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ルドルのダンジョン編

第50話 なぜ執事はセバスチャンなのか?

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 ギルドから家への帰り道は、3人で愚痴大会になった。
 偉い人のお相手なんて冗談じゃない、王位継承争いなんて知らん、などなど。

 セレーネとサクラも、エリス姫には好感を持っていた。
 だが、『一緒にパーティーを組むとなると、王位継承争いに巻き込まれそうで嫌だ』と言う意見だ。

 3人とも、『この話は断る』と言う事で意見が一致した。

 ルドルの街を出て、街道から俺の家へ向かう。
 辺りは徐々に、暗くなって来た。
 カエルの鳴き声が聞こえる。

 セレーネが、最初に気が付いた。

「あれ? ヒロトの家の前に、誰かいるよ!」

 確かに、俺の家の玄関の前に、人影が見える。
 誰だ? 何かあったか?

 サクラが【飛行】で飛び出し、様子を見てすぐに帰って来た。

「さっきの騎士が、玄関前にいますよ!」

「ええっ!?」
「ええっ!?」

 家が近づくと……、本当だ、騎士が2人いる。
 玄関の前で門番よろしく、剣を携えて立っている。

 俺達が近づくと、騎士は手を挙げて気軽に挨拶をして来た。

「おお! ヒロト殿! お邪魔しておりますぞ!」

 お邪魔?
 どう言う事?

 居間に入ると、さっき冒険者ギルドで別れたエリス姫がいた。
 テーブルに座って、チアキママと笑顔で話している。

 エリス姫の後ろには、執事のセバスチャンが立ち。
 部屋の入り口には、騎士2人が護衛で立っていた。

 この状況で、エリス姫と楽しそうに話しを出来るチアキママは、相当な度胸の持ち主だ。
 母の意外な一面を見た思いがした。

 それよりもだ。
 なぜ、俺の家にエリス姫がいる?
 俺は、エリス姫と目が合った。

「おお、ヒロト殿。お邪魔しておるぞ」

「エリス姫様、どうも……」

「今、母御殿《ははごどの》と話をしておっての。なかなか愉快な方じゃ」

「それは……、ありがとうございます」

 俺は、訳が分からず気の抜けた返事をした。
 チアキママは、俺を見ると驚いて駆け寄って来た。

「ヒロト! どうしたの!? 服が焼け焦げてるじゃない!」

「いや、ちょっと戦闘で。ポーション飲んだし、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないわよ。ちょっと、こっち来なさい。姫様、ちょっと失礼いたします」

 チアキママは、仕事部屋に俺を引っ張って行った。

 仕事部屋は、薬草の匂いがする。
 薬瓶、ランプ、ビーカーなどの調剤用具が、綺麗に整頓されている。
 チアキママは、棚からポーションを取り出し、俺に振りかけた。

「まったく、どんな魔物と戦ったのよ! 危ないわね!」

「いや、大丈夫だから」

「ほら、服を脱ぎなさい。中も火傷していたら困るでしょ!」

「いや、自分でやるから、大丈夫だよ」

 どの世界でも母親と言うのは変わらない。
 いつも、俺の心配をしてくれる。
 ありがたい。

 俺はポーションの瓶を受け取ると、自室へ戻った。
 服を脱いで火傷をチェックして、ポーションを塗り付ける。

 気が付かなかったが、腕や足にかなり火傷をしていた。
 たぶん興奮状態で、痛みを感じなかったのだろう。

 服は袖が焼け落ちてしまっている。
 もうこの服は、着られないな。
 ボルツの革鎧も焼け焦げが、かなり付いている。
 鑑定してみる。


 -------------------

 ボルツ製革の鎧|(オーガ) 防御力+30↓down!

