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盲亀の浮木 【めったに出会えない出来事】

020 ベルダンディ

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「ベルダンディ達が縒った糸に、わたくしが指標とする針をつけた。そして彼女が布地に針を通し描いていく。未来と過去を行き来し糸の色も折り返す場所もすべてあの子次第。あの子──きっと良い刺繍作家になるわ」

満足そうに微笑む。
その姿は慈愛に満ちていて優しい女神のようだと思う。

「だからあの子達を助けたの?相変わらず菖子は着道楽ね」

それだけでは無いだろうけれど……この人が人助けだけで動くイメージがない。
菖子は優しくはない。
何か理由があるのだろうと思えばこれだ。

「──私は仕事の時くらいしかあんなヒラヒラしたドレスなんて着たくないわ。でもイメージは大事だから仕事中は長い裾のドレスと上品な話し方を心掛けるけれどね。そう言えば菖子の正装はどんな服装なの?」

見たことがない菖子の正装を。
彼女は人として長年生きているけれど──戻りたくはないのだろうかと思う。
けれどここに居続けるのだからそれが答えなのだろう。

「わたくしは大企業社長の夫の妻。好きな服を着てパーティに出るのがわたくしの正装。いつか──あの子の刺繍したドレスを着て立つことになる──だから──あの子を助けるのはわたくしの為」

「──そのチャイナドレスに描かれた月下美人の刺繍を描いたのはあの子だものね──未来の」

何年後のあの子が刺した刺繍なのかスクルドなら知っているのかも知れないけれど興味ない。

「結局私たちは貴方の将来の刺繍作家を作る為にココに呼ばれたの?」

菖子の艶やかな微笑みに〈そう〉なのだと確信する。
大きな溜め息を吐き──姉妹たちを見る。

「──まっ、いいや」

他の人には分からないかもしれないけれどウルド姉様がこんなに嬉しそうなのは見たことがない。
それだけで素敵な休暇になったと思う。
多くの者には聞こえない──ウルドの声を、嘆きを聞き届け救ってくれたのだから。

「あの子たち──幸せになるれるといいわね」






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