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031 檜垣榮吾

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朱音を送る車の中は二人きりになのに──以前なら少し期待もしていたし、何かしらのアプローチを考えた。
でも今は──陽と二人きりで残した緑子のことが気になる。
どこからどこまでが策略かはわからないが、あれは二人きりになる為に陽が仕掛けた罠だろうと思う。
でも──介入するべきじゃない。
俺も緑子が好きだと思うようになってしまったが、まだ──大丈夫。
まだ、陽や朱音のようじゃない。
嘘で固められた仲良し幼馴染かもしれないけれど、俺はこの仲間が好きなんだ。
普段は毒舌な朱音と陽が緑子の前では人畜無害な人間を装う姿も、緑子の甲斐甲斐しい中にも奔放な所も、一見、役立たずな俺がこの4人の関係のクッション材だとも思っている。
……この場所を守りたい。
数年後、各々がパートナーを連れていつものように集い、飲みやアウトドアに行ったりする未来が欲しい。
子ども同士が喧嘩しながら──時にはそこで恋に落ちるなんて──甘い妄想に浸りたいんだ。

「早く彼女作ろう」

俺まで緑子に恋をすれば完全にこの関係は終わりそうだ。

「独り言が大きいんですけど」

「……寝てた人間が文句言うな」

助席の朱音は身体を起こそうともせず、瞳だけ開けている。

「──榮吾はイイ奴なんだから彼女なんてすぐに見つかるよ」

朱音からこんな言葉を貰ったのは初めてかもしれない。

「そんなイイ奴を何年もフッた奴に言われても響かねーよ」

「私だから知ってる」

こんな風に認めてくれていたなんて思いもよらなかった。

「俺の気持ちなんて迷惑でしかないと思ってたのに……ありがとな。それと──ごめん。この間のこと。最後に朱音や陽にも俺と同じような気持ちを味合わせたかったんだ。だから何も知らない緑子を利用した」

けれど俺が何もしなくてももう限界だったのがわかる。
陽も朱音も最近ピリピリしていた。
俺があんな事をしたのも、もしかしたら二人に当てられたのかもしれない。
そう──二人の所為にしてみる。

「ここんとこ陽が本気で緑子獲得しようと動いてて──榮吾が何かしなくても遅かれ早かれ似た状態にはなってたから」

窓の外を眺めながら答える。

「──陽に勝てそうか?」

視線を合わせずただ前を見、運転する。
朱音も外を見続けている。

「──悪夢をよく見るよ。その夢の中では緑子が陽と付き合ってるの。緑子がご飯を作り、緑子が陽に膝枕なんてして穏やかに過ごしてるの。そして──膝に頭を置いた陽が緑子を屈ませてキスをするの。そしたら緑子、幸せそうに笑ってるの。私はそれを見てるだけ──何も言えないの。陽より絶対に私の方が緑子を好きなのに……そんな私を見て陽が微笑むんだよ」

「そりゃ、悪夢だなぁ」

陽の微笑みは結構な頻度でイラッとするからな。

「けど、自分でも勝てる見込みがないって思っているんなら──諦めるのも一つアリだぞ」

俺がそうだ。
楽になった。
振り向かない相手に苛立ち、周りに嫉妬し当たり散らしてたかもしれない。
実際、最後はそんな感じだった。

「諦められたら──緑子を楽にしてあげられるのにね……」

「もう……3人で付き合っちまえよ。緑子は恋に疎いけど赦せる範囲は広そうだと思うけどね」

冗談めかして言ったけれど、半分本気だ。
マニアックな恋愛も行為を望めば受け入れそうだ。
そんな恋愛をしている奴なんて世界にはごまんといるだろう。
知らんけど。

「緑子はよくても私と陽は無理。愛している人を他の誰かと共有なんてできない」

「それで緑子が苦しんでも?」

沈黙は肯定なのだろう。
ただ──もう一つ聞きたかった。

「もし──緑子に選ばれなかったら朱音はどうするんだ?俺らは──終わりなのか?もうこうやって過ごすことは無くなるのか?」

返事は返ってこない。
横に目をやれば眠っている。
否、眠ったフリをしている。
朱音が男だったらよかったのに。
そしたらもっと慰められたかもしれない。
そう思ったけれど──同性の陽を慰められる気が全くしない。
やはり性別なんて関係ない。
俺が不甲斐ないだけ。
それだけだ。

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