上 下
122 / 358
第七章 新たな住人

第122話 アリー・ギュイーズ

しおりを挟む
 六月になり、アンジェロ領も夏らしくなってきた。
 俺は執務室で冷えた果実水を飲みながら書類に目を通す。

 北部縦貫道路の工事は順調に進んでいるが、ゴブリンとの遭遇が多くなったと報告が上がっている。

 冒険者ギルド長の黒丸師匠が、俺の執務室に入ってくるなり立ったまま陳情を始めた。

「現場からは増援依頼がひっきりなしである。アンジェロ少年の方は、どうであるか?」

「白狼族から応援が来ます」

「それは朗報である。あいつらを、休ませるのである」

 黒丸師匠は、ホッとしたのか椅子にドサリと座り込んだ。

 今、北部縦貫道路の警備部隊に負担がかかっている。
 警備部隊は、白狼族サラ率いる『白夜の騎士』、メロビクス人の『エスカルゴ』、スラム出身の『砂利石』の三パーティーだ。

 工事が進むにつれ、ゴブリンからの襲撃が増えている。
 工事現場には、力の強い熊族もいるので撃退は可能だが、工事が中断されてしまう。

 警備の人手があれば、人海戦術でゴブリンの巣を叩き潰すのだが、人手不足が解消されていないのだ。

 おまけに警備が二十四時間になった。

 ゴブリン侵入防止の為、リバフォ村の手前に木製の柵とゲートを設置した。
 工事現場が動くのは昼間だけだが、このゲートの夜間警備に1パーティー張り付けなくてはならない。

 工事現場の警備に一組。
 現場の周辺警戒に一組。
 リバフォ村やキャランフィールド近辺の魔物討伐に一組。
 夜間のゲート警備に一組。

 既に仕事が回っていない。

 三組とも休みがとれないので、俺、黒丸師匠、ルーナ先生で、夜間ゲート警備を行ったり、短時間現場警備を変わったりして、『白夜の騎士』、『エスカルゴ』、『砂利石』を休ませている。

 三組とも文句は言わないが、顔に疲れが出ている。
 早めにちゃんと休息をとらせないと、現場が崩壊しかねない。

「後は、港に来るセイウチ族には、話をしてあります。彼らの居留地近くの獣人が、助っ人で来てくれるかもしれません」

「神に祈るのである!」

「商業都市ザムザからは?」

「手配中である。ザムザの冒険者たちは、地元から離れたくないのである。手当を増額するとか、新人でも可と条件を緩和しないと厳しいのである」

 商業都市ザムザは、陸上貿易の一大拠点だ。
 街道付近の魔物退治やキャラバンの護衛など、仕事は沢山ある。

 キャランフィールドへの出張依頼をかけてはいるが、応募がないのだ。
 黒丸師匠が冒険者パーティーに直接話を持ちかけても良い返事がもらえない。

「背に腹はかえられないです……。新人冒険者パーティーでも応募可にしましょう」

「それが良いのである。一組で警備しているところを二組にするとか、ゲートの夜間警備にあてるとか、新人でも使い道はあるのである」

「そうですね。冒険者パーティーの選考は、黒丸師匠にお任せします」

「承ったのである。では、それがしは、早速商業都市ザムザに向かうのである」

「よろしく、お願いします」


 カラン! カラーン!
 カラン! カラーン!


 黒丸師匠が出て行ったら、港の方から鐘が聞こえてきた。
 船が入ってきたのだ。

 今日、ジョバンニは、商業都市ザムザへ買い付けに行っている。
 ルーナ先生も商業都市ザムザ郊外の畑だ。
 じいは、情報部の立ち上げでアルドギスル領アルドポリス。
 エルハムさんは、クイックの増産。

 俺が対応するしかないじゃないか!

「はあ~」

 忙しさにため息をつきながら、転移魔法でゲートを港につなぐ。
 ゲートをくぐり港に着くと、ウォーカー船長がいた。

「よーう! 王子様! 久しぶりだな! 今日は大麦と鉄鋼石を持ってきたぜ! 安くしとくから、買わないか?」

「全部買います!」

 ナイス! ウォーカー船長!
 鉄鋼石は、ホレックのおっちゃんから催促されていた。

 食料も足りてない。
 なにせ住人が急激に増えたのだ。
 商業都市ザムザでジョバンニが買い付けをして、俺がアイテムボックスに入れて運んでいるが、間に合わない。

 商業都市ザムザにも住人が沢山いるので、ザムザの住人が食べる分もある。
 それに、この異世界では、巨大な倉庫はないし、冷凍冷蔵設備もない。
 物流も日本に比べて劣る。

 その日に、農家で採れた野菜が市場に並ぶ。
 余剰作物を小規模商人が買い付ける。

 そんな規模なのだ。

 だから、ウォーカー船長が、エリザ女王国やメロビクス王大国から、小麦や大麦を船で大量に運んでくれるのは非常に助かる。

「おーい! 船が入れねえぞ~!」

 海から大声が聞こえてきた。
 セイウチ族のヒマワリさんだ!

