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第四章 ウイスキーと異世界飛行機の開発

第62話 意外な作物

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「アンジェロ少年、じい殿から手紙が届いたのである」

 黒丸師匠が手紙を持って来てくれた。
 じいとは冒険者ギルド経由で手紙のやり取りをしている。
 冒険者ギルドは隣の支部に手紙を転送する魔道具があるので、お金さえ払えば遠方でも手紙が届く。

 ただし、支部から支部へリレーしていくので、若干時間がかかる。
 それでも数日から十日で遠方から手紙が届くのは、この異世界では驚異的だ。

「じい殿は、今どこであるか?」

「メロビクス王大国ですね。王都メロウリンクの東にある町へ向かうと連絡が来たのが最後です」

「ふむ。じい殿は元気であるな! 何と書いてあるのであるか?」

 俺は手紙を開けて読んでみた。

「花が咲いた」

「何であるか? 花が咲いた?」

「じいと取り決めた暗号ですよ。仕事に成功したら、『花が咲いた』。失敗したら『花は散った』。緊急事態や救出要請は『花が匂う』です」

「ほう! では、じいどのは、何かを掴んだのであるな?」

「ええ。それで……ブルゴンの町を出てニアランド王国の王都に向かうと書いてあります。ブルゴンの町って知っていますか?」

 黒丸師匠は目をつぶり、額をトントン叩いている。
 やがて眼を開いて、ブルゴンについて話し出した。

「メロビクス王大国の東の方にある田舎であるな。森が多いエリアでエスカルゴが出るのである」

「エスカルゴ!?」

「こうナメクジの上に巻貝がのったような魔物である」

 黒丸師匠は気持ち悪そうにしている。余程嫌いなのだな。
 この異世界にもエスカルゴがいるのか。それも魔物化しているらしい。

「それって食べられますか?」

 黒丸師匠は、さらに気持ち悪そうにした。

「ブルゴンの住人は好んで食べるのである。それがしは、無理である」

 ああ、地球のエスカルゴもダメな人はダメだからな。
 黒丸師匠が話題を変えて来た。

「それで、じい殿を迎えに行くのであるな? ニアランドであるな?」

「そうですね。ニアランド王国の王都でピックアップですね。えーと、到着は……今日だ!」

「急いで行くのである!」

 俺と黒丸師匠は、ニアランド王国の王都へ転移した。


 ニアランド王国王都の冒険者ギルドで待っていると、昼頃になって商人風の格好をしたじいと四人の冒険者が入って来た。

「じい!」

「アンジェロ様! お待たせいたしました!」

「無事で良かった! じゃあ転移するか」

「この四人の同行をお許し下さい」

「えっ!? この人たちは護衛の冒険者じゃないの?」

 何だろう?
 メロビクス王大国の冒険者だったら、ここで護衛任務は終了。国に帰って貰った方が良いと思うけど。

「理由は後程」

 じいが真剣な目をしている。
 この四人をアンジェロ領に連れて行く相当な理由があるのだろう。
 まあ、見られて困る物もない。

「わかった。えーと、護衛の冒険者の方ですよね? これから転移魔法で移動しますので、後を付いて来て下さい」

 四人の冒険者に声を掛けると怪訝そうな顔をしたが、構わず転移魔法を発動してゲートをアンジェロ領に繋げた。
 転移魔法の説明をするより実際に移動して貰った方が早い。

 アンジェロ領に到着すると冒険者四人はポカンとした顔をしていた。
 まあ色々説明が面倒なので、食堂で昼飯を食べて貰う事にした。

 俺はアンジェロ領のメインメンバーを新しく作った会議室に招集した。
 会議室は領主エリアの一角にあり、石魔法で作った大きな円卓を設置している。

 そこに、俺、ルーナ先生、黒丸師匠、ジョバンニ、ホレックのおっちゃん、エルハムさん、エルフ四人、そしてじいが集まった。
 じいから報告を受ける前に俺が会議の主旨を説明する。

「個別に話したこともあると思うが、メロビクス王大国に動きがある。じいはその情報収集をして来てくれた。あの国で気になる点は三つある。新しい農業の方法、数年中に戦争が起こる可能性、そして神童の存在だ。では、じいの話を聞こう」

