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第六章 二人の王子
第106話 トワイライト・ミオ
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女魔法使いミオは異世界飛行機グースの後部座席に座っていた。
(思ったよりも寒いですね……)
ミオは乗客用の飛行帽や革ジャン、毛皮の膝掛けを借りていた。
それでも二月の空は、空気が冷たく、体が冷えるのを感じた。
気を紛らわせようと、前に座るリス族のパイロット、ベートに話しかけた。
「まだ、大分遠いのでしょうか?」
「いや、あと一息です。前方に山が見えます。あの山を越えればアンジェロ領です」
「前方の山と言っても、かなり遠く感じますが?」
「グースの足なら、すぐです」
ミオは、『前方の山まで、半日は歩かなければならない』と感じていた。
ベートに『あと一息』と言われたことで、自分の感覚と異世界飛行機グースの速度の違いを理解した。
「この空飛ぶ魔道具は、グースというのですか?」
「そうです」
「フリージア王国が開発したのですか?」
「いえ。これはアンジェロ殿が、自分の領地で開発したのです。我らリス族も開発に加わったのですよ」
「それは、凄いですね!」
「グースは、我らリス族の誇りでもあるのです!」
ミオは、パイロット席で胸を張るベートを見て不思議に思った。
(フリージア王国では、獣人が重用されているのでしょうか……? いや、アンジェロ王子だけ……?)
ミオの出身国メロビクス王大国では、獣人は格下の生物とみなされていた。
労働力としてすら認められない生き物、一緒に生活は出来ない生き物と思われている。
ミオもメロビクス人の為、リス族のベートには忌避感があった。
しかし、話してみれば、普通に会話が出来るし、下手な人族よりも知性があった。
ベートは、沢山の獣人の中から選ばれた賢い獣人なのだろう。
新しい空飛ぶ魔道具グースを預けられているだけのことはあると、納得したのである。
だが、グースの開発にリス族が関わったというのは、ミオにとってわからない話であった。
こんな凄い魔道具を開発するのに、獣人の手を借りる必要があるのだろうかと。
(アンジェロ王子というのは、変わり者なのかもしれません。そう言えば、シメイ伯爵も相当風変わりでした。フリージア王国は変わり者王国なのでしょう)
そんな事を考えているうちに、ミオは、自分が受け入れてもらえるかどうか不安を感じた。
(私は変わり者ではありません。極めて常識人です……)
ミオは視線を足下に落とし、後ろに過ぎ去る森の木々をボウッと見ていた。
「ミオ殿! 左を! 夕日が落ちます!」
ベートの言葉にハッとして、左の方を見た。
今、まさに太陽が地平に隠れようとしていた。
地平線が空と大地を一直線に貫く。
夕日がちょこんと頭を残して、地平線に沈もうとしている。
空は青さを失い暗い色になるが、地平線近くはいまだに美しい青を保っている。
その青はやがて紫に、そして日が完全に沈むと暗くなった。
そして黄色く大きな丸い月が、ミオの頬を照らした。
「おっ……」
空から見る夕景から夜景への美しい変化に、ミオは言葉を失った。
パイロット席のベートは、ミオの反応を予測していて、得意げに語った。
「この美しい光景を空から眺められるのが、グース乗りの特権です。朝の抜けるような青い空、昼の暖かな太陽、そして昼から夜へと続く神秘の時間……」
「ええ。素晴らしい景色でした。感動しました」
「トワイライトというのだそうです」
「トワイライト?」
「ええ。アンジェロ殿が教えてくれました。日没後でも薄明るいでしょう? この時間帯がトワイライトだと」
トワイライトという言葉の響きが、ミオは気に入った。
