上 下
215 / 358
第九章 グンマー連合王国

第215話 制御不能なミスル王国大使

しおりを挟む
「アンジェロ様! ブンゴ隊長から緊急の連絡です!」

 俺がキャランフィールドの執務室で仕事をしていると、じいが手紙を手に持って入室してきた。

 ブンゴ隊長からの手紙ねえ……。
 また、名前を付けろとかじゃないのか?
 あいつ面倒だから、俺に丸投げしているだろう!

 俺は、じいから手紙を受け取り、封を開いた。
 そこには、馬賊のアジトがミスル王国の荒れ地にあり手が出せないと書いてあった。

 俺は、じいにブンゴ隊長からの手紙を渡す。
 じいは、さっと目を通すと、うなり声を上げた。

「ミスル王国ですか……」

「第二騎士団が国境を越えて馬賊を討伐したら不味いかな?」

「不味いですじゃ!」

「盗賊や馬賊に国境はないけど、俺たちには国境があるからなあ~」

 じいの言う通り、不味いよな。
 外交的に不味い。
 ウチの騎士団が、馬賊相手とはいえ、他国で戦闘を行えば、間違いなく抗議される。

『グンマー連合王国は、他国に土足で踏み込む礼儀知らず』

 などと言われては、たまらない。

 大国になり、ただでさえ周辺国から警戒をされているのだ。
 ミスル以外の国も、我が国にたいして疑念の目を向けるだろう。

 ここは慎重に行動しなくては……。

「アンジェロ様。先般、ミスル王国の大使がキャランフィールドへ赴任してきました。まずは、大使と話してみては?」

「そうだね。じい、ミスル王国大使を呼んで。急ぎで」

「かしこまりました」

 じいが使いの者を出すと、ミスル王国大使は、すぐにやって来た。
 大使とは一度挨拶を交しているが、こうしてちゃんと話すのは初めてだ。

 俺はよそ行きの表情と話し方に切り替え、ミスル王国大使と話しだした。

「アンジェロ総長陛下。ご機嫌麗しゅう」

「ありがとう、大使。宮殿がまだ設計中なので、執務室での接見だ。許されよ」

「お気遣いなく」

 ミスル王国大使は、人の良さそうなおじさんだ。
 ミスル人らしく、肌が浅黒い。
 まん丸とした顔に、外交官らしからぬ裏表のない笑みをたたえている。

 この人の名前は、確か……アクトゥエン……?

「大使の名前は、アクトゥエンでよろしいか? 貴国の名前は、フリージア人には難しくて……」

「左様でございます。アクトゥエンでございます。それで、急ぎのお話とのことですが?」

 相手が用件を聞いてきたので、無駄な世間話をしないで済む。
 俺は、すぐに、サイターマに出没する馬賊のアジトがミスル王国にあると告げた。

「ははあ。馬賊でございますか。それは恐らくこの辺りのエリアでは?」

 アクトゥエン大使は、応接テーブルに指で大まかな地図を描き指さした。
 その場所は、ブンゴ隊長から報告のあった場所と一致している。

「そうだ。その辺りだ。草原が荒れ地に変わり、岩場になっていると聞いている」

「ああ、それなら、ここで間違いございません。ミスルでは、アマジク地方と呼んでいます」

「そうか、アマジク地方というのか。それで、我が国の騎士団が国境を越えたら不味かろう? そこで貴国に馬賊の討伐をお願いしたいのだが――」

「どうぞ。国境を越えてください」

「「えっ……!?」」

 俺とじいは、素で驚いてしまった。

 俺は『グンマー連合王国の騎士団が、国境を越えたら不味いですよね?』と言ったのだ。

 そりゃそうだ。
 他国の軍隊が国境を越えて、自国に入ったら、どこの国でも怒る。
 最悪、戦争だ。

 だが、アクトゥエン大使は『国境を越えて構わない』と言った。
 あり得ない回答だ。

 俺は念のために、確認をした。

「アクトゥエン大使……。余の聞き間違いであろうか? 大使は、我が国の騎士団が国境を越えて、貴国のアマジク地方に進入して良いとおっしゃったように聞こえたが?」

「はい。そのように申し上げました」

「「……」」

 アクトゥエン大使は、人の良さそうな笑顔を変えずに、迷いなく返答した。
 俺とじいは、アクトゥエン大使の考えが読めず言葉に詰まった。

「アンジェロ総長陛下。ざっくばらんにお話ししても?」

「良い。ここには、余を含め三人しかおらぬ。遠慮無用だ」

「では……。アマジク地方は、一部を除いて王国の力が及ばなくなっております。アマジク地方と同じように、力が及ばぬ地方はいくつかございます。ですので、我がミスル王国では、アマジク地方の馬賊討伐は不可能です」

