上 下
83 / 96
第六章 スタンピード

第83話 糖尿病を予防しよう!

しおりを挟む
 ――午後二時。

 俺とソフィーは、領主ルーク・コーエン子爵の屋敷を訪問した。

 ソフィーは平民の子供なので、貴族の屋敷に同行するのはあまり好ましくないのだけれど、行儀見習いということで同行を許してもらっている。
 ソフィーが将来どの道に進むのかわからないが、貴族と接する経験は無駄にならないはずだ。

 コーエン子爵の屋敷に着くと、コーエン子爵の執務室に案内された。
 準身内の扱いである。

 コーエン子爵は執務机で書き物をしていたようだが、俺たちが入室すると温和な笑顔を見せた。

「やあ、よく来たね。かけて、かけて」

 気軽な雰囲気で応接ソファーをすすめる。
 俺は礼を述べて、応接ソファーに腰掛けた。

 ソフィーは俺の斜め後ろに立つ。
 チラリと振り返ってソフィーを見ると、フンスフンスと鼻息も荒く、後ろに手を組んで直立不動だ。

 領主屋敷に訪問するときは、移動販売車を使って発注した子供用のブレザーを着せている。
 チェックのスカート。
 上着の胸ポケットには、ワッペン。
 品が良くて、なかなかの見栄えだ。
 きれいな服を着ることで、ソフィーも気合いが入っているのだろう。

 さて、仕事を済ませよう。
 俺は腰につけたウエストポーチ型のマジックバッグから、ビニール袋に入ったプレミアム・ロースト・オークを取り出した。

「こちらがご希望のプレミアム・ロースト・オークです。三つご用意しました」

「ありがとう! 助かるよ! 王都で噂になっていてね。あちこち催促されちゃってさ。おまけに上位貴族から『プレミアム・ロースト・オークを寄越せ!』ってかなり強く言われてね」

 ふむ。
 プレミアム・ロースト・オークの名前は広まったようだ。
 宣伝フェーズから実売フェーズに移行するのに良いタイミングだ。

「では、商業ギルドにプレミアム・ロースト・オークを卸すようにしましょう。サイドクリークから王都へ、プレミアム・ロースト・オークの商流を作るのに良いタイミングでしょう」

 俺の提案にコーエン子爵がうなずく。

「そうだね。じゃあ、王都に持ち込んで宣伝するのは、この三つで最後にしよう。後は商人から買ってもらえば、みんな儲かるね。フフフ」

「そうですね。フフフ」

 俺とコーエン子爵は、悪代官と越後屋のような笑みを浮かべた。

 これでソフィーが冒険者ギルドに黒焦げオークを売ると、冒険者ギルドと商業ギルドを経由して大店の商人の手に渡り、王都の貴族へプレミアム・ロースト・オークが販売される。

 これまで黒焦げオークは、冒険者ギルドの買い取りで評価されなかった。
 黒焦げオークからプレミアム・ロースト・オークがとれるが、全体の食肉の量は少ないという低い評価で、あまり歓迎されなかったのだ。

 だが、王都貴族へ商流が出来れば、高値で売れることになるだろう。
 ソフィーにもお金が入るし、冒険者ギルド、商業ギルド、商人も儲かる。
 税収が増えて、領主のルーク・コーエン子爵も嬉しい。
 単に売るのではなく、価値を高めて売るのだ。

 振り向いてソフィーを見ると、目を大きく開いて、口元はニッコリだ。
 この手法を覚えてくれたかな?
 昔、世話になった上司に教わった手法だ。
 ソフィーが覚えてくれたら嬉しいな。

 さて、商談が終って、お菓子のことを切り出そうとしたら、領主のルーク・コーエン子爵から話し始めた。

「ねえ。ところでリョージ君……。甘いお菓子はダメかな?」

 この……甘党貴族は……!
 俺は無慈悲に宣言した。

「ダメです!」

 どうもこの世界の人たちは糖尿病に対して無防備だ。
 知識がないのかもしれない。

 冒険者のように肉体を使う仕事が多いせいもあるだろうし、魔法を使うとかなりエネルギーを使う。
 そもそも糖尿病になるひとが少ないのだと思う。

 魔法使いは大食いだ。
 貴族にも魔法使いがいると聞くので、贅沢が出来る貴族でも糖尿病の怖さはわかってないのだろう。

 俺はわざと深くため息をついてから話し出した。

「甘いお菓子の食べ過ぎは健康に悪いのです。糖尿病という恐ろしい病気になりますよ!」

 俺はチラリと執事さんに視線を飛ばした。
 執事さんは部屋の隅にたたずんでいたが、俺の言葉を聞いて目をキラリと光らせた。

「糖尿病になると喉が渇き、疲れやすくなり、水を沢山飲むようになります。症状が悪化すると失明。最悪、死に至ります」

「ええ!? そんな怖い病気があるの!?」

「ええ。私の国では、糖尿病にならないように予防に力を入れています」

「予防? どうすれば良いの?」

「まず、食生活ですね。お菓子を食べ過ぎない。お酒を飲み過ぎない。野菜やお肉をちゃんと食べて、炭水化物……パンを食べ過ぎない。バランスの良い健康的な食事をするのです」

