88 / 358
第五章 メロビクス戦争
第88話 裏切りのステップ
しおりを挟む
ハジメ・マツバヤシは、お付きの女魔法使いミオと数名の騎士を連れて、戦場から離れていた。
商人ゲロッパを通じ、フリージア王国宰相エノー伯爵から、話し合いの場を設けたいと、再度誘いがあったのだ。それもニアランド王国副将アラルコンも同席したいと。
彼がいるのは、メロビクス、ニアランド、フリージアの三カ国がにらみ合う戦場から、北に離れた森の中だ。
「あれか」
森の中に白い天幕が張られている。
天幕の周りには、警備の兵士が十数名。
そして、兵士に交じって商人ゲロッパがいた。
女魔法使いミオが、警戒感をあらわにした。
「……大丈夫なのでしょうか?」
「たぶん大丈夫だよ」
「ハジメ様! 天幕に入った瞬間、殺される可能性もあるのですよ!」
女魔法使いミオの心配をよそに、ハジメ・マツバヤシはいつもと変わらぬ軽い調子だ。
「ミオには、コレを渡しておくよ」
「コレは!?」
「グロック19。僕が持っているのと同じ拳銃だよ。ミオの分を取り寄せたんだ。撃ち方は、前に教えたから分かるよね?」
「はい」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシから拳銃を受け取った。
グロック19は、オーストリアのグロック社が開発した小型オートマチック拳銃だ。
9ミリパラベラム弾を15発装弾可能。
拳銃本体にプラスチックが多用されていて、軽量小型で女性でも扱える。
「魔法は発動まで時間がかかるでしょ? ヤバそうだったら、その拳銃をぶっ放して逃げよう」
「わかりました」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシから拳銃を借りて試射した事があり、拳銃の威力、射撃速度の早さは理解していた。
魔法のように発動までに時間がかからない。
構えて、狙い、引き金を引けば、敵に対して鉄の弾が発射される。
(これがあれば……。ハジメ様と私で拳銃を撃って牽制し、逃げることが出来る……)
「ほら、予備のマガジンもあげるよ」
「よろしいのですか? この拳銃は入手困難な魔道具だと、以前伺いましたが?」
「ミオは特別だよ! 僕とミオの仲だからね!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行こう!」
ハジメ・マツバヤシ一行は天幕に向かった。
天幕の前で商人ゲロッパが、ハジメ・マツバヤシ一行を迎える。
「お待ちしておりました。天幕の中には、護衛をお一人だけお連れ下さい」
ハジメ・マツバヤシは、女魔法使いミオを連れて天幕に入る。
天幕では、フリージア王国宰相エノー伯爵が、ハジメ・マツバヤシを迎えた。
この会談の発起人だ。
天幕の中は広く、中央にテーブルが置かれている。
既に一人、ニアランドの軍装に身を包んだ男が席についている。
先日フリージア陣内で顰蹙を買ったニアランド王国副将アラルコンだ。
ハジメ・マツバヤシは一番奥の席に案内され、宰相エノー伯爵も席に座った。
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシの後ろに立ったまま控えた。
「では、お互い名乗っておきましょう。まず私から、フリージア王国宰相エノーでございます」
「メロビクス王大国伯爵ハジメ・マツバヤシだ」
「ニアランド王国が副将アラルコン」
宰相エノー伯爵は、笑顔を絶やさず。
ハジメ・マツバヤシは、ニヤニヤと笑い。
ニアランド王国副将アラルコンは、卑屈な笑顔を顔面に貼り付けていた。
最初にハジメ・マツバヤシが、口を開いた。
相変わらずの軽い口調だ。
「で、何について話し合うのかな? メロビクスは王宮も貴族もこの戦争に乗り気でね。和平を持ちかけられても、僕は困るよ」
宰相エノー伯爵と副将アラルコンは、顔を見合わせて
「マツバヤシ伯爵。我らはメロビクス王大国と対立するつもりはございません」
「その通りです! メロビクスは大国! 我が国は、メロビクスの犬になれと言われれば、犬にもなりましょう」
特にニアランド王国副将アラルコンは、卑屈にへりくだってみせた。
強者に対しては、徹底して下に出る。
それがニアランド王国の伝統的な外交方針なのだ。
二人の態度を見て、ハジメ・マツバヤシのニヤニヤ笑いが一層強まる。
「ふーん。それで、降参でもするの? 属国にでもなるの?」
五才の子供が行儀悪く足を組み、大人二人に対して意地悪な言葉を投げつける。
普通の大人なら、普通の貴族なら、怒ってテーブルを蹴り上げるだろう。
しかし、宰相エノー伯爵と副将アラルコンは下手に出た。
「属国というのは、いささか外聞が悪うございます。友好的な同盟を結びたいということでいかがでしょうか?」
「ニアランドは従属的な同盟関係でも受け入れる準備がございます」
ハジメ・マツバヤシは、良い気分だった。
宰相と副将、一国を代表する人間が、自分にペコペコしている。
いっそ靴の裏をなめろと命令してみようかと、上機嫌で想像してみた。
同時にメロビクス王大国軍を率いるシャルル・マルテ将軍や他の貴族の顔を思い浮かべた。
彼らは戦果を欲している。
装備を一新した軍の力を試してみたくて仕方がないのだ。
果たして、戦わずに両国の従属を受け入れるだろうか?
ハジメ・マツバヤシは、とりあえず曖昧な返事を返した。
「どうかなあ……」
「まずは、我らの提案をお聞きいただけませんか?」
「まあ、聞くだけなら……」
宰相エノー伯爵は、ニアランド王国と打ち合わせ済みの提案を話し出した。
「まず、メロビクス王大国軍は、我がフリージア王国軍に攻撃をして下さい」
「ふん、ふん」
「貴国が攻撃を始めたら、ニアランド王国も我がフリージア王国軍に攻撃を開始します」
「えっ!?」
ハジメ・マツバヤシは、きょとんとした。
フリージア・ニアランド連合のうち、ニアランド王国が裏切ると、宰相エノー伯爵は言っているのだ。
ハジメ・マツバヤシの驚きが一段落するまで、宰相エノー伯爵は待った。
落ち着いたところで、話を再開する。
「ニアランド王国軍が、我がフリージア王国軍を攻撃し始めたら、第一王子ポポ殿下の軍が後退します。すると我がフリージア王国陣にスペースが出来るでしょう」
「……」
「そこを貴国の重装騎兵で押し込み。フリージア国王の首級をお取り下さい」
「正気かい……」
ハジメ・マツバヤシは、それっきり沈黙した。
(罠だろうか?)
一つの可能性として――この会談は大きなトリックの一環で、宰相エノー伯爵が話したことを信じてメロビクス王大国軍が行動すると、メロビクス王大国軍は罠にはまる。
そこまで考えたが、その可能性を否定した。
(この異世界は、無線も携帯電話もないからな。一万を超える大軍同士の戦いで、壮大な罠は無理だ。それに国王を殺せ……罠の餌としてはバカバカし過ぎる。誰も信じないだろう……)
ハジメ・マツバヤシは、罠の可能性を排除して考えたが両国の狙いが分からなかった。
素直に降伏をすれば、それで済む話だ。
何より、国王が戦死する事で、フリージア王国にどんな得があるのだろうか?
「わからないな……」
「何か?」
「ねえ。国王が戦死するんだよ!? エノーさんの所は、何も良いことないでしょう? 何の得があるの?」
宰相エノー伯爵は、にっこりと笑った。
「そこでお願いですが、次の王は第一王子のポポ殿下に。両国の後押し、後見をお願いしたいのです」
「ああ! そういうことか!」
ハジメ・マツバヤシは、配下の騎士に集めさせたフリージア王国の情報を思い出した。
フリージア王国は、第一王子と第二王子の二派閥が、次の王位を巡って争っている。
宰相エノー伯爵の話は、フリージア王国内の王位継承争いでもあると理解が及んだ。
ハジメ・マツバヤシは、ニアランド王国副将アラルコンに向いた。
「ニアランドは、それで良いの?」
「はい。第一王子のポポ殿は、我が国ニアランド王国の血をひいておりますし、ニアランドの姫とご婚約もしております」
「そう、それなら、ポポさんが王様になった方が良いね」
次に、宰相エノー伯爵に向く。
「フリージアは……というより第一王子のポポさんはいいの? 間接的に父親を殺すことになるけど?」
「はい。ポポ殿下におかれては……、既に覚悟は出来ております。国王陛下、お父君のお命は大切であるが、それよりも国と民の安寧こそが望みである……と」
「ふーん」
ハジメ・マツバヤシは、心の底から面白いと思った。
国王である父親の命より、国や民が大切。
だから、父親を敵国に売る。
何という詭弁!
何という醜さ!
何という面白さ!
声にこそ出さなかったが、心の中でゲラゲラ大笑いした。
(絶対、自分が王様になりたいだけだよね! 面白いね! 兄弟が憎しみ合って、子供が父親を殺すか! いや、楽しませてくれるなあ!)
