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ルドルのダンジョン編

第51話 襲撃日和

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 しばらくすると、セバスチャンがエリス姫を連れて俺の部屋に戻って来た。
 
 部屋に良い匂いが立ち込めた。
 エリス姫の香水の匂いかな?
 
 こんな綺麗で良い匂いのするお姫様に、俺のむさ苦しい部屋に来て頂くなんて申し訳ないな。

 俺のそんな気持ちを見透かしたように、エリス姫は笑顔で話し出した。

「これまでの話しは、セバスチャンより聞いた。ヒロト殿、すまぬな。今日は懇親目的で訪問したのじゃが、込み入った話になってしまったようだの」

 こう言う感じで下手に出られると、元日本人の俺は弱い。
 俺も丁寧に頭を下げて、礼儀正しく言葉を返した。

「いえ、お気になさらずに。散らかった部屋で、申し訳ありませんが。どうぞ、お掛け下さい」

 エリス姫と俺は、椅子に腰かけた。
 話は俺の方から切り出した。

「俺は……、エリス姫の実績になりそうな情報を持っています。取引は出来ますか?」

「それは……、内容によるの……」

「こちらの条件は、2つです」

「聞こう」

「まず1つ目。私の幼馴染が、奴隷に売られました。彼女を買い戻したいのです。買い戻す為の資金と情報提供、政治的なコネの提供をお願いします」

「なるほど。2つ目は?」

「2つ目は、パーティーメンバーのセレーネ、あのエルフの女の子です。彼女の父親が行方不明なんです」

「それは気の毒じゃな。では、その情報提供が希望か?」

「はい。王都に向かったそうです。親子の再会に、エリス姫のお力添えをお願いします」

 エリス姫とセバスチャンは、何か小声で話し始めた。
 しばらく2人は相談していたが、エリス姫が回答した。

「ヒロト殿が提供する情報の内容が良ければ、その2つの条件、力になろう」

「ありがとうございます」

 良かった。
 これでシンディを、スムーズに取り戻せるかもしれない。
 セレーネも、お父さんと再会出来ると良い。

「して、ヒロト殿の持っている情報とは?」

 エリス姫は、グッと身を乗り出して来た。
 俺は、ささやく様に、抑えた声で情報を教えた。

「ルドルのダンジョンの新ルートです」

「新ルート?」

「はい。俺たちはヒロトルートと呼んでいます。ルドルのダンジョン1階層の奥に、みんなが知らない階段があります」

 セバスチャンの表情が変わった。
 目を見開いて、俺を凝視している。

 エリス姫は、俺の言葉の意味や価値をあまり良くわかっていない様子だ。
 セバスチャンが、エリス姫に耳打ちした。
 そして、エリス姫に代わって、セバスチャンが話し始めた。

「ヒロト様! 今、冒険者達が使っているのとは、別の階段があるのですか!?」

「そうです。俺たちは、その階段から5階層まで探索を進めています。5階層には、転移魔方陣が設置されています」

 セバスチャンは、事前にルドルのダンジョン情報を頭に叩き込んであったのだろう。
 転移魔方陣の話を聞いて、さらに興奮し出した。

「転移魔方陣ですと!? ルドルのダンジョンには、転移魔方陣は無いはずでは?」

「ええ、俺達もそう思っていました。でも、新ルートには、あるんですよ」

「ちょっと信じられません……」

「これが証拠になりませんか?」

 俺はマジックバッグから、レッドリザードを取り出した。
 俺の部屋にレッドリザードが横たわる。

「これは? レッドリザード?」

「はい。新ルートの4階層のボスです。こいつに火炎を吐かれて、火傷したんですよ」

 セバスチャンは、かがんでレッドリザードを触った。

 ルドルのダンジョンの魔物構成が頭に入っていれば、わかるはず。
 レッドリザードは、ルドルのダンジョンには存在しない魔物だ。

 セバスチャンは、何度かうなずきながら立ち上がった。
 俺の言葉を、信じてくれたらしい。

「どうやら、本当みたいですね。それで、転移魔方陣ですが……」

「のってみました。地上に転移出来ますよ。転移場所も確認してあります」

「な!?」

 今日、セバスチャンが驚いた顔をするのは、何度目だろう。
 俺は、セバスチャンを驚かすのが、ちょっと楽しくなって来た。

「これは俺の予想ですが、転移部屋から先のダンジョンは別モノです。4階層からして、魔物の構成が今までと違いますし」

「つまり……、実質的に新しいダンジョンの発見であると?」

「そう言う事です。それをエリス姫と俺たちが、共同で探索を進める。いや……、『共同探索していたら発見した!』ってのは、実績になりませんか?」

「それは大きな実績になります! 新しいダンジョン発見は、国や地域に大きな経済効果をもたらしますから!」

 エリス姫も俺の情報の価値を、理解してくれた様だ。
 真剣な目をしている。

 俺は念を押した。

「取引材料としては、どうでしょう?」

「充分な取引材料です。おそらく国やギルドからも、褒賞が出るでしょう。それで、転移魔方陣の地上側の出口は?」

「すぐ、そこです」

 俺は転移部屋のある丘の方を指さした。


 *


 俺たちは、転移部屋のある洞窟に向かっている。
 俺、セレーネ、サクラ、エリス姫、執事セバスチャン、護衛の騎士が4人だ。

 俺の部屋での話しの後、早速、転移部屋を見に行こうという事になった。

 日は暮れて、すっかり夜だ。

 新月なのだろう。
 月の光がなく、暗い。
 カエルの鳴き声と俺達の歩く音、やぶをかき分ける音が聞こえる。

 俺はスキル【夜目】を使って、先頭に立って案内している。
 後ろから、騎士たちがカンテラを持ってついて来る。

 洞窟に着いた。
 中は真っ暗だ。

 さすがに【夜目】を使っても見えないので、カンテラを借りて先行して進む。
 カーブを曲がると、階段が見えて来た。

 後ろから、息を飲む気配が伝わって来る。
 俺は、そのまま階段を降りて行く。

 転移部屋は、夕方来た時と同じだ。
 天井が明かりを放ち、床には魔方陣が2つ、片方は青く輝いている。

 全員が転移部屋に到着した。
 騎士たちが驚いた声を上げた。

「おおお!」
「本当に転移部屋が……」
「俺は若い時、ルドルに来た事があるが……。こんな物は無かった!」
「さすがは、神速のダグのお弟子殿だ!」

 青く輝く転移魔方陣に、全員のってもらう。
 俺は、階層を唱えた。

「5階層!」

 その瞬間、転移部屋から5階層に転移した。
 俺は少しおどけて見せた。

「ようこそ! ヒロトルートへ! この階段を上がれば、4階層のボスレッドリザードです」

 1人の騎士が階段を駆け上がった。
 しばらくすると、笑顔で駆け降りて来た。

「いました! いました! レッドリザードいましたよ!」

 エリス姫が、笑顔で俺に手を差し出した。

「ヒロト殿、明日からの共同探索よろしくのう。セレーネもサクラもよろしくのう」


 *

 探索は明日からにして、俺達は戻る事にした。
 洞くつの転移部屋から、丘を降りる。

 雰囲気は明るい。
 みんな色々と楽しそうに話をしている。

 月明りがないので、暗い。
 丘を下った先に、明かりが見える。
 俺の家の明かりだ。

「ん?」

 なんだ!?
 俺の家の明かりが、一瞬消えたように見えた。

 俺は、足を止めて警戒する。
 周囲の気配を探る。

「……」

 行きに鳴いていた、カエルの声が聞こえない。
 意識潜入でサクラが、俺の意識に入って来た。

(ヒロトさん?)

(わからない。だけど、何かおかしい!)

 俺は小声で、後ろに指示を出す。

「カンテラを消して! 何かおかしい!」

 後ろで騎士達が、剣を鞘から抜く音が聞こえる。
 サクラが、【飛行】した気配があった。

 辺りは、暗い。
 近くしか、見えない。
 俺は、ゆっくりと、静かにコルセアの剣を抜いた。

 違う。
 俺の家の明かりが、消えたんじゃない。
 誰かが、横切ったんだ。

 俺たち以外に、誰かがいる!