 俺は日本人なら知っている至極当たり前のことをコーエン子爵に告げたが、コーエン子爵は不満タラタラだ。

「ええ~! 甘いお菓子をいっぱい食べたいな……。僕は領主なのに、なんでそんな我慢をしなくちゃいけないの?」

「ダメですって! 領主だからこそ、健康に留意しなくちゃ不味いですよ! 領主が病気では、領地経営がままならないでしょう? 我々領民も安心出来ませんよ! 今後、お菓子は執事さんに管理してもらいます!」

「ええ!? それはないよ!?」

 コーエン子爵が執事さんを見た。
 すると執事さんが、貼り付いた笑顔で一言ピシャリと告げた。

「ぼっちゃま。なりません」

 この執事さんは、コーエン子爵を子供の頃からお世話しているのだ。
 執事さんに聞いた話では、風邪の看病からおねしょの始末までしていたそうで、コーエン子爵のことなら何でも知っている。
 執事さんはコーエン子爵の親代わりともいえる人物で、コーエン子爵は頭が上がらないのだ。

 執事さんの圧にコーエン子爵がウッと息を飲む。

 俺は『ここだな』と思い、執事さんに視線を移した。

「執事さん。運動不足も糖尿病の原因の一つです。毎日運動をさせて下さい。剣を振っても良いですし、貴族らしく乗馬でも構いません」

「かしこまりました。リョージさんのご助言をありがたく受け入れます」

「僕は運動が苦手なんだけどな……」

 コーエン子爵がブツクサ言っているが、俺と執事さんはスルーする。
 領主である以上、健康でなければ領民が困るではないか。
 本人の意思など無視である。

「食事、運動、この二つです。糖尿病は防げます。領地のためにも、コーエン子爵の健康を切に願っています」

「日々の節制が大切ということですね。お任せください」

 俺は立ち上がり執事さんとガッシリ握手をした。

 コーエン子爵は憮然としているが、ダメである。
 ここで甘やかしてはいけない。
 執事さんなら、きっとコーエン子爵をコントロールしてくれるだろう。

 俺は執事さんに板チョコを渡し、ソフィーと一緒に部屋から出た。
 するとドア越しに執事さんの説教が聞こえてきた。

「ぼっちゃま! ですから申し上げたでしょう! お菓子の食べ過ぎはなりません!」

「そんな! 僕の楽しみなんだよ!」

「ぼっちゃまは、まだ、結婚をしていないのですよ!」

「だって、面倒くさいじゃないか……」

「お世継ぎがいないのですから、健康第一で生活していただきます! お菓子もお酒も制限いたします!」

「トホホ……」

 俺はソフィーと目を見合わせて、クスクス笑いながら領主屋敷を後にした。
 ガンバレ! コーエン子爵!
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した王子・アンジェロは、隣国の陰謀によって追放される。しかし、その追放が、彼の真の才能を開花させた。彼は現代知識を活かして、内政で領地を発展させ、技術で戦争を制することを決意する。 アンジェロがまず手がけたのは、領地の開発だった。新しい技術を導入し、特産品を開発することで、領地の収入を飛躍的に向上させた。次にアンジェロは、現代の科学技術と異世界の魔法を組み合わせ、飛行機を開発する。飛行機の登場により、戦争は新たな局面を迎えることになった。 戦争が勃発すると、アンジェロは仲間たちと共に飛行機に乗って出撃する。追放された王子が突如参戦したことに驚嘆の声が上がる。同盟国であった隣国が裏切りピンチになるが、アンジェロの活躍によって勝利を収める。その後、陰謀の黒幕も明らかになり、アンジェロは新たな時代の幕開けを告げる。 アンジェロの歴史に残る勇姿が、異世界の人々の心に深く刻まれた。 ※書籍化、コミカライズのご相談をいただけます。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

辺境領主になった俺は、極上のスローライフを約束する~無限の現代知識チートで世界を塗り替える~

昼から山猫
ファンタジー
突然、交通事故で命を落とした俺は、気づけば剣と魔法が支配する異世界に転生していた。 前世で培った現代知識(チート)を武器に、しかも見知らぬ領地の弱小貴族として新たな人生をスタートすることに。 ところが、この世界には数々の危機や差別、さらに魔物の脅威が山積みだった。 俺は「もっと楽しく、もっと快適に暮らしたい!」という欲望丸出しのモチベーションで、片っ端から問題を解決していく。 領地改革はもちろん、出会う仲間たちの支援に恋愛にと、あっという間に忙しい毎日。 その中で、気づけば俺はこの世界にとって欠かせない存在になっていく。

処理中です...