 -------------------


 防御力が、+38から、+30に減っている。
 鎧もかなりのダメージを、受けていたんだな。

 防具は消耗品だ。
 戦えば、すり減り、防御力は落ちて行く。

 とは言え、気に入っていた鎧だからショックだ。
 俺はボルツの鎧をやさしく撫でた。


 居間の方から、笑い声が聞こえる。
 セレーネとサクラの楽しそうな声も聞こえてくる。

 俺は新しい服に着替えて居間に戻った。

 テーブルには、女4人、エリス姫、セレーネ、サクラ、チアキママが、賑やか華やかに盛り上がっていた。

 嬉しそうに、テーブルに乗せられたお菓子を食べている。
 茶色い塊、あれは……。

 エリス姫が、茶色いお菓子を勧めて来た。

「ヒロト殿も、どうじゃ?」

「ありがとうございます」

 小さな茶色い塊を受け取って、口に入れる。
 懐かしい味が、口の中に広がる。

「その顔は、気に入ったようじゃな。これは王都で最近売り出した『ちょこれいと』と言う菓子での。なかなか人気なのじゃ」

 そうだよ! これは、チョコレートだよ!
 前世で食べた物より、ボソボソしているけれど、間違いなくチョコレートだ!

 俺の知る限り、この世界にチョコレートはない。
 それが、最近王都で売り出した、という事は……。

「カカオが、見つかったのですか?」

「おお。さすがヒロト殿じゃ。良く知っておるの。王都のダンジョン内で、そのカカオと言う豆が発見されての。前世記憶を持った転生者が、カカオから『ちょこれいと』を作り出したのじゃ」

