシカは、抱き合ったまま吹き出す。
 脱出作戦では、ヴァッファンクロー帝国のムノー皇太子や取り巻きの貴族子弟を同行した。
 ヴァッファンクロー帝国の帝都に戻ってから、当然ながら俺たちは、集金……ゴホン! ゴホン!
 助けた貴族子弟の実家である貴族家にお邪魔して礼を受け取ったのだ。

 もらった金貨で、バルバルの奴隷を買い戻した。
 最終的に百名を超えるバルバルが、故郷に戻れたのだ。
 彼ら、彼女らは、俺の強力な与党になっている。

 単なる善行に終らず、影響力が拡大したことで、アトス叔父上も喜んだ。
 コスパが良かったってことだ。

「ガイア! 岩塩だ!」

 アトス叔父上が、俺に岩塩を放った。
 岩塩は、俺の拳くらいの大きさで、うっすらとピンク色をしている。

 エルフ族のジェシカが、爪の先で岩塩を削ってなめた。

「あっ! しょっぱい!」

「ハハ! 塩だからな!」

 俺も爪の先で岩塩を削ってなめてみた。
 しょっぱいのだが、味に丸みがあって、若干だが旨味も感じる。
 これは料理に使えば、美味しいスープが出来そうだ!

「これで塩を買わなくて済むね!」

 エルフ族のジェシカが無邪気に笑う。
 ジェシカは美形だが、まだ、十三才なので、まだ幼さが残る笑顔だ。

「そうだな。ヴァッファンクロー帝国から買わなくて済む」

 これまで岩塩は、ヴァッファンクロー帝国から『ボッタクリ価格』で買っていたらしい。
 いや、『買わされていた』というのが正しい。

 だが、俺たちは、この岩塩採掘地域を手に入れた!
 これからは、自前の塩だ!

 まあ、しかし、問題はある。

「ハア……。ガイアよ。どうする?」

 アトス叔父上が、眉根を寄せてため息をついた。
 俺はジェシカから離れて、立ち上がりアトス叔父上と向かい合う。

「ブラッディベアの毛皮は、随分買い叩かれましたよね……」

 俺たちブルムント族は、帝国語を話せるブルムント族の男を使いにして、ブラッディベアの毛皮をヴァッファンクロー帝国に売りに行かせた。

 だが、最寄りの町では、かなり買い叩かれた。
 帝国人の商人は、俺たちがバルバル――北に住む野蛮人と侮って、まともな取り引きをしてくれないのだ。

 使いにした男は、申し訳なさそうに数枚の銅貨をアトス叔父上に渡していた。
 まさに、二束三文!
 俺もアトス叔父上も腸が煮えくりかえった。

 その一度の取り引きで、俺たちは学んだ。
 帝国人の商人とまともな取り引きは難しい。

 ブラッディベアの毛皮は、自分たちで使う分以外は、とりあえずストックしている。

 そして、この岩塩だ。

「うむ……。岩塩も買い叩かれるだろう。それどころか、岩塩が採掘されると分かれば、帝国の再侵攻もあり得る……」

「再侵攻は、避けたいですね……」

 アトス叔父上の懸念は、もっともだ。
 バルバルのテリトリーで岩塩が採掘されるとヴァッファンクロー帝国に知られたら、今度こそ占領させるかもしれない。

 俺たちは岩塩という新しい商材を得たが、販売ルートに悩まされている。
 お金が大好きなアトス叔父上は、ガックリとうなだれる。

「はあ……。せっかくブラッディベアを倒して、大儲けだと期待していたのだが……」

「まあ! まあ! アトス叔父上! 岩塩は腐らないですから、貯めておけば良いのですよ!」

 俺はアトス叔父上を励ます。

 塩は、どこでも売れる。
 傭兵仕事のついでに、どこかで売っても良いのだ。
 自分たちで使う分以外は、ストックしておけば良い。

「それより、アトス叔父上!」

「ガイアよ。なんだ?」

「この奥の領域も制圧しましょう!」

「んん? 何かあるのか?」

 アトス叔父上が、期待に頬をぷっくりとふくらませ、俺はニヤリと笑った。

 俺のスキル『スマッホ』情報画面には、新たな情報が表示されているのだ。
 岩塩採掘地域と隣接した地域の情報だ。

 これまでは、霧がかかったようにグレーアウトしていたので、何があるのかわからなかった。
 だが、岩塩採掘地域を制圧したことで、霧が晴れ、何があるのかが見られるようになった。

 俺はアトス叔父上に力強く答えた。

「アトス叔父上! 新たな資源を獲得しましょう!」
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