ミオは、先ほどまでの不安を投げ捨てて、明るい声でベートに聞く。
「トワイライトは、アンジェロ王子が作った言葉ですか?」
「異国の言葉だそうです」
「へえ、異国の……」
「アンジェロ領キャランフィールドは、異国の言葉や不思議な魔道具が沢山ありますよ。魔法使いさんなら、楽しめると思います。そうそう! 食事も良いです!」
「それは楽しみですね!」
ミオはすっかり上機嫌になって、これから先楽しいことが起こりそうな予感がしていた。
異世界飛行機グースは、山を越えた。
アンジェロ領キャランフィールドの灯りが見えた。
(ああ、やっと、これで……。私の旅も終わります……)
*
「いや~ここの食事は美味しいなあ~」
「アルドギスル兄上……帰らなくて良いのですか?」
「大丈夫! 大丈夫! 部下がやっているから!」
昨日、アルドギスル兄上が、キャランフィールドへやって来た。
異世界飛行機グースの帰り便に乗って来たのだ。
兄王子を放っておく訳にもいかないので、俺がお相手をしている。
食堂で食事を終えて、兄上はクイックを、俺は紅茶を飲み始めた。
「兄上。クイックは、もうちょっとチビチビと飲んだ方が良いです。すぐに酔っ払いますよ!」
「えー! クイッって飲むと、腹の中がカーッと熱くなるのが良いのに!」
「それ危険ですから! また、酔い潰れますよ!」
周りの連中は、同じ食堂にいるけれど、俺とアルドギスル兄上から距離を取って座っている。
爵位を持っている、じいとエルハムさんにも対応してもらおうと思ったのだけれど――。
『いやいや。ワシは情報収集と分析で忙しいですじゃ』
『クイックの生産管理や内政向けの案件を一手に引き受けております。これ以上、仕事を増やさないで下さい』
――と辞退されてしまった。
仕方がないので、俺がお相手をしているのだ。
「しかし、アンジェロの所も変わった物ばかりあるよね。あの新しい馬なし馬車も変わっているよね」
「自動車ですね。あれは大急ぎで作りました」
「……アンジェロは、研究開発が好きなの?」
「開発は楽しいですよ! ああでもない、こうでもないと、トライ・アンド・エラーを繰り返して、上手くいった時の充実感は何物にも勝ります! 戦争や政争よりも、こっちの方が良いです」
「そうなの? 僕は、面倒臭くて嫌だなあ~」
「兄上は、面倒臭いとおっしゃいますけれど、今、飲んでいるクイックだって俺が研究開発した物ですよ」
「いやあ~、研究開発がんばって! 応援しているよ! がんばれ! がんばれえ~!」
アルドギスル兄上の相変わらずの軽さにため息をついていると、食堂にリス族のパイロットが入ってきた。
あれは、ベートだな。
額の白い毛がちょこんと生えていてカールしているのだ。
最初は見分けのつかなかったリス族だが、最近は見分けられるようになってきた。
「ベートお疲れ!」
「アンジェロ殿! ただいま戻りました!」
今日のベートは、シメイ伯爵の領都まで異世界飛行機グースで往復だ。
クイックを一樽運んでもらった。
「どうだった?」
「クイックを納品してきました。代金は先ほどエルハム殿に渡しました」
「うん。ありがとう。シメイ伯爵は、何か言っていた?」
「お目にかかっておりません。私が到着した時は、酔い潰れていたらしいです……」
「……シメイ伯爵領の経営は、大丈夫かな」
まったく、あのおっさん何をやっているのか。
まあ、代金を払ってくれれば良いけれど。
これからクイックに飲み過ぎ注意と張り紙でもしておくかな。
「あの……アンジェロ殿……。アンジェロ殿に会いたいという人がいるのですが?」
「俺に?」
「はい。女魔法使いでミオと名乗っています。以前、アンジェロ殿に助けられたと。シメイ伯爵領から乗せてきました」
女魔法使いのミオ?
記憶にないな?
俺はあちこち冒険しているから、どこかで会った人だろうか?
