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ルドルのダンジョン編
第80話 決着と旅立ち
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ゆっくりと意識が浮上しているのがわかる。
体中を貫いていた痛みが和らぎ、全身が温かさに包まれる。
俺はどうした?
どうなった?
ゆっくりと目を開けると、心配そうにのぞき込むサクラの顔が見えた。
そうか……サクラが回復魔法をかけてくれたのか……。
ん?
回復魔法?
あ……戦闘中……。
スラグドラゴンは?
ウォールは?
ガシュムドは?
ガバッと飛び起きてサクラの両肩をつかむ。
「どうなった!? 俺はどれくらい気絶していた!?」
「ヒロトさん! 落ち着いて下さい! 一瞬ですよ。私が回復魔法がかけたらすぐに意識が戻りました」
「せ、戦況は?」
「こちらが優勢です!」
サクラの視線を追う。
そこには切り刻まれ虫の息のスラグドラゴンがいた。
「凄い……誰が……」
「そりゃ一人しかいないでしょ」
スラグドラゴンの周りを駆け回り、剣を振るう無数の残像。
神速のダグだ!
「師匠!」
「ようルーキー! 目が覚めたか! コイツは、良い具合にコンガリ焼けて倒し頃だ!」
俺が状況を飲み込めないでいると、すかさずサクラが説明してくれた。
「スラグドラゴンは、ヒロトさんを狙って雷魔法を放ちました。しかし、ヒロトさんはスラグドラゴンの足下にいたので、雷魔法はスラグドラゴン自身にもヒット。それで全身が焼け焦げて、あの状態に」
「コンガリ焼けているね……なんか外皮が……」
「ええ。雷で焼かれて、水分が抜けたのでしょう。ブヨブヨだった体がひび割れてコチコチになっています。剣の攻撃が通っています」
チャンスだ!
休んでいる場合じゃない!
「ガ……ガシュムドは?」
「あそこです」
ガシュムドは、片膝で盾を構え大剣を振るっていた。
周りにエリス姫の騎士たちが群がり、セレーネが矢で援護をしている。
万全な状態のガシュムドなら、エリス姫の騎士たちを寄せ付けないだろう。
だが、ガシュムドは雷魔法の余波で受けたダメージが酷いのか、膝をついたまま立ち上がれず額に汗を浮かべ苦しそうに戦っている。
エリス姫と執事セバスチャンさんが、俺の側によった。
「ヒロト! 私の護衛は、セバスチャンとメイドがいれば十分だ。戦えるなら、行ってくれ!」
確かに今の状況なら、エリス姫の周りは最低限の護衛がいれば大丈夫だ。
俺は返事をするとともに、気になる事を切り出した。
「わかりました! それで……ウォールは……?」
エリス姫は、最後の最後までウォールを助命しようとしていた。
ウォールの父母と懇意だったからだ。
だが、エリス姫の気持ちはウォールに踏みにじられた。
エリス!
どうなんだ!
俺の厳しい視線を受け、エリス姫はため息を一つついた。
そして、ポツリとつぶやく。
「もう……終わらせて……欲しいのじゃ……」
「わかりました」
さすがにこの期に及んでは、エリス姫も最終決断をした。
いや、せざるを得ないのだろう。
サクラが俺の剣――コルセアを差し出す。
「ヒロトさん! 行きましょう! まず、スラグドラゴンからです!」
「了解! 行こう!」
俺はダンジョンの石床を蹴り、サクラは背中の白い翼で羽ばたいた。
スラグドラゴンに突撃する。
「師匠! お待たせしました!」
「来たな! ヒロト! サクラちゃん! ちょっとコイツは、タフでな……」
「三人で一気に削りましょう!」
「おう!」
俺は間合いを取ってから、【神速】で一気に加速した。
スピードを乗せた斬撃+【スラッシュ】で、スラグドラゴンの胸あたりを斬り付けた。
ザクリ!
「入った!」
「GIIIIII!」
さっきまで斬撃は弾き返されていたが、今度は手応えバッチリだった。
スラグドラゴンの悲鳴が、ダンジョンの壁に反響する。
「剛腕美少女天使! サクラちゃん参上! フライング……ニールキック!」
サクラは【飛行】から、フライングニールキックをスラグドラゴンの角に決めた。
ベキリと嫌な音がして、スラグドラゴンの角が一本折れてしまった。
「そいやー!」
サクラの勢いは止まらない。
魔法防御に徹していたストレスを発散する如く、素手でスラグドラゴンに殴りかかった。
サクラが腕を振り回す度に、鈍い音がする。
「シャラー!」
サクラの手刀が、ビール瓶割りの要領で水平に振るわれた。
スラグドラゴンのもう一本の角も叩き折った。
まさに剛腕!
「さあ、ヒロト! こっちも負けてられないぞ! 回転上げるぞ!」
「了解です!」
師匠と俺は下からスラグドラゴンを切り刻む。
前後左右、縦横無尽に【神速】で動き回り、スラグドラゴンの巨体にコンマ一秒ごとにダメージを与える。
やがてスラグドラゴンの巨体は倒れた。
「GIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「どうだー! わたしがケンカチャンピオンだー!」
ダンジョンにこだまするスラグドラゴンの断末魔とサクラの雄叫びを聞きながら、俺はウォールの姿を探した。
いた!
スラグドラゴンから、少し離れた薄暗いダンジョンの通路にウォールはうずくまっていた。
ウォールは背を向けて空中で手をせわしなく動かし、何かブツブツと言っている。
俺はコルセアを片手にゆっくりと近づく。
ウォールの声が聞こえて来た。
「ちがう! ちがう! ちがう! このカードじゃない! ガチャは……コインは……」
ああ、ステータス画面……裏画面で、ガチャで出たカードを見ていたのか……。
俺はゆっくりと油断なくウォールに声を掛ける。
「おい、ウォール」
「ちがう! これじゃない! なんでコインが無いんだ……」
「ウォール」
「そうだ! もっと殺せば! もっと人を殺して、ガチャのコインを……」
「ウォール!」
「ああ!?」
振り向いたウォールの目には、異常な光が宿っていた。
そうか。
オマエ……既に人間を止めていたのか……。
「ウォール。オマエ、もう、あっち側に行っちまったんだな」
「ひひひ……ヒヒィ! ガチャのコインが来たよぉ~!」
ウォールは片手でライトニングの剣を持ち、俺に襲い掛かって来た。
常軌を逸しているせいだろう。
スキル【加速】も使わずに、ただ剣を振り回すだけ……。
俺は冷静にウォールの剣をかわし続けた。
「ほら! 死ね! さあ! 死ね! ガチャだ! オマエはガチャのコインになるんだ!」
「……」
哀れだった。
孤独で、追い詰められた男が、ただ、わめいて暴れているだけだった。
俺はコルセアの剣で、ウォールのライトニングの剣を弾き飛ばした。
ライトニングの剣がダンジョンの床を打ち、乾いた金属の音が響く。
「だめだぁ。カード! カード! ガチャで出たカードはあったかなぁ?」
ウォールは剣を弾き飛ばされると、またしゃがみ込んでステータス画面を操作し出した。
ウォールの本質――暗いダンジョンの片隅でステータス画面を弄るしか出来ない男――を見た気がした。
「……終わりだ。ウォール」
俺は【神速】をフル起動して、トップスピードでウォールの体にコルセアの剣を突き立てた。
剣は鍔元まで深く刺さり、ウォールの体をえぐった。
一気に剣を引き抜く。
「お……」
ウォールの口から血が流れ、ゆっくりとダンジョンの冷たい石の床に体が倒れた。
石の床は血の赤でべっとりと染まり、ウォールは息絶えた。
「ふうううう」
俺はゆっくりと息を吐きだし、ウォールとの戦いに決着がついた事を実感した。
バフ!
バフ!バフ!バフ!
バフ!
「うお!」
突然鈍い破裂音がして、辺りに白い煙が立ち込めた。
「やってくれたな! 大先生!」
「ケイン!」
しまった!
ウォールを倒した事で油断した!
ケインがいたんだ!
白い煙で周りが良く見えない。
俺は気配を探る。
右か?
「ここは、俺たちの負けだな。ずらからせてもらうぜ! またな! ヒロト!」
「逃すかよー!」
俺は叫びながら煙の中に突入する。
気配のした右方向に進むとケインとガシュムドの姿が薄っすらと見えた。
「くっ……ゴホッ! ゴホッ!」
煙で息苦しく、二人を追う事は出来ない。
煙が消えると、そこにケインとガシュムドの姿はなかった。
*
あの騒動から、一月が過ぎた。
季節は秋になり、ルドルの街も長袖の人が目立ち始めた。
ルドルのダンジョンは、他の街からも冒険者が増えて盛況だ。
俺たちが開拓した新ルートは、正式にヒロトルートと精霊ルートと呼ばれるようになった。
俺がウォールを倒した件は、エリス姫を守る為の正当防衛と一筆書いてもらった。
これで王都に行ってウォールの実家の侯爵家とかち合っても、何とかなるだろう。
エリス姫はウォールの遺体を伴って、王都へ帰って行った。
そして、俺は師匠の神速のダグとチアキママから衝撃的な告白を受けた。
『実は――』
なんと俺の父親は師匠だった!
