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「腹減ったな」

時計を見れば9時過ぎだ。
チョコを齧り小腹を誤魔化してきたけれど私も空腹だ。

「何食べたい?ごめん、ちょっと煙草吸ってくるからそれまでに決めといて」

喫煙所に向かう五十鈴さんの背中を眺めながら思う。
この人もストレスと戦っている。
今まで我慢できた煙草を再び吸い始め依存性からかもしれないけれど吸わずにはいられない。
身体に良くないのは分かっているけれど、今は──それよりも心が死にそうなのかもしれない。

「ごめん西宮。で、何食べたい?」

「ケーキが食べたいです」

「ケーキ⁉︎」

「はい。クリスマスなのでケーキを買って私の家で食べませんか?」

最近は居酒屋でも禁煙で、私の部屋なら煙草を好きに吸える。
煙草推奨は五十鈴さんの身体に良くないけれど、ストレスがストレスを誘発することもある。
今日くらい解放されてほしい。
それに最近は料理をしても食べてくれる人がいないのに下拵えしてしまった食材が冷蔵庫に眠っている。

「ケーキだけか?」

あっ、一言少ない。

「勿論、ケーキはデザートですよ?家に材料があるので何か作ります」

「でも西宮も疲れてるだろう?」

毎年、クリスマスは朱音ちゃんたちと──友達と過ごしていた。
五十鈴さんは嫌かもしれないけれど、私にとって五十鈴さんは会社の先輩でもあると同時に友人のような気持ちになっている。

「ご飯作りながらゆっくりしたいんです。私、意外と料理上手なんですよ」

上手は大袈裟だけれど料理をするのは好きだ。

「っても、この時間だしケーキなんて売ってないだろう」

「コンビニ行きましょう」

「それでいいのか?」

「はい!コンビニのケーキ美味しいです」

「──ホールケーキあるといいな」

そんなには食べられない。
けれど心遣いが嬉しい。

「半分は五十鈴さんが食べてくださいよ」

「……売り切れてるといいな」

その返しに笑ってしまう。
コンビニには5号サイズのイチゴのケーキが一つ売れ残っていた。
それとお酒、灰皿を買う。

「身体に良くないかもしれないけれど──今日はお互い悪いことしましょう。私もいつもより飲んじゃいます」

自宅なので帰りの心配もない。
少々、酔っても大丈夫だ。
きっと五十鈴さんは子供と血が繋がってなかったことも、奥様の裏切りも消化できず苦しんでいる。
そんな時でさえ、私の心配もしれてくれる。
私も少しでも癒してあげたいと思った。
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