 エリス姫は『チョコレート』と発音するのが、馴染まないらしい。
 小さな子供が話すように『ちょこれいと』と可愛く発音している。

「美味しいです!」

「良かった。持参した甲斐があった。もっと、食べるとよかろう」

 エリス姫は、鷹揚に笑った。
 この人、俺と年は違わないはずなんだけれど、ベテランの政治家みたいな雰囲気がある。

 セレーネは、すっかりチョコレートに、やられてしまったらしい。

「王都では、こーんなに美味しい物があるんですね~」

「うむ。セレーネ殿は、王都には?」

「私は~、ずっと父と山の中で狩りをして暮らしていましたので、王都に行った事はないで~す」

「王都は、転生者が多いでな。転生前の知識を生かした珍しい食べ物が、沢山あるのじゃ」

「すご~い!」

 セレーネさん。
 さっき、家に帰る途中で、散々王族を嫌がっていたじゃありませんか……。
 何でそんなに、笑顔でニコニコなんですか。

 サクラはサクラで、エリス姫の装備品が気になる様だ。

「エリス姫、この鎧はミスリルでは?」

「おお、良くわかるの! うむ。これはミスリル製じゃ」

「じゃあ、魔法耐性が備わっているのですね……」

「うむ。属性に関わらず、魔法攻撃には高い抵抗力があるぞ」

「素晴らしいですね」

 サクラさん。
 あなたも同じですよ。
 派閥は嫌だと、散々言っていたじゃありませんか。

 女性陣は、すっかりエリス姫に取り込まれてしまった。
 ワイワイ、キャッキャと、賑やかに盛り上がっている。
 俺は生暖かく彼女たちを見守る事にした。


 執事のセバスチャンが、静かに俺に寄って来た。
 セバスチャンは、穏やかな笑顔で話しかけて来た。

「ヒロト様、2人で少々お話しが出来ないでしょうか?」

 この人……、笑顔だけれど、隙が無い感じなんだよな。
 どうせ断れないので、俺は了解した。
 俺の部屋に、セバスチャンと移動する。

 俺はいつも使っている椅子に座った。
 セバスチャンに椅子を勧めたが、立ったままで良い、と言われた。

「さて、ヒロト様。この度は、厄介なお話を持ち込み大変申し訳ございません」

 セバスチャンは、まず謝罪から入って来た。
 これは……。手強い感じだな……。

 セバスチャンは、続ける。

「冒険者ギルドから、ヒトロ様を拝見しておりました。ヒロト様は今回の件に、あまり気乗りされていないご様子ですが……?」

「ええ、まあ」

「王族がお嫌いですか?」

「と言うよりは、王位継承のゴタゴタに、巻き込まれたくないだけです」

「事情を聞いたのですか?」

「ギルドマスターのハゲールさんから、大まかに聞きました」

 隠しても、しょうがないので、俺は正直に答えた。
 セバスチャンは、少し考えてから、再び話し出した。

「ヒロト様は、エリス様をお嫌いですか?」

「いえ、そんな事は! むしろ好意を感じます。王族なのに、威張った所や気取った所がないですし。良い方だと思います」

「そうですか! そうですか!」

 自分の主君を褒められてセバスチャンは、嬉しそうだ。
 俺とセバスチャンの間には緊張感があったが、少し和やかな雰囲気に変わった。
 だが、セバスチャンの次の言葉に、俺は凍り付いた。

「ところで、ヒロト様は前世記憶持ち、転生者ではありませんか?」

 ギクリとした。

 俺は気持ちを顔に出さないように、精一杯自分をコントロールしてみた。
 だが、無駄だった。

 セバスチャンは、変わらぬ笑顔でジッと俺を見ている。
 俺は返事をしてみたが、自分でも分かるほど、乾いた硬い声だった。

「……どうして、そう思うのです?」

「先程、チョコレートの原料がカカオだという事を、言い当てられました。カカオの事は、まだ一部の者しか知りません。それに……」

「それに?」

「ヒロト様は、お年の割に落ち着いた態度や言動をなさいます……。あなたは、転生者で外見は12才の少年。しかし、中身は大人だと考えると納得できます」

 しまった!
 油断した!

 チョコレートなんて食べたから、思わずカカオと口走ってしまった。
 もっと子供っぽく、姫様に会ってガチガチに緊張するとか、大喜びではしゃいでみせるとか、芝居しておけば良かった。

 どうする?
 困ったな。

 俺の様子を見て、セバスチャンが助け舟を出して来た。

「誤解なさらないで下さい。ヒロト様を、脅そうとか、何かしようと言う訳では、ありません。お互いもう少し、本音で話し合いませんか?」

 なるほど、そう言う事か。
 とりあえず、俺が転生者である事を暴露したり、それで脅したりする気はないらしい。

 それなら、話し合う事も可能だ。
 俺は、セバスチャンに歩み寄る事にした。

「エリス姫としては……、いえ、セバスチャンさんとしては、どうしたいのですか? エリス姫は、俺の師匠の神速のダグに師事したい、との事ですが。その目的は、何ですか?」

「ふむ。その辺りですか……。お話する前に確認したいのですが、あなたは、何才なのですか?」

 セバスチャンは、ジッと俺を見つめる。
 顔は笑っていない、真剣その物だ。
 セバスチャンは、続けた。

「ヒロトとしての年齢ではなく、中身の年齢です。それによってお話しする内容も変わってきますので……」

 それは、そうだ。

 12、3才の男の子に話すのと、40才の大人に話すのとでは、話す内容も違うだろう。
 秘密を守れるかどうかもある。

 だが、俺としては転生者である事を、はっきり認める訳にはいかない。
 認めれば、地獄からの転生者、地獄帰りである事も、話さなきゃならない。

 この世界で地獄帰りは、軽蔑される存在だ。
 転生者と認める訳には、いかない。

「……俺は、ヒロトですよ。ただ、普通の子供とは違うので、秘密は守りますし、政治的な難しい話も理解できる。という事では、いけませんか?」

 俺は、俺なりに、転生者である事を、遠回しに認めた。
 だが同時に、その事を認めたくないと、伝えたつもりだ。

 セバスチャンは、わかってくれたようで、ニヤリと笑った。

「よろしいでしょう」

 執事のセバスチャンは、詳しい説明をしてくれた。


 オーランド王国は、冒険者の初代王オーランド・ブルーが作った国だ。
 実力本位のお国柄なので、王位の継承は女性もOK。

 兄弟姉妹の中から、最も優秀な冒険者が王に選ばれる。
 兄弟姉妹の中に、相応《ふさわ》しい人間がいない場合は、親族の中――侯爵家から選ばれる。

 500年続いている王室だが、王位継承順位がはっきりしないシステムなので王位継承の争いが絶えない。
 現国王は60才、病気がちで、そろそろ危ない、と噂されている。
 現国王の子供は、五人いる。


