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第五章 メロビクス戦争

第90話 持ち場を守れ! メロビクス王大国軍戦2

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 俺たち『王国の牙』の三人は、空から状況を見ていた。
 敵メロビクス王大国軍の重装騎兵が、北へ移動している。

 するとメロビクス王大国軍の本営から、火の玉が上がった。
 まっすぐ打ち上げられた火の玉は、空中で四散し花火のように四方に赤い炎を散らす。

(一体、何だ!?)

 俺は不安にかられながら、ルーナ先生に聞いた。

「あれは……魔法使いが打ち上げた合図ですよね?」

「そうだ。メロビクスには、何か作戦がある。あれは、その合図」

「作戦……何だと思いますか?」

「わからない。ただ、闇雲に動かない方が良い。ここは敵の出方を待つ」

「……了解です」

 俺は、すぐにでも飛び出して行きたかったが、ルーナ先生の方針に従った。
 なぜなら、『王国の牙』では、ルーナ先生が戦闘指揮と決まっている。

 俺が勝手に動いても良いことはない。

(落ち着け……)

 俺は自分に言い聞かせる。
 初めての戦場に緊張しているのが、自分でもわかった。

 手にかいた汗をズボンに擦りつけ、ルーナ先生、黒丸師匠を見る。
 二人とも落ち着いて、戦場を観察している。
 頼りになる二人が、俺のそばにいるのだ。
 そう思うと、落ち着いてきた。

 右手の方から鬨の声と悲鳴が聞こえる。
 視線を正面のメロビクス王大国軍から、同盟国ニアランド王国軍の方へ向ける。

「なっ!?」
「あっ!」
「これであるか!!

 ニアランド王国の半数が、フリージア王国軍に攻撃を始めた。
 俺たちの視線の先では、ポポ兄上派閥の軍勢が横腹にニアランド王国軍の攻撃を受けていた。

 ポポ隊の悲鳴と困惑の声が、ここまで聞こえる。

「待て! 味方だ!」
「俺たちはフリージア王国軍だ! おまえらの同盟軍だ!」
「敵はあっちだ! ぐあっ――」

 正面の敵に集中しているところで、横撃を食らったのだ。
 ポポ隊は、陣形を大きく乱している。

 そこに――メロビクス王大国軍の重装騎兵が、ポポ隊に迫る。

 ルーナ先生が血相を変えた。

「まずい! ポポが挟撃される!」

「これ……一体どうなっているんですか!」

「ニアランド王国の裏切りなのである!」

「そんな!」

 メロビクス王大国軍の重装騎兵は、馬防柵や石壁の合間を縫うように走り抜けポポ兄上の軍勢に激突した。

 ポポ隊の前衛が吹き飛ぶ。
 文字通り吹き飛ばされたのだ。

 重装騎兵の激突は、トラックが衝突したに等しい衝撃なのだろう。
 ある者は空中に舞い上げられ、また、ある者は馬に踏み潰された。

 次々と激突する重装騎兵は、吐き気をもよおす死体を量産している。

 正面からメロビクス王大国軍の重装騎兵、横からニアランド王国の歩兵の挟撃を受けて、ポポ兄上の軍勢は大混乱に陥った。

 すると、後方のポポ兄上の本陣が、まっすぐ後ろへ下がり始めたのだ。

「えっ!? 後退!?」

「早すぎるのである! 前衛と連携が取れていないのである!」

 正面と横から、不意打ちの挟撃を食らったのだ。
 ポポ隊のダメージは深刻だろう。
 しかし、ここでポポ兄上の本陣が後ろへ下がったら――。

「後退は、不味いですよね? ポポ隊の前衛は見殺しですよね?」

「それもそうだが、もっと不味い!」

「ルーナ先生、何が?」

「国王がいる本営の横が、がら空きになる!」

「!」

 改めて、戦場を見るとポポ兄上が下がった事で、国王陛下――父上がいる本営の横に大きなスペースが出来てしまった。
 本営を守る騎士が、慌てて守りを固めるが数が足りていない。

 このままでは、父上の身が危ない!

 全身が総毛立ち、恐怖と混乱でパニックを起こしそうになった。
 どうすれば良いのか、頭が回らない。体も動かない。

 だが、戦闘指揮をとるルーナ先生は冷静だった。

「アンジェロ! 黒丸! 国王の所へ行け! 私も後から行く! 裏切り者を押し返せ!」

「了解!」
「承知である!」

 そうだ!
 この事態は、ニアランド王国が裏切ったから引き起こされたのだ。
 あの傲慢なニアランド王国副将アラルコンの顔が脳裏に浮かび、怒りが沸き立ってきた。

 黒丸師匠が背中を叩いた。

「アンジェロ少年! 行くのである!」
「行きましょう!」

 俺と黒丸師匠は、国王がいる本営に全速で飛んだ。


 *


 ――同時刻。

 じい、ことコーゼン男爵は、アンジェロ隊の陣で異変を感じ取っていた。

(これは……!? 何かがおかしい……。北の方からか?)

