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第七章 新たな住人

第133話 ギュイーズ侯爵

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 ――翌日。

 ウォーカー船長に、ギュイーズ侯爵宛の手紙を託す。
 手紙の内容は、アリーさんとの婚姻承諾だ。

「よろしくお願いいたします」

「任せてくれ! 『愛しのマリールー号』は、快速だからな! ギュイーズ侯爵様に、すぐお届けするさ!」

 続いて空港でじいの見送りだ。
 じいには、異世界飛行機グースで王都へ行ってもらう。
 外国の王族かつ敵国の大物貴族が関係する婚姻話だから、王宮へ話を通し、利害関係の調整をする必要があるのだ。

「じい。戻ってきたばかりで、申し訳ない」

「なに! お安いご用ですじゃ! では、行って参ります!」

 じいの次はアリーさんだ。
 領主館にあるアリーさんの執務室に向かう。

 アリーさんの執務室は、一階の南向きの部屋で、開け放たれた窓から気持ちの良い風が入っていた。
 部屋の中には猫獣人たちが、ゴロゴロ眠っている。

 俺がアリーさんの執務室に入ると、猫獣人たちが片目を開けて俺を確認し、すぐまたウトウトと眠りについてしまう。

 この猫獣人たちは、アリーさんについてきた。
 アリーさんがキャランフィールドへ来る前の潜伏場所に住んでいるらしい。

 猫獣人たちいわく――。

「わたしたちは、アリーの護衛ニャ!」

 でも、護衛らしいことはしてないんだよなあ。
 いつもゴロゴロ寝っ転がっている。
 食堂で食事して、後はゴロゴロと寝ている。

 猫獣人たちは、そこそこ人化しているけど、顔に猫ヒゲはあるし、毛皮もあるので、大きな人っぽい猫に見える。
 ないし、山猫とか、ピューマとか、ネコ科の大型動物っぽい。

 アリーさんも時々猫獣人たちを撫でたり、喉ゴロゴロをしたり、どう見てもペット枠なんだが。

 俺は前世でも、今の世界でも猫を飼ったことがない。
 だから、気ままな猫獣人たちと、どう接すれば良いのか、イマイチ分からない。

 猫が好きな人は、猫のきままな所が良いそうだ。
 前世、隣の家の猫『みいちゃん』が、ウチの車のボンネットの上で昼寝をしていた。

『みいちゃん、どいて』

『……』

『みいちゃん、車出るよ』

『……』

『みいちゃん! 危ないよ!』

『……』

 何を言っても、ゴロゴロと日向ぼっこをして反応がない。
 仕方がないので、車のエンジンをかけてみたが、それでもまったく動こうとしないのだ。

 隣のお兄ちゃんが気が付いて、みいちゃんを抱っこして連れて行ってくれたが……。
 うーむ、猫さんは難しい。

 俺は犬派かな。
 前世の実家で犬を飼っていたし、白狼族のサラも犬っぽいし。

 アリーさんが猫派なら、棲み分けが出来て丁度良い。
 ああ、ちなみに猫獣人たちは女性だ。
 俺はケモナーじゃないから、興味ないぞ。

 執務をしていたアリーさんが、立ち上がり出迎えてくれた。
 今日も、きれいなお姉さんだ。

 俺よりも背が高いので、俺は少しアゴをあげて、アリーさんの目を見て話す。

「アリーさん。先ほどウォーカー船長にギュイーズ侯爵への手紙を託しました」

「おじいさまへの?」

「はい。俺とアリーさんの婚姻を承諾する手紙です」

「まあ! お受け頂いたのですね!」

 アリーさんが、パッと笑顔になる。
 ああ、可愛いな。
 こんな無邪気な笑顔も見せてくれるのか。

「ええ。アリーさん。改めてよろしくお願いいたします」

「ふふ。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

 アリーさんを抱きしめたい衝動に駆られた。
 俺より背が高いから、まだ、上手く抱きしめられそうにないけれど、もう一年も経てば身長は釣り合うようになるかな。

 アリーさんは、かつての俺と似たような環境にある人で、最初は同情心で見ていたが、今は仲間の一人。
 いや……、一人の女性として意識してしまう。

「ニャー」

 俺とアリーさんが、見つめ合っていると、猫獣人たちがノンビリとした声をあげた。

「ニャー」
「ニャー」
「ニャー」
「ニャー」

「ふふ、ありがとう」

「?」

 この『ニャー』は、何だろう?
 猫獣人は、ちゃんと言葉が話せるのだから、言葉にすれば良いのに。

「ネコさんたちは、わたしたちの結婚を祝福してくれているのですわ!」

「そう……なんだ。ありがとう」

「ニャー」
「ニャー」
「ニャー」
「ニャー」
「ニャー」


 教会の鐘はないけれど、猫獣人たちの祝福の鳴き声がキャランフィールドに響いた。

 俺とアリーさんに幸あれ!


 *


 ウォーカー船長の『愛しのマリールー号』は、ギュイーズ侯爵領の領都エトルタを目指し航海をしていた。

 美しい白い海岸を左に見ながら、西へ、西へ。
 海は穏やかで、サファイアを溶かし込んだように青く澄んでいる。
 気持ちの良い夏の風が白い帆を膨らませ、船足は軽い。
 船は波を切り、心地の良いピッチが船乗りたちに伝わる。

「船長! 見えた! エトルタだ!」

 マストの見張り員が、大声で甲板へ伝える。

 メロビクス王大国の北西にあるギュイーズ侯爵領エトルタの街。
 ここは海に面し交易が盛んな土地である。

 また、起伏の少ない肥沃な大地と豊かな水量を誇る川が流れ、農業や酪農も大規模に行われていた。

 ウォーカー船長率いる『愛しのマリールー号』は、やがてエトルタの港に静かに滑り込んだ。
 積み荷を降ろすのを船員たちに任せ、ウォーカー船長はギュイーズ侯爵へ面会を申し込むのであった。

 エトルタの街を一望できる小高い丘の上にギュイーズ侯爵邸はあった。

 白い壁と暖かみのあるライトブラウンのレンガ屋根の屋敷は、上品ながら落ち着きのある佇まいを見せ、良く手入れのされた庭には屋敷の主の孫娘アリー・ギュイーズの好きな花が咲いていた。

 ギュイーズ侯爵は、ウォーカー船長を微笑みで迎えた。

「ウォーカーご苦労だったね。良い報せを運んで来てくれたか?」

 ウォーカー船長は、丁寧に頭を下げ胸元から水よけの油紙に包まれたアンジェロから預かった手紙を取り出した。

「こちらをアンジェロ殿下からお預かりいたしました」

「ふむ。ご苦労」

 側に控える執事がウォーカー船長から手紙を受け取り、ギュイーズ侯爵の座るテーブルにそっと手紙を置いた。

 ギュイーズ侯爵は、ゆっくりと上品でありながら、隙のない動きで手紙を開いた。
 アンジェロからの手紙には、孫娘アリー・ギュイーズとの婚姻を受ける事と、アンジェロからの願い事が記されていた。

 アンジェロからの願い事は、二つだった。

 ・今年の秋から冬にかけて行われるフリージア王国に対する戦争に兵を出さないで欲しい。

 ・公表は待って欲しい

「ふむ……。お願いか……。婿殿は、随分謙虚なのだな。婿殿に了解したと伝えてくれ」

「はっ!」

 アンジェロは王族であり、ギュイーズ侯爵よりも格上になる。
 しかし、中堅国フリージア王国の王族と地域大国のメロビクス王大国の侯爵は、実質的には同格と言えよう。

 また、領地の実力で言えば、ギュイーズ侯爵の方に軍配が上がる。

 王族として上から目線で命令せずに、あくまで対等な関係で『お願い』をしてきたアンジェロの政治センスの良さに、ギュイーズ侯爵は目を細めた。

「婿殿に任せれば、アリーは安心か……」

 アンジェロの事を婿殿と呼んだが、ギュイーズ侯爵の娘は既に他界している。
 娘は、海をまたいだ隣国エリザ女王国に嫁いだ。

 しかし、政争に巻き込まれ、エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナに処刑された。
 ギュイーズ侯爵にとって孫娘のアリー・ギュイーズは、亡き娘の忘れ形見であった。

