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第八章 メロビクス戦争2

第140話 鋼鉄のクラウス~青池先生へ愛をこめて

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「何かの間違いじゃないのか?」

「……」

 じいは、フリージア王国に敵の間諜――つまりスパイがいると言う。
 だが、俺は反射的に否定してしまった。
 あまり身内を疑いたくない。

 じいは、俺から視線を外し何も答えない。
 すると、情報部長の隣に座る体格の良い男が答えた。

「随分と甘い考えだな」

 ズケズケした言い方に、俺はむっとする。
 普段は無礼を咎めないが……。
 俺は思わず声を荒げた。

「甘いとは、どういう意味だ!」

「そのままの意味だ。フリージア王国には百を超える貴族がいる。その中の一人や二人が裏切っていても不思議はない」

 王子の俺が声を荒げているにもかかわらず、男は眉一つ動かさず平然と答えた。
 じいが、小声で男の名を告げる。

「あれは情報部のエーベルバッハ男爵です。クラウス・デルモント・フォン・デム・エーベルバッハ男爵。第一騎士団にいたのですが、情報部に引っ張ってきました」

「名前からするとブルムント地方の出か?」

「はい。お父上が戦に敗れ、幼い頃我が国に亡命してきたそうですじゃ」

「では、領地のない法衣貴族か?」

「そうです。なかなかのやり手で第一騎士団では、『鋼鉄《はがね》のクラウス』と呼ばれておりました。あれがしっかりしておるので、ワシもアンジェロ様のもとに戻れましたわい」

「鋼鉄のクラウスね……」

 鋼鉄のクラウス――エーベルバッハ男爵は、黒髪強面のイケメン。
 年は三十才をちょっと過ぎた位だろうか?
 ブルムント人らしく、長身でガッチリした体格をしている。
 目つきが鋭く、なるほど仕事が出来そうだ。

 情報部長を見た時は、『この人で、情報部は大丈夫かな?』と少し心配したけれど、エーベルバッハ男爵がいるなら情報部は大丈夫そうだ。

 俺とじいが小声で話している間に、情報部長とエーベルバッハ男爵が、やり合い始めた。

「エーベルバッハ君! 控えたまえ! 相手はアンジェロ王子だ! 少しは、わきまえたまえ!」

「部長、俺はわきまえていますよ。これが部下なら、即アララト地方へ左遷です」

「君には……、部下の失敗を許す寛容さが必要だぞ!」

「無能な上司を許す寛容さの方が先に身につきそうですよ、部長!」

 情報部長とエーベルバッハ男爵は、激しくにらみ合っている。
 さすがは鋼鉄のクラウス!
 皮肉も一流だ!

「じい! この二人は、大丈夫なのか?」

「今ひとつ自信が持てません……」

 見かねたヒューガルデン伯爵が、二人の間に割って入った。
 アルドギスル兄上のお守りといい、この人も苦労人だな。
 笑顔だけれど、頬が引きつっているぞ。

「まあまあ……。エーベルバッハ男爵! それよりアンジェロ様に、間諜について説明を――」

「そうでしたな。部下アイン! 部下ツヴァイ!」

 アイン、ツヴァイは、ブルムント地方の訛りで、数字の一と二だ。
 この人は、部下を数字で呼んでいるのか!
 部下一号、部下二号、みたいな?
 そのセンスは理解できない!

 エーベルバッハ男爵が大声で部下を呼ぶと、扉が開き書類の束を抱えた部下が二人入ってきた。

「ご苦労。部下アイン! アンジェロ王子の前に書類を置け! 部下ツヴァイは、ヒューガルデン伯爵の前だ!」

「「はっ!」」

 部下アインと呼ばれた男はテキパキと動き、部下ツヴァイはややもっさりと動く。
 俺の目の前にドサリと書類の束が置かれた。

「アンジェロ王子。その書類は、あんたの周りで怪しいヤツの調査記録だ。確認してくれ」

「……」

 書類は人物ごとに束ねられていた。

 メロビクス王大国から来た冒険者パーティー『エスカルゴ』のメンバー……。
 第二騎士団のポニャトフスキ騎士爵……。
 ハジメ・マツバヤシに使えていた女魔法使いのミオ……。

 じいや白狼族のサラの書類もある!