そう言えば……師匠はここルドルの街の出身だし、チアキママと同世代……。
ああ、チアキママが『家を買ってくれた』と言っていたのは、師匠の事だったのか。
いや、父さんと呼ぶべきか?
師匠は王都に戻って家を買い、俺たち家族を受け入れる準備をしていたそうだ。
話し合いの結果、みんなで王都に移住する事になった。
家は焼けてしまったし、俺が幼馴染のシンディを探すにも、セレーネが父親の消息を尋ねるにも王都に移るのは良い選択だろう。
「ヒロトー! 行くよー!」
セレーネが俺を呼んでいる。
今日は、王都へ向けて出発する日だ。
俺は家族みんなが乗った大型馬車の馭者席の隣に飛び乗った。
馭者は、父であり、師匠である神速のダグが務める。
「お待たせ! 父さん!」
「……なあ、ヒロト。その、父さんってのは、やめにしないか?」
「どうして?」
「いや……、なんか……、その照れくさくてよ。師匠の方が良いかな……、なーんて」
「じゃあ、師匠! 行きましょう!」
「オーケー! ルーキー! 冒険に出発だ!」
師匠が手綱を振ると、ゆっくりと馬車が動き出した。
街道を王都へ向けて徐々にスピードが上がる。
後ろでは、セレーネ、サクラ、チアキママが賑やかに話をしている。
俺は師匠と他愛のない話に花を咲かせた。
ああ、サクラが歌を歌いだした。
前世日本で聞いた事がある歌だ。
「ねえ、サクラちゃん、それ何て曲?」
「WINKの涙をみせないで~ボーイズ・ドント・クライ~です!」
どこで覚えて来た!
サクラの楽し気な歌声が響く。
セレーネが歌に合わせて手を叩き、チアキママがホーンラビットのミートパイを配る。
師匠の笑い声と下らないジョークが続く。
馬車は王都へ向けてにぎやかに進み、振り向くとルドルの街が遠ざかり、やがて見えなくなった。
- (終)ルドルのダンジョン編 -
――王都編につづく
体中を貫いていた痛みが和らぎ、全身が温かさに包まれる。
俺はどうした?
どうなった?
ゆっくりと目を開けると、心配そうにのぞき込むサクラの顔が見えた。
そうか……サクラが回復魔法をかけてくれたのか……。
ん?
回復魔法?
あ……戦闘中……。
スラグドラゴンは?
ウォールは?
ガシュムドは?
ガバッと飛び起きてサクラの両肩をつかむ。
「どうなった!? 俺はどれくらい気絶していた!?」
「ヒロトさん! 落ち着いて下さい! 一瞬ですよ。私が回復魔法がかけたらすぐに意識が戻りました」
「せ、戦況は?」
「こちらが優勢です!」
サクラの視線を追う。
そこには切り刻まれ虫の息のスラグドラゴンがいた。
「凄い……誰が……」
「そりゃ一人しかいないでしょ」
スラグドラゴンの周りを駆け回り、剣を振るう無数の残像。
神速のダグだ!
「師匠!」
「ようルーキー! 目が覚めたか! コイツは、良い具合にコンガリ焼けて倒し頃だ!」
俺が状況を飲み込めないでいると、すかさずサクラが説明してくれた。
「スラグドラゴンは、ヒロトさんを狙って雷魔法を放ちました。しかし、ヒロトさんはスラグドラゴンの足下にいたので、雷魔法はスラグドラゴン自身にもヒット。それで全身が焼け焦げて、あの状態に」
「コンガリ焼けているね……なんか外皮が……」
「ええ。雷で焼かれて、水分が抜けたのでしょう。ブヨブヨだった体がひび割れてコチコチになっています。剣の攻撃が通っています」
チャンスだ!
休んでいる場合じゃない!