ハジメ・マツバヤシは、笑いをかみ殺し返事をした。
「わかった。シャルル・マルテ将軍に話すよ。なーに任せて、きっと上手くいくよ」
ハジメ・マツバヤシ一行は、天幕を後にするとメロビクス王大国軍陣に急いだ。
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシを前に抱き馬上にあった。
天幕の中で聞いた話が、どうしても受け入れられなかった。
「ハジメ様、あのような醜悪な策……よろしいのですか?」
「いいの、いいの。だって、面白いじゃなーい」
「はあ、しかし……」
「ふふ、僕は滅茶苦茶に壊すのが楽しいのさ」
女魔法使いミオは、いつものように諦めることにした。
メロビクス王大国軍指令のシャルル・マルテ将軍は、ハジメ・マツバヤシの持ち帰った案を採用した。
彼は手柄を立てたかったのだ。
宰相の息子として、誰もが認める手柄が。
その為、策の醜悪さを分かっていながら、この話にのった。
詳細を詰めるべく、シャルル・マルテ将軍自身が宰相エノー伯爵と会談を行った。
戦後、ニアランド王国とフリージア王国は、いくつかの領地をメロビクス王大国軍に割譲し、従属的な同盟関係を結ぶ。
メロビクス王大国とニアランド王国は、フリージア王国第一王子ポポが王位につくことを承認する。
かくして、第一王子ポポ、宰相エノー伯爵、ニアランド王国の裏切りが決まったのであった。
*
フリージア王国第一王子のポポは憂鬱だった。
「エノー、本当にこれで良いのか?」
「では、お止めになりますか? 王位は、アルドギスル王子かアンジェロ王子の手に落ちますが?」
「……化粧をする男や平民腹に王位をくれてやるわけにはいかん」
「でしたら、実行あるのみでしょう」
「……」
ポポは愚かだった。
そんなポポでも、父殺し――国王を弑する事が、許されざる事であると分かっていた。
だが、アルドギスルとアンジェロに負けたくない気持ち、権力に対する執着は、良心や罪悪感に勝ってしまった。
最初から罪悪感も良心もない宰相エノー伯爵は、自信たっぷりに言ってのけた。
「ご心配なく。万事このエノーにお任せ下さい」
「わかった。任せる」
商人ゲロッパを通じ、フリージア王国宰相エノー伯爵から、話し合いの場を設けたいと、再度誘いがあったのだ。それもニアランド王国副将アラルコンも同席したいと。
彼がいるのは、メロビクス、ニアランド、フリージアの三カ国がにらみ合う戦場から、北に離れた森の中だ。
「あれか」
森の中に白い天幕が張られている。
天幕の周りには、警備の兵士が十数名。
そして、兵士に交じって商人ゲロッパがいた。
女魔法使いミオが、警戒感をあらわにした。
「……大丈夫なのでしょうか?」
「たぶん大丈夫だよ」
「ハジメ様! 天幕に入った瞬間、殺される可能性もあるのですよ!」
女魔法使いミオの心配をよそに、ハジメ・マツバヤシはいつもと変わらぬ軽い調子だ。
「ミオには、コレを渡しておくよ」
「コレは!?」
「グロック19。僕が持っているのと同じ拳銃だよ。ミオの分を取り寄せたんだ。撃ち方は、前に教えたから分かるよね?」
「はい」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシから拳銃を受け取った。
グロック19は、オーストリアのグロック社が開発した小型オートマチック拳銃だ。
9ミリパラベラム弾を15発装弾可能。
拳銃本体にプラスチックが多用されていて、軽量小型で女性でも扱える。
「魔法は発動まで時間がかかるでしょ? ヤバそうだったら、その拳銃をぶっ放して逃げよう」
「わかりました」
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシから拳銃を借りて試射した事があり、拳銃の威力、射撃速度の早さは理解していた。
魔法のように発動までに時間がかからない。
構えて、狙い、引き金を引けば、敵に対して鉄の弾が発射される。
(これがあれば……。ハジメ様と私で拳銃を撃って牽制し、逃げることが出来る……)
「ほら、予備のマガジンもあげるよ」
「よろしいのですか? この拳銃は入手困難な魔道具だと、以前伺いましたが?」
「ミオは特別だよ! 僕とミオの仲だからね!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行こう!」
ハジメ・マツバヤシ一行は天幕に向かった。
天幕の前で商人ゲロッパが、ハジメ・マツバヤシ一行を迎える。
「お待ちしておりました。天幕の中には、護衛をお一人だけお連れ下さい」
ハジメ・マツバヤシは、女魔法使いミオを連れて天幕に入る。
天幕では、フリージア王国宰相エノー伯爵が、ハジメ・マツバヤシを迎えた。
この会談の発起人だ。
天幕の中は広く、中央にテーブルが置かれている。
既に一人、ニアランドの軍装に身を包んだ男が席についている。
先日フリージア陣内で顰蹙を買ったニアランド王国副将アラルコンだ。
ハジメ・マツバヤシは一番奥の席に案内され、宰相エノー伯爵も席に座った。
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシの後ろに立ったまま控えた。
「では、お互い名乗っておきましょう。まず私から、フリージア王国宰相エノーでございます」
「メロビクス王大国伯爵ハジメ・マツバヤシだ」
「ニアランド王国が副将アラルコン」
宰相エノー伯爵は、笑顔を絶やさず。
ハジメ・マツバヤシは、ニヤニヤと笑い。
ニアランド王国副将アラルコンは、卑屈な笑顔を顔面に貼り付けていた。
最初にハジメ・マツバヤシが、口を開いた。
相変わらずの軽い口調だ。
「で、何について話し合うのかな? メロビクスは王宮も貴族もこの戦争に乗り気でね。和平を持ちかけられても、僕は困るよ」
宰相エノー伯爵と副将アラルコンは、顔を見合わせて
「マツバヤシ伯爵。我らはメロビクス王大国と対立するつもりはございません」
「その通りです! メロビクスは大国! 我が国は、メロビクスの犬になれと言われれば、犬にもなりましょう」
特にニアランド王国副将アラルコンは、卑屈にへりくだってみせた。
強者に対しては、徹底して下に出る。
それがニアランド王国の伝統的な外交方針なのだ。
二人の態度を見て、ハジメ・マツバヤシのニヤニヤ笑いが一層強まる。
「ふーん。それで、降参でもするの? 属国にでもなるの?」
五才の子供が行儀悪く足を組み、大人二人に対して意地悪な言葉を投げつける。
普通の大人なら、普通の貴族なら、怒ってテーブルを蹴り上げるだろう。
しかし、宰相エノー伯爵と副将アラルコンは下手に出た。
「属国というのは、いささか外聞が悪うございます。友好的な同盟を結びたいということでいかがでしょうか?」
「ニアランドは従属的な同盟関係でも受け入れる準備がございます」
ハジメ・マツバヤシは、良い気分だった。
宰相と副将、一国を代表する人間が、自分にペコペコしている。
いっそ靴の裏をなめろと命令してみようかと、上機嫌で想像してみた。
同時にメロビクス王大国軍を率いるシャルル・マルテ将軍や他の貴族の顔を思い浮かべた。
彼らは戦果を欲している。
装備を一新した軍の力を試してみたくて仕方がないのだ。
果たして、戦わずに両国の従属を受け入れるだろうか?
ハジメ・マツバヤシは、とりあえず曖昧な返事を返した。
「どうかなあ……」
「まずは、我らの提案をお聞きいただけませんか?」
「まあ、聞くだけなら……」
宰相エノー伯爵は、ニアランド王国と打ち合わせ済みの提案を話し出した。
「まず、メロビクス王大国軍は、我がフリージア王国軍に攻撃をして下さい」
「ふん、ふん」
「貴国が攻撃を始めたら、ニアランド王国も我がフリージア王国軍に攻撃を開始します」
「えっ!?」
ハジメ・マツバヤシは、きょとんとした。
フリージア・ニアランド連合のうち、ニアランド王国が裏切ると、宰相エノー伯爵は言っているのだ。
ハジメ・マツバヤシの驚きが一段落するまで、宰相エノー伯爵は待った。
落ち着いたところで、話を再開する。
「ニアランド王国軍が、我がフリージア王国軍を攻撃し始めたら、第一王子ポポ殿下の軍が後退します。すると我がフリージア王国陣にスペースが出来るでしょう」
「……」
「そこを貴国の重装騎兵で押し込み。フリージア国王の首級をお取り下さい」
「正気かい……」
ハジメ・マツバヤシは、それっきり沈黙した。
(罠だろうか?)
一つの可能性として――この会談は大きなトリックの一環で、宰相エノー伯爵が話したことを信じてメロビクス王大国軍が行動すると、メロビクス王大国軍は罠にはまる。
そこまで考えたが、その可能性を否定した。
(この異世界は、無線も携帯電話もないからな。一万を超える大軍同士の戦いで、壮大な罠は無理だ。それに国王を殺せ……罠の餌としてはバカバカし過ぎる。誰も信じないだろう……)
ハジメ・マツバヤシは、罠の可能性を排除して考えたが両国の狙いが分からなかった。
素直に降伏をすれば、それで済む話だ。
何より、国王が戦死する事で、フリージア王国にどんな得があるのだろうか?
「わからないな……」
「何か?」
「ねえ。国王が戦死するんだよ!? エノーさんの所は、何も良いことないでしょう? 何の得があるの?」
宰相エノー伯爵は、にっこりと笑った。
「そこでお願いですが、次の王は第一王子のポポ殿下に。両国の後押し、後見をお願いしたいのです」
「ああ! そういうことか!」
ハジメ・マツバヤシは、配下の騎士に集めさせたフリージア王国の情報を思い出した。
フリージア王国は、第一王子と第二王子の二派閥が、次の王位を巡って争っている。
宰相エノー伯爵の話は、フリージア王国内の王位継承争いでもあると理解が及んだ。
ハジメ・マツバヤシは、ニアランド王国副将アラルコンに向いた。
「ニアランドは、それで良いの?」
「はい。第一王子のポポ殿は、我が国ニアランド王国の血をひいておりますし、ニアランドの姫とご婚約もしております」
「そう、それなら、ポポさんが王様になった方が良いね」
次に、宰相エノー伯爵に向く。
「フリージアは……というより第一王子のポポさんはいいの? 間接的に父親を殺すことになるけど?」
「はい。ポポ殿下におかれては……、既に覚悟は出来ております。国王陛下、お父君のお命は大切であるが、それよりも国と民の安寧こそが望みである……と」
「ふーん」
ハジメ・マツバヤシは、心の底から面白いと思った。
国王である父親の命より、国や民が大切。
だから、父親を敵国に売る。
何という詭弁!
何という醜さ!
何という面白さ!
声にこそ出さなかったが、心の中でゲラゲラ大笑いした。
(絶対、自分が王様になりたいだけだよね! 面白いね! 兄弟が憎しみ合って、子供が父親を殺すか! いや、楽しませてくれるなあ!)
ハジメ・マツバヤシは、笑いをかみ殺し返事をした。
「わかった。シャルル・マルテ将軍に話すよ。なーに任せて、きっと上手くいくよ」
ハジメ・マツバヤシ一行は、天幕を後にするとメロビクス王大国軍陣に急いだ。
女魔法使いミオは、ハジメ・マツバヤシを前に抱き馬上にあった。
天幕の中で聞いた話が、どうしても受け入れられなかった。
「ハジメ様、あのような醜悪な策……よろしいのですか?」
「いいの、いいの。だって、面白いじゃなーい」
「はあ、しかし……」
「ふふ、僕は滅茶苦茶に壊すのが楽しいのさ」
女魔法使いミオは、いつものように諦めることにした。
メロビクス王大国軍指令のシャルル・マルテ将軍は、ハジメ・マツバヤシの持ち帰った案を採用した。
彼は手柄を立てたかったのだ。
宰相の息子として、誰もが認める手柄が。
その為、策の醜悪さを分かっていながら、この話にのった。
詳細を詰めるべく、シャルル・マルテ将軍自身が宰相エノー伯爵と会談を行った。
戦後、ニアランド王国とフリージア王国は、いくつかの領地をメロビクス王大国軍に割譲し、従属的な同盟関係を結ぶ。
メロビクス王大国とニアランド王国は、フリージア王国第一王子ポポが王位につくことを承認する。
かくして、第一王子ポポ、宰相エノー伯爵、ニアランド王国の裏切りが決まったのであった。
*
フリージア王国第一王子のポポは憂鬱だった。
「エノー、本当にこれで良いのか?」
「では、お止めになりますか? 王位は、アルドギスル王子かアンジェロ王子の手に落ちますが?」
「……化粧をする男や平民腹に王位をくれてやるわけにはいかん」
「でしたら、実行あるのみでしょう」
「……」
ポポは愚かだった。
そんなポポでも、父殺し――国王を弑する事が、許されざる事であると分かっていた。
だが、アルドギスルとアンジェロに負けたくない気持ち、権力に対する執着は、良心や罪悪感に勝ってしまった。
最初から罪悪感も良心もない宰相エノー伯爵は、自信たっぷりに言ってのけた。
「ご心配なく。万事このエノーにお任せ下さい」
「わかった。任せる」
19
お気に入りに追加
4,055
あなたにおすすめの小説
転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」
なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。
授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生
そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』
仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。
魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。
常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。
ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。
カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中
タイトルを
「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」
から変更しました。
兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが
アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。
右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。
青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。
そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。
青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。
三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。
【登場人物紹介】
マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。
ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。
クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。
ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。
デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。
ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。
ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。
ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。
ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。
【お知らせ】
◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。
◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。
◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。
◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。
◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。
◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。
◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。
※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。

転生貴族の異世界無双生活
guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。
彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。
その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか!
ハーレム弱めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる