上 下
152 / 358
第八章 メロビクス戦争2

第152話 スパイの逮捕と、残りのスパイ

しおりを挟む
「アンジェロ様。グースです!」

「また、報告かな?」

 俺はキャランフィールドの港で、防壁造りの最中だ。
 魔法で石壁を作り、印術で印を切る。

 黙々と地味な作業を繰り返している。

 戦争は、今のところ順調だ。
 各部隊に異世界飛行機グースを配置しているので、毎日報告が入ってくる。
 キャランフィールドにいても、各部隊の状況は手に取るように分かる。

 第二騎士団とじいたちは、メロビクス王大国南部に進出した。
 シメイ伯爵は、侵攻してきた敵を撃退し、じいたちと合流を果たした。

 彼らは、これからメロビクス王大国の南部を荒らし回った後に北上する。
 アルドギスル兄上の守るアルドポリスとじいたちで敵を挟み撃ちにするのだ。

 時計回りの大規模な軍団運動。
 アルデンヌの森を突破したドイツ軍が、フランス軍を包囲した動きを参考にしたが、ここまで予想以上の早さで作戦が進んでいる。

 ケッテンクラートや六輪自動車タイレルによる機動力とマジックバッグによる補給力があるから出来る事だ。

 アルドギスル兄上も防衛を上手くこなしている。

 兄上は、ああ見えて守勢に強い。
 メロビクス戦役の時は、敵に挟み撃ちにされたが持ち場を死守してみせた。
 今度も心配ないだろうと、俺は思っている。

「王子様! いるかい?」

「ここだよー!」

 ウォーカー船長だ。
 彼にはスパイの疑いがかかっているが、俺は今まで変わらず接している。
 もちろん、作戦上の秘密は話さないが……。

「いや~立派な防壁が出来たな! これなら敵の陸戦隊が来ても安心だ!」

 彼の快活な様子を見ていると、スパイとはとても思えない。
 まあ、情報部のエーベルバッハ男爵なら『何を甘いことを言っとる!』と、俺の思いは一蹴されるだろう。

 俺は声を潜めてウォーカー船長に、万一の脱出計画について確認する。

「それで、万一の場合はアリーさんを連れて離脱だな?」

「ああ。本当に最悪の場合な。船は、北の方にある入り江に隠しておいたぜ!」

「了解だ。万一の場合は、アリーさんを連れて逃げてくれ」

 脱出計画は、ウォーカー船長からの申し入れだ。
 万一、俺が死亡して、キャランフィールドが敵の手に落ちそうな場合は、ウォーカー船長はアリーさんを連れて『愛しのマリールー号』で脱出する。

 行き先は聞いていないが、おそらくギュイーズ侯爵の元だろう。

 彼がスパイだった場合を考えると、アリーさんを預けて良い物か悩む部分もある。
 だが、ウォーカー船長のアリーさんを思う気持ちは、本物に感じた。
 それに、彼がメロビクス王大国のスパイだったとしたら、メロビクス大物貴族の孫娘を害する事はないだろう。