 あり得ない回答に、俺とじいは身を固くする。
 俺は、ゆっくりと息を吸い込んでから、アクトゥエン大使の顔をみたが、この部屋に入って来た時と変わらぬ笑顔だ。

「大使……それは……貴国に統治能力がないと言っているように聞こえたが……?」

「ええ。その通りです。我がミスル王国は、長年続くギガランド王国との戦いで疲弊し、統治機能が十全に働かなくなっております。人材不足、資金不足、兵力不足などなど、要因は様々ですが……」

 アクトゥエン大使が堰を切ったように、自国を批判し始めた。
 それも外国のトップである俺の目の前で!

 俺は、アクトゥエン大使の正気を疑ってしまった。

「大使! 貴殿は……大丈夫か?」

 だが、アクトゥエン大使は止まらない。

「まあ、平たく申しますと、我がミスル王国は、あちこち穴だらけの状態でございます。ですので、アマジク地方にアジトを構える馬賊は、貴国でご成敗下さい。だーれも文句など、申しませんとも!」

 何かの罠だろうか?
 そんな考えが一瞬頭をよぎったが、アクトゥエン大使の勢いを見ると、罠とは思えない。

 アクトゥエン大使の言動は、まるで新橋のガード下で一杯引っかけている愚痴っぽいサラリーマンそのものだ。

 俺とじいが呆気にとられていると、アクトゥエン大使は両手を広げて悪意はないアピールを始めた。

「ああ! ご安心を! 入国の許可を私が出したと本国に連絡しておきますので。外交問題になることは、ございません。明日のグース定期便に手紙を載せましょう」

「そ、そうか。それは、助かるよ。ハハハ……」

 俺は思わず乾いた笑いを漏らしてしまった。
 じいは、じいで、顔一面に汗をかいている。

「それと、アンジェロ総長陛下! 優秀な外交官を、ご入り用ではございませんか? 私、アクトゥエン子爵、アンジェロ総長陛下からお声が掛かれば、いつでもグンマー連合王国にお仕えいたしますぞ!」

 ついには、自分自身の売り込みまで始めた!
 もう、このアクトゥエン大使は、制御不能だ!
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生したら妖精や精霊を統べる「妖精霊神王」だったが、暇なので幼女になって旅に出ます‼︎

月華
ファンタジー
21歳、普通の会社員として過ごしていた「狐風 空音」(こふう そらね)は、暴走したトラックにひかれそうになっていた子供を庇い死亡した。 次に目を覚ますとものすごい美形の男性がこちらを見、微笑んでいた。「初めまして、空音。 私はギレンフイート。全ての神々の王だ。 君の魂はとても綺麗なんだ。もし…君が良いなら、私の娘として生まれ変わってくれないだろうか?」えっ⁉︎この人の娘⁉︎ なんか楽しそう。優しそうだし…よしっ!「神様が良いなら私を娘として生まれ変わらせてください。」「‼︎! ほんとっ!やった‼︎ ありがとう。これから宜しくね。私の愛娘、ソルフイー。」ソルフィーって何だろう? あれ? なんか眠たくなってきた…? 「安心してお眠り。次に目を覚ますと、もう私の娘だからね。」「は、い…」 数年後…無事に父様(神様)の娘として転生した私。今の名前は「ソルフイー」。家族や他の神々に溺愛されたりして、平和に暮らしてたんだけど…今悩みがあります!それは…暇!暇なの‼︎ 暇すぎて辛い…………………という訳で下界に降りて幼女になって冒険しに行きます‼︎! これはチートな幼女になったソルフイーが下界で色々とやらかしながらも、周りに溺愛されたりして楽しく歩んでいく物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー お久しぶりです。月華です。初めての長編となります!誤字があったり色々と間違えたりするかもしれませんがよろしくお願いします。 1週間ずつ更新していけたらなと思っています!

処理中です...