 やった!
 魚が来た!

 しかし、港には商船が二隻係留されていて、着岸スペースがない。

「ちょっと待って! 今、岸壁を造る!」

 俺は土魔法を使って、岸壁を増設する。
 さっさと係留して魚を寄越せ!

 ウォーカー船長が目をまん丸にして、呆れた声をだす。

「噂には聞いていたが、すげえ魔力だな……」

「いや、ごっそり魔力を持って行かれますよ。すぐ回復しますけど」

「人外過ぎるだろう……」

「こういう何もない所は余裕ですよ」

 木など障害物があるとダメなのだ。
 思うように土を動かせなくなる。
 だから、道路建設は作業員を使うしかない。

「どうでも良いことですから、気にしないで下さい」

「いや! 気になるだろう! 普通は!」

「あー、それより、ウォーカー船長。誰か幹部になれそうな良い人がいたら紹介してください」

「あっさり流したな……。人材採用を、平民の俺に頼むか?」

「本当に足りてないのですよ。住人は増えましたが、幹部クラスが足りなくて……。どこかいないですかね? 主家が没落してフリーになった騎士爵とか。爵位がなくても良いから、貴族に仕えて領地経営の経験がある人とか」

「わかった……。もし、誰かいたら連れてくるよ……。どんな経緯があっても気にしないか?」

「気にしません。仕事が出来る人なら誰でも良いです。頼みます!」

 なんか、急成長して人手不足のベンチャー企業みたいだ。
 仕事に追われて、俺自身が身動き取れなくなりつつあるのだ。


 *


 六月半ばになると、北部縦貫道路の警備人手不足問題は解決した。

 白狼族からの応援が五名。
 セイウチ族経由の出稼ぎが四名。
 商業都市ザムザから新人冒険者パーティーが三組。

 警備ローテーションが組めるようになり。『白夜の騎士』、『エスカルゴ』、『砂利石』を休ませることが出来た。

 セイウチ族からの出稼ぎは、色々な種族が混じっている。
 合計二十名がやってきて、そのうち四名が戦闘向き、十六名は作業向きだ。
 これで作業チームを増やし、拡幅工事も着手できる。

「オイ! アンジェロ! ゴブリンが減らない! むしろ増えているぞ!」

「らしいね……。思ったより大規模な巣があるのかも……」

 工事が進んでいる――つまり、道路が南下しているのだが、ゴブリンの巣は見当たらない。

 ゴブリンの数は増える一方で、白狼族が巡回するとゴブリン、五、六匹の集団に遭遇しやすくなってきた。

 ゴブリンの密度が上がっているのだ。

「ふむ……。大規模な山狩りをして、ゴブリンの巣を探すのである!」

 黒丸師匠の提案で、大規模捜索が行われることになった。


 *


 キャランフィールドを出航した『愛しのマリールー号』は、北へ向かっていた。

 キャランフィールドから海峡を渡りエリザ女王国の沿岸へ。
 そこから、陸地沿いにひたすら北へ進む。

 目指すはエリザ女王国の北東にあるアクモディア諸島。
 猫族のテリトリーである。

 アクモディア諸島は、かなり北にある為、六月でも十度を少し上回る程度の寒い地域だ。

 アクモディア諸島の本島であるアクモディア島の入り江に、『愛しのマリールー号』は滑り込んだ。

「ニャ! ウォーカー船長ニャ!」

「よーう!」

 猫族と気軽に挨拶を交しながら、ウォーカー船長は小さな家を訪ねた。
 ドアの前で姿勢を正してからドアを叩く。

「アリー様? ご在宅でしょうか? ウォーカーです」

 ドアが開き家主が顔を見せた。
 短く切った金髪が似合う品の良い少女。
 アリー・ギュイーズである。

「まあ! ウォーカー船長! お久しぶりですわ!」

「良いお話がございまして、参上いたしました」

「そう! お上がりなさいな!」

 アリーは、ニッコリと微笑みウォーカー船長を家に招いた。
 家は食堂とベッドルームがあるだけの、簡素な作りで、家具も最低限の物だけが置かれていた。

 ウォーカー船長は、アンジェロが広く人材を求めている事を、いつになく丁寧な言葉遣いでアリーに告げる。

「――このような次第でございます。アンジェロ領は、これから伸びる領地だと思われます」

「将来有望と言う訳ですね。わかりました! わたくし、アンジェロ殿下にお仕えいたしますわ!」

「それでは、アンジェロ領にご案内いたします」

 ウォーカー船長は、水と食料の補充を行い、現地の猫族の戦士五人を、護衛として船に乗せた。
 そして、アリーが船に乗るとすぐに出航した。

 行きとは違う東回りの航路――セイウチ族の領地を通りアンジェロ領キャランフィールドの港を目指した。

 アリーは、期待に胸を膨らませていた。
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...