「もっとも、俺は負ける気はないよ」

「そうだろうな!」

 ウォーカー船長は、ニカッと白い歯を見せて笑った。


 *




 ――アルドギスル領アルドポリス。

 アルドポリス郊外の防壁の上で、アンジェロの兄、第二王子のアルドギスルが味方を鼓舞していた。

「ハッハー! まったく懲りない連中だね! みんな元気よくいこう!」

 隣国ニアランド王国の兵士が、防壁に多数押し寄せてくる。
 前列は木製の大楯を構え、後列は長いハシゴを持つ。

 数はざっと五千。
 防壁で守られたアルドポリスの国境を攻めるには、決して多くはない。
 だが、侮れない数である。

 アルドギスルは、十分に敵を引きつけたところで、フリージア王国軍に合図を送った。

「さあ! 撃て! 撃て!」

 防壁の上から弓隊が矢を放ち、兵士は投石を行う。
 魔法使いも、おのおの得意な属性攻撃魔法を打ち込み攻め手を削る。

 防壁の後ろでは、遠くへ石を飛ばす攻城兵器トレビュシェットが鈍い音を立て動き出した。

「うひゃ!」

 トレビュシェットの唸りに、アルドギスルは思わず声をあげる。
 同時に無数の石が、防壁に攻め寄せるニアランド王国軍の頭上に降り注いだ。

「あがっ!」
「ギャア!」

 ニアランド王国兵が悲鳴を上げるが、守るフリージア王国軍は手を抜かない。

「さあ、みんな! 敵を削るよ!」

 アルドギスルは、味方を鼓舞し、自身も石を持ち敵に投げつけた。
 投げた石は敵に当たらなかったが、大将が自ら戦う姿勢を見せたことで、味方の士気は上がった。

 アルドギスルの側に控える腹心ヒューガルデン伯爵は、冷静に戦局を見ていた。

(まだ、メロビクス王大国軍は着陣しませんか……。ならば、今のうちに、出来るだけ敵を削っておきたいですね……)

 情報部が得た情報によれば、メロビクス王大国軍はフリージア王国王都への攻撃を企図している。

 しかし、メロビクス王大国からフリージア王国王都へは直接進軍することは出来ない。
 魔の森があるからだ。

 メロビクス王大国からフリージア王国王都へ向かうならば、魔の森を迂回して、一度ニアランド王国へ出る必要がある。

 そして、ニアランド王国からアルドギスル領アルドポリスを通り、街道沿いに王都へ向かうのだ。

(つまり……ここアルドポリスは防衛の要というわけです!)

 ヒューガルデン伯爵とアンジェロが密かに打ち合わせた計画では、敵海軍を破ったアンジェロが、アルドポリスに合流し、第二騎士団が敵の後背をやくす。

 敵を包囲殲滅する作戦だ。

「ヒューガルデン伯爵!」

 防壁の下から、情報部のエーベルバッハ男爵がヒューガルデン伯爵に手で合図を送った。
 メロビクス王大国のスパイ二名を逮捕したのだ。

 ヒューガルデン伯爵は、片手を上げてエーベルバッハ男爵に答える。

(アルドギスル様は知らなくて良いことです。秘密裏に動いてくれて助かりましたよ。エーベルバッハ男爵……)

 エーベルバッハ男爵は、大股早足で防壁の下から立ち去った。
 そして、大声で部下を呼ぶ。

「部下アイン!」

「ハッ!」

 キリッ! とした動作で、部下アインがエーベルバッハ男爵に駆け寄る。

「俺はキャランフィールドへ向かう。先ほど逮捕した二名は王都に送れ」

「ハッ! では、男爵は――」

「ああ。ウォーカーの野郎に会いに行く」

 エーベルバッハ男爵は、待たせてあった異世界飛行機グースに乗り込み機上の人となった。

「これは操縦させて、もらえんのかね?」

「……」

 リス族のパイロットは、強面エーベルバッハ男爵の度重なる要求に、何とか無言を貫いた。


 *


 メロビクス王大国の宰相ミトラルは、メロビクス王大国軍の本軍にいた。
 メロビクス本軍は、移動中であった。

 本来は、アルドギスル領アルドポリスに向かうはずが、街道を外れて進む。
 兵士たちは命令された通りに、何の疑いもなく進んでいたが、士官や貴族たちは不思議に思っていた。

「はて? こちらに街道は、なかったと思うが?」
「東に向かっているよな?」
「ああ、方角はフリージア王国だ」
「だが、道を外れているぞ……」

 兵に見られていない所で、士官や貴族たちは、そんな会話をしていた。

 一方で、作戦を立てた宰相ミトラルは、悠然と馬にまたがっている。
 そこへ調査局の伝令が馬を飛ばしてやって来た。

「ミトラル様……。アルドギスル領アルドポリスに忍ばせていた者が逮捕されました」

「そうか……ご苦労であった」

 メロビクス王大国の調査局。
 元々、国内の不平分子、特に貴族の反乱を警戒して作られた組織である。

 あまり海外の諜報活動は得意ではないが、一部には凄腕の局員がいる。
 そして、歴史の長い部署だけに、ノウハウの蓄積がある。

 宰相ミトラルは、アルドギスル領アルドポリスで二人の貴族が逮捕されたと聞いても取り乱さなかった。

 二人の貴族は、フリージア王国情報部の目をそらす為の『囮』なのだ。
 ミトラルにしてみれば、逮捕される所までシナリオに織り込み済みである。

 ミトラルは、誰にも聞こえない小さな声でつぶやいた。

「ふっ……。本命は別に潜り込ませてある……」
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...