13 / 49
チョコレート
012
しおりを挟む
「黒雨大丈夫否?疲れた?」
「いえ、問題ありません」
彼はいつだってそう。
この二年、常に鏡花の側にいてくれた。
自分の時間など殆ど無く毎夜、女王の後宮に呼ばれ偽りの伽の相手として鏡花の閨に呼ばれる。
そして長椅子で眠るのが彼の生活だ。
何度か鏡花の寝台と長椅子の交換を提案したが彼は受け入れてはくれなかった。
月に数日、鏡花の生理の時だけ自室で休む事が出来る。
けれど周りからは女王を孕ませられない種無しと嘲られていることも知っている。
そんな謂れもない嘲笑の的に身を置き更には黒家からも重圧を課せられていることだろう。
精神的にも肉体的にも問題ないはずはない。
──それなのに──申し訳ないと、ごめんねと言いながら自分可愛さに彼を犠牲にしているのが事実だ。
──いつまでもこのままではダメだ。
元の世界に帰れるかもしれないと希望を捨てられなかった。
その日まで護ってほしかった。
けれどこの二年、足掛かりさえ掴めない。
この国に鏡花を呼び出した国王は死んでしまった。
神官長である黄洸は絶大な権力を誇った人物で偽物の女王の呼び出しには応えない。鏡花を小娘としてしか見ていない。
神官庁へ特別な秘術を知っているのではないかと何度も訪れたが、そんな秘術が行われているようにも特別な力があるようにも思えなかった。
月下国の宗教として絶大な力を持っているが、ただそれだけだ。
黄洸の後釜である新しい神官長は呪いよりも宗教法人向けの人材に思えた。
──この国で生きる意志を持たなければならない時期なのかもしれない──
この国で夫を選び、子を授かる。
それだけ考えれば、きっと元の世界とそう変わらない。
幸い女王の身分は自分の気持ちで相手を選べる申し分のない状態だ。
相手さえ選べず恋もできず親の決めた相手と結ばれるのがこの世界の普通なのだから。
そう考えれば鏡花はきっと幸せだ。
そうすれば──この人を──黒雨を解放してあげられる。
罪悪感を抱いて苦しんでいるこの人を。
本当はとても優しい人なのにこの二年、鏡花が恐れないように触れることも近づくこともしなかった紳士的な人なのにら職務として伽を命じられた黒雨も被害者なのに──鏡花は恐れ詰った。
この夏でこの世界に来て二年になる。
夏生まれの鏡花の誕生日もその頃だ。
二十歳になる。
──もう大人だ。
だがら──この夏には彼をこの義務や罪悪感から解放してあげたい。
ごめんなさいと、ありがとうを伝えたい。
貴方がいたから生きてこれたと、これからは貴方が離れても大丈夫だと、伝えたい。
──その為には白夜がどんな人物なのか知らなくてはいけない。
女王の後宮には今はもう彼しかいない。
彼が私の夫でいいのか。
幸い彼は性急なか鏡花を求めない。
端正な顔立ちと大人の余裕がそうさせるのからそれとも遊んでいるのか──他に女性がいるのかもしれない。
そう思うと……少しもやもやする。
白夜がどんな人なのか──知りたい。
もし鏡花が思うような人ではなかったら違う相手を選ぼう。
この国の為になる人を女王として選ぼう。
その時は後宮の制度ではなく政略結婚でも一人だけを愛したい。
体調の悪そうな黒雨に〈無理しないで〉と伝えたけれど無理をさせているのは鏡花なのだ。
彼を伽に呼ばなければ、白夜を呼ばなくてはならない。
「これを食べて」
先程、白夜に貰ったチョコレートだ。
この世界に来て初めて見た。
──鏡花の大好きなチョコレートだった。
少しざらつくし、口溶けも悪い。
乳脂肪も薄いし甘味に雑味がある。
けれど──チョコレートだった。
カカオの味が口に広がる。
泣きたくなる程にチョコレートの味だった。
この世界にに来て一番、元の世界を感じた。
黒雨が固まっている。
何故お菓子を食べろと言われたのかと。
「このお菓子、私の元の世界にもあったの。私の大好きなお菓子で──小さい頃は食事前に食べて……母に怒られたりしたなぁ……また食べることが出来て嬉しかった。このお菓子の原材料のカカオには元気になる成分が入っているの」
ポリフェノールなんて言葉を伏せておこう。
私も実際よく分かっていないし。
「お好きなら──貴方が食べればいい」
「私はもう今までいっぱい食べたから大丈夫。それに食べてみてほしいの。あっ、無理強いしたい訳ではないの。甘いし」
器のチョコレートの欠片を黒雨が手に取るが中々口に運ぼうとしない。
この茶色い塊に抵抗があるのだろうか?
指の温度で溶けてしまわないかハラハラしてしまう。
やっと口に含んだ黒雨の表情は変わらない。
「……どう?」
「甘い」
その返答に笑ってしまう。
案の定、指に溶けたチョコレートが付いている。
自分の指なら舐めるのだけれど。
ハンカチで黒雨の指を拭うも一歩下がられる。
遂、チョコレート促進派として過保護になってしまった。
「自分の指なら舐めちゃうの。黒雨も舐めたらいいよ」
チョコレートでテンションが上がってしまった。
偽りの女王だとしても下品だったかな。
黒雨が固まっている。
これはドン引きした感じだ。
鏡花はトイレだと偽り逃げるように部屋を後にする。
──黒雨は彼女が触れた指を──チョコレートと共に舌に絡めた。
「いえ、問題ありません」
彼はいつだってそう。
この二年、常に鏡花の側にいてくれた。
自分の時間など殆ど無く毎夜、女王の後宮に呼ばれ偽りの伽の相手として鏡花の閨に呼ばれる。
そして長椅子で眠るのが彼の生活だ。
何度か鏡花の寝台と長椅子の交換を提案したが彼は受け入れてはくれなかった。
月に数日、鏡花の生理の時だけ自室で休む事が出来る。
けれど周りからは女王を孕ませられない種無しと嘲られていることも知っている。
そんな謂れもない嘲笑の的に身を置き更には黒家からも重圧を課せられていることだろう。
精神的にも肉体的にも問題ないはずはない。
──それなのに──申し訳ないと、ごめんねと言いながら自分可愛さに彼を犠牲にしているのが事実だ。
──いつまでもこのままではダメだ。
元の世界に帰れるかもしれないと希望を捨てられなかった。
その日まで護ってほしかった。
けれどこの二年、足掛かりさえ掴めない。
この国に鏡花を呼び出した国王は死んでしまった。
神官長である黄洸は絶大な権力を誇った人物で偽物の女王の呼び出しには応えない。鏡花を小娘としてしか見ていない。
神官庁へ特別な秘術を知っているのではないかと何度も訪れたが、そんな秘術が行われているようにも特別な力があるようにも思えなかった。
月下国の宗教として絶大な力を持っているが、ただそれだけだ。
黄洸の後釜である新しい神官長は呪いよりも宗教法人向けの人材に思えた。
──この国で生きる意志を持たなければならない時期なのかもしれない──
この国で夫を選び、子を授かる。
それだけ考えれば、きっと元の世界とそう変わらない。
幸い女王の身分は自分の気持ちで相手を選べる申し分のない状態だ。
相手さえ選べず恋もできず親の決めた相手と結ばれるのがこの世界の普通なのだから。
そう考えれば鏡花はきっと幸せだ。
そうすれば──この人を──黒雨を解放してあげられる。
罪悪感を抱いて苦しんでいるこの人を。
本当はとても優しい人なのにこの二年、鏡花が恐れないように触れることも近づくこともしなかった紳士的な人なのにら職務として伽を命じられた黒雨も被害者なのに──鏡花は恐れ詰った。
この夏でこの世界に来て二年になる。
夏生まれの鏡花の誕生日もその頃だ。
二十歳になる。
──もう大人だ。
だがら──この夏には彼をこの義務や罪悪感から解放してあげたい。
ごめんなさいと、ありがとうを伝えたい。
貴方がいたから生きてこれたと、これからは貴方が離れても大丈夫だと、伝えたい。
──その為には白夜がどんな人物なのか知らなくてはいけない。
女王の後宮には今はもう彼しかいない。
彼が私の夫でいいのか。
幸い彼は性急なか鏡花を求めない。
端正な顔立ちと大人の余裕がそうさせるのからそれとも遊んでいるのか──他に女性がいるのかもしれない。
そう思うと……少しもやもやする。
白夜がどんな人なのか──知りたい。
もし鏡花が思うような人ではなかったら違う相手を選ぼう。
この国の為になる人を女王として選ぼう。
その時は後宮の制度ではなく政略結婚でも一人だけを愛したい。
体調の悪そうな黒雨に〈無理しないで〉と伝えたけれど無理をさせているのは鏡花なのだ。
彼を伽に呼ばなければ、白夜を呼ばなくてはならない。
「これを食べて」
先程、白夜に貰ったチョコレートだ。
この世界に来て初めて見た。
──鏡花の大好きなチョコレートだった。
少しざらつくし、口溶けも悪い。
乳脂肪も薄いし甘味に雑味がある。
けれど──チョコレートだった。
カカオの味が口に広がる。
泣きたくなる程にチョコレートの味だった。
この世界にに来て一番、元の世界を感じた。
黒雨が固まっている。
何故お菓子を食べろと言われたのかと。
「このお菓子、私の元の世界にもあったの。私の大好きなお菓子で──小さい頃は食事前に食べて……母に怒られたりしたなぁ……また食べることが出来て嬉しかった。このお菓子の原材料のカカオには元気になる成分が入っているの」
ポリフェノールなんて言葉を伏せておこう。
私も実際よく分かっていないし。
「お好きなら──貴方が食べればいい」
「私はもう今までいっぱい食べたから大丈夫。それに食べてみてほしいの。あっ、無理強いしたい訳ではないの。甘いし」
器のチョコレートの欠片を黒雨が手に取るが中々口に運ぼうとしない。
この茶色い塊に抵抗があるのだろうか?
指の温度で溶けてしまわないかハラハラしてしまう。
やっと口に含んだ黒雨の表情は変わらない。
「……どう?」
「甘い」
その返答に笑ってしまう。
案の定、指に溶けたチョコレートが付いている。
自分の指なら舐めるのだけれど。
ハンカチで黒雨の指を拭うも一歩下がられる。
遂、チョコレート促進派として過保護になってしまった。
「自分の指なら舐めちゃうの。黒雨も舐めたらいいよ」
チョコレートでテンションが上がってしまった。
偽りの女王だとしても下品だったかな。
黒雨が固まっている。
これはドン引きした感じだ。
鏡花はトイレだと偽り逃げるように部屋を後にする。
──黒雨は彼女が触れた指を──チョコレートと共に舌に絡めた。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
安心快適!監禁生活
キザキ ケイ
BL
ぼくは監禁されている。痛みも苦しみもないこの安全な部屋に────。
気がつくと知らない部屋にいたオメガの御影。
部屋の主であるアルファの響己は優しくて、親切で、なんの役にも立たない御影をたくさん甘やかしてくれる。
どうしてこんなに良くしてくれるんだろう。ふしぎに思いながらも、少しずつ平穏な生活に馴染んでいく御影が、幸せになるまでのお話。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
後宮の系譜
つくも茄子
キャラ文芸
故内大臣の姫君。
御年十八歳の姫は何故か五節の舞姫に選ばれ、その舞を気に入った帝から内裏への出仕を命じられた。
妃ではなく、尚侍として。
最高位とはいえ、女官。
ただし、帝の寵愛を得る可能性の高い地位。
さまざまな思惑が渦巻く後宮を舞台に女たちの争いが今、始まろうとしていた。
迅英の後悔ルート
いちみやりょう
BL
こちらの小説は「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた」の迅英の後悔ルートです。
この話だけでは多分よく分からないと思います。
冷酷皇太子の妃
まめだいふく
恋愛
噂では冷酷冷徹。世界統一の野望のためなら手段を選ばず、滅ぼした国は業火で焼き尽くされ、虫1匹残らない…残虐な皇太子カミル。そんな王子の元へ嫁ぐ事になったのは配属国の中で1番小さく貧しい国ハンガルドの第14皇女ニーナだった。
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
木漏れ日の中で…
きりか
BL
春の桜のような花びらが舞う下で、
その花の美しさに見惚れて佇んでいたところ、
ここは、カラーの名の付く物語の中に転生したことに俺は気づいた。
その時、目の前を故郷の辺境領の雪のような美しい白銀の髪の持ち主が現れ恋をする。
しかし、その人は第二王子の婚約者。決して許されるものではなく…。
攻視点と受け視点が交互になります。
他サイトにあげたのを、書き直してこちらであげさしていただきました。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる