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第五章 メロビクス戦争

第72話 フリージアの兄弟

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 メロビクス王大国軍が隣国ニアランド王国に侵攻を始め、フリージア王国の王宮からアンジェロ領に出陣要請が届けられた。

 俺は出陣要請を引き受ける事を決定し、各自出陣へ向けて準備を進めた。
 食料、異世界飛行機グースのメインテナンス用パーツや魔物素材、天幕、薪ストーブなど、片端から俺のアイテムボックスに放り込んでいく。

 サラ、ボイチェフは、ホレックのおっちゃんに新しく作って貰った装備を受け取り、キューたちリス族は、冬期パイロット装備の仕上げを急いだ。

 特にじいと俺は忙しかった。
 メロビクス王大国にいるエルフ奴隷奪還作戦を裏面で進めるからだ。

 雇っているスパイから入ってくる情報を元に作戦を立案し、現地のスパイに指示を送った。

 そして、十二月二十日早朝。
 俺たちは戦場へ向けて出発する。

「魔導エンジン始動!」
「車輪止め外せ!」
「一番機! 滑走位置に移動どうぞ!」

 冬の朝の冷たい空気を異世界飛行機グースのプロペラが切り裂く。
 六機のグースが順番に滑走路へと向かう。

 今回、アンジェロ領から十二名が出陣する。パイロットはリス族が務め、俺たちは後部座席に座っている。

 一番機 アンジェロ
 二番機 ルーナ先生
 三番機 じい
 四番機 白狼族サラ
 五番機 熊族ボイチェフ
 六号機 リス族キュー

 滑走路を滑るように走りグースはふわりと空に舞った。
 地上では領都キャランフィールドのみんなが手を振って見送っている。

 グースはキャランフィールド上空を一回りして、見送りに応えると隊長機を先頭に逆V字編隊を組んで西南の隣国ニアランド王国方面へ向かった。

 休み無しで四時間以上飛び続けた頃に戦場が見えて来た。

「アンジェロ王子! あれを!」

 操縦席に座るリス族の隊長が地上を指さした。
 ニアランド王国西側の平原に両軍が陣取っているのが見える。

 俺は後ろを振り向きに僚機に大きなジェスチャーをする。

『地上を見ろ!』

 白狼族のサラが興奮して大声を出した。

「おお! アンジェロ! 凄いぞ! 人がいっぱいいるぞ! いっぱいだ! いっぱい!」

 万を超える軍が平原で睨みあっているのを、上空から見るのは壮観だ。

 西側にメロビクス王大国軍が陣取り、ターコイズブルーに百合の紋章が多数ひるがえっている。横陣で騎馬兵が目立つ。

 対する東側には、並ぶように横陣が二つ敷かれている。
 北にニアランド王国のオレンジの旗。
 南にフリージア王国の青い旗。
 ニアランド、フリージアは、歩兵が中心だ。

 すでに陣地構築が行われていて、両軍の前方に堀や土壁、仮設の柵が作られている。

 前席でリス族の隊長がブルリと震えた。

「これは……、こんな大軍がぶつかり合うのですか……」

 隊長がブルってしまうのも無理はない。
 獣人たちは、魔物の森で生きて来たのだ。
 こんなに沢山の人が集まっているのは見た事がない。
 田舎の人が渋谷駅前のスクランブル交差点でビックリするようなモノだろう。

 後ろを見ると熊族のボイチェフもリス族のキューも顔が引きつり、毛が逆立ち、耳がへにゃんとしている。

 それに……、俺は初陣だ。
 俺も魔物との戦闘経験は豊富にあるが、対人戦の経験はあまり無い。
 戦争自体も初めてだ。正直、ちょっと緊張して来た。

 ルーナ先生とじいは落ち着いた表情でジッと眼下の両軍の睨み合いを見ている。従軍経験のある人は違うな。

 前の席に座るリス族の隊長が鋭い声を発した。気合いを入れ直したのだろう。

「アンジェロ王子! ご指示を!」

「友軍の上を一回低空で横切って、それから着陸しよう。着陸場所あの草地だ!」

「了解しました!」

 グースは、ウルトラ・ライト・プレーンだ。草地、平地で三十メートルの距離があれば、離発着が出来る。

 さて! 今回の戦いは俺たちの初陣であると同時に、アンジェロ領のアピールの場にしたい。
 即製蒸留酒クイックやウイスキーの売り込みもしたい。
 一丁派手に登場してやろう!

「みんな! 行くぞ! ボイチェフ! 旗を掲げろ!」

「了解だぁ~!」
「「「「「了解!」」」」」

 隊長が左手を大きく上げて指で『一』とサインを送った。
 陣形は単縦陣だ。

 隊長機を先頭にグースが一列に並ぶ飛行隊形に変化する。
 右にバンクを切って降下を開始した。

 みるみるうちに地面が近づいて来る。
 隊長がグースの機首を引き起こすと水平飛行に移る。

 地上三メートル、二階の高さをグースが一列で飛行する。
 後ろを振り向くとボイチェフが右手に槍を掲げている。
 槍の先にはフリージア王国を示す青色の三角形の旗が風に揺れている。
 隊長が緊張した声を出す。

「このまま友軍の上空を一度通過します!」

「了解!」

 横陣を敷くフリージア王国・ニアランド王国連合軍の上空を、右手から低空で侵入する。
 こちらに気付いた見張りが慌てているのが見える。

「フフフ、ビックリしているな。友軍旗は出している! 隊長! そのままどうぞ!」

「了解! こりゃ目立ちますな!」

 馬が驚いて棹立ちになり、腰を抜かす兵士もいる。
 お構いなしにグースで陣地上空をフライパスしてから少し高度を上げ、単縦陣のまま旋回をして着陸態勢に入った。

 全軍の注目を集める中、速度を下げたグースは国王陛下の天幕の前の草地に着陸した。

 国王陛下――父上が天幕の前に出て、ポカンとしてこちらを見ている。
 軍議をやっていたのだろう。父上の後ろには、高官や高位貴族がいる。
 
 フリージア王国軍のど真ん中に着陸したグースは、全軍の注目の的だ。
 狙い通りバッチリ目立ったぜ!

 俺たちはグースから素早く降りると横一列に整列する。
 リス族のキューが、着陣を知らせるラッパを吹き、続いてじいが大声で名乗りを上げた。

「フリージア王国第三王子! アンジェロ・フリージア様! ご着陣でござる!」

 辺りがざわつく。
 俺たちを噂する声が聞こえて来る。

「あれが!」
「第三王子だと!? 追放になったのでは!?」
「あの乗り物は何だ? 空を飛んでいたぞ!」

 まあ、そうだわな。俺は流刑地に追放同然で追い出されて、政治的に死んだと思われている。その俺が空飛ぶ魔道具に乗って着陣したのだから、そりゃ驚くだろう。
 俺は辺りのざわめきをかき消すように、腹から声を出し号令をかける。

「国王陛下に対し! 礼!」

 一斉に片膝をつき父上に対して礼の姿勢を取ると、父上が嬉しそうに声を掛けて来てくれた。

「おお! アンジェロ! 久しいの! 大きくなったな! 立派になったな!」

 ああ、こういう所は父上だな。ちょい子煩悩が入っている。
 正直、少し恥ずかしい気持ちがあるが嬉しい。

「ありがとうございます。父上、同行の者をご紹介いたします。魔法使いルーナ・ブラケット。参謀ルイス・コーゼン男爵。与力として近隣の獣人三族より、白狼族のサラ、熊族のボイチェフ、リス族のキューでございます」

「おお! 近隣の獣人も連れて参ったか! うむ、ご苦労である!」

「はっ! 兵力は少ないですが、私とルーナ・ブラケットの魔法があれば――」

「無礼であろうが! アンジェロ! 何をしている!」

 俺の口上は途中で遮られた。
 第一王子のポポ兄上が、怒鳴り出したのだ。

「この軍の総司令は俺だ! まず俺に挨拶しろ!」

「はあ?」

「俺がフリージア王国軍の総司令官だと言っているのだ!」

 ポポ兄上は、そう言うと腕を組んでふんぞり返った。
 父上を見ると視線を泳がせている。

 ここまで来ているのか……。
 俺が王都にいる頃から、父上の権力、影響力は弱かった。
 それが一層進んだらしい。

 父上をないがしろにして、宰相と第一王子派で好き勝手やっているのだな……。
 いくらなんでも許せん!

「お待ちください! 国王陛下たる父上がいらっしゃるのです! フリージア王国軍の総司令官は父上でしょう!」

「うるさい! 会議で俺が総司令官と決まったのだ!」

「そんなおかしな会議の結論は受け入れられませんね! フリージア王国軍の兵権は、国王陛下の物です! 兵権を私するのは、反乱に等しいではありませんか!」

「なんだとー!」

「兵権を略奪する気かと問うているのです!」

「……この! オマエは昔から口ばかり達者で、生意気な――」

「いやいやぁ~。アンジェロも良い事を言うね~。僕はぁ、アンジェロの言う事に賛成だなぁ」

 俺とポポ兄上の会話に化粧をした優男が割り込んで来た。
 誰だろう?
 ポポ兄上が苦り切った声を出した。

「アルドギスル……。化粧は止めろ……」

「あっはっはっはあー!」

 アルドギスル?
 えっ!?
 じゃあこのインチキビジュアル系みたいなのが、第二王子のアルドギスル兄上!?

「やあ、アンジェロ! 初めましてだね! 第二王子のアルドギスル。君のぉ。兄だ」

 ぞわりとした。
 思いっきりタメを作ってからセリフを言って、ポーズ付きでウインクされた。

「……はじめまして。……アルドギスル兄上」

 兄弟だけど会うのは初めてだが……、この人こんな濃いキャラだったのか……。
 地味な人だと噂で聞いていたのだけれど、化粧すると人が変わるタイプか?

「はははっ! ポポ兄上は、僕がお嫌いさ! けどね! 僕はぁ意見を変えないよ。アンジェロの言う事を支持する。フリージア王国軍の総司令は父上さぁ!」

「くっ……、アルドギスルもアンジェロも下がれ!」

 おっと!
 ポポ兄上とやりあっている最中だった。

「お断りします! 私に命令できるのは、総司令官たる父上だけです!」

「はっはっはぁー! いいねぇアンジェロ! もっと言ってやれえーい!」

 こうして俺の初陣は波乱含みのスタートとなった。
 三兄弟が揃ったが、譲り合えるわけもなく不毛な押し問答が続いた。
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