 そう思った時に、右に気配を感じた。

「右! 来ます!」

 草を踏む音が聞こえる。
 複数人が走って近づいて来ている。

 右手を見る。
 スキル【夜目】のお陰で、敵が見えた。
 後ろに、小声で情報を伝える。

「右3人! 剣装備!」

 ギン!
 カン!

 剣と剣が打ち合わされる音が聞こえ、火花が見えた。
 エリス姫の護衛の騎士が、3人の敵に対応している。

 俺は上空にいるであろう、サクラに意識で呼びかける。

(サクラ! 見えるか!)

(囲まれてます!)

(クソ! 何人だ?)

(1、2……見えるだけで、12人!)

 エリス姫が、つけられていたのか?
 とにかく、なんとかしないと。

(サクラ、セレーネを抱えて飛べるか?)

(ええ!? うーん、短時間なら)

(よし、上空から狙撃させろ! あと【スリープ】も試せ!)

(了解!)

 俺は、後ろに下がって、エリス姫と執事のセバスチャンに話す。

「10人以上に囲まれています。サクラとセレーネが、上から矢で攻撃します。俺は移動攻撃します」

 セバスチャンが、返事をする。

「わかりました。姫様の周りを固めます」

 左前に動く敵が見えた。
 俺は【神速】で、敵の背後に移動する。

 敵の腹にコルセアの剣を突き入れる。
 思ったより深く剣が入った。
 上手い具合に、防具の隙間に剣が刺さったのだろう。
 素早く抜く。

「グハ!」

 敵は倒れた。

 強行脱出の方が良かったか?
 1人目を倒してから、そんな後悔が頭をよぎった。

 だが、もう、迎撃と決めた後だ。
 片っ端から倒すしかない。

 上空から矢の音が聞こえた。
 遅れて、悲鳴が聞こえる。

「ガッ!」

 サクラとセレーネも始めた様だ。
 サクラの魔法【スリープ】が効いてくれれば、良いが……。

 右手に敵が見えた。
 木の陰で矢をつがえている。
 背後に移動して、首をはねる。

 これで2人。

 丘の斜面を這うようにして、エリス姫に忍び近づく敵が3人見えた。

 剣を逆手に持ちかえる。
 移動して上から敵の首に、剣を突き刺す。

 剣に首の骨の感触が伝わる。
 剣を横に滑らせ、首の横肉に剣を押し込む。
 地面に到達した感触を感じた瞬間、剣を引き抜く。

 隣には、まだ腹這いの敵が2人いる。
 移動して、同じことを繰り返す。

 これで5人。

 あたりに、動いている気配が無くなった。
 エリス姫の所に戻る。

「ご無事ですか?」

 エリス姫は、少し声が硬いが、しっかりと答えた。

「うむ。全員無事じゃ」

 サクラとセレーネが、上から降りて来た。

「もう、無理! 2人で飛ぶのは、キツイ!」

「お疲れ様、大活躍だったな!」

 セバスチャンが、俺に寄って来た。

「こちらは、6人倒しました。動いている者の気配は、もう、ありませんな」

「一旦、俺の家に撤収しましょう。サクラが、スリープで何人か眠らせていると思います。後で、誰かに回収させてください」

「わかりました。参りましょう!」

 俺達は足早に、襲撃地点を後にした。
 幸いな事に、その後、襲撃は無かった。
 
 俺の家で待機していると、騎士が沢山の衛兵を連れて戻って来た。
 エリス姫は、衛兵に護衛されて領主館へ向かった。

 サクラの【スリープ】で、眠らされた敵を2人回収出来たそうだ。
 俺の家には、衛兵が2人、見張りでつく事になった。

 今夜の襲撃は、エリス姫の対抗馬の差し金だろうか?

 たぶん、そうだろう。
 闇夜に紛れて襲撃なんて、やり口が随分荒っぽい。

 王位継承争いに巻き込まれたくないと思っていた。
 だが、いきなり巻き込まれてしまった。

 前途多難だ。
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