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053 檜垣榮吾

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「やっぱり暑いー榮吾だけに行かせればよかった!」

そうボヤきながらも朱音はコンビニへ向かう。

「なにニヤニヤしながら見てるのよ……」

「や、嬉しいんだよ」

「──パシられて喜ぶなんて榮吾は相当Mだわ」

本気でドン引きの顔をされる。

「まぁ、俺は結構Mっ気あるけども──それじゃなくて──よく頑張ったな」

頭を撫でれば本気で叩かれる。

「暑いからやめて!」

本当に懐かない猫のようだ。
朱音は──裏切った緑子を許せないだろうと思っていた。
まして他の男との子供なんて嫌悪の対象でしかない筈だ。
そして──陽と緑子の結婚を黙認し、今も側にいる。
少し前の朱音からは想像できない結末だ。
言ってもいいだろうか?
少し前から思っていた事を。
俺が考えに至ったくらいだ。
朱音もそう考えているかもしれない。

「朱音は今のこの状況を、結末の脚本を書いた奴がいると思うか?」

コンビニに入れば冷房が効いていて涼しい。
少し──寒いくらいだ。

「寒いわね……ここ」

冷凍のアイスクリーム売り場の前で止まり物色する。
俺の考えでは──この脚本を書いたのは陽だ。
俺の考えでは朱音が緑子を陽に譲る日なんて永遠に来ない筈だった。
朱音の性格と陽の性格で諦めるとか譲るなんて、ましてや共有するという単語は無かっただろう。
本当にいつ殺人が起きてもおかしくないレベルに冷たく寒い感情が渦巻いていた。
陽は──朱音が緑子に無理心中させるんじゃないかって思っていたんじゃないだろうか?
陽にとって、それよりも恐ろしい未来なんてない。
だから多少過激で最善の脚本でもなくても実行したんじゃないだろうか?
どこまでを陽が見越して、どこを描いたのかは分からない。
緑子が他の男に奪われ、妊娠したことさえ脚本の中なのかなんて俺には分からない。
そう考えれば違う気もする。
愛する女を──まして陽は緑子を偏執レベルに愛していているのだから。
それでも結果から辿るとそう思わざる得ない。
朱音の偏執レベルも陽と同レベルだとすれば拮抗している。
それを崩すには違う力が必要で、それはきっと朱音が予想も出来ない醜悪な一手ではないとダメだった。

「もし──この結果を──脚本を書いたヤツがいたとしたらモノ書きとして最低レベルね。所詮〈現実は小説より奇なり〉って事を理解していなかったって事だし──きっと書いたアホも思った方向に話が進まなくて肝を冷やしたんじゃないかしら」

「お前は──この結末に満足してるのか?」

そう聞いて──自分の馬鹿さ加減に呆れた。
満足している筈がないのに。

「満足してるわ」

意外だった。
その顔は妙にスッキリしている。

「今まで──緑子の側にいても、あの子は私の気持ちを知らない。理解してもくれない。苦しみを知らない。この──気持ちを隠さないといけない。そして……こんなにも愛しているのだから私の気持ちを汲んでほしい──って想いが日に日に強くなっていた。陽に惹かれている緑子を見る度に苛立っていた。でも今、私はもう気持ちを隠さなくてもいいし、私の愛を汲んでくれないと緑子を憎まなくてもいい。緑子は陽を選んだ。それでも私が勝手に好きなのだから緑子が私の恋心を汲まない事は仕方がない事。それでもあの子は──緑子は側で眠らせて夢を見せてくれるの。寒くて──凍えそうなあの時よりも、夢を見続けられる今の方が──幸せ」

その時の微笑みは──俺が好きだった朱音の顔で──俺もまた夢を見てもいいかなと思った。

「俺──は、朱音を好きだぞ」

何度目かの告白だけれど、今日の告白が一番ダサい。
案の定朱音に「は?」とだけ言われて終了した。
でも── いいさ。
最大限、俺の望んだ結末に近づいた。
そう考えれば、俺が無意識に脚本を書いたのかもしれない。
そうほくそ笑む。

「さ、帰るわよ」

朱音のストロベリー、緑子の塩アイス、俺の今日の気分はメロン、それと陽はバニラ──

「おい?それミントチョコだぞ?」

「いいの、これで」

そう言って会計をしてしまう。
小さな嫌がらせがこうして勃発している。
陽は気にもしそうにないけれど。



「ただいまー」

朱音の声に陽が静かにと口元に人差し指を立てる。
見れば陽の膝を枕にして緑子が眠っている。
チラリと横目で朱音を見れば不愉快そうな顔を見せていたがすぐに立ち直った。

「緑子のアイスは冷凍庫入れておくよ。陽は今食べる?」

緑子が眠っているので小声で話す。
そう言ってチョコミントを渡す。
おいおい──この状態からケンカとか勘弁してくれよ?
陽は相手にしそうにないから大丈夫だよな?

「朱音さん。これチョコミントなんだけど」

普段なら突っ込まない陽が突っ込む。
──勘弁してくれ、陽、そこは無理してでも食べるか冷凍庫に突っ込んどいて貰えよ。
そう心の中で突っ込んだのに──陽が食べる。
それも美味そうに。

「陽──チョコミント好きなのか?」

「好きだよ。1番好きかもしれないな」

陽の好みのアイスを朱音が買ったのか?
奇跡か⁈
そう朱音を見れば嫌そうな顔で睨まれる。

「施しよ。陽が不憫過ぎて」

「僕が?」

そう朱音に見せつけるように緑子の髪を撫でる。
陽!ヒヤヒヤするのでそれくらいにしてくれ。
もう朱音をそれ以上焚き付けるなと大声で言いたい。
寧ろ、大声を出し緑子を起こせばこのケンカは終わる。
緑子の前だけはこの二人は相応の仲を装うのだから。

「不憫でしょう?緑子を他の男に寝取られてしかも子どもまで──童貞で一児の父になる気分はどう?」

「は?陽が童貞⁈」

思わず声が出てしまう。
容姿も良く、金もあり、作家としても成功してるこの男が童貞⁈

「当たり前だろう?緑子さんとした事ないんだから」

緑子が妊娠していてそう言う行為をしていないのは分かるけれど過去に一度も無いのか?
驚く俺がおかしいと言わんばかりの返答だ。

「陽、お前今まで誰ともしたこと無いのか⁈」

信じられないのはこっちだ。

「緑子さん以外としたいなんて思わないよ」

普通の男なら少しは恥ずかしがる所を微笑みながら話す陽はやっぱり別人種だと思った。

「子どもが産まれたらその子の世話で緑子を奪われちゃったりして」

そう笑う朱音に陽は余裕の顔だ。

「僕がこの子の世話をするよ。緑子さんの子どもだ。きっと可愛い。それに──緑子さんは僕の相手をしなきゃね」

陽よ……俺は今、本当にドン引きだよ。

「僕はこれから何度でも緑子さんと抱き合うことは出来るけれど、朱音さんはいつまで処女なの?」

「‼︎」

もう──やめてくれ。
こんな話、俺のいない所でしてくれ。

「緑子以外とする気はないわよ」

朱音も平然と話す別人種だ。
でも気になっていた事を聞いてみよう。

「朱音はその──女が好きなのか?」

「は?私は緑子が好きなの。男とか女とかどうでもいいし」

そうなのか?
じゃあ──そういう意味では緑子か緑子じゃ無いかという分類なんだな。

「じゃあ朱音さんは永遠に処女だね」

そう微笑む陽が無性に苛立つ。

「わかんねぇよ──未来なんて」

遂、俺が言い返してしまった。

「んっ」

遂、声が大きくなり緑子が起きてしまった。

「──なに?どうしたの?陽ちゃん──なんか楽しそうだね。何かあった?」

「なにも──ただ未来は分からないねってことだね」

この話を聞かず、眠っていた緑子を心底羨ましいと思った。
ただ──なんかヤケだ‼︎
もう一度、朱音に言ってみよう。

「朱音!俺と結婚してくれ‼︎」

「は?」

俺の顔が一番赤い。
次いで緑子。
この後の状況をドキドキと待っている。
でも──朱音と陽は無表情だ。
やらかした……

「帰る」

朱音が不貞腐れてしまった。
恐らく緑子の前でこんなアホな発言をした俺に怒っている。
はぁーっと大きく溜息を吐く。

「檜垣、未来は分からないんだろう?」

陽の嫌味混じりの言葉に力をもらう。

「そうだな──追っかけてくる」

長期戦だ。
それでもダメかもしれない。
朱音は死ぬまで緑子を好きかもしれない。
でも──もう今日から童貞でもいいかもしれない。
好きな女以外とセックスして誇るのはなんか違う気がしてきた。
俺も朱音や陽のような別人種になって──死ぬまでには朱音に触れたいなぁ。

       ─── 終───
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