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第九章 グンマー連合王国

第229話 テイムスキルの調査結果

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 ――テイムスキル。

 俺が、この異世界に来てから、一番謎だと思ったのがテイムスキルだ。

 スキルといっても、ゲームのようにステータス画面が明示されている訳ではない。

 かといって、前世地球のように、パソコンのブラインドタッチが出来るとか、プログラムが組めるとか、誰が見ても一発でわかるような技術でもない。

 正体はよくわからない。
 けれど、テイムスキルは間違いなく存在するのだ。

 原理が解明されていない現象……というのが、説明としては一番近い。

 先月から、冒険者ギルドがテイムスキルの調査を行った。
 調査場所はシメイ伯爵領。
 黒丸師匠が手配した調査員が、地元住民に聞き取り調査を行ったのだ。

 今日は、調査員からの報告に同席をさせてもらっている。

 商業都市ザムザの冒険者ギルドにあるギルド長室で、五人が椅子に座る。
 俺、黒丸師匠、ルーナ先生、調査員のおじさん、シメイ伯爵領カイタックからやって来た女の子が一人だ。

「――という次第で、テイムスキルが存在するのは間違いございませんが、原理や法則性は見いだせませんでした」

 調査員のおじさんが、ハンカチで汗を吹きながら報告を終えた。
 黒丸師匠は、残念そうにしている。

「むむむ……。結局、わからずじまいであるか……」

「はい。確かにシメイ伯爵領は、他のエリアよりもテイムスキルを持つ人物が多いです。しかし、血統や魔力量はまったく関係がありません。これは、もう、個々の相性でありましょう」

「犬好きや猫好きみたいなものであるか?」

「そうですね。近いと思います」

 調査員の出した結論は、『相性』。
 なんともふわっとした結論だ。

 調査票によると、バトルホースをテイム出来る人だからといって、他の魔物もテイム出来る訳ではないそうだ。

 つまり、自分と相性の良い魔物じゃないとテイム出来ない。

 一方で、魔物側がオークのように好戦的な魔物の場合は、過去にテイム出来た人物はいなかったそうだ。

 テイムされる魔物の方が、比較的おとなしめ、あまり好戦的でない魔物であれば、テイム出来る可能性がある。

 俺は調査員に疑問をぶつけてみた。

「しかし、そうなるとルーナ先生がグンマークロコダイルをテイムしたのは? グンマークロコダイルは、相当強力な魔物ですよ」

「はい。グンマークロコダイルは、戦闘力は上位の魔物です。ですが、性質はノンビリしていて、こちらが近づかなければ攻撃してくることはありません」

「そうなのですか! じゃあ、ルーナ先生がグンマークロコダイルと相性が良かったと?」

「そう結論づけております」

 横を見ると、ルーナ先生は、胸を反らし、ふんすふんすと鼻息が荒い。

「グンマークロコダイルは、かわいい。相思相愛」

「よかったですね」

「イセサッキたちは、誰にも渡さない」

 あんなおっかない魔物をテイムしようなんて、ルーナ先生以外にいないから!
 誰も欲しがらないから!

「ちょっと残念ですね。テイムスキルの原理がわかれば、魔物を道路工事などで、産業利用出来ると期待していました」

「そうであるな。まあ、世の中には、適度に謎がある方が面白いのである。全てわかった人生などつまらないのである」

 黒丸師匠は、カラリと言い切った。
 俺は調査員に、もう一回確認した。

「魔物をテイムする才能がある人が、相性の良い魔物と出会えば、魔物をテイム出来る可能性がある――ということだな?」

「アンジェロ陛下のご理解で、あっております」

「わかった。ありがとう。それで……その女の子を俺に紹介したいと?」

 この部屋には、女の子が一人いる。
 黒い三角の魔女帽子をかぶり、黒い短めのマントに、杖を装備。
 一見すると魔法使い風なのだが、魔法は使えないらしい。

 茶色いブーツに動きやすそうなキュロットスカート。
 調査票によれば、十六才のテイマーだそうだが、顔立ちは幼い。

 調査員のおじさんは、この子を俺に引き合わせる為に、わざわざシメイ伯爵領カイタックから連れて来たらしい。

「はい……その……」

 調査員が声を潜める。

「シメイ伯爵から押しつけられまして……」

 あのおっさん!
 何をやってるんだ!


 *


 赤獅子族のヴィスは、寮で同室の先輩兵士に誘われて集会に参加した。

 ミスリル鉱山の麓にある広めの小屋に、十人の男が集まっていた。
 参加者は、鉱山奴隷もいれば、警備兵や事務職員もいる。

 男たちは、仕事について、社会について、政治について、真剣に討論をしていた。
 飲み会だと思っていたヴィスは、真面目な雰囲気についてゆけず、先輩兵士に助けを求めた。

「えっと……先輩? これ何なんすか?」

「ここは労働問題研究会さ」

「はあ……」

 ヴィスは、困惑した。
 同室の先輩兵士は、真面目で面倒見が良く、ヴィスも世話になっていた。

 だが、ヴィス自身は、あまり真面目な方ではなく、むしろ乱暴者の部類だ。

(いや、こんな真面目な集会に連れてこられても困るぜ……)

 ヴィスは、小屋の隅で静かにしていたが、先輩兵士は議論の輪に加わり積極的に発言をしていた。

「僕らが真面目に働いても、手元にはお金が残らない! なぜだ!」

「そうだ! おかしい!」

 参加者たちは、そんな話をずっとしている。
 ヴィスは、冷ややかな目で参加者たちを見ていた。

(そんなことを熱く語っても、何にもならねえだろう……。社会がおかしいとか……。そんなことをいっても、金にならねえし、腹もふくれねえよ!)

 やがて会場のボルテージが最高潮に達した。
 すると、一人の少年が立ち上がり場を仕切りだした。

「なるほど。素晴らしい議論だ。では、もう少し、考えを進めてみよう。なぜ、一生懸命働いても、我々にはお金が残らないのだろうか?」

 少年は年に似合わぬ落ち着いた口調で、参加者たちに問いかけた。
 一人の奴隷が、少年の問いに答えた。

「そりゃ……俺が奴隷だからだろ?」

 少年は奴隷の答えに深くうなずく。

「うん。なるほど。そうだね。奴隷だから働いても賃金をもらえない。その通りだね。けど、他の答えもあるんじゃないかな?」

 少年は奴隷の答えを肯定しつつも、『他の答えがある』、『その答えは正解ではない』と参加者たちを誘導した。

 やがて、他の奴隷が手を上げて答えた。

「なら、奴隷って制度が悪いんじゃないか?」

 少年は、先ほどと同じように深くうなずいた。

「うん。なるほど。そうだね。奴隷制度があるから、奴隷になり、お金をもらえない。だから、奴隷制度が悪い。かなり答えに近づいたんじゃないかな」

 少年は、今度の答えも肯定したが、『答えに近づいた』、『その答えは、十分な正解ではない』と参加者たちをまたも誘導した。

 少年は参加者が答える度に、同じようにうなずき、同じように話し、同じように誘導した。

 社会が悪い。
 制度が悪い。
 国王が悪い。
 国のあり方が悪い。

 様々な答えが提示された。

 赤獅子族のヴィスは、一歩引いて議論を見ていた為、トリックに気が付いた。

(こいつ……タチが悪いな……。あいつらが口にした、社会が悪いとか、国が悪いとか……。あれは、あのガキが言わせてるんだ!)

 ヴィスの気が付いた通りで、少年は参加者たちの思考を誘導していた。

 少年が『今の社会は悪い。国は間違っている。国王はダメだ』と批判を行っても参加者たちが、真面目に聞いてくれるとは限らない。

 だが、参加者自身が日々の鬱憤を口にした後で、自ら考えて出した結論が『今の社会は悪い。国は間違っている。国王はダメだ』であれば?

 それは、もう、自分の中から湧き上がった確信だ。
 信じざるを得ない。

 参加者たちは、自分たちで答えを見つけたことで非常に満足をした。
 ヴィスの先輩兵士が、少年に礼を述べた。

「ありがとう同志サロット。年は若いが、君は我々のリーダーに相応しい!」

「同志。こちらこそありがとう」

 少年はニッコリと笑い、先輩兵士と握手をした。
 部屋の隅でその様子を見ていた赤獅子族のヴィスは、顔を引きつらせた。

(あいつがサロットか! 俺と同じ転生者!)

 ――ヴィスは、サロットを見つけた。
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