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第八章 メロビクス戦争2
第164話 空きっ腹に、嫌がらせ
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メロビクス王大国軍は、フリージア王国の王宮に閉じ込められた。
攻め込んだ方が、魔法で生成した石壁によって監禁されてしまったのである。
その日の夕刻、メロビクス王大国の宰相ミトラルは、副官と筆頭魔法使いから提案を受けた。
「脱出作戦の提案?」
生真面目な副官が、脱出作戦の必要性を熱心に説く。
「我が軍は窮地にあります! 食料はなく、兵士たちの士気も急激に落ちております!」
「待て! 確かに倉庫の食料は敵に奪われた。しかし、兵士手持ちの食料で、二、三日は持つだろう? 兵の士気が急激に落ちるというのは――」
「あれです!」
副官は上を指さす。
すると嫌がらせには手を抜かないルーナ・ブラケットのアナウンスが聞こえてきた。
『両手を上げて出てきなさーい! メロビクス王大国軍は、連戦連敗! シメイ伯爵領に攻め込んだメロビクス王大国軍は全滅した! メロビクス南部は我が軍が占領している! 商業都市ザムザに攻め込んだ獣人たちも全滅した!』
宰相ミトラルは、不快さに目を閉じ、深くため息をついた。
「あれこそ君が言う所の欺瞞工作ではないのかね? あんな嘘八百を信じるとは……愚かな……」
「しかし、兵たちの中には、信じる者が出始めています!」
宰相ミトラルは、副官をにらみつける。
だが、そんな事では何も解決しない。
そして、ルーナ・ブラケットの嫌がらせアナウンスは続く。
『君たちに味方はいない! ニアランド王国軍は国境線で足止めされ、一歩も動けていない! 援軍は来ないのだ! 両手を上げて出てきなさーい!』
宰相ミトラルは、席を立ち忌々しげに床を蹴りつける。
「バカバカしい! 大嘘だ! 我が軍が連戦連敗! 全滅など、起こるはずがないではないか!」
「宰相閣下! 私が問題にしているのは、宰相閣下の見解ではありません! 兵士たちの士気が問題なのです!」
「……」
宰相ミトラルは、沈黙せざるを得なかった。
確かに、王宮のあちこちでもめ事が起きていた。
兵士たちが議論をエスカレートさせ、もみ合いのケンカが発生したのだ。
「おい……ヤバイんじゃないか……」
「何を言ってる! 我が軍が負けるわけがない! 臆病風に吹かれたか?」
「そうじゃない! 俺たちの状況がヤバイと言ってるんだ!」
「それが臆病風だ!」
「貴様!」
空腹感やストレスからか、些細な言い合いが絶えなかった。
副官は言葉を続ける。
「宰相閣下! 兵士たちの食事は、通常の半分です。節約させていますが……。今後、食事の量が減ることはあっても、増えることはありません!」
「そんなことは、君に言われんでもわかっている! 私の食事も半分なのだ!」
「ですから! 兵士が動けるうちに、ここから脱出をしましょう! 本当に食料がなくなったら、兵士たちは動けません。動けるうちに、この牢獄から脱出するのです!」
「ぐぬ……」
宰相ミトラルは、副官に反論出来なかった。
宰相ミトラルは、バカではない。
副官の言うことはわかっているのだが、ここでフリージア王国王宮を放棄し本国に撤退しては、労多くして何も得られないのだ。
ここは粘れるだけ、粘って、友軍の来援を待ってみては?
そんな事を、考えていた。
宰相ミトラルたちは、他の地域の戦況を知らない。
ゆえに、宰相ミトラルの頭の中での最善手は、下記だ。
・商業都市ザムザを獣人たちが占領する。
↓
・シメイ伯爵領を、メロビクス王大国軍が占領する。
↓
・ニアランド王国軍が、国境線を突破する。
↓
・三つの軍が、南北から王都に来援し、王都のフリージア王国軍を挟撃する。
しかし、ルーナ・ブラケットが上空から行うアナウンス通りなら、メロビクス王大国軍は壊滅している。
もし、上空からのアナウンスが事実なら、友軍の来援をいくら待っても無駄である。
しかし……、これが敵の欺瞞工作で、ひょっとしたら友軍はすぐ側まで来ているかもしれない……。
情報不足が、宰相ミトラルの判断を鈍らせた。
宰相ミトラルは窓の外に目をやり考えた。
(どうしてこうなった?)