俺が首をひねっていると、ベートが革袋を差し出した。
「これをアンジェロ殿に渡してくれと。これを見せればわかると言っておりました」
「なんだろう?」
ベートが革袋の口を開けて、中から何かを取り出した。
「えっ!?」
「アンジェロ! それは!?」
俺とアルドギスル兄上は、ベートが手にした物を見て思わず立ち上がった。
拳銃だ!
ベートは拳銃を取り出し、食堂の机の上に置いた。
ゴトリと硬質な音がした。
これを忘れる訳がない。
メロビクス戦役だ。
和平交渉として呼ばれた天幕の中で、俺とアルドギスル兄上が襲われた事件。
その時に使われたのが、転生者ハジメ・マツバヤシが持っていた拳銃。
俺とアルドギスル兄上の反応を見てベートが、居心地悪そうにした。
「どうしますか? 女魔法使いミオは、パイロット控え室で待たせていますが、追い返しますか?」
「いや、連れてきて。会うよ」
「僕も同席させてもらうよ」
俺とアルドギスル兄上は、ミオに会うことを決めた。
ハジメ・マツバヤシが持っていた拳銃は、俺が保管している。
そして、今、ここに、もう一つ拳銃がある。
恐らくこの拳銃は、ハジメ・マツバヤシを打ち抜いた拳銃だろう。
この二つ目の拳銃を持っているのは、あの天幕にいた女だ。
しばくして、ベートが食堂に女性を連れてきた。
やはり、あの時の女だ。
ミオは俺とアルドギスル兄上を見て、驚いた顔をした。
王都でないのに、王子が二人揃っていたら驚くよな。
知らない人間が食堂に入ってきたことで、周りの人間が警戒を始めた。
白狼族のサラは、いつでも飛びかかれるように、体をミオの方へ開いて剣に手をかけている。
ルーナ先生が、食器を下げるついでにミオの後ろを取った。
そんな空気を感じ取ったのか、ミオは俺から少し離れたところでひざまずいた。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです。アンジェロ王子、アルドギスル王子」
「どうも~」
俺はミオの方を向いたが、アルドギスル兄上はクイックの入った木のコップから手を放さない――いや、逆側の手で剣を握っていた。
ミオに返した言葉は軽かったが、アルドギスル兄上は、かなり警戒している。
「俺に用があると聞いたけれど?」
「はい。私を保護していただきたいのです」
「保護?」
「あの時の……経緯はご覧になった通りです。私はメロビクス王大国に帰れません」
あの時の経緯というのは、ハジメ・マツバヤシを拳銃で撃ったことだろう。
ミオはメロビクスの貴族を殺害したのだから、メロビクス王大国からすれば重罪人になる。
「あなたの事情はわかった。それで、なぜ俺に保護を?」
「美人は嫌いではないとおっしゃったので」
ミオは顔を上げてニッと笑った。
不覚にもドキリとした。
速攻でアルドギスル兄上から、注意が飛んできた。
「アンジェロ! ダメだよ。油断しちゃ」
「わかっています。兄上……」
さすがは血を分けた兄弟。
内心を見透かされた。
ミオは続ける。
「私は二つの物をアンジェロ殿下に提供できます」
「二つの物?」
「一つは、お手元にある拳銃です。予備の弾もいくつか持ち合わせています」
ミオは懐から弾倉を取り出した。
映画で見たことがある。
拳銃の予備のマガジンだな。
「なるほど。もう一つは?」
「ハジメ・マツバヤシについて知っている情報を全て」
「……」
それは、知りたい。
拳銃を、どうやって手に入れたのか?
作物の種や本は?