 コーゼン男爵は、北の方から微かに聞こえてくる悲鳴と困惑の声をとらえていた。
 そばにいる白狼族のサラと熊族のボイチェフも何か感じているらしく、耳がピクピクと動いている。

「サラ、ボイチェフ。あちらの様子は見えんかのう?」

「ちょっと待て。オイ! ボイチェフ! 肩車だ!」

「あーい」

 白狼族のサラは、熊族のボイチェフに肩車をしてもらい、コーゼン男爵が指さした方を見た。

「なあ、じい……。オレンジの旗は、敵か? 味方か?」

「オレンジ? オレンジの旗は、味方のニアランド王国の旗じゃ」

「ホントか? オレンジの旗が攻撃してきているぞ」

「なんじゃと!?」

 サラの見間違いではないか?
 コーゼン男爵は、サラに再確認した。

「サラ! それは間違いないのか?」

「ああ、間違いないぜ! あっちの方で、オレンジの旗が攻撃をしているぞ。あっ! 敵の騎馬隊が突っ込んできた! 挟み撃ちにあってる!」

 コーゼン男爵は、サラの言葉を聞いて顔色を失った。

(ニアランドの裏切り……? あり得る……。昔はニアランドとフリージアは、戦っておったのじゃ。ニアランドが裏切らない保証は……ない!)

 コーゼン男爵は、もっと詳しい状況を知りたかった。
 辺りを見回すが、異世界飛行機グースは前線支援を行って出払っている。

(失敗したわい! 一機で良いからグースを残しておくのじゃった! 詳しい状況が、わからん!)

 ニアランド王国への潜入などの情報収集任務についていた経験から、コーゼン男爵は情報の重要性を理解していた。
 ゆえに、正確な情報がない現在の状況は、コーゼン男爵に不安を与え、決断を鈍らせた。

 自分はどう動くべきなのか……。

 コーゼン男爵が行動に迷っている所へ、ハイエルフのルーナ・ブラケットが飛行してきた。

「サラ、ボイチェフは、国王の本営へ行け! じいは、他の部隊に『現場を死守』と伝えろ!」

「ハイエルフ殿! 状況は?」

「ニアランドが裏切った。ポポは後退して、国王本営が危ない。アンジェロと黒丸が急行している。私もすぐに行く!」

「了解ですじゃ!」

 ルーナ・ブラケットは、国王本営へ向け飛び去り、サラ、ボイチェフも走り出した。
 二人に豹族の少女二人も続く。

 コーゼン男爵は、シメイ伯爵の陣へ向けて走り出した。

(失敗したわい。伝令用の馬を用意しておくのじゃった……。じゃが、大陸を東へ西へと歩き回ったワシの健脚! なめるなよ!)

 コーゼン男爵が走り回ったお陰で、やがてフリージア王国軍内に情報と指示が伝わり総崩れにならなかった。


 *


 第二王子アルドギスルは、前線近くで兵士たちを鼓舞していた。

「はっはー! さあ! がんばれ! がんばれ!」

 築いた野戦陣地――馬防柵と石壁が機能し、メロビクス王大国軍の攻撃を着実に防いでいた。
 しかし、先ほどからアルドギスル隊の右手――フリージア王国軍北側が崩れだした。

 アルドギスルもアルドギスル派の諸将も、異常に気がついていた。
 アルドギスル隊はポポ隊の隣に陣取っていた為、コーゼン男爵よりも状況を正確に把握していた。

 アルドギスルのそばにいた年配の貴族が、焦りを含んだ声を上げた。

「アルドギスル様! 異変が……。本営に増援を!」

「いや! 大丈夫さ! さっきアンジェロが飛んでいったよ!」

「アンジェロ様が?」

「そうさ。さっき空を見ていたら、アンジェロと黒丸ってドラゴニュートが父上の方へ向かったよ」

「二人で……大丈夫でしょうか……」

 アルドギスルは、アンジェロたち『王国の牙』の活躍と実力を配下から聞いていた。
 アンジェロたち『王国の牙』が、その気になれば、単独で戦局をひっくり返せると信じていたのだ。

「はっはー! 僕の弟は、とびきり優秀さ! 何と言っても『王国の牙』だからね。ドラゴンが、助けにいったのと同じさ。僕らは自分の持ち場を守っていれば大丈夫!」

「しょ……承知いたしました!」

 アルドギスルの指示『持ち場を守れ』が、伝わったことで、フリージア王国軍中央のアルドギスル隊は動揺しても崩れなかった。

 やがて、コーゼン男爵が伝令に現れ、ルーナ・ブラケットの言葉を伝えた。
 アルドギスルは右手でシナを作り、髪をかき上げた。

「頼んだよ! 我が……弟よ!」
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