 上品なおじいちゃん。
 ギュイーズ侯爵は、そんな形容が似合う紳士だ。

 貴族服に紫色のアスコットタイ。
 白くなったが豊かな量の毛を後ろになでつけ、髪と同じ白い口ひげを蓄えている。

 ギュイーズ侯爵は、一瞬目を閉じて、亡き娘に孫娘の婚姻の報告をした。

「キャランフィールドか……」

 ウォーカー船長や執事がいるが、ギュイーズ侯爵は遠くを眺めながら、見たことのない街に思いをはせる。

 ウォーカー船長からアンジェロ領の様子を初めて聞いた時は、ギュイーズ侯爵は、信じられなかった。

 空飛ぶ魔道具に、強い酒、それらを流刑地に追放された幼い王子が、開発し、街を発展させていると。

 だが、空飛ぶ魔道具は、メロビクス戦役で友軍が視認し交戦している。
 ウォーカー船長が持ち帰った強い酒『クイック』は、今まで飲んだこともない強烈な酒だった。
 そして、ついにはミスリル鉱山を掘り当てたとの報告にはド肝を抜かれた。

「ウォーカー。キャランフィールドに変化はあったか?」

「そうですね……。馬のない馬車が走っておりました」

 ウォーカー船長のトンチンカンな答えに、ギュイーズ侯爵は思わず目をしばたかせる。

「馬のない馬車……? それは荷車ではないのか?」

「いえ。自動車という乗り物です。荷車に魔導エンジンを積んで、動くようにしたものです」

「魔導エンジン……あの空飛ぶ魔道具を動かしている?」

「左様でございます」

 ギュイーズ侯爵は、自動車について全く想像が出来なかった。
 考え込むギュイーズ侯爵に、ウォーカー船長が遠慮がちに声をかける。

「御前。あの領地で起こることを、イチイチ気にしてはなりません。次に私が訪れた時は、またヘンテコな物が出来ているかもしれないのですから」

「うむ……。婿殿は斬新な発想の持ち主であるようだからな」

 ウォーカー船長は、報告を続ける。

「ミスリル鉱山の採掘は順調です。冒険者の移住希望は締め切りました。今後は、領地運営能力や折衝能力のある貴族、そして技能を持つ平民のみ受け入れるそうです」

「ふむ」

「潜り込ませた冒険者からは、怪しい人間を見ていないと報告を受けています」

「それは安心だ」

 ギュイーズ侯爵が推薦した冒険者は、アリー・ギュイーズを密かに護衛する役割をおっている。
 アリー・ギュイーズの近辺に怪しい人物がいれば、ウォーカー船長を通じてギュイーズ侯爵に報告し、場合によっては人知れず始末するのだ。

 一通りウォーカー船長の報告を受けたギュイーズ侯爵は、新たな命令を発した。

「ウォーカー。また、キャランフィールドへ行ってもらえるかな?」

「もちろんです。今回は何を運びましょう?」

「そうだな。婿殿に婚姻の祝いを。それからアリーには嫁入り道具を。アリーが恥をかかぬよう」

「承りました」

「それと我が領地では食料が余っておる。婿殿に差し入れてやろう」

「なるほど。いかほどに?」

「商船を十隻ほど引き連れていけ」

 そう告げるとギュイーズ侯爵は、ニヤリと笑った。

 商船を十隻と言えば、大船団である。
 婿殿を驚かせてやろうというギュイーズ侯爵の悪戯心だ

「それは、それは! アンジェロ殿下もアリー様も、お喜びになるでしょう!」

「それと、ウォーカー。人も運んでくれまいか?」

「人でございますか?」

「うむ。我が領地や寄子から、優秀な人材を送り込む」

「なるほど! アリー様の与党を形成するのですな!」

「婿殿には強力な婚約者が二人いる。一人からは、エルフの全面的な支援を得、もう一人からは獣人の支援を得る。ならば、私も支援を惜しまぬようにしなければな!」

 ギュイーズ侯爵は、孫娘がないがしろにされないよう祖父として、親代わりとして気を配っていた。
 また、貴族としての政治カンが、日の出の勢いがあるアンジェロ領に影響力を強める必要があると告げていた。

 それから半月後。
 ウォーカー船長率いる船団が、アンジェロ領キャランフィールドへ向けて出発した。
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