ハジメ・マツバヤシについて、疑問は尽きない。
ミオが教えてくれるなら、彼女を保護しても良い。
彼女は敵国の魔法使いだから、反対はあるだろうが……。
もう一丁の拳銃とこの情報には、それだけ価値がある。
俺は、イエスと答えようとしたが、ルーナ先生の怒鳴り声に遮られた。
「よせ! 止めろ!」
「えっ!?」
同時に魔法障壁が、俺のそばに展開される。
そして、ルーナ先生が叫んだ先には、攻撃魔法を発動しようとするエルフがいた。
(思ったよりも寒いですね……)
ミオは乗客用の飛行帽や革ジャン、毛皮の膝掛けを借りていた。
それでも二月の空は、空気が冷たく、体が冷えるのを感じた。
気を紛らわせようと、前に座るリス族のパイロット、ベートに話しかけた。
「まだ、大分遠いのでしょうか?」
「いや、あと一息です。前方に山が見えます。あの山を越えればアンジェロ領です」
「前方の山と言っても、かなり遠く感じますが?」
「グースの足なら、すぐです」
ミオは、『前方の山まで、半日は歩かなければならない』と感じていた。
ベートに『あと一息』と言われたことで、自分の感覚と異世界飛行機グースの速度の違いを理解した。
「この空飛ぶ魔道具は、グースというのですか?」
「そうです」
「フリージア王国が開発したのですか?」
「いえ。これはアンジェロ殿が、自分の領地で開発したのです。我らリス族も開発に加わったのですよ」
「それは、凄いですね!」
「グースは、我らリス族の誇りでもあるのです!」
ミオは、パイロット席で胸を張るベートを見て不思議に思った。
(フリージア王国では、獣人が重用されているのでしょうか……? いや、アンジェロ王子だけ……?)
ミオの出身国メロビクス王大国では、獣人は格下の生物とみなされていた。
労働力としてすら認められない生き物、一緒に生活は出来ない生き物と思われている。
ミオもメロビクス人の為、リス族のベートには忌避感があった。
しかし、話してみれば、普通に会話が出来るし、下手な人族よりも知性があった。
ベートは、沢山の獣人の中から選ばれた賢い獣人なのだろう。
新しい空飛ぶ魔道具グースを預けられているだけのことはあると、納得したのである。
だが、グースの開発にリス族が関わったというのは、ミオにとってわからない話であった。
こんな凄い魔道具を開発するのに、獣人の手を借りる必要があるのだろうかと。
(アンジェロ王子というのは、変わり者なのかもしれません。そう言えば、シメイ伯爵も相当風変わりでした。フリージア王国は変わり者王国なのでしょう)
そんな事を考えているうちに、ミオは、自分が受け入れてもらえるかどうか不安を感じた。
(私は変わり者ではありません。極めて常識人です……)
ミオは視線を足下に落とし、後ろに過ぎ去る森の木々をボウッと見ていた。
「ミオ殿! 左を! 夕日が落ちます!」
ベートの言葉にハッとして、左の方を見た。
今、まさに太陽が地平に隠れようとしていた。
地平線が空と大地を一直線に貫く。
夕日がちょこんと頭を残して、地平線に沈もうとしている。
空は青さを失い暗い色になるが、地平線近くはいまだに美しい青を保っている。
その青はやがて紫に、そして日が完全に沈むと暗くなった。
そして黄色く大きな丸い月が、ミオの頬を照らした。
「おっ……」
空から見る夕景から夜景への美しい変化に、ミオは言葉を失った。
パイロット席のベートは、ミオの反応を予測していて、得意げに語った。
「この美しい光景を空から眺められるのが、グース乗りの特権です。朝の抜けるような青い空、昼の暖かな太陽、そして昼から夜へと続く神秘の時間……」
「ええ。素晴らしい景色でした。感動しました」
「トワイライトというのだそうです」
「トワイライト?」
「ええ。アンジェロ殿が教えてくれました。日没後でも薄明るいでしょう? この時間帯がトワイライトだと」
トワイライトという言葉の響きが、ミオは気に入った。
ミオは、先ほどまでの不安を投げ捨てて、明るい声でベートに聞く。
「トワイライトは、アンジェロ王子が作った言葉ですか?」