 ×長男 正室の子 死没 優秀な冒険者であったが、冒険の途中に命を落とす。
 △次男 側室の子 研究に没頭している。元から王位に興味がない。
 △長女 側室の子 気は優しく面倒見が良い。回復魔法が得意。王位に興味なし。

 〇次女 側室の子 今日お会いしたエリス姫。優秀な剣士で、王位継承を一番期待されている。だが、12才と若いのがネックになり、反対派も多い。 

 △三女 側室の子 まだ6才。


 エリス姫がまだ若いし、女性である事もあって、すんなりと王位継承は難しい状況らしい。

 エリス姫の対抗馬は、アビン侯爵家の長男ウォール・オーランド・アビンだ。
 現王の弟の子供、甥にあたるが、王位継承を狙っている。

 ウォールは、母親が隣国ウインストン王国の貴族の娘で、ウインストン王国からのプッシュも相当あるらしい。
 俺とイザコザを起こしたクラン、ニューヨークファミリーの後見らしい。


 一通りの説明を終えてセバスチャンは、一息ついてから切り出した。

「そんな状況ですので、エリス姫としては、実績や少しでも有利になる材料が欲しいのです」

 なるほど。
 ようやく色々分かって来た。
 そこで師匠の出番になる訳か。

「オーランド王国出身の有名な冒険者、神速のダグにエリス姫が教えを受けたとなれば、エリス姫にハクが付きますね……」

 女好きの師匠だが、冒険者としては超一流だからな。
 師匠はずっと弟子を取らないで来たから、師匠から教えを受けたとなると、プレミア感があるわな。

「ふふ。実は、ヒロト様にも、期待をしております。情報を収集する者に探らせましたが、先日、マジックバッグをルドルのダンジョンで、手に入れられたとか?」

「ええ、4階層で宝箱、金箱から見つけました」

「金箱!? ルドルで金箱が出たなど、聞いた事がありません! それと、今日は火傷をなさっていましたね? 火属性の魔物はルドルには、いないはずですが、どちらで?」

「……」

 セバスチャンのたたみ込みに、俺は腕を組んで黙り込んでしまった。
 どう対応したものか……。
 苦手だな、この人。

 セバスチャンが、続けた。

「誤解のないように申し上げますが……。ヒロト様の手柄を、タダで取り上げようとしているわけでは、ありません。エリス姫の実績になる情報提供を頂ければ、代価はきちんとお支払いいたします」

「代価?」

「はい。金銭はもちろんですし、王族として何らか融通を利かすのも可能です」

「王族に強いパイプが出来ると?」

「そうお考え下さって結構です」

 むうう。
 王族とパイプか。

 俺は転生前からコネを使うのは、あまりうまくなかったが……。
 今後、シンディを取り返すのに、それは役に立ちそうではあるな……。

「エリス姫と直接話せますか?」

 俺は、エリス姫と話し合ってみる事にした。

 セバスチャンは、俺が何か情報を持っていると確信している。
 とぼけていれば、独自に調査を始めるだろう。

 ルドルは、【マッピング】スキルを持たない初心者冒険者が多い。
 だから、ダンジョンの奥にあるヒロトルートと精霊ルートは、今まで見つからなかった。
 もしセバスチャンが人海戦術で、ルドルのダンジョンを探索したら、ヒロトルートや精霊ルートの存在は、バレてしまうだろう。

 なら……、今のうちに高く情報を売ってしまうのも悪くない手だ。
 情報を売るかどうかは、エリス姫と話してから決めよう。
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