「じいやサラも調べたのか!?」

「あんたの周りにいる人間は全てだ」

「なぜだ?」

「ここは情報部だ。機密に接する可能性がある人物に注意するのは当然だ」

「じゃあ、俺も疑うのか?」

「調査済みでシロだ」

「エーベルバッハ君!」

 エーベルバッハ男爵のあまりな言いように、情報部長が注意をしたが、エーベルバッハ男爵は涼しい顔をしている。

 隣に座るじいが、これまた涼しい顔でキツイ事実を告げてきた。

「エーベルバッハ男爵と情報部長の調査はワシがやりました。二人ともシロですじゃ」

「相互にチェックしているのか……」

「アンジェロ様……。情報を扱うということは、綺麗事では、すまされんのですじゃ。情報部が、こうして安全な人物かどうか、きちんとチェックをするから、ワシらは枕を高くして眠れるのです」

「それはわかるが……」

 理屈ではわかるが、気持ちが受け付けない。
 俺は戸惑いつつ、次の書類の束をつかんだ。

「アリー・ギュイーズ……って、彼女は俺の婚約者だぞ! 大物貴族ギュイーズ侯爵の孫娘だぞ! 疑うとは、無礼が過ぎる!」

「礼儀を守って国が守れるなら、いくらでも守りますよ、王子」

「彼女は、そんな人じゃない!」

「まず、人を信じるですか? 王子のご立派なお人柄は、尊ぶべきだとは思いますが、情報部としては真っ先に疑うべきでしょう? 悲劇のヒロインさながらのプロフィールは、男の同情を買い、庇護欲を刺激しますな」

「このっ――」

「ご安心を。彼女はシロだ。もちろん、ギュイーズ侯爵にアンジェロ領の事を手紙で伝えてはいるが、機密に関する事はぼやかしとる」

 俺はいつの間にか立ち上がり、エーベルバッハ男爵をにらみつけていた。
 頭ではわかっている……わかっているのだが……。

 どうも、イカン……感情的になってしまう。

 彼は、疑うのが仕事なのだ。
 悪気はないのだ。

「落ち着け、アンジェロ」

「アンジェロ少年。座るのである。エーベルバッハ男爵は、プロとして仕事をしているのである」

 俺は、ルーナ先生と黒丸師匠に促されて席に座り直す。

「ご苦労だった……。エーベルバッハ男爵……。それで、これは、どうやって調べて、シロかクロか判断するのだ?」

 情報部長が、咳払いをして説明を始めた。
 これ以上、エーベルバッハ男爵にしゃべらせたくないらしい。
 俺の機嫌を損ね過ぎると判断したのだろう。

「基本は身上調査です。各国各地に散らばるエルキュール族が、片端から情報を集めて来ます。それをここで整理し、矛盾点はないか? おかしな経歴はないか? 普段はどんな行動をしているのか? 時間をかけて確認作業を行います」

「なるほど」

「それと……場合によっては、手紙などを盗み見る場合もございます……」

「……」

「何卒、お許しを……」

 見たのだろうな。
 アリーさんの手紙を。
 しかし、怒るわけにもいかない。

 彼らは仕事をしているのだ。
 国を守っているのだ。

「わかった。ご苦労だった。手段は問わないから、引き続きよろしく頼む……。それで、俺の関係者は、全員シロだな?」

「それが……。一名、まだはっきりしない人物がおります……」

 部長が目配せするとエーベルバッハ男爵は、一枚のメモ書きをこちらに寄越した。
 俺に近しい人物のリストだ。

 アリーさん、エルハムさん、サラ、ボイチェフ、キュー、ジョバンニ……。
 名前には、横線が引かれている。
 シロと言うことだろう。

「王子、一番下だ」

「……」

 エーベルバッハ男爵が、リストの一番下を見ろと言う。

 リストの下の人物には、横線が入っていなかった。
 まだ、シロか、クロか、はっきりしない人物。
 間諜、スパイの可能性がある人物ということだ。


 ――ウォーカー船長。


 リストの下には、そう名が記されていた。
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