「異国の言葉だそうです」
「へえ、異国の……」
「アンジェロ領キャランフィールドは、異国の言葉や不思議な魔道具が沢山ありますよ。魔法使いさんなら、楽しめると思います。そうそう! 食事も良いです!」
「それは楽しみですね!」
ミオはすっかり上機嫌になって、これから先楽しいことが起こりそうな予感がしていた。
異世界飛行機グースは、山を越えた。
アンジェロ領キャランフィールドの灯りが見えた。
(ああ、やっと、これで……。私の旅も終わります……)
*
「いや~ここの食事は美味しいなあ~」
「アルドギスル兄上……帰らなくて良いのですか?」
「大丈夫! 大丈夫! 部下がやっているから!」
昨日、アルドギスル兄上が、キャランフィールドへやって来た。
異世界飛行機グースの帰り便に乗って来たのだ。
兄王子を放っておく訳にもいかないので、俺がお相手をしている。
食堂で食事を終えて、兄上はクイックを、俺は紅茶を飲み始めた。
「兄上。クイックは、もうちょっとチビチビと飲んだ方が良いです。すぐに酔っ払いますよ!」
「えー! クイッって飲むと、腹の中がカーッと熱くなるのが良いのに!」
「それ危険ですから! また、酔い潰れますよ!」
周りの連中は、同じ食堂にいるけれど、俺とアルドギスル兄上から距離を取って座っている。
爵位を持っている、じいとエルハムさんにも対応してもらおうと思ったのだけれど――。
『いやいや。ワシは情報収集と分析で忙しいですじゃ』
『クイックの生産管理や内政向けの案件を一手に引き受けております。これ以上、仕事を増やさないで下さい』
――と辞退されてしまった。
仕方がないので、俺がお相手をしているのだ。
「しかし、アンジェロの所も変わった物ばかりあるよね。あの新しい馬なし馬車も変わっているよね」
「自動車ですね。あれは大急ぎで作りました」
「……アンジェロは、研究開発が好きなの?」
「開発は楽しいですよ! ああでもない、こうでもないと、トライ・アンド・エラーを繰り返して、上手くいった時の充実感は何物にも勝ります! 戦争や政争よりも、こっちの方が良いです」
「そうなの? 僕は、面倒臭くて嫌だなあ~」
「兄上は、面倒臭いとおっしゃいますけれど、今、飲んでいるクイックだって俺が研究開発した物ですよ」
「いやあ~、研究開発がんばって! 応援しているよ! がんばれ! がんばれえ~!」
アルドギスル兄上の相変わらずの軽さにため息をついていると、食堂にリス族のパイロットが入ってきた。
あれは、ベートだな。
額の白い毛がちょこんと生えていてカールしているのだ。
最初は見分けのつかなかったリス族だが、最近は見分けられるようになってきた。
「ベートお疲れ!」
「アンジェロ殿! ただいま戻りました!」
今日のベートは、シメイ伯爵の領都まで異世界飛行機グースで往復だ。
クイックを一樽運んでもらった。
「どうだった?」
「クイックを納品してきました。代金は先ほどエルハム殿に渡しました」
「うん。ありがとう。シメイ伯爵は、何か言っていた?」
「お目にかかっておりません。私が到着した時は、酔い潰れていたらしいです……」
「……シメイ伯爵領の経営は、大丈夫かな」
まったく、あのおっさん何をやっているのか。
まあ、代金を払ってくれれば良いけれど。
これからクイックに飲み過ぎ注意と張り紙でもしておくかな。
「あの……アンジェロ殿……。アンジェロ殿に会いたいという人がいるのですが?」
「俺に?」
「はい。女魔法使いでミオと名乗っています。以前、アンジェロ殿に助けられたと。シメイ伯爵領から乗せてきました」
女魔法使いのミオ?
記憶にないな?
俺はあちこち冒険しているから、どこかで会った人だろうか?
俺が首をひねっていると、ベートが革袋を差し出した。
「これをアンジェロ殿に渡してくれと。これを見せればわかると言っておりました」
「なんだろう?」
ベートが革袋の口を開けて、中から何かを取り出した。
「えっ!?」
「アンジェロ! それは!?」
俺とアルドギスル兄上は、ベートが手にした物を見て思わず立ち上がった。
拳銃だ!