「ガ……ガシュムドは?」
「あそこです」
ガシュムドは、片膝で盾を構え大剣を振るっていた。
周りにエリス姫の騎士たちが群がり、セレーネが矢で援護をしている。
万全な状態のガシュムドなら、エリス姫の騎士たちを寄せ付けないだろう。
だが、ガシュムドは雷魔法の余波で受けたダメージが酷いのか、膝をついたまま立ち上がれず額に汗を浮かべ苦しそうに戦っている。
エリス姫と執事セバスチャンさんが、俺の側によった。
「ヒロト! 私の護衛は、セバスチャンとメイドがいれば十分だ。戦えるなら、行ってくれ!」
確かに今の状況なら、エリス姫の周りは最低限の護衛がいれば大丈夫だ。
俺は返事をするとともに、気になる事を切り出した。
「わかりました! それで……ウォールは……?」
エリス姫は、最後の最後までウォールを助命しようとしていた。
ウォールの父母と懇意だったからだ。
だが、エリス姫の気持ちはウォールに踏みにじられた。
エリス!
どうなんだ!
俺の厳しい視線を受け、エリス姫はため息を一つついた。
そして、ポツリとつぶやく。
「もう……終わらせて……欲しいのじゃ……」
「わかりました」
さすがにこの期に及んでは、エリス姫も最終決断をした。
いや、せざるを得ないのだろう。
サクラが俺の剣――コルセアを差し出す。
「ヒロトさん! 行きましょう! まず、スラグドラゴンからです!」
「了解! 行こう!」
俺はダンジョンの石床を蹴り、サクラは背中の白い翼で羽ばたいた。
スラグドラゴンに突撃する。
「師匠! お待たせしました!」
「来たな! ヒロト! サクラちゃん! ちょっとコイツは、タフでな……」
「三人で一気に削りましょう!」
「おう!」
俺は間合いを取ってから、【神速】で一気に加速した。
スピードを乗せた斬撃+【スラッシュ】で、スラグドラゴンの胸あたりを斬り付けた。
ザクリ!
「入った!」
「GIIIIII!」
さっきまで斬撃は弾き返されていたが、今度は手応えバッチリだった。
スラグドラゴンの悲鳴が、ダンジョンの壁に反響する。
「剛腕美少女天使! サクラちゃん参上! フライング……ニールキック!」
サクラは【飛行】から、フライングニールキックをスラグドラゴンの角に決めた。
ベキリと嫌な音がして、スラグドラゴンの角が一本折れてしまった。
「そいやー!」
サクラの勢いは止まらない。
魔法防御に徹していたストレスを発散する如く、素手でスラグドラゴンに殴りかかった。
サクラが腕を振り回す度に、鈍い音がする。
「シャラー!」
サクラの手刀が、ビール瓶割りの要領で水平に振るわれた。
スラグドラゴンのもう一本の角も叩き折った。
まさに剛腕!
「さあ、ヒロト! こっちも負けてられないぞ! 回転上げるぞ!」
「了解です!」
師匠と俺は下からスラグドラゴンを切り刻む。
前後左右、縦横無尽に【神速】で動き回り、スラグドラゴンの巨体にコンマ一秒ごとにダメージを与える。
やがてスラグドラゴンの巨体は倒れた。
「GIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「どうだー! わたしがケンカチャンピオンだー!」
ダンジョンにこだまするスラグドラゴンの断末魔とサクラの雄叫びを聞きながら、俺はウォールの姿を探した。
いた!
スラグドラゴンから、少し離れた薄暗いダンジョンの通路にウォールはうずくまっていた。
ウォールは背を向けて空中で手をせわしなく動かし、何かブツブツと言っている。
俺はコルセアを片手にゆっくりと近づく。
ウォールの声が聞こえて来た。
「ちがう! ちがう! ちがう! このカードじゃない! ガチャは……コインは……」
ああ、ステータス画面……裏画面で、ガチャで出たカードを見ていたのか……。
俺はゆっくりと油断なくウォールに声を掛ける。
「おい、ウォール」
「ちがう! これじゃない! なんでコインが無いんだ……」
「ウォール」
「そうだ! もっと殺せば! もっと人を殺して、ガチャのコインを……」
「ウォール!」
「ああ!?」
振り向いたウォールの目には、異常な光が宿っていた。
そうか。
オマエ……既に人間を止めていたのか……。
「ウォール。オマエ、もう、あっち側に行っちまったんだな」
「ひひひ……ヒヒィ! ガチャのコインが来たよぉ~!」
ウォールは片手でライトニングの剣を持ち、俺に襲い掛かって来た。
常軌を逸しているせいだろう。
スキル【加速】も使わずに、ただ剣を振り回すだけ……。
俺は冷静にウォールの剣をかわし続けた。
「ほら! 死ね! さあ! 死ね! ガチャだ! オマエはガチャのコインになるんだ!」
「……」
哀れだった。
孤独で、追い詰められた男が、ただ、わめいて暴れているだけだった。
俺はコルセアの剣で、ウォールのライトニングの剣を弾き飛ばした。
ライトニングの剣がダンジョンの床を打ち、乾いた金属の音が響く。
「だめだぁ。カード! カード! ガチャで出たカードはあったかなぁ?」
ウォールは剣を弾き飛ばされると、またしゃがみ込んでステータス画面を操作し出した。
ウォールの本質――暗いダンジョンの片隅でステータス画面を弄るしか出来ない男――を見た気がした。
「……終わりだ。ウォール」
俺は【神速】をフル起動して、トップスピードでウォールの体にコルセアの剣を突き立てた。
剣は鍔元まで深く刺さり、ウォールの体をえぐった。
一気に剣を引き抜く。
「お……」
ウォールの口から血が流れ、ゆっくりとダンジョンの冷たい石の床に体が倒れた。
石の床は血の赤でべっとりと染まり、ウォールは息絶えた。
「ふうううう」
俺はゆっくりと息を吐きだし、ウォールとの戦いに決着がついた事を実感した。
バフ!
