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049 幸村朱音
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緑子が選ぶのは陽だと思っていた。
他の男に緑子を奪られるなんて絶対にないと思っていた。
今も──榮吾の嘘なのではないかと疑う気持ちが大きい。
でも怒りを宿す瞳がリアルで──いつものように榮吾に強気に出られない。
「──緑子に子どもを堕ろして欲しいと思っているのか?」
そう聞く榮吾は私を試すような瞳で見る。
否、試している。
緑子への思い遣りを──愛を。
上手く答えなければならないのに──気持ち悪くて吐きそうだ。
どうしても緑子への嫌悪が止まらない。
私を裏切り、欺いたという気持ちが止められない。
緑子に罪はない。
私が悪い。
分かっている!
それなのに嫌悪と怒りが訪れ引き摺り込む。
目の前に緑子がいたのなら私は自分自身を止められなかったと思う。
口汚く罵り、詰っていただろう。
本音を言えば堕ろしてほしい。
そんな男の子どもなんて堕ろして戻ってきてほしい。
そしたら──優しくできる。
緑子の望む私に戻れる。
だから──緑子自身の口から堕すと言って欲しい。
「緑子さんは産みたいと思っているの?」
陽は分かっているのに質問をする。
この男はマゾか。
「緑子は産みたいと思っている」
分かっていても聞きたくない言葉だったのに。
「──随分落ち着いているけれど──いいの?緑子があの男と結婚して子ども産むかもしれない状態だって──陽は分かってるの⁈」
苛立つ。
陽は緑子をバツイチ男に譲ろうとしているように思えて苛立つ。
そんな私を陽は一目見て──顔を逸らし榮吾に話しかける。
もう私の相手はしないというように。
「だよね、緑子さんは。なら──なぜ苦しむの?相手はもう離婚が成立していて結婚は可能だし、その男に結婚の意思がなくても緑子さんはきっとこんな悩み方をしない。一人で育ててでも産むと言う人だよ」
「──そうだな」
榮吾が陽の言葉を肯定する。
なら──緑子が苦しんでいるのは──
「僕の所為だよね?」
涙が出た。
陽が羨ましかった。
私には言えない。
もう──その言葉は言えなかった。
きっともう緑子は私を捨てた。
傲慢に愛し苦しめるだけの私に愛想が尽き、他の男とその子どもを取るだろう。
でも──陽は違うの?
他の男に愛され、子どもができても緑子が悩むのは──その男以上に愛する人がいるからだ。
「緑子さんが悩むのが僕の所為なら、彼女の心が僕を望むのなら──誰にも渡せない」
「緑子は妊娠している」
「緑子さんの子だ。緑子さんのモノは──もう何一つ他の男には渡さない。僕のだ」
「簡単に決めていいのか?後から気持ちが変わったなんて──」
「簡単?それ以外の答えなんて持ち合わせていないよ」
「……更なる泥沼になるぞ。お前が引き下がれば緑子はその男と幸せに暮らせるかもしれないのに?」
「他の男と幸せになる緑子さんを……檜垣には簡単に描けるその未来は僕の中には描けないんだ。無理だ──絶対に──それを望むなら──緑子の友人としてその未来を望むのなら──檜垣、僕を殺してくれ」
その言葉に失笑ってしまう。
こんなにも陽がバカだったなんて。
「陽はまだ自分を理解していないのね。私の方がアンタをわかってるなんて──嫌だわ」
バックの中にはいつも──いつも戒めに持ち歩いていた一冊の絵本が入っている。
それを取り出す。
【寒がりオバケの温め方】
「オバケになっても寒くて寒くて温かさを求めるオバケはあの手この手で温かさを求める。あの子の側で。どんなに寒くてもあの子の側を離れないオバケ──昔、陽が私にくれたプレゼント……覚えてる?緑子が好きで──苦しくんでいる私を嘲笑う嫌味ったらしいプレゼント」
緑子は【あの子】、私は【オバケ】そう揶揄して作られたこの絵本。
「アンタは死んでも──絶対に緑子の側を離れないわよ。寧ろオバケになって見えない事をいい事に好き勝手して──その内、そっちの世界に緑子を連れて行くわ」
陽が微笑み納得する。
「間違いないね」
「陽はそう言う奴だ。それならまだ生きていた方が対処の仕様がある」
榮吾は本気だ。
私もそう思うけれど。
「──朱音は?お前はどうするんだ?」
二人の視線が注がれる。
「私は──陽、貴方に頼みがあるの」
他の男に緑子を奪られるなんて絶対にないと思っていた。
今も──榮吾の嘘なのではないかと疑う気持ちが大きい。
でも怒りを宿す瞳がリアルで──いつものように榮吾に強気に出られない。
「──緑子に子どもを堕ろして欲しいと思っているのか?」
そう聞く榮吾は私を試すような瞳で見る。
否、試している。
緑子への思い遣りを──愛を。
上手く答えなければならないのに──気持ち悪くて吐きそうだ。
どうしても緑子への嫌悪が止まらない。
私を裏切り、欺いたという気持ちが止められない。
緑子に罪はない。
私が悪い。
分かっている!
それなのに嫌悪と怒りが訪れ引き摺り込む。
目の前に緑子がいたのなら私は自分自身を止められなかったと思う。
口汚く罵り、詰っていただろう。
本音を言えば堕ろしてほしい。
そんな男の子どもなんて堕ろして戻ってきてほしい。
そしたら──優しくできる。
緑子の望む私に戻れる。
だから──緑子自身の口から堕すと言って欲しい。
「緑子さんは産みたいと思っているの?」
陽は分かっているのに質問をする。
この男はマゾか。
「緑子は産みたいと思っている」
分かっていても聞きたくない言葉だったのに。
「──随分落ち着いているけれど──いいの?緑子があの男と結婚して子ども産むかもしれない状態だって──陽は分かってるの⁈」
苛立つ。
陽は緑子をバツイチ男に譲ろうとしているように思えて苛立つ。
そんな私を陽は一目見て──顔を逸らし榮吾に話しかける。
もう私の相手はしないというように。
「だよね、緑子さんは。なら──なぜ苦しむの?相手はもう離婚が成立していて結婚は可能だし、その男に結婚の意思がなくても緑子さんはきっとこんな悩み方をしない。一人で育ててでも産むと言う人だよ」
「──そうだな」
榮吾が陽の言葉を肯定する。
なら──緑子が苦しんでいるのは──
「僕の所為だよね?」
涙が出た。
陽が羨ましかった。
私には言えない。
もう──その言葉は言えなかった。
きっともう緑子は私を捨てた。
傲慢に愛し苦しめるだけの私に愛想が尽き、他の男とその子どもを取るだろう。
でも──陽は違うの?
他の男に愛され、子どもができても緑子が悩むのは──その男以上に愛する人がいるからだ。
「緑子さんが悩むのが僕の所為なら、彼女の心が僕を望むのなら──誰にも渡せない」
「緑子は妊娠している」
「緑子さんの子だ。緑子さんのモノは──もう何一つ他の男には渡さない。僕のだ」
「簡単に決めていいのか?後から気持ちが変わったなんて──」
「簡単?それ以外の答えなんて持ち合わせていないよ」
「……更なる泥沼になるぞ。お前が引き下がれば緑子はその男と幸せに暮らせるかもしれないのに?」
「他の男と幸せになる緑子さんを……檜垣には簡単に描けるその未来は僕の中には描けないんだ。無理だ──絶対に──それを望むなら──緑子の友人としてその未来を望むのなら──檜垣、僕を殺してくれ」
その言葉に失笑ってしまう。
こんなにも陽がバカだったなんて。
「陽はまだ自分を理解していないのね。私の方がアンタをわかってるなんて──嫌だわ」
バックの中にはいつも──いつも戒めに持ち歩いていた一冊の絵本が入っている。
それを取り出す。
【寒がりオバケの温め方】
「オバケになっても寒くて寒くて温かさを求めるオバケはあの手この手で温かさを求める。あの子の側で。どんなに寒くてもあの子の側を離れないオバケ──昔、陽が私にくれたプレゼント……覚えてる?緑子が好きで──苦しくんでいる私を嘲笑う嫌味ったらしいプレゼント」
緑子は【あの子】、私は【オバケ】そう揶揄して作られたこの絵本。
「アンタは死んでも──絶対に緑子の側を離れないわよ。寧ろオバケになって見えない事をいい事に好き勝手して──その内、そっちの世界に緑子を連れて行くわ」
陽が微笑み納得する。
「間違いないね」
「陽はそう言う奴だ。それならまだ生きていた方が対処の仕様がある」
榮吾は本気だ。
私もそう思うけれど。
「──朱音は?お前はどうするんだ?」
二人の視線が注がれる。
「私は──陽、貴方に頼みがあるの」
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