作戦は間違っていなかった。
スパイも気づかれなかった。
フリージア国王は、取り逃がしたが、王宮は占拠できた。
なのに一晩明けたら、この窮地……。
目をつぶり、深呼吸をして心を落ち着かせようと努力するが、空きっ腹は精神の均衡を崩す。
そこに、ルーナ・ブラケットがウキウキ声で行う嫌がらせのアナウンスが、宰相ミトラルの耳を打つ。
『あー、そろそろ帰って晩ご飯を食べようかなあ~。熱々のスープに、肉汁が垂れるステーキ。焼きたてのパンにバターをたっぷりつけて頂こうかな~。あ! 今日は卵もあるから、ステーキに目玉焼きをのっけちゃおう! いや~、ご飯が楽しみだな~!』
「おのれ~! 地獄へ落ちろ!」
宰相ミトラルは、悔し涙を浮かべながら、叫ぶことしか出来なかった。
副官が叫ぶ。
「宰相閣下! ご決断を!」
「脱出作戦について、説明せよ……」
ついに宰相ミトラルは、副官の進言を受け入れた。
副官と魔法使いが説明する脱出作戦は、魔力を集中した一点突破だった。
王宮を囲む巨大な石壁は、魔法で生成されたと思われる。
そこで、メロビクス王大国軍の魔法使いたちは、石壁を土魔法の『砂化』で砂にしようとした。
石壁も『砂化』してしまえば、崩れ落ちるからだ。
だが、『砂化』の魔法を発動すると、魔法はレジストされてしまった。
何度も『砂化』を試したが、何度試しても魔法はレジストされてしまう。
「敵は印術を用いております。それも大量の魔石を埋め込んだとみえます。いくら『砂化』の魔法を打ち込んでも、レジストされてしまいます」
年輩の魔法使いの説明に、宰相ミトラルは舌打ちする。
「チッ……! ご丁寧な事だ……」
「そこで、我が軍の魔法使い百人を一カ所に集めます。百人で次々に『砂化』の魔法を発動すれば、目標箇所に敵が埋め込んだ魔石が全て消耗するのではないかと……」
「なるほど! そうすれば、『砂化』の魔法が効く! 石壁は砂に成り果てる」
「左様でございます。あくまで、一カ所だけですが、そこを突破口に脱出を試みられてはいかがかと……」
魔石を使った印術は、ある程度の範囲でしか効力を発揮しない。
その範囲は魔石の質による。
クズ魔石であれば、魔石を中心に五十メートル程度である。
アンジェロは、エルフたちと手分けして魔石を石壁に埋め込んだが、石壁が巨大なだけに万全とは言えない。
宰相ミトラルは、王宮を囲む石壁を崩した後の事を考えていた。
「しかし、石壁から脱したとしても、敵が待ち構えておろう?」
ミトラルの質問に、副官が答えた。
「待ち構えているかもしれませんが、強行します!」
「強行!?」
「我が軍は、数において敵に勝ると思われます。犠牲をかえりみず、次から次へと兵が飛び出せば、敵も止めきれますまい」
「なるほど……」
いつになく強い決意の副官に、宰相ミトラルは頼もしさを感じた。
副官は、説明を続ける。
「石壁を抜ければ、王都の市街地です。敵も自国の市街地で、派手な戦闘はやりづらいでしょう」
「そうだな。王都の住民を巻き添えにするのは、政治的に不味かろうからな。つまり、石壁さえ抜ければ……脱出は可能だと?」
「ご賢察恐れ入ります」
「良いだろう。すぐに取りかかれ!」
「はっ!」
メロビクス王大国軍は、帰宅の準備を始めた。
その様子を上空から、ルーナ・ブラケットがじっくりと見ていた。
攻め込んだ方が、魔法で生成した石壁によって監禁されてしまったのである。
その日の夕刻、メロビクス王大国の宰相ミトラルは、副官と筆頭魔法使いから提案を受けた。
「脱出作戦の提案?」
生真面目な副官が、脱出作戦の必要性を熱心に説く。
「我が軍は窮地にあります! 食料はなく、兵士たちの士気も急激に落ちております!」
「待て! 確かに倉庫の食料は敵に奪われた。しかし、兵士手持ちの食料で、二、三日は持つだろう? 兵の士気が急激に落ちるというのは――」
「あれです!」
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宰相ミトラルは、不快さに目を閉じ、深くため息をついた。
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「しかし、兵たちの中には、信じる者が出始めています!」
宰相ミトラルは、副官をにらみつける。
だが、そんな事では何も解決しない。
そして、ルーナ・ブラケットの嫌がらせアナウンスは続く。
『君たちに味方はいない! ニアランド王国軍は国境線で足止めされ、一歩も動けていない! 援軍は来ないのだ! 両手を上げて出てきなさーい!』
宰相ミトラルは、席を立ち忌々しげに床を蹴りつける。
「バカバカしい! 大嘘だ! 我が軍が連戦連敗! 全滅など、起こるはずがないではないか!」
「宰相閣下! 私が問題にしているのは、宰相閣下の見解ではありません! 兵士たちの士気が問題なのです!」
「……」
宰相ミトラルは、沈黙せざるを得なかった。
確かに、王宮のあちこちでもめ事が起きていた。
兵士たちが議論をエスカレートさせ、もみ合いのケンカが発生したのだ。
「おい……ヤバイんじゃないか……」
「何を言ってる! 我が軍が負けるわけがない! 臆病風に吹かれたか?」
「そうじゃない! 俺たちの状況がヤバイと言ってるんだ!」
「それが臆病風だ!」
「貴様!」
空腹感やストレスからか、些細な言い合いが絶えなかった。
副官は言葉を続ける。
「宰相閣下! 兵士たちの食事は、通常の半分です。節約させていますが……。今後、食事の量が減ることはあっても、増えることはありません!」
「そんなことは、君に言われんでもわかっている! 私の食事も半分なのだ!」
「ですから! 兵士が動けるうちに、ここから脱出をしましょう! 本当に食料がなくなったら、兵士たちは動けません。動けるうちに、この牢獄から脱出するのです!」
「ぐぬ……」
宰相ミトラルは、副官に反論出来なかった。
宰相ミトラルは、バカではない。
副官の言うことはわかっているのだが、ここでフリージア王国王宮を放棄し本国に撤退しては、労多くして何も得られないのだ。
ここは粘れるだけ、粘って、友軍の来援を待ってみては?
そんな事を、考えていた。
宰相ミトラルたちは、他の地域の戦況を知らない。
ゆえに、宰相ミトラルの頭の中での最善手は、下記だ。
・商業都市ザムザを獣人たちが占領する。
↓
・シメイ伯爵領を、メロビクス王大国軍が占領する。
↓
・ニアランド王国軍が、国境線を突破する。
↓
・三つの軍が、南北から王都に来援し、王都のフリージア王国軍を挟撃する。
しかし、ルーナ・ブラケットが上空から行うアナウンス通りなら、メロビクス王大国軍は壊滅している。
もし、上空からのアナウンスが事実なら、友軍の来援をいくら待っても無駄である。
しかし……、これが敵の欺瞞工作で、ひょっとしたら友軍はすぐ側まで来ているかもしれない……。
情報不足が、宰相ミトラルの判断を鈍らせた。
宰相ミトラルは窓の外に目をやり考えた。
(どうしてこうなった?)
作戦は間違っていなかった。
スパイも気づかれなかった。
フリージア国王は、取り逃がしたが、王宮は占拠できた。
なのに一晩明けたら、この窮地……。
目をつぶり、深呼吸をして心を落ち着かせようと努力するが、空きっ腹は精神の均衡を崩す。
そこに、ルーナ・ブラケットがウキウキ声で行う嫌がらせのアナウンスが、宰相ミトラルの耳を打つ。
『あー、そろそろ帰って晩ご飯を食べようかなあ~。熱々のスープに、肉汁が垂れるステーキ。焼きたてのパンにバターをたっぷりつけて頂こうかな~。あ! 今日は卵もあるから、ステーキに目玉焼きをのっけちゃおう! いや~、ご飯が楽しみだな~!』
「おのれ~! 地獄へ落ちろ!」
宰相ミトラルは、悔し涙を浮かべながら、叫ぶことしか出来なかった。
副官が叫ぶ。
「宰相閣下! ご決断を!」
「脱出作戦について、説明せよ……」
ついに宰相ミトラルは、副官の進言を受け入れた。
副官と魔法使いが説明する脱出作戦は、魔力を集中した一点突破だった。
王宮を囲む巨大な石壁は、魔法で生成されたと思われる。
そこで、メロビクス王大国軍の魔法使いたちは、石壁を土魔法の『砂化』で砂にしようとした。
石壁も『砂化』してしまえば、崩れ落ちるからだ。
だが、『砂化』の魔法を発動すると、魔法はレジストされてしまった。
何度も『砂化』を試したが、何度試しても魔法はレジストされてしまう。
「敵は印術を用いております。それも大量の魔石を埋め込んだとみえます。いくら『砂化』の魔法を打ち込んでも、レジストされてしまいます」
年輩の魔法使いの説明に、宰相ミトラルは舌打ちする。
「チッ……! ご丁寧な事だ……」
「そこで、我が軍の魔法使い百人を一カ所に集めます。百人で次々に『砂化』の魔法を発動すれば、目標箇所に敵が埋め込んだ魔石が全て消耗するのではないかと……」
「なるほど! そうすれば、『砂化』の魔法が効く! 石壁は砂に成り果てる」
「左様でございます。あくまで、一カ所だけですが、そこを突破口に脱出を試みられてはいかがかと……」
魔石を使った印術は、ある程度の範囲でしか効力を発揮しない。
その範囲は魔石の質による。
クズ魔石であれば、魔石を中心に五十メートル程度である。
アンジェロは、エルフたちと手分けして魔石を石壁に埋め込んだが、石壁が巨大なだけに万全とは言えない。
宰相ミトラルは、王宮を囲む石壁を崩した後の事を考えていた。
「しかし、石壁から脱したとしても、敵が待ち構えておろう?」
ミトラルの質問に、副官が答えた。
「待ち構えているかもしれませんが、強行します!」
「強行!?」
「我が軍は、数において敵に勝ると思われます。犠牲をかえりみず、次から次へと兵が飛び出せば、敵も止めきれますまい」
「なるほど……」
いつになく強い決意の副官に、宰相ミトラルは頼もしさを感じた。
副官は、説明を続ける。
「石壁を抜ければ、王都の市街地です。敵も自国の市街地で、派手な戦闘はやりづらいでしょう」
「そうだな。王都の住民を巻き添えにするのは、政治的に不味かろうからな。つまり、石壁さえ抜ければ……脱出は可能だと?」
「ご賢察恐れ入ります」
「良いだろう。すぐに取りかかれ!」
「はっ!」
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