ベートは拳銃を取り出し、食堂の机の上に置いた。
ゴトリと硬質な音がした。
これを忘れる訳がない。
メロビクス戦役だ。
和平交渉として呼ばれた天幕の中で、俺とアルドギスル兄上が襲われた事件。
その時に使われたのが、転生者ハジメ・マツバヤシが持っていた拳銃。
俺とアルドギスル兄上の反応を見てベートが、居心地悪そうにした。
「どうしますか? 女魔法使いミオは、パイロット控え室で待たせていますが、追い返しますか?」
「いや、連れてきて。会うよ」
「僕も同席させてもらうよ」
俺とアルドギスル兄上は、ミオに会うことを決めた。
ハジメ・マツバヤシが持っていた拳銃は、俺が保管している。
そして、今、ここに、もう一つ拳銃がある。
恐らくこの拳銃は、ハジメ・マツバヤシを打ち抜いた拳銃だろう。
この二つ目の拳銃を持っているのは、あの天幕にいた女だ。
しばくして、ベートが食堂に女性を連れてきた。
やはり、あの時の女だ。
ミオは俺とアルドギスル兄上を見て、驚いた顔をした。
王都でないのに、王子が二人揃っていたら驚くよな。
知らない人間が食堂に入ってきたことで、周りの人間が警戒を始めた。
白狼族のサラは、いつでも飛びかかれるように、体をミオの方へ開いて剣に手をかけている。
ルーナ先生が、食器を下げるついでにミオの後ろを取った。
そんな空気を感じ取ったのか、ミオは俺から少し離れたところでひざまずいた。
「久しぶりだね」
「お久しぶりです。アンジェロ王子、アルドギスル王子」
「どうも~」
俺はミオの方を向いたが、アルドギスル兄上はクイックの入った木のコップから手を放さない――いや、逆側の手で剣を握っていた。
ミオに返した言葉は軽かったが、アルドギスル兄上は、かなり警戒している。
「俺に用があると聞いたけれど?」
「はい。私を保護していただきたいのです」
「保護?」
「あの時の……経緯はご覧になった通りです。私はメロビクス王大国に帰れません」
あの時の経緯というのは、ハジメ・マツバヤシを拳銃で撃ったことだろう。
ミオはメロビクスの貴族を殺害したのだから、メロビクス王大国からすれば重罪人になる。
「あなたの事情はわかった。それで、なぜ俺に保護を?」
「美人は嫌いではないとおっしゃったので」
ミオは顔を上げてニッと笑った。
不覚にもドキリとした。
速攻でアルドギスル兄上から、注意が飛んできた。
「アンジェロ! ダメだよ。油断しちゃ」
「わかっています。兄上……」
さすがは血を分けた兄弟。
内心を見透かされた。
ミオは続ける。
「私は二つの物をアンジェロ殿下に提供できます」
「二つの物?」
「一つは、お手元にある拳銃です。予備の弾もいくつか持ち合わせています」
ミオは懐から弾倉を取り出した。
映画で見たことがある。
拳銃の予備のマガジンだな。
「なるほど。もう一つは?」
「ハジメ・マツバヤシについて知っている情報を全て」
「……」
それは、知りたい。
拳銃を、どうやって手に入れたのか?
作物の種や本は?
ハジメ・マツバヤシについて、疑問は尽きない。
ミオが教えてくれるなら、彼女を保護しても良い。
彼女は敵国の魔法使いだから、反対はあるだろうが……。
もう一丁の拳銃とこの情報には、それだけ価値がある。
俺は、イエスと答えようとしたが、ルーナ先生の怒鳴り声に遮られた。
「よせ! 止めろ!」
「えっ!?」
同時に魔法障壁が、俺のそばに展開される。
そして、ルーナ先生が叫んだ先には、攻撃魔法を発動しようとするエルフがいた。
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