バフ!バフ!バフ!
バフ!
「うお!」
突然鈍い破裂音がして、辺りに白い煙が立ち込めた。
「やってくれたな! 大先生!」
「ケイン!」
しまった!
ウォールを倒した事で油断した!
ケインがいたんだ!
白い煙で周りが良く見えない。
俺は気配を探る。
右か?
「ここは、俺たちの負けだな。ずらからせてもらうぜ! またな! ヒロト!」
「逃すかよー!」
俺は叫びながら煙の中に突入する。
気配のした右方向に進むとケインとガシュムドの姿が薄っすらと見えた。
「くっ……ゴホッ! ゴホッ!」
煙で息苦しく、二人を追う事は出来ない。
煙が消えると、そこにケインとガシュムドの姿はなかった。
*
あの騒動から、一月が過ぎた。
季節は秋になり、ルドルの街も長袖の人が目立ち始めた。
ルドルのダンジョンは、他の街からも冒険者が増えて盛況だ。
俺たちが開拓した新ルートは、正式にヒロトルートと精霊ルートと呼ばれるようになった。
俺がウォールを倒した件は、エリス姫を守る為の正当防衛と一筆書いてもらった。
これで王都に行ってウォールの実家の侯爵家とかち合っても、何とかなるだろう。
エリス姫はウォールの遺体を伴って、王都へ帰って行った。
そして、俺は師匠の神速のダグとチアキママから衝撃的な告白を受けた。
『実は――』
なんと俺の父親は師匠だった!
そう言えば……師匠はここルドルの街の出身だし、チアキママと同世代……。
ああ、チアキママが『家を買ってくれた』と言っていたのは、師匠の事だったのか。
いや、父さんと呼ぶべきか?
師匠は王都に戻って家を買い、俺たち家族を受け入れる準備をしていたそうだ。
話し合いの結果、みんなで王都に移住する事になった。
家は焼けてしまったし、俺が幼馴染のシンディを探すにも、セレーネが父親の消息を尋ねるにも王都に移るのは良い選択だろう。
「ヒロトー! 行くよー!」
セレーネが俺を呼んでいる。
今日は、王都へ向けて出発する日だ。
俺は家族みんなが乗った大型馬車の馭者席の隣に飛び乗った。
馭者は、父であり、師匠である神速のダグが務める。
「お待たせ! 父さん!」
「……なあ、ヒロト。その、父さんってのは、やめにしないか?」
「どうして?」
「いや……、なんか……、その照れくさくてよ。師匠の方が良いかな……、なーんて」
「じゃあ、師匠! 行きましょう!」
「オーケー! ルーキー! 冒険に出発だ!」
師匠が手綱を振ると、ゆっくりと馬車が動き出した。
街道を王都へ向けて徐々にスピードが上がる。
後ろでは、セレーネ、サクラ、チアキママが賑やかに話をしている。
俺は師匠と他愛のない話に花を咲かせた。
ああ、サクラが歌を歌いだした。
前世日本で聞いた事がある歌だ。
「ねえ、サクラちゃん、それ何て曲?」
「WINKの涙をみせないで~ボーイズ・ドント・クライ~です!」
どこで覚えて来た!
サクラの楽し気な歌声が響く。
セレーネが歌に合わせて手を叩き、チアキママがホーンラビットのミートパイを配る。
師匠の笑い声と下らないジョークが続く。
馬車は王都へ向けてにぎやかに進み、振り向くとルドルの街が遠ざかり、やがて見えなくなった。
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