 フリージア王国の貴族服に着替えたじいが、立ち上がり報告を始めた。

「まず戦争の可能性ですが、すぐにはなさそうです。王都近辺で情報を集めましたが、軍事訓練はいつもと変わりませんし、徴兵や兵士の募集も行われておりませんでした」

「じゃあ、ウォーカー船長が話していた鉄鉱石の動きと合わせて考えると?」

「軍の装備品を新調しているのでしょうな。剣、槍、金属鎧などでしょう。戦争開始については、徴兵や新兵の募集が始まったら危ないかと……」

 なるほどね。
 まずは既存の軍隊の装備をアップグレードしているのか。

「それから神童の存在は事実です。かなり具体的な話を聞きました。その神童は五才の少年で名前は、ハジメ・マツバヤシ」

 聞き間違いか?
 日本風の名前に聞こえたが。

「じい。名前をもう一度聞かせて」

「ハジメ・マツバヤシでございます」

 松林一とか、松林肇とか、漢字で書ける名前だ。

「その名前は、メロビクス王大国では普通の名前なのか?」

「いえ。かなり珍しい名前ですね。彼は孤児院の出身でして、自分でハジメ・マツバヤシと名乗り出したそうです。まだ五才ですが、伯爵位を得ています」

 自分で松林ハジメと名乗った。
 俺と同じ転生者の可能性が濃厚じゃないか?

 エルハムさんが発言した。

「孤児院出身の五才の子供が伯爵というのは、この辺りではあり得る話なのでしょうか? 私の祖国ミスルや大陸中央部の国では、絶対にあり得ません」

「エルハム殿のおっしゃる通りで、大陸北西部でもあり得ん話ですじゃ。だが、この神童と呼ばれるハジメ・マツバヤシなる人物は不思議な力と知識があるそうです」

「例えばどのような?」

「輪栽式農業という新しい農法の開発者であり、他にも珍しい魔道具を使うそうです。なんでも鉄の塊を飛ばして敵を倒す魔道具だとか」

 ギクリとした。
 鉄の塊を飛ばす魔道具? それ鉄砲じゃない?
 松林ってヤツが作ったのか?
 ヤバイな。

 俺は思わず大きな声がでた。

「それは鉄砲か?」

「は!? テ、テポーウでございますか?」

 ダメだ。ちゃんと発音できてない。

「その魔道具は、鉄の塊を飛ばす時に大きな音がするのか?」

「パンと音がしたと噂は聞いております。それで盗賊を倒したとか。大きい音とは聞いておりません」

「その魔道具は量産されているのか? メロビクス王大国軍の装備なのか?」

「いえ。その魔道具はハジメ・マツバヤシだけが所持しているという噂話しか聞いておりません」

「そうか。量産されたらヤバいな……」

 メロビクス王大国で鉄鉱石の輸入が増えているのが鉄砲製造だったらシャレにならない。
 あとは大砲も攻城戦なら力を発揮する。日本だと大筒って言ったよな。

 俺が深刻な顔で考え込んでいると、エルフの魔道具士エル・プティーオさんが尋ねて来た。

「そのテーポは、それ程強力な魔道具なのですか? 私の聞いた印象では、土属性の魔道具でストーンバレット相当だと思いますが。石礫の代わりに鉄の塊を飛ばすだけですよね? なら盾装備で防げると思いますが?」

 あれ? それもそうか?
 続いてルーナ先生も発言した。

「エルの言う通りだ。私達魔法使いなら魔法障壁を張れば防げる話ではないか。アンジェロは何を怖がっている?」

 確かにそうだ。
 地球でも防弾チョッキとか、防弾盾とかあった。
 ルーナ先生の言う通り魔法障壁で銃弾を防げる。

 だが、そうじゃないな、ポイントは鉄砲単体の威力じゃない。

「怖いのは生産性です。人族の職人でも作れるので、量産出来ます。魔道具はエルフの魔道具士しか作れないでしょう? でも、鉄砲は数を揃えられるのです。軍隊全員に鉄砲という魔道具を装備出来ると想像してみてください」

 みんな黙って俺の告げた状況を想像している。
 やがて黒丸師匠が、重苦しく口を開いた。

「軍隊全員に……であるか。それはちょっと厄介であるな。メロビクス王大国は、そのテッポの開発に成功したのであるか? 蒸留酒開発でもみんな相当苦労したのである。テッポという魔道具を、エルフやドワーフの助けなしに開発出来るのであるか?」

「そう言われると……」

 この異世界では、人族の鍛冶技術は相当低レベルだ。それに工作機械もない。
 鉄砲の原理がわかっていても、すぐに開発量産は難しいか……。

「えー。話を報告に戻したいのですがよろしいでしょうか?」

 じいが話を本来の方向に引き戻した。

「すまない。ちょっと脱線した。続けてくれ」

「メロビクス王大国の新しい農業技術『輪栽式農業』ですが、どうやら休耕の必要がない農法です」

「じい、俺は農業に詳しくないのだが……」

「ええと……、同じ作物を一か所の畑で栽培し続けると、なぜか収穫量が年々減って行くのです」

「それは私が説明しよう」

 ルーナ先生が話題に入って来た。
 エルフは樹木や植物の専門家でもある。
 ルーナ先生が解説を続ける。

「同じ畑でずっと作物を育てていると、収穫が減るのだ。特に同じ作物を毎年育てるとその傾向が強まる。これを土地が痩せると言うのだ。植物を育てるための土の力が弱まる為に起こる現象だ。そこで土地が痩せたら、畑で何も作らず土の力が回復するのを待つのだ。これを休耕と言う」

「肥料をあげるのは、ダメですか?」

「肥料? 肥料とは何だ?」

 ありゃ。この異世界には肥料が無いのか?

「えーと、土の力を復活させるために、土に栄養を与える事です」

「うむ。エルフは特殊な土魔法を使って土の力を回復させる事が出来る。だが、この魔法はエルフ以外には使えないので、人族は休耕するしかない」

「でも、メロビクス王大国でやっている輪栽式農業は、休耕しないですよね?」

「信じられない。もし魔法を使っていないのなら、画期的な農法だ。アンジェロも取り入れるべき」

 もっと農業について勉強しておけば良かった。
 肥料と言っても、ホームセンターで売っていた化学肥料しかしらない。

 画期的な農法で休耕が要らないと言われても、どんな農法なのか全然想像できない。
 肥料は必要だと思うが……。

「わかりました。じい、続きを」

「はい。私があちこち聞いて回った所だと、一年目は小麦を育てます。二年目はカブを。三年目は大麦を。四年目になったらクローバーを育てます」

「五年目は?」

「最初に戻って小麦です」

 何か複雑だな。
 四つの作物をローテーションして、一年交代で生産するのか。

「それじゃあ、小麦が四年に一回しか手に入らないだろう?」

「そこですよ! そこで畑を四つに分けるのだそうです」

「四つに?」

「はい。小麦からスタートする畑、カブからスタートする畑、大麦からスタートする畑、クローバーからスタートする畑と言った具合ですじゃ」

「ああ、そうやって四つの畑でローテーションをずらしておくのか……。なるほど、そうすれば毎年、小麦、カブ、大麦が収穫出来るな。あれ? クローバーは?」

「家畜のエサになるのだそうですよ。メロビクス王大国は畜産も盛んです」

「羨ましいね」

 フリージア王国や隣のニアランド王国やブルムント地方では、あまり畜産は盛んじゃない。
 農業生産が低いから、家畜に回すエサがあまりないのだ。
 それに魔物の出る森が多いから、家畜が魔物に襲われてしまう。

 家畜は馬がほとんどで軍用や商用だ。牛、豚、ニワトリのような肉を食べる為の家畜はいない。
 肉が食べたきゃ、魔物の肉だ。
 たまには、ビーフステーキとか食べたいわ。

「アンジェロは輪栽式農業をやるべき! 家畜の肉が食べられる!」

「鋭意検討します」

 ルーナ先生の食欲が暴走しそうだけど、スルーだ。
 俺は農業が苦手なのだ。そもそもアンジェロ領に農地は、ほとんど無い。

「それから、あれは……。メロビクス王大国の王領の農場で栽培されていた作物です……」

 じいが歯切れを悪くし、会議室の隅にあるズタ袋を指さした。

「良く持ってこられたな!」

「あの四人の冒険者が協力してくれまして、夜間に王領の農場に忍び込み失敬して来ました」

 つまり盗んで来たのかよ!
 じいもやるなあ。情報収集が本格的なスパイ活動になって来た。

「汚れ仕事させちゃったね。じい、ありがとう! それで歯切れが悪かったのか」

「いえ。これ位はどうと言う事はありません。歯切れが悪かったのは、盗んだ事ではなく、盗んだ物が物でしたので……」

「物が物?」

「奇妙な作物ばかりでした。食べられるのかどうかも怪しいです」

「ふーん、見てみようか」

 俺たちは席を立ちズタ袋の方へ集まった。
 特にルーナ先生やエルフ四人が興味津々だ。

 じいがズタ袋の中身を出すと会議室の中は大騒ぎになった。

「なんだ? これは? 随分と見た目の悪い、不細工な野菜だな……」
「気持ち悪い。このブツブツは不気味」
「赤いのは何ですかね? 毒? 軍用の毒草の栽培でしょうか?」
「この緑色のも変じゃない? 色が濃すぎる?」

 俺はじいのお土産に圧倒されてしまった。
 そこにあったのは日本で見慣れた作物で、この異世界に来てからは一度もお目にかかった事のない作物ばかりだった。
 時間がたっているので、しおれた物も多いが、それは間違いなく俺の知っている作物だ。

 それも大量にある!
 俺は興奮を抑えられなくなり、大きな声で作物の説明を始めた。

「これはジャガイモだね! 寒い地方で育って、栄養があって美味しい! 煮て良し! 焼いて良し! 油で揚げて良し! 素晴らしい作物だ! ただし、この芽にソラニンって毒があるから注意が必要、芽が出たらナイフでこそぎ落とせば食べられます!」

 あれ? みんな俺の話を信じていないな。
 なんで、ジャガイモ美味しいのに!
 まあ、他の作物の説明もするか。

「これはサツマイモ。焼いて食べると美味い! こっちはトマト! ケチャップという調味料が作れる。この野菜一つで料理のバリエーションが激増するよ! それからこの緑の野菜はピーマン。苦みがあるけど肉と一緒に食べると最高! これは唐辛子、辛い調味料になる。こっちはカボチャ。煮ると甘くなる。それから最後にトウモロコシ! これも煮ると美味しいし、確か引いて粉にして食べる事も出来たと思う」

 俺が一気に話し終えるとみんな沈黙をしていた。
 あれれれれ? おかしいな?
 こんな美味しい野菜が沢山あるのに!

 ルーナ先生が最初に口を開いた。

「アンジェロは、この野菜を全部知っているのか?」

「知っていますよ。どれも日本にいた時に食べていた野菜です」

「私は全部見た事が無い野菜だ」

 続いて黒丸師匠が話し出した。

「それがしも見た事が無いのであるな。ルーナとそれがしは、冒険者として大陸の北側は、かなり色々な所に行ったのである。けれども、ここにある野菜は見た事もないのである。エルフの四人は見た事があるであるか?」

 エルフの四人は首を振った。
 俺はルーナ先生と黒丸師匠が話したいポイントがわからなかった。

 ホレックのおっちゃんが、ゆっくりと話し出した。

「なあ、アンジェロの兄ちゃんは、地球って世界から来たんだろう? それで……あれだ。ここにある作物は、俺たちは見た事がない。でも、アンジェロの兄ちゃんは知っている。つまり、それはよう。この世界の作物じゃねーんじゃねーかって事だ」

「――っ! ちょっ! ちょっと待って!」

「だって、そうだろう? その神童とかいうヤツは、へんてこりんな魔道具、テポとかいうのを持ってそうなんだろう? それで、えーと、り、輪栽式ぃ? とかいうエルフも知らない農業方法を開発している。それも五才で! これってあれだろ。アンジェロの兄ちゃんと同じ転生者ってヤツだろ?」

 それは間違いない。転生者は確定だと思う。
 だけど、地球からジャガイモやトマトを持ってこられるのか?
 俺は一度死んで、生まれ変わっている。
 裸一貫でこの異世界にやって来た。

「いや、おっちゃん。異世界の作物って線は薄いと思う」

「そうかい。じゃあ、転生者って線はよ?」

「その線は濃厚だね。おっちゃんの指摘はもっともだし、神童ってヤツが名乗っている『ハジメ・マツバヤシ』は、俺が生まれ変わる前にいた国、日本風の名前だ」

「兄ちゃんと同国人って訳か」

「元だけどね。今の俺はフリージア人だよ」

 おっちゃんが肯いて話し終わると、入れ替わりでルーナ先生が再度ジャガイモやトマトの事を指摘して来た。

「だがアンジェロ。そこのドワーフの指摘は私も正しいと思う。こんな作物は見た事が無い。地球世界の作物と言われれば納得出来る」

「うーん、しかし、転生者だからって、地球世界から物は持って来られないですよ」

「アンジェロは出来ない。けれどそのハジメ・マツバヤシという転生者は持って来られる可能性は?」

 俺は返答に詰まった。
 その可能性は、ゼロとは言えない。

 例えば、女神ズなら出来るかもしれない。
 地球世界から俺を転生させたのだ。地球世界の物をこの世界に移動させる位は出来そうだ。

 それにここ数年、女神ズもニート神メリクリウスも顔を見せていない。
 俺以外の日本人ハジメ・マツバヤシをこちらの世界に転生させて、地球の物を与えて支援していたとか?

 その可能性も否定できない。

 女神ズの目的は、この異世界の評価を上げる事。
 ポイントをアップさせる事だ。

 俺も俺なりに頑張っているが、俺の行動がどれくらいこの異世界のポイントアップに寄与したかはわからない。
 俺の行動に不満を持った女神ズが、この異世界にハジメ・マツバヤシを呼び込んだのだろうか?

 だとしたら、女神ズが地球世界の作物を、ハジメ・マツバヤシに与えたという想像はそれ程突飛な想像でもない。

「可能性は、ゼロではありません」

 俺はルーナ先生の問いにそう答えるしかなかった。

 転生者と思われるハジメ・マツバヤシは、地球世界の物を持って来られるのか?
 俺の敵になるのか? 味方になるのか?

 俺の中で急激に不安と疑問が膨らみ、グルグルと回転を始めた。


 *


「作物が盗まれた?」

 メロビクス王大国の王領の屋敷でハジメ・マツバヤシは騎士の報告を受けた。

「はっ! 大変申し訳ございません!」

 騎士は恐縮し目の前の少年を恐れていた。
 少年は国王直々に与えられた権力を有しており、更に子供とは思えない残虐性を持っていた。

「ふーん、それで?」

 ハジメ・マツバヤシは、興味無さそうに答え、ソファーで膝枕をする女奴隷の太ももを撫でた。
 自分の責任を追及され叱責されると身構えていた騎士は、拍子抜けした。

「いえ……、その……」

「ああ! 他の地域で栽培されるかって心配しているの? アハハハ! 無理、無理! 作物があったってさ、栽培方法がわからなかったら無理なんじゃない?」

「そ、そういう物ですか?」

「たぶん、そうだよ。それに、ジャガイモってさ。あれ毒もあるんだよ? ジャガイモの芽の中にソラニンって成分があってさ。ふふ、今頃お腹壊してトイレに籠っているよ」

 ハジメ・マツバヤシは油断していた。
 作物を盗んだのは近所の農民だろうと思い込んでいたのだ。

 しかし、作物を手にしたのは転生者のアンジェロであり、植物に詳しいハイエルフのルーナ・ブラケットらエルフたちがそばにいる。
 盗まれた作物が栽培される可能性は低くなかった。

「で、では。追手は?」

「必要ないね」

 ハジメ・マツバヤシはピシャリと言い切り、反論を許さない。

「はっ!」

「それよりも大事な事は二つあるよ。一つは僕の安全。僕が殺されたりしたら、君の一族は王様に処刑されちゃうよ」

 その嬉しくない未来を創造し、騎士は震え上がった。

「全力でお守りいたします」

「よろしー! 二つ目は、追加のエルフの奴隷だね。どう? 見つかった?」

「はっ……。手配はしておりますが、なかなか……。しかし、それほどエルフの奴隷が重要で……」

「超重要だよ。超! 超! ちょっ! ちょっ! ちょっ! ちょっ! 超! だね。エルフが持つ木魔法の『成長促進』あれが大事なんだ」

「なるほど。エルフしか使えない属性魔法ですな」

「そーだよ。あれがあるから、僕が色々実験している作物の成長が早いし、この国の農業生産もアップしている訳よ。わかる?」

「それは、もちろん! しかし、ハジメ・マツバヤシ様の英知、輪栽式農業も重要なのでは?」

「おっ! 君、わかっているね! いいよ、いいよ! そうだね。輪栽式農業も大事な要素だよ。でもね。エルフの木魔法の『成長促進』と輪栽式農業を同時並行でやるから、収穫爆上げになったんだ。輪栽式農業オンリーだったら、ここまで短時間で結果は出なかったよ」

「よく理解出来ました。それでは、追加でエルフの奴隷を確保するように、再度各所に指示して参ります」

「オッケー! 頼むね! さあ、奴隷ちゃーん! 今日は何して虐めちゃおっかなあ!」

 その時には、もう、ハジメ・マツバヤシの頭の中には、盗まれた作物の件は無かった。

 騎士は王領の農場近辺や王都までの道筋で、盗人の姿を見た者がいなかったか兵士に調査をさせたが何も出てこなかった
 こうして、ルイス・コーゼンが作物を盗み出した件は、メロビクス王大国で騒ぎになる事はなかった。
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