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§ すべてはここから始まった。

03

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「それ、全部昔の話でしょ? 今はどうなのよ? 今は!」
「今? だから今はなんにもねえよ。おまえ、全部知ってるだろ?」
「嘘つき!」

 ほらみろ、やはり隠す気だ。

「嘘なんかついてねえって! 俺、そんなに信用ねえの?」
「だって、私見たもん……あっ」

 マズイ。口が滑った。自分からは言いたくなかったのに。

 ガバッと勢いよくこちらに向き直った俊輔の目が怖い。

「見たってなんだよ? 何を見たか言ってみろ!」

 こんなに至近距離で蛇みたいに細めた目で睨みつけられたら蛙になった気分。私は緊張し、ゴクリと息を飲んだ。

「お、女の人と歩いてるの……見た」
「あぁ? 女? いつ? 何処で? 誰と?」
「お、一昨日の夜、コンビニで。相手は……知らない。見たこと無い人」
「一昨日の夜?」
「やっ……」

 少しの間の後、ニヤリと笑った俊輔が、再び私の上にのしかかってきた。

 重い、潰れる。まさか、このまま……と、心拍が上がったが、それは一瞬。すぐに重みが消え、元の位置に戻った奴の手には携帯が握られ、勝ち誇った顔をして私を見下ろしている。やってしまった。こいつがこの顔をしているときは、経験上、太刀打ち不可能。

 言葉にしなければ伝わらない想いがあるのはわかる。でも、言葉にしなくてもわかることもあるのだ。私はこいつを理解しているのに、何を躊躇い思いつめていたのか。自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。 

「おまえ……妬いてんだ?」
「だっ誰があんたなんかに!」
「正直に言ってみ? 言ったらその女が誰か教えてやる」
「…………」
「言えよ。その女に嫉妬したって」

 はいそのとおりです嫉妬しましたなんて恥ずかしいことを誰が言うものか。本当は、ちゃんと言わなければいけないのかも知れないが、やはり今は考えないことにした。

「もういいよ、わかったから。お腹空かない? ご飯食べようか?」

 きまりの悪さをごまかすため、いつもの調子でそう言い身体を起こそうとしたが、俊輔に阻止された。私に覆いかぶさり耳に唇を押し当て囁く艶めいた声にゾクッとする。

「飯よりおまえがいい」
「ちょっ……やめ……」
「この前の貸し、返せよな」
「そっ、それはあんたが慣れないこと……いっ」

 耳に噛み付かれ、ゾワゾワと鳥肌を立てながら私は後悔した。

 幕内弁当と冷やしたぬき、冷蔵庫